17.内緒話をしました。
翌日、領府の視察に赴いたエリファレット様の周りには、側近候補のレイモンド様と、前日私に絡んでいたイェーツ以外の視察メンバーが集まっていた。
その様を王妃の息のかかった側近候補二人が困った様子で見ている。
おそらく彼らは王妃にエリファレット様を孤立させるよう言われているのだろうけれど、そもそも視察メンバー達は第一王子とお近づきになることが目的で来ているのに、孤立させるなんてそんなことできるわけないだろ。逆に浮いてるじゃないか。
お義父様が案内している後を側近候補と視察メンバー、そして第一王子ご指名の私が付いていく。正直、私はいらないと思う。
事前に決めていた行程通りに視察を終えると、エリファレット様が近づいてきた。
視察メンバーが少し不満そうにこちらをじっと見ている。顔に出ていますよ高位貴族のお坊ちゃま方。
「後でアリアの部屋に行ってもいい?ちょっと話したいことがあるんだ」
そう声を掛けながら距離を詰めてきた。
……近いな。
反射的逃げそうになる体をグッと抑える。
「ここだと誰に聞かれるかわからないから」
耳元でささやかれた。
どうやら内密で話したいことがあるらしい。人払いをして待っておけということか。
「承知いたしました」
こちらとしてはもちろん問題はない。
しかし普通はレイモンド様に伝言させるところではないのだろうかと思って彼を見たが、諦めたような顔をしながらこちらを見ていた。
家に帰って部屋で待っていると、約束通りエリファレット様がやってきた。
護衛には外で待機するように指示を出している。本当に誰にも聞かせたくない話らしい。
「時間取ってくれてありがとう」
「いえ、何かありましたか?」
メイドも外に出したので、私がお茶の用意をする。
エリファレット様の前に置いたら、彼はすぐに口を付けてしまった。
……私が飲んでからにしてほしい。毒を入れられたらどうするんだ。
他の時はちゃんと後で口を付けていたのに。
「魔物対策の部署で話しかけた三人、覚えてる?」
「はい」
エリファレット様があの部署で話しかけたのは、若い女性と若い男性、そして部署の責任者の壮年の男性だ。
「若い男性以外の二人、調べてみた方がいい。何か隠してる。多分後ろ暗いことを。俺たちのこと、相当警戒してた」
「まさか、領府でも……」
役場に引き続き不正が行われているかもしれない。
調べてみないとわからないが、お義父様が本物だと言い切った能力だ。エリファレット様が言うなら何もない可能性は低いだろう。
「一応目的は変えてあるけれど、最初は役場の不正があったから今回の視察が行われるということになっていたからね。視察中に何か見つかるのは良くないと思って、君に話した。直接執務室に出向いて二人きりになって変な憶測を付けられても困るだろうから、アリアからイクスベリー卿に話してもらえない?」
「……ご配慮ありがとうございます。とても助かりました」
エリファレット様の能力は有名だし、視察直後にお義父様に内密に接触すると何かあったのではと騒がれるかもしれない。
今回は面倒なことに、何かと絡んで来ようとするイェーツもいるしな。
「うん。でも、もし黒なら時期が良くないな。連続で、というのは」
「えぇ。心象が良くないですね」
短期間で領内の不正が連続で見つかるのは、著しく周りの評価を下げかねない。それは我が家の隙になってしまう。
……幸いというかなんと言うか、エリファレット様が指摘した二人は魔物対策部だ。
役場の不正も魔物にかかることが主だったから、一つの事件として扱って処理したいところだ。
「義父と相談してみます。調査してみないと詳細はわかりませんし……。内々にお伝えいただきありがとうございます」
「うん。でもまぁ、アリアたちの為だけじゃないから」
何か要求したいことがあるらしい。にっこり笑うエリファレット様を見る。
お茶を飲む仕草は、さすが王族、洗練されている。私は黙ってその様を見て続きの言葉を待った。
「調査結果を俺にも報告して欲しいんだ。表向きのものではないものを」
なるほど。
……第一王子からの依頼に対して否やなどない。が、情報を正確に伝えるかはお義父様の判断による。
「義父にそう伝えます」
「ありがとう」
「知って、どうするかお聞きしても?」
子供同士の話だ。少しくらい踏み込んでも大丈夫だろう。
「あぁ、評判のいいイクスベリー領で出てくるなら、他領だとどれくらい出るものなのかなと思って。関連もあるかもしれないし、把握しておかないとね」
まさか、イクスベリー領以外の領の不正を調査するつもりなのか?
