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5.手を取りました。

「はは、初めて年相応の顔をしたね。ずっと貴族のように綺麗な笑顔を保っているから、だんだん元からそんな顔なのかと思ってきたところだったよ」


 楽しそうにそう言うイクスベリー卿を見て、ふっと息をつく。


「あぁ……なんだ冗談ですか」


「いや、冗談じゃないよ。もともと私は君に会ってみて、もしうちの家に見合った能力があれば引き取りたいと願い出るつもりだったんだ」


「見合った能力……ですか」


「魔法だよ。君はその年で誰にも教えられることなく使ったそうだね。遠縁にすごい才能の子がいると言われて、青田買いしに来たんだ。……まさかこんなことになっているとは思わなかったけれどね」


「…………」


 嘘を言っているとは思えない。そもそもこんなただの平民の子供相手に嘘をつくメリットがない。

 しかし、本気だとしても私は……


「貴族に……ですか……私では力不足だと思いますけれど……」


「とても優秀そうに見えるけれど、どうしてそう思うのかな?」


「どうして……自分の能力を冷静に判断するとそうなります」


「へぇ。どんなところが足りないと思うの?」


「貴族は税収によって生かされています。……領を任されるのならば、領地を、領民を守り、豊かにしていく義務がある。求められて当然のそれに、応える自信がないのです。能力のない私に貴族になるような資格はない……」


 そうだ。私は前世で多くの民達を知らないうちに殺していた。

 何も知らず、何もしなかったから。

 故意ではないだけで、結果だけ見ればあの責任者だった男よりも多くの犠牲を出している。

 そんな私ごときが……

 出来ないのなら最初から手を出すべきではない。無能は言い訳にならない。


「ふむ……君が自分を卑下する理由がわからないな……なにか事情があるのかな?」


 前世で不適格であると証明されている……なんて言えるわけがない。


「……いえ、ただただ私の力が足りないだけです」


「う~ん、じゃあちょっとこの国の話をしようか」


 イクスベリー卿はにっこりと笑って言った。

 国の……話……?


「え、それはどういう……?」


「実は今年は出没する魔物が例年の2倍に増えている」


「……!」


 2倍!昔より増えてきているようなことは私の周りの大人たちも言っていたが、それでは討伐にかかる人手や被害の補償も単純に考えて倍かかるようになったということだろうか。


「各地の町や主要街道の魔物除けの結界にもガタがきている。うちの領も張り直し始めたけれども、予算と人員の問題で一朝一夕では難しいだろう」


「それは……大変な問題ですね……」


「そしてこの国はできてから大分と経っている。150年前と同じ家々が同じ制度で統治している。国の政治と経済は停滞していて、まともな貴族は半分もいない。次世代、次々世代とさらにまともなのは少なくなるだろうね。……国というのは何もなければゆっくりと濁って病んでいくものなんだよ」


 イクスベリー卿は目線を落として苦く笑いながら話した。


「責任を棚上げするようで心が痛いのだけれど、今回のようなことが、この国のいたる所で起こりうる状況なんだよ。……悲しいことにね」


「そう……なのですか……」


 おそらく彼は現状を憂いているのだろう。

 彼は彼自身の言葉を借りるとまともな貴族というやつで……イクスベリー卿が領主である私たちは恵まれている。

 では、他の領は……?

 いや、それは私が考えることでは……しかし……


「君が貴族にならないのなら国民を助ける義務はないね。……でもそれは助けられる力も持てないことになる。君は何があっても見ているだけだ」


思わず目を見開く。見ているだけ……何もできない……。


「力がなければ誰も助けられないんだよ。運良く誰かが助けてくれるのを待つしかない。そしてその助けは大抵の場合……来ない」


 そうだ。さっきだってこの人が来なければ私たちは暴力と権力で押さえつけられていたはずだ。


 自分が権力に振り回されるのは確かに――私への罰なのだろう。

 しかし人が振り回されているのを止めないことは、前世の私の行いと変わらないのではないのか。

 道が示されているのに手を取らないのは……見ているだけで何もしない道を選ぶのは……また罪を重ねることにはならないか。

 また間違えるのか?

 また何もしないまま死なせるのか?

