12.手紙が届きました。
パーティーとお茶会が終わってお義父様と領地に戻った私は、さっそく仕事と勉学と鍛錬に励む。
最近は貴族対策しかしてなかったからな。もちろんそれらも大事ではあるが、他に学ぶことはまだまだたくさんあるのだ。
まずは算術の授業を受けることになった。
「お嬢様は前の家で色々と学ばれていたとお聞きしております。どの程度理解していらっしゃるか測りたいと思いますので、こちらの問題を解いていただけますか?理解度に応じて授業内容を組みますので」
「……わかりました。よろしくお願い致します」
前の家は普通の酒屋で、貴族のように家庭教師を付けて学んだことなどなかったが、なぜかお義父様が勘違いしているようなのでそのままにしている。
前世の記憶があるとか言っても証明できるものは何もないし、頭がおかしくなったと思われるのは嫌だ。
記憶があると言えば『転生者』だが、私は違う。
神々の世界の言葉なんて話せるはずがない。証拠を見せろと言われても無理なのだ。
前世のことを話すとしたら、もっと私がこの立場に馴染んでから、信頼できる人にだけ……。
そんな先のことを考えても仕方がないなと、私は目の前の算術の問題を解き始めた。
「……これは……なるほど。では次はこちらを解いていてください。私は少し席を外します」
「わかりました」
なんだろう。一応全問正解するつもりで解いたが、出来が悪かったか?時間がかかりすぎたんだろうか……。
よし、次はもう少し早く……あ、こちらの問題の中にははまだこの歳で知っているにはおかしいものが混じっている。
これは解かないように気を付けないと。
政務に関することやお義父様のお願い事に関わることなら加減することなどないが、それ以外の知識はきちんと教えられた上で理解するという段階を踏むつもりにしている。
16歳の時そのままの学力と知識だと気味悪がられるかもしれないし。
知っていることでも最低限説明は聞いておかないといけないだろう。
高度な算術は論理的思考を育てるには必要かもしれないが、直接仕事で使うことはあまりない。
私が7歳くらいの時に解いていたあたりの問題まで解いて、あとは毎回予習した体で早めに進めてもらえるよう言えばいいだろう。
前世より圧倒的に勉学に使える時間が少ないから、かつてと同じスピードで学ぼうと思えば、どうしても普通の授業の進め方では無理だ。
16歳までに同じだけ学んだことにすればいいのだから、それで問題ないはず。最終的に貴族の普通の基準になればいい。
3分の1程の問題を解いてペンを置いた。まぁこんなものだろう。
本を抱えて戻ってきた先生が、驚いた顔をしながら私が解いた問題を見て言った。
「算術に関しては、お嬢様はこのまま学園に入学されても問題がないでしょう。ずいぶん高度な教育を受けられていたのですね。では次はこのあたりの本の内容からになりますかね……」
学園……この国では13歳で大体の貴族が入学するあの学園か?
……いや、明らかにお世辞じゃないか。前世で7歳くらいの時に解いていた問題だから。ちゃんとわかっているから。
しかし褒めて伸ばそうと考えてくれているのかもしれない。いいか悪いかは別として、生徒思いの良い先生だな。
ちょっと褒め方が大袈裟だが。
「ありがとうございます。ではとりあえず次までにこの本1冊予習しておきますね」
「え?1冊?いや、それはちょっと無理じゃ……?」
「え?でもこれパッと見た感じ1冊に付き一つのテーマのことしか書いてないですよね?」
「え?そうですけど、え?じゃあ大丈夫……ですかね?」
?前世でもこんな感じで予習してから学んでいたが、ガレリアでは普通ではないのだろうか?
