22.残念な結果になりました。
痛みで悲鳴を上げている体をベッドに投げ出し、大きなため息をついた。
馬車で寝た後は多少動けるようになり領府へ向かったが、今日の仕事の出来は最低だった。
頼まれた書類の作成ではいつもより時間がかかってしまうし、計算は間違うし、結局作り直しになってしまい散々だった。
動きがおかしかったからか同じ部署の方々にも心配されてしまうし……。
これは駄目だ。本当に駄目だ。あれだけ啖呵を切って仕事に行ったのにこれはないだろう。
もともと平民だったから体力的にもう少しついていけるかと思ったらそんなことはなかった。
はぁ。情けない。平謝りしたら身分のせいか逆に恐縮されてしまったし……。
……やってしまったことは仕方がない。2度とこんな不甲斐ない結果にならないよう、毎日鍛錬しなければ。
仕事から帰ってきたら夕食まで鍛えることにしよう。
早く、魔物と戦えるようになっておかなければ……。
魔法の授業の時間も剣術に充てた方がいいかもしれない。
魔法は貴族としては必須だし、戦争では役立つが、魔物に対しては役に立たない。
たぶん私は魔法が得意だ。過去の術式の構造を理解しているから威力調整も位置指定も普通にイメージできる。
もともと皇太子の婚約者に推されるくらいには魔法に長けていたのだ。前世ではほぼ使えなかったけれど。
奇跡のような今の魔法を学ぶのは本当に楽しいが、お披露目会で恥を書かない程度に留めて、物理攻撃を学ぶことに時間を割こう。
魔物と戦うつもりだなんて、お義父様には絶対言えない。優しい彼に必ず反対されてしまう。
すみませんお義父様。でも私はどうしても皆を守らなければならないんです。
その為の力を得る為に貴方の娘になったのですから。
本当は算術の予習をしたかったが、体が限界だった。
もう、今日はとりあえず寝よう……。
目を閉じると同時に私の意識は深く沈んでいった。
夢は見なかった。
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増え続ける魔物対策のために領軍は急遽新人を募集することになり、俺はその打ち合わせのために領府にある領主の執務室を訪ねた。
「失礼します」
「あ、いらっしゃい。デューイ」
予算やリクルート方法等、話を詰めていく。話す間でふとアリア様の話になった。
「はぁ。一回君に預けて厳しい指導を受ければ絶対諦めてくれると思ったのに。そしたら女の子用の護身術にシフトしていこうと思ったのに。まさか君が小さい女の子にだけは優しかったなんて」
「人のこと幼女趣味みたいに言うのやめてもらえますか?てか優しくなんてしてませんよ。最終的に野外の訓練場の端で倒れ込んだまま起き上がれなくなってましたし」
人聞きの悪い言い回しと勘違いを訂正する。
まず体力がなさそうだったから基礎訓練に参加してもらってちゃんと普通に指導した。たぶん7歳には厳しすぎたくらいだろう。
「はぁ?午後から普通に領府に来て仕事してたんだけど」
「止めたけど行きました。身体強化で無理矢理体動かして。あの様子じゃ回復使ってないだろうし、全身激痛の中で出勤したんじゃないですか?結構根性ありますよね」
イクスベリー卿が驚いた顔をしている。
最後、回復を使っていいとは言ったけど、笑っただけで返事しなかったからな。
そうとう痛そうだったが、おそらく少し休んでそのまま領府へ行ったはず。子供らしからぬ根性だ。
「確かにいつもしないようなミスして謝ってたらしいけど。というかいつもが子供とは思えない程出来すぎてるというか……。いや、ちゃんと止めようよ!君もアリアも!というか、身体強化魔法で無理矢理動かすこととか出来るの?」
「彼女、精密身体強化魔法が使えますからね」
初歩の簡単な身体強化なら無理だが、精密身体強化なら可能だ。
体を全体的に強化したうえで強化の強弱を付け、動いてる間中動きに合わせてその強弱を細かく変化させて魔力を制御し続ける技術。
力を効率的に運用出来るので、いくら痛みで力が入らなかろうが、日常動作くらいなら何とかなる。
「え、あれ本当だったの!?初級じゃなくて上級なの!?」
「……知らなかったんですか?」
まさか『身体強化魔法が使えるみたいだから君に頼むよ』とか言ってきた上司が知らなかったとは。
諦めさせる為だけに適当な理由付けて俺に押し付けたのかこのオッサン。
「いや、聞いてたけど、アリアの勘違いかなって……。だって7歳だよ?出来ると思わないじゃないか」
「あーそうですね。俺も最初そう思いました」
出会って早々めっちゃ試したからな。
というかその程度の身体強化魔法で粋がってんじゃねぇとか言うつもりだったし。
結果は十分粋がっていいレベルだったけど。
「仕事から帰ったらさぁ、毎日体力つけるために訓練してるみたいなんだよね。限界まで2時間くらい……。あの子は一体どこを目指してるんだ……」
「へぇ。ちゃんとやってるんですね。じゃあ次は基礎の型でも教えようかな。ちょうど明日来るし」
