37.作戦を開始しました。
王家から婚約の打診が届いてすぐ、まぁ当然だがお義父様に話がしたいと言われ、エリファレット様とお義父様と私の3人で書斎で話すことになった。
「これはどういうことですか?……アリアのお願いと言うのはこの事だったんですか?」
「うん。アリアの希望に沿うように行動したかな」
眉間にしわを寄せたお義父様がエリファレット様に問い、問われた方の彼はいつもの調子で朗らかに答えた。
これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかないと思い、説明を引き継ぐように会話に割り込んだ。
「私が婚約者にして欲しいと言いました。そして半年後にでもエリファレット様の方から婚約破棄して下さいと」
「はぁ?え、ホントにそんな事言ったの?あ、言ったから打診が来てるのか。……それにしても早すぎないですか殿下。どうやったんです?」
「どうやったって言うか……ヴィクターにアリアとキスしてる所見せたら、王妃が暴走したんだよ。噂が広がるのを待たずにこんなに早く手を回すなんて、よっぽどくっつけたいんだね」
「……え、キスとか……えぇぇ……」
いきなりの子供同士による生々しい話に、お義父様がドン引きしているようだ。
「女神様の寵愛がある訳でもないただの伯爵令嬢、しかも元平民の養女ですからね。第一王子にとってこんなにメリットのない婚約もなかなか無いですよ」
「自分で言っちゃうんだね……」
「王族との相対評価ならそんなものです。だから半年で婚約破棄していただこうかと思っています。こんな滅茶苦茶なお願いを聞いていただけるなんて、本当に有り難いです。エリファレット様と友人で良かった」
「やっぱりほら、初めての友人は大事にしないとね」
「……………………で、アリアはなんの為に婚約したいの?」
お義父様がちょっと遠い目をしている。まぁどう考えても強引だったよな。
「端的に言うと、隣の領に攻め込む大義名分を得る為です」
「…………………………………………頭が痛くなってきた。あのね、それは陛下でも難しいって言ったと思うんだけど」
私の主張に対し、お義父様が頭を押さえながら渋い顔をした。
それはわかっていますとも。
ですが。
「それは正攻法なら、のお話です。お義父様」
にっこりと、出来るだけ自信があるように微笑んだ。
誰かと争う時、最も重要なのは情報だ。
ひとつの重要情報がもとで戦局がひっくり返されることなどざらにある。
イェーツ領でもその辺りには気を配っているらしく、情報を探るのはなかなか骨が折れた様だが、優秀な諜報員達が頑張ってくれた。
彼らから聞いた話では、今日この時間のこの辺りで間違いないはず。
これから探索魔法が展開され、誘拐が行われるとのこと。
今私が立っているこの場所は、都合は良いが、腹立たしい事にイクスベリー領だ。前回失敗したのにまたうちの領でやる気らしい。
更に聞いたところによると他の領でもやっているそうだ。
どうやらあいつら、自領の素養の高い子供をあらかた魔石に変えてしまった為に、今度は他領で攫い始めたようだ――なんて胸糞悪い話なんだ。
他の領で我が物顔で凶悪犯罪を行ってる奴らだが、攫う対象は一応考えているようで、ややこしいことになりそうな貴族の子供は避けているらしい。
今日の私の格好は、少し小綺麗な商家の娘といったところだろう。
そしてこの辺り一帯の魔法の素養が高い子供はすでに避難させてある。私以外に魔法の素養が高い子供はいない。
格好の標的というやつだ。――せいぜい上手く攫ってくれよ。
「……来たな」
探索魔法の気配が一気に辺りを包んだ。
さあ、作戦開始だ。
「本当に、アリア様を向かわせたんですね……」
イクスベリー領主である私の副官のオークスが複雑そうな顔で呟いた。
子供であるアリアを心配しているのはもちろんだが、彼にはアリアと同い年の息子がいるから余計に割り切れない所があるのだろう。
「アリアの提案は、この事件に対してうちが取れる最善の方法だよ。そうだろう?」
「……確かに、解決するためにはこれ以外方法がないというくらいに最善です。しかし、とても危険だ。……あなたは子供を守ると思っていました」