 今日、心底軽蔑した、あいつらと同じになるつもりか。


「私は、国民全員は手に余るとしても、せめて領民たちは守りたい。不安があるならフォローするよ。優秀な人材が欲しいんだ……私を手伝ってくれないかな?」


 こちらをまっすぐ見て手を差し伸べられる。

 私一人では力不足でも、この人と一緒なら、なんとかなるかもしれない。

 いや、他人本位でどうする。力を借りてなんとかするんだ、私自身が。


「……わかりました。私にできることは精一杯させていただきます。足りないところも多いですがご指導よろしくお願い致します」


 自分よりも大分大きな手をぎゅっと握り返す。

 未熟な私でも必死でできることをしよう。

 そしてもう一度貴族として生きるのなら民の為に生きよう。

 今度こそ、命を賭して――






 イクスベリー卿は人を手配する為一旦戻るとのことで、私は馬車まで見送りに来た。


「君の家にも人をやるから、お家の整理は任せてしまっても大丈夫だよ。一緒に来るかい?」


「いえ、両親が残した家ですので、自分の手で整理したいと思います。お気遣いありがとうございます」


 終わったらお伺いしますと言ったら、人をやるのは変わらないから、終わるころに迎えに来ると言ってくれた。

 申し訳なく思ったが、7歳が一人で店の整理をするのは難しいことがあるかもしれないと思い、甘えさせてもらうことにした。

 受けた恩は今後伯爵家の為に働いて返していこう。


「君の魔法が目当てできたけれど、それより君自身の優秀さの方が目を引く結果になったね。一緒に働いてくれるのを楽しみにしているよ」


「事務作業程度ならすぐにお役に立てると思います。領政に関しては素人なので出来れば研修の期間を設けていただきたいです」


 出来ることとできないことを報告すると、イクスベリー卿は驚いたような表情になった。


「……もちろん、色々と学んでもらってから手伝ってもらうよ。いや、本当に魔法とか関係無いな。……魔力は小さそうだから周りに色々と言われるかもしれないけど、フォローするから気にしないようにしてくれると嬉しいな」


 魔力が小さい?

 あぁそうか。すばやく身体強化を使うには私の魔力は大きすぎるから、魔力を魔力で抑えていたんだった。

 大きな魔力は繊細な魔力制御や高速運用に向かないのだ。

 私は抑えるための魔力を消して説明する。


「大きすぎて使いづらかったので、日ごろは制限しています。……おそらく周りから何か言われるような魔力ではないかと」


「………………なるほど。君は本当に優秀だね。迎え入れるための準備は進めておくので、早めにきてね」


「わかりました。よろしくお願い致します」


 ニコニコと機嫌の良さそうなイクスベリー卿を見送って、やらなければいけないことを頭の中でリスト化しながら、私は家に戻るべくフィナさんのところへ向かった。





 ******





「ふふっ、すごい子を娘にしたな」


 馬車の中でつい笑みをこぼしてしまった。

 アリアは所作や言動など、今すぐ社交界に出しても問題ないような振る舞いだった。

 いきなり現れた私に対してそのように接することができるのだから、体に染みついているのだろう。


「元の出来がいいのはもちろんだけど、すばらしい教育だったんだろうな。……生きていらしたらぜひ聞いてみたかったな」


 彼女の母親はイクスベリー家の分家の庶子の生まれだった。

 奥方に追い出されるまでは貴族の家で暮らしていたが、その後は市井で暮らし、結婚して酒屋を営んでいたと聞いた。

 ……養子にしようという子のことなので入念に調べてある。

 不審なことは何もなかったが、まさかあんなに優秀な子に育てていたとは。

 何年か教育を施してから政務を手伝ってもらおうと思っていたが、即戦力になると自己申告している。

 できないことをできるというタイプではなさそうなので、事務仕事はそれなりにできるのだろう。

 もちろん簡単な事務仕事といえどすぐに政務で使えるとは思っていないが……素地があるだけで大分違う。

 ……ふふっもしかしたら自己申告通り即戦力になるかもしれないし――なんて7歳児相手に夢物語のようなことを考えてしまった。彼女、大人みたいな雰囲気だからついつい。


 それに最後に感じたあの魔力……。

 今の時点でも相当なものだが、7歳ということを考えると、もしかしたら王族を超える魔力を持つのではないだろうか。

 さらにそれを抑えるように自らの体に働きかける制御力を考えると……末恐ろしいな。

 彼女の可能性を潰さないようにきちんと育てていかなければいけない。


「あなた方の愛娘は私が責任をもって預かります。どうか安心して下さい」


 もう会うことはできない彼女の両親に告げる。

 道を走る馬車が返事をしたようにカタンと鳴った。








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