36.お願いをしました。
予定通りエリファレット様が視察の帰りに我が家を訪ねてきた。
まずお義父様と二人で話をする様だったので、側近候補のレイモンド様にエリファレット様に時間を取ってほしい旨を言付けて、部屋で大人しく待つ。
本でも読んで待っていようかと思ったが、全く集中できなかった。
手札が全く無い交渉なんてしたことが無いので、柄にも無く緊張しているようだ。
……土下座はいいとして、腹踊りは練習が必要になるな。
手段は滑稽だが、これで解決の糸口が掴めるかもしれないのだから、私は至って真剣だ。
部屋にノックの音が響く。
「アリア。殿下が呼んでる。時間できたってさ」
呼びに来たレイモンド様に連れられてエリファレット様の待つ部屋へ向かう。
「聞いたよ。魔石の誘拐事件……大変だったな……。いや、過去形じゃないよな……ごめん……」
不用意な発言だと思ったのか、レイモンド様がしゅんとしてしまう。
「いえ。……人の尊厳を踏みにじる、本当に卑劣な犯罪です」
「……あのさ、何か俺にできることがあったら言ってくれよ」
友人のためにこんなふうに声をかけてくれるなんて、レイモンド様は本当にまっすぐでいい人だな。
「ありがとうございます。では、この後のやりとりを見届けて、出来れば後押しして下さい」
そしてそれ故に面倒事に巻き込まれやすい体質なのだろう。
「え?」
「部屋、着きましたよ」
「あ、うん。殿下、アリアを連れてきました」
『入って』
レイモンド様がノックをした後、扉の外から声をかけると入室許可が出た。
「お時間を取っていただいてありがとうございます。エリファレット様」
「友人なんだから、気にしないでよ。……何か相談事があるんだってね」
お義父様があらかた話しているらしい。なら経緯を説明する必要はないな。
「はい。単刀直入に申し上げます。私をエリファレット様の婚約者にしていただけないでしょうか」
「…………え?」
こんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。エリファレット様が少し呆けた顔をしている。
「婚約者です。半年ほどで構いません。もちろん最終的には私側に非があったということで、エリファレット様の方から解消してください」
この事件、私に王族の婚約者という肩書きさえあれば、なんとかやりようはある。
……しかしエリファレット様に与えられるメリットが何もない。
情けないが、もはや友情でゴリ押しするしかない。
「……イクスベリー卿が言ってたのはこれかぁ。彼がどれだけ聞いても口を割らなかったそうだね」
確かにお義父様には何度も尋ねられたが、個人的なことだからと絶対に答えなかった。
「お義父様が聞けば反対しますので。……おそらく私はまともな結婚ができなくなるでしょうから」
王家から婚約破棄された娘を嫁に迎えようと言う家は少ないだろう。
かなり年上な男性の後妻など、相手は訳ありになるはずだ。もしくは一生独身だな。
「それでもいいの?」
「ええ。……卑劣な組織的殺人を見逃すよりよっぽどマシです」
そのためなら全力を尽くしてみせる。情けなかろうと何だろうと、ひたすらお願いするのみだ。
「?何で急に床に座り始めたの?」
「私には、お願いを聞いていただけるような手札がありません。ですので土下座で頼み込もうかと」
「……手札っていうか、時期が早すぎるって言うか。今俺の婚約者になるのは危険なんだよ。命に関わる」
エリファレット様もしゃがみ込み、床に座った状態の私と目線を合わせる。
「全くおすすめしないけど、それでもなりたいの?」
「はい」
じっと見つめられたので、こちらも同じように見つめ返す。
するとエリファレット様がハァと大きなため息をついた。
「俺が断ったとして、事件の解決を諦めたりしないんでしょ。ここで諦めることは、君の中の一番大切な信念の核となるような部分を捻じ曲げることになる」
「…………」
言われてみれば、そう、かもしれない……。
これ以外に取れる方法となると、もうこの家を出るしかないだろう。
……それでも諦める自分が、私には想像できなかった。
「アリアがアリアでなくなるのは俺だって嫌だけどさ…………いいよ。真っ先にこの手段を取ろうと思ったってことは、これが一番穏便な方法だったってことでしょ。断ったらアリアは何するかわからないし」
「え……よろしいのですか?期間限定とはいえ、玉座を目指す貴方にとって、何の利にもならない婚約ですよ……?」
「ふ、アリアから頼んで来たのに。じゃあやめる?」
軽く笑って言われてしまう。しまった藪蛇だった。
「いえ!すみません……よろしくお願いします……!」
慌てて頭を下げて謝罪しようとすると、耳に髪をかけられて止められた。
「誰と婚約しようが、俺は王になるよ。王になるか死ぬかなら、王になるしかないんだから。……でもそれがわからない人もいる。王妃とかね」
どういう意味か分かりかねて返事に困っていると、エリファレット様が私の手を取って立ち上がった。