……危険すぎる。ありえない。
「……友人として申し上げたいことがあるのですが」
私がそう前置くと、エリファレット様は嬉しそうに笑った。
「何かな?」
「秘密を盾に貴族たちと渡り合うのは命の危険を伴いますので、手を出さない方が賢明かと思います。失礼ながらエリファレット様は後ろ盾が……」
第一王子の方が地位や権力は上だ。しかし貴族たちは彼よりもずっと長くこの世界で生きてきて、貴族としての力の使い方を知っている。
心無い貴族であれば、後ろ盾のない者など子供だろうと、いやむしろ非力な子供故に、ためらいもなく虫のように殺すだろう。
「あぁ、もちろん脅しに使ったりしないよ。そういう流れはよく見てるし、危険だってわかってるから。俺はただ、自分が割と使えるやつだよってアピールしたいだけ。選んでもらわないと始まらないいでしょ?」
そうはいっても彼はまだ幼い。権力を過信しないとは言い切れない。が、選んでもらう、それはつまり……
「玉座を取りに行かれるのですか」
「意外?」
「興味がなさそうに見えたので」
正直意外だった。お義父様から聞いていた王宮での彼の行動や、先日のお茶会の様子では、そんなことよりも王妃と上手くやっていきたいのかと思っていた。
「……欲しいものが出来たから。俺を取り巻く煩わしいものが全部邪魔になっちゃって。俺だと不満?もし要望があるなら今のうちに言っておいてよ」
「いえ、不満などありません。そうですね……では、国民のことを第一に考える王になってくださることを願います」
「なるほど。それ以外は?」
「ありません」
有能な者が上に立ってくれる方が仕事がやりやすい。それが国民を想うものならば……他に何も言うことはない。
「そっか。じゃあアリアにずっと味方でいてもらえるように頑張るよ」
エリファレット様の目的である欲しいものとやらを手に入れることは、私の要望を叶えることと反するものではない、と。なるほど。それは良かった。
「ありがとうございます。私もそうであればいいと思います」
民のことを考えてくれる王、か。
もしエリファレット様がそうなるのなら、私は喜んで生涯彼に仕えよう。
でもまぁ、9歳の言うことだから、いつ意見が変わるかわからないし、話半分で聞いておくべきだな。
「……うん。よろしくね」
エリファレット様はとても綺麗にふわりと笑った。
「で、さっきのことだけど、そのまま伝えてもらってもイクスベリー卿は情報なんてくれなさそうだからさ。ちょっと協力してほしいな」
まぁそうだろうな。子供が扱えるような案件じゃない。危険すぎる。
お義父様が子供を守らないはずがない。そして私はそんなお義父様を尊敬している。
「そうでしょうか?とりあえず話してみないとわからないでしょう」
とりあえずとぼけて答えてみる。
このままお義父様のところに相談しに行って、窓口である私ごと情報を制限してもらおうと思う。
エリファレット様は感情を読むが、それは超能力ではない。ごまかす方法もある。
「彼は有力貴族とは思えないくらい良い人だからね。なんの関係もない俺のことも助けちゃうくらい。わからないふりするってことは、アリアもやっぱり意見は変わらず俺が知るのは反対ってことかな」
「……いえ、本当にわからないと思ったんです」
ばれていても確証はないだろうから問題はない。証拠がない限り主張を通せばそれが事実になる。
私の感情が見えていても関係がない。
「心配しなくても俺は死なないよ。今まで生き残ってるのは偶然じゃないし、ちょっとぐらい自己主張したくらいじゃ殺されたりしない。ちゃんと上手くやるし……って言っても信じてくれないかなぁ」
お茶を飲みほしたエリファレット様はカップを置いて、机の上で組んだ手の上に顔を乗せた。
「じゃあ、仕方がないね」
エリファレット様が退室した後、私はメイドのノエルに先触れを出してもらい、お義父様の部屋を訪れた。もちろん先ほどの話を伝えるためだ。
「それは……難しいな。殿下はまだ子供だ。情報を上手く扱えるとは思えない。そんな危険に晒すようなこと……」
「そうでしょうね」
お義父様ならそう言うと思っていたし、私だってその考えに賛成だ。しかし……
「ですがお義父様。エリファレット様は国内の領への視察の打診を、先ほど国王陛下に出したそうです。そしておそらくそれは受理されるだろうとおっしゃっていました」
「え……それは本当なのかい?」
「……えぇ。何も知らないまま視察に行ってしまうと、危険に巻き込まれるかもしれないから、きちんと、表向きではない情報も含めて、教えて欲しい、と。もし関連があることなら、対策が立てられるから、協力して欲しいそうです……」
「な……」
お義父様がこちらを見たまま言葉を詰まらせている。
こんな主張、お義父様以外なら絶対に意味がない。でも、彼には効果的すぎるものだ。
……やられた。
お義父様が、子供を、守らないはずがないのだから。
いつもギリギリなのでストックを作ろう!と思って書いたものを全没にしました。なんてこったい。殿下が書きづらすぎて辛い……。