「予習した上で授業を聞いて、わからないところがあればちゃんと聞きますので。その時は詳しい解説をお願いします」
前は理解できるまで質問していたが、今回はすでに理解しているのでさらっと流そう。
1回の授業で1冊の範囲が終わるなら、算術に充てる時間が少なくても遅れることはないだろう。
「はぁ。まぁ学びやすいスタイルがあるでしょうしね……。でも1冊ですか……。無理はしないで下さいね」
心配そうな目で見られたが、そもそも知っていることを思い出すだけでいいのでなんてことはない。
「勉学に充てる時間が少なくてすみません。周りに置いて行かれないよう精一杯予習復習して頑張りますので」
「いや、そもそも今すぐ入学できるくらいなので、すでに周りを置いて行ってるんですよ」
……うーん、ものすごく褒めて伸ばすスタイルなんだな。
よほどのことがない限り、勉学において褒められることなどなかったので変な感じだ。
過去の私は未来の皇妃で、出来るのが当たり前だったのだから。皇太子であるクリスフォードは出来てなかったけれども。
……まぁ褒められるのもそのうち慣れるだろう。
午後からは領府に出勤し、帰ってきたら執事長のケネスから手紙を渡された。この印璽は……
「王家……エリファレット様ですか……」
「旦那様にも来ております。急ぎの便で送られたようです」
ただの時候のご挨拶ではない、と。
はぁ。面倒ごとの予感しかしない。……とりあえず確認しないと。
「部屋で見ます。ノエル、お義兄様とジョシュに少し遅れると伝えて。ケネスは一緒に来て下さい」
兄弟の仲を深める為ということで、お義兄様とジョシュにお茶に誘われていたのだ。あまり遅れると申し訳ないからさっさと確認しよう。
「ただの手紙の可能性もありますしね……」
部屋に入ってエリファレット様からの手紙を読んでみたが……やはり普通の内容ではなかった。
「ケネス……エリファレット殿下がイクスベリー領を訪問するそうです。……2日後に」
ケネスの驚いた表情を見ながらため息をつく。
「急なことだから宿を取って滞在するとのことですが、そんなわけにはいきません。伯爵家として王族の方をお招きしないわけにはいかないでしょう。3日間の予定だそうです。……帰って来られたらお義父様から指示があるでしょうが、準備をお願いします」
次の議会の時期まで会うことはないと思っていたのに何なんだ一体。手紙のやり取りくらいはすることになるかもしれないと思っていたが……。初めての友人にはしゃいでいるのか?まぁ……大人びて見えても9歳だしな。
それにしても2日前に会ったばかりなのに……友人になるのは早まったか……?
「はぁ……」
心なしか慌てたように退出したケネスを見てもう一度ため息をついた。
お茶会のついでにお義兄様とジョシュにも知らせておこう……。
「え?殿下がいらっしゃるのか?」
「なんだかとっても急だね……お会いしたことがないから緊張するなぁ」
話を聞いたお義兄様とジョシュが困惑している。
王族が領地に訪ねてくることなどめったにないので、当然の反応だ。普通は貴族側が王都に呼ばれる。
しかもエリファレット様は王妃の実家のリッケンバッカー家ですら訪問したことはない。
……第一王子の初めての訪問がイクスベリー家……本当に面倒事の予感しかない。
「視察だそうです。お義父様の政策に興味を持たれたそうで。……先日参加したお茶会で恐れ多くも友人にとおっしゃっていただきましたので、ついでに私にも会っていかれるかもしれませんね」
「それ、アリアに会いに来るんじゃないのか?」
お義兄様が探るような目でじっとこっち見てくる。
……確かに私もそんな気はしているが、そんなに見られても私だってエリファレット様の真意などわからない。視察とおっしゃってる以上、それ以上の説明は出来ない。
「いえ、手紙にはそんなことは書かれていませんでした。あくまで視察だと……案内してほしいとは……書いていましたが……」
「え、じゃあやっぱり殿下は姉様に会いにくるの?」
「いえ、あくまで視察って書いていたから……私はついでだと……」
「アリア」
お義兄様が難しい顔をして私に話しかける。いきなり王族が来るとなったらそうなりますよね。納得の表情です。
「はい、何でしょう」
「殿下がいらしたら僕にも紹介してくれ」
「あぁ、お義兄様と殿下は同い年で、ご学友になるかもしれませんものね……」
いや、でも二人が友人になって今後も頻繁にイクスベリー家に訪れることになったら……でもお義父様はエリファレット様の話し相手が増えるのは喜ぶだろうし……でも中立派の家、しかも筆頭でもない家に何度も……でも……
「僕も!僕もいいでしょ?姉様」
「え、ええ。構わないわ」
ジョシュもか……いや、それはそうか……第一王子が来るんだし。
あぁ……本当に……面倒事の予感しかしない……。
友人になるのは遠慮しておけば良かった……。
頭が痛い……。