「レイモンド。ちょっとヴィクター呼んできてよ。自然な感じで、何にも知りませんみたいな体で」
「……注文が多いですね。ぶっ飛んだ展開すぎて、俺いま結構混乱してるんですけど」
「二人で部屋の前歩くだけでいいよ。庭に出ようとか言って連れてきて。あ、ドアは全開にしておいてね」
「混乱してるっつってるのに更に追加で注文付けてきたよこの人……。じゃあ、まぁ、行ってきます」
どうやら王妃に嫌がらせの為に付けられた、もう一人の側近候補のヴィクター・ベルナッザを呼んでくるようだ。
「側近候補に割り当てられた部屋はここから近いからすぐ来るだろうね。アリア。もうちょっとこっちに来て。うん、そう、その位置。ではちょっと失礼」
入り口からよく見える位置に誘導されて、腰に手を回され頬に手がそえられた。
……なるほど。まぁ確かに一番手っ取り早いか。
「アリアはキスしたことある?」
「……ありません」
そういえば前世から考えても一度も無い。
クリスフォードとは婚約していたが、そういう類のことを全くしていなかった。
あちら側はブリジットとしていたかもしれないが。
「押さえ込んでるけど、拒絶が見えるね。本当は王族との婚約なんて嫌なんでしょう?」
知られている。読まれていたか。
……誤魔化しても仕方がないな。
確かに前世のことがあるから、王族との婚約には忌避感がある。しかし……
「だから何だというんです。くだらない感傷ですよ」
そんなことどうでもいいと思うくらい、攫って殺した子供達を金づる扱いしている奴らが、私は許せない。
……絶対に潰してみせる。
「……そっか。じゃあ目を瞑って?」
足音が近づいてくる。側近候補達がもうすぐ部屋の前に来るだろう。
「俺もしたことないんだよね。アリアと一緒だ」
そう囁かれて唇に何かが触れた。
これがキスか……と思ってたらエリファレット様がついばみ始めた。
さすが王族。経験がなくてもそういう知識はちゃんとある。
ちゃんと親密に見えていればいいが。
「な……!」
「うぇ……?!」
側近候補2人の驚いた声を聞いて、エリファレット様がちゅっと音をさせて離れた。
……9歳なのに凄いなこの人。
「あ、見られちゃった……。アリアが可愛いくて、好きだなって思ったらついしたくなってしまって……お願い、黙ってて!……母上に知られたら……」
必死で隠したい感が出てる。演技派だな……。
ぎゅっと抱きしめられたので、とりあえずエリファレット様の服を掴んで下を向いておいた。私も照れてる感じが出ていればいいと思う。
「わかりました。とりあえずお茶でも用意してもらいましょう。私は少し席を外しますので、レイモンド。手配を」
「あ、はい……」
ベルナッザは誰も頼んでないのに謎の指示を出した後、部屋の扉を閉めて足早に去って行った。
レイモンド様に言うんじゃなくて普通自分で手配するだろ。今はそれで好都合だけれど。
「あそこまで言えばきっちり王妃に報告するでしょ。レイモンド、本当にお茶お願いしてきてくれる?」
「う、え、わかりました……」
驚きすぎたのか、レイモンド様はふらつきながら部屋の外に出ていった。
「あの、離してもらってもよろしいでしょうか」
「あぁ、うーん、そうだね」
そう返事しているのに、さらにぎゅっと抱きしめられ、髪を撫でられる。ええっと……?
「あの……」
「本当は危ないことなんかさせたくないのに……」
今度はおそらく演技ではない、本気の言葉に感じた。心配してくれているらしい。
この人は本当に、友人想いだな。だからこそこんな荒唐無稽なお願いを聞いてもらえたのだろうけれど。
「……ご心配ありがとうございます。前にも言いましたが、私は危害を加えることが相当難しい類の人間ですので、大丈夫ですよ」
「アリア……」
その声がまだ心配そうだったので、背中に腕を回して安心させるようにポンポンと軽く叩く。
「ほら、レイモンド様が困ってますから離れてください」
お茶の用意を頼んでから部屋に戻ってきただろうレイモンド様が、まるで本当の恋人同士かのような私たちの状態を見て、部屋の入り口で非常に困惑した様子で立っている。
「アリアに良識があってホント良かった。ホントありがと。何で俺が戻ってきても変わらずくっついてんですか。ていうかいきなりラブシーン見せつけられた俺の気持ちも考えてくださいよ」
「必要なことだったんだよ。これで俺とアリアは最短で婚約できる」
エリファレット様がスッと体を離してくれたが、腰に手が回されたままだ。まだ心配が続いているんだろうか。
「そうですね。一月くらいあれば噂も広がって」
「いや、3日かな」
「……は?」
「最短3日で婚約出来るよ」
流石に……それはないだろう……。
王族の婚約なんだから……。
しかし、にこやかに指を3本立てながらエリファレット様が言った言葉は本当だったようで、次の日の夕方には、王家から婚約の打診が届いた。
唐突なルート確定。
急に方向転換したみたいに見えますけど、元々こんな話です。