自主的に言われたことを守って毎日訓練することは、簡単なようでなかなか難しい。子供は特に。
ちゃんと毎日やってるなら、こっちもちゃんと教えないとな。
「なんでそんなに強くしようとしてるの?貴族の女の子だよ?魔法で良くないか?」
「いや、俺は言われた仕事をしてるだけなんで。やらせたくないなら止めれば良かったんですよ」
あんたがやれって言ったのに何言ってんだよと俺はあきれた。
イクスベリー卿が疲れた様子で自分の頭に手をやる。
「他のことは『お義父様に従います』って譲ってくれるのに、この件に関してだけは絶対譲ってくれないんだよね……。感情論とかねじ伏せてくるからね。しかも角が立たないよう配慮してやんわり言ってくるから反対しづらくて困る。子供を説得するのってこんなに難しかったっけ……?」
その時、コンコン!と強めのノックの音が響いて「失礼します!」と焦った声と共に扉が開いた。
「すみません、アリア様が!あ、お話中でしたか……焦ってしまってつい……失礼致しました」
俺の姿を見た男性がそれまでの勢いを失くしてすごすごと引き下がっていく。
イクスベリー卿が返事をする前に慌てて扉を開けた様子から、緊急の用事かと思ったが違ったようだ。しかしタイムリーだな。
「いや、いい。アリアがどうしたの?」
ちょうどアリア様の話をしていたからか、イクスベリー卿はそのまま話を促した。
俺もちょっと興味がある。
「はい、私が担当しているアリア様の魔法の授業の件です。アリア様は天才です。魔力のコントロールがまず完璧ですし、イメージのコツを掴むのも早くて、簡単な魔法ならもう使えています」
魔法を正しく発現させるのは、結構難しい。
特にスロットが変わってからは初歩の魔法を使えるようになるだけでも半年はかかるのが普通になっている。
スロットに流す魔力量、威力指定、位置指定、術式選択、全てが正しくバランスが取れた状態でなければ、スロットの安全装置が作動しキャンセルされる。
それを短期間でとは……。身体強化のようにもともと使えてたのか?
「それは……すごいな。本人曰く、彼女の家にはスロットが無かったらしいから、うちに来てから初めて魔法を使ったはずだけど……ちょっと普通の習得スピードじゃないよね」
「へぇ。やっぱ魔法の才能があるんですね。身体強化魔法が使えるくらいですし」
そらすげぇや。やっぱ天才ってやつか。
「このまま学び続ければ、稀代の大魔法使いになれるかもしれないと言ったら……」
魔法師の男は言葉を切ってしゅんとうなだれた。
「魔法は貴族として恥ずかしくない程度でいいと。後は趣味として程々にやるから、もう教わらなくてもいいと……」
「ええ?何で?」
「意味がわからないですね」
続いた言葉にイクスベリー卿と俺は驚きの声を上げる。
そんなに才能があるのに、学ぶ気がないってどういうことだ?
「そうでしょう?それに、アリア様は魔法を使う時、とても楽しそうにされるんです。絶対魔法が好きなはずなのに……だからイクスベリー卿が止めてるんじゃないかと思って……」
「いや、そんなことはしないよ。むしろ剣術より魔法を極めて欲しいよ」
本音が出てる。剣術やらせたく無さすぎだろ。
「何か理由に心当たりとかないんですか?」
「ないよ。全くない。……とにかく聞いてみるか。今日帰るの遅くなるんだよな……聞くとしても明日か。あ、そうだ。ちょっとデューイ、明日アリアに何で魔法じゃなくて剣術なのか聞いてみてよ。剣を習いたい理由とかもなんか当たり障りのないことしか言わないし、君が聞いた方がいいかも」
「え?俺ですか?まぁいいですけど」
なんか変な役目が回ってきた。たぶんどうせ聞いただろうから問題ないけどな。
貴族の子女が魔法より剣術選ぶって普通に気になるし。
もし聞いても隠すようなら隠せなくなるまで扱いて聞き出そうと、俺は頭の中で明日の特別訓練メニューを考え初めた。
これ以上名前出す人を増やしたくなくて、魔法師の人で押し通してるんですけど、こいつめっちゃしゃべる……。
アリアは魔法術式オタクなので魔法が好きです。
もちろんゲーム内のアレクシアにもアリアにもそんな設定はありません。
皇太子の婚約者になった時期も違えば、選ばれた理由も違います。
ゲーム内アレクシアは引っ込み思案な弟の魔法を自分のものだと偽って、自分の魔力が強いように偽装して婚約者の座を手に入れます。そして断罪の時に罪の一つとして明かされる流れでした。
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※追記です。2話の記述と、この話の記述が矛盾していたので修正しました。
えぇ……貴族の魔法は魔物退治にも対応できるって言うてたやん……と、皆さまさぞ混乱されたことでしょう。私のミスです。本当に申し訳ありません。
アレクシアさんの時代のスロットはボタンで術式選択して位置指定するから魔物と闘いながら魔法展開とか無理なんですよね……。自分が動くたびに位置指定も動くという鬼使用。そのたびボタン選択。無理ゲーでしかない。