「大人と子供を比べるのなら、もちろん子供を守るよ。それに無謀な作戦なら止めた。でも、大勢の領民の子供を守るために、最善の方法を提示するイクスベリー家の娘の提案を受けないなんて判断、当主としてできなかったよ」
私だって思うところがないわけじゃない。子供は庇護されるべきだ。
しかし貴族は領民を守るべきなのだ。
実行に移す力があるのなら、尚更。
「……あなた達は本当に骨の髄から貴族ですよね。平民出身のはずなのに、アリア様とアイヴァン様は考え方がそっくりです」
「それ殿下にも言われたよ」
少し前に殿下にアリアと似てると言われたことを思い出す。
3人で婚約について話した後、アリアに席を外してもらって殿下と二人きりで話した。この聡明な第一王子が、何を考えてアリアの話に乗ったのか知りたかった。
『イクスベリー卿とアリアってさ、似てるよね。顔じゃなくて信念とか考え方とか。遠縁だからかな?』
だからわかるんじゃないかと思うんだけど、と前置きして、殿下は続けた。
『たぶんアリアはほっといたら、貴族籍から抜けた上で人を雇って乗り込むんじゃないかなぁ。民を見捨てて信念を曲げるくらいなら、そちらを選択するんじゃない?もし見捨てない為に貴族になったんだったら、本末転倒だもんね』
『……………………………………ありえ、ますね……』
想定もしていなかったが、言われたことを考えてみると……ありえる。ありえるよアリアなら……。
元々平民だから、しがらみの多い貴族籍を抜けたら、何の戸惑いもなく全力で首尾を整えて突っ込んでいきそうだよ。
これが私の貴族としての最後の仕事だとか言って突っ込んでいきそうだよ……。
アリアのことを考えても、この話は受け入れた方がいいように思えた。
『アリアは驚くほど自分というものを持ってるよね。絶対、周りがどうにかできるような子じゃない。7歳であんなに強い信念を持ってるなんて、普通じゃないよ。だから、中途半端な立ち位置っていうのは似合わないんじゃないかな?全く権力を持たないか、それとも一番権力を持つか』
『それは……つまり……』
……半年で婚約破棄するつもりなど、無いということか。
『普通じゃないアリアと、普通じゃない俺が出会ったのは、女神様の配剤だと思うね』
殿下の目にどろりとした執着の色が乗ったように見えた。……一人称変わってますけど、殿下。
『……でも本当は危険な事はしてほしくないんだよね……私に力が無いのが悔しいな』
殿下の雰囲気と一人称が元に戻った。どうやら心配していることは間違いないらしい。
そりゃあそうだよねぇ……。
さっきのあの目。
あれは、とても見覚えがある。
女神の祝福を得る人間は、大抵あんな目をしていた。
なるほど。だからアリアの話に乗ったのか。
第一王子との、何とも言えない会話の記憶を辿るのをやめてため息をつく。
「女神様の祝福があるなら、大丈夫かなって思ってるところもあるよね」
この世界におわす女神様は、真実の愛に対して祝福を授ける。
困難な出来事があっても、最終的には何か上手いところに収まるようになるのだ。その愛が結ばれるとは限らないけれど……。
しかし女神が認めるほどの愛なんて、ほぼ執着に等しい。
アリアがそれを歓迎するかどうかはわからないけれど、止められるようなものではないと自分はよく知っている。
昔はあの目を、よく鏡の中で見ていたのだから。
「アリア様は『転生者』じゃないから女神様の寵愛は受けてないでしょ?何寝ぼけてるんですか。ここは領軍基地で、貴方はこれから作戦指揮を取るんです。しっかりして下さい」
そうじゃないんだけどなと思いながら、説明したってどうせ理解できないだろうと諦める。
作戦は念入りに詰めに詰めたし、後はタイミングを間違わないことと、冷静にトラブルに対処すること。
「アリア、頑張って。君に全てがかかってる」
無事を祈っているよ。私の愛娘。
女神様の寵愛と女神様の祝福は別のものです。
『転生者』はもれなく女神の寵愛を受けています。
女神の祝福は愛情次第で受けられます。
でも別に覚えなくても問題無いです。ふわっと感じていただければと思います。




