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11.お友達になりました。

「ひっ!」


 和やかに話していると、急に短い悲鳴のような声が聞こえた。

 第一王子と話していたであろう、先ほどまでは年長グループにいた少年が後ずさっている。


「なんで……そんなこと、わかるんですか。僕、言ってないのに……」


「あ、いや……」


「し、失礼します……!」


 少年は元のグループに戻ると、ひそひそと小声で話し始めた。

 第一王子はその様子を傷ついたように悲しそうに見ている。


 ――駄目ですよ殿下。


「また殿下が……」


「不気味だってお父様が……」


「王妃様も気味が悪いって……」


 他のグループにも不安が広がっている。こうなる下地は出来上がってるってことだな。

 あの少年は、完全にちょっかいをかけるために殿下に絡んでいって、その結果を周りに言いふらしている。輪番制か、罰ゲームか?

 ……誰を相手にしてるのかわかってるのか?

 まぁいい。構ってやるだけ時間の無駄だ。

 お義父様の情報を信じるなら、彼はとても優秀らしい。

 ただ子供だから、感情に引きずられて上手く立ち回れない、と。

 手の内や弱みを敵に見せるなど愚の骨頂。

 こちらの思惑は隠して、相手の欲しい言葉を選び、望むほうへと誘導する。

 相手がお子様ばかりなので簡単だな。


 ――お手本を見せて差し上げますので、よく見ていてくださいね。殿下。




 ******




 また、やってしまった……。

 母上に気味の悪い話し方を直せと言われ参加し続けているお茶会で、俺はまた失敗してしまった。

 表情、視線、身振りや手振りなんかで他人の感情が読めてしまうから、嘘や誇張、相手の話の裏で何が言いたいのか全てわかってしまう。

 最初はみんなわかるのが当然だと思って話していたら、周りの大人たちに気味悪がられてしまった。

 頑張って気を付けるように話しているのに、なかなか上手くいかない。

 さっき明らかに俺を悪く言うきっかけを探すために話しかけてきた子とも、最初はちゃんと気を付けて話していたのに、相手が反応できるような隙を作ってしまった。

 自分に向けられる悪感情に気を取られて、上手く頭が回らない。

 ……いつもみんな化物を見るような顔で俺のことを見る。

 きっと俺はもうこの先も、ずっと一人でしかいられないんだろう……。


 唯一優しくしてくれていた乳母だって、俺の側近候補だった息子が母上に言われて弟に付いたとたん、俺と距離をとった。

 側近候補だった乳母兄弟の彼も、楽しそうに弟と笑っているのを見た。

 俺の周りには誰もいなくなった。

 もし、もしも話し方が治れば、母上は弟と同じように俺を愛してくれるだろうか?


 ――いや本当はわかってる。母上が俺をどう思っているか。

 もう、絶対に、好きになることなんて……。


 こんなお茶会に意味があるんだろうか。

 自分より年上の者たちから悪意を持って孤立させられていることは理解してる。

 この後も、いつも通り雰囲気が悪くなって――

 …………?なんだろう。今日は雰囲気が違う気がする。

 下ばかり向いていたから気付かなかったが、感情の流れが……俺じゃなく、一人の少女に向かってる。


「まぁ、オグバーン様はすごいですね。私は貴族になったばかりなので知らないことも多くて」


「それほどでもないよ。君だって上手く出来てるほうじゃない?」


 年長者のグループの中に一人だけいる小さな、けれど誰よりも綺麗な所作で笑うその少女は、初めて見る顔だった。


「そういっていただけると有難いですが、なかなかオグバーン様のように素敵に振舞えません。あ、そういえばパロット様のお父様が今度褒章を受けられるとか。素晴らしいですね。そのご子息様とお話しできるなんてとても光栄です」


「はは、まぁパロット家では結構授かってる褒章なんだけどね」


 あれは……相手の喜ぶ話題を選び上手く載せて、自分に注目を集めてる。

 彼女と彼女の周りの感情の流れをじっと観察していると、中間の年齢層の子達が寄ってきた。

 いつもは遠巻きにして近寄ってこないのに珍しいな。


「あ、あの……殿下。今まで失礼を……」


「ろくにご挨拶もせず、大変申し訳ありませんでした……」


 急に謝られて驚いた。後悔と気まずさの入り混じった感情で頭を下げている。

 いつもなら俺と関わらないよう静観しているはずなのに……。


「いや、君たちに謝られるようなことはないけど……いきなりどうしたの?いつもは私と話さないよね」


 疑問に思って聞いてみると、彼らはぽつりぽつりと話してくれた。


「いえ、先ほどそういう話になって、今まで第一王子である殿下に失礼な態度だったのではないかと……」


「すみません、どうして今まで気づかなかったんだろう……」


 ――彼女だ。


 すぐにわかった。

 目の前の彼らは自分たちで気づいたと、そう思い込んでいるようだが、彼女が誘導して気付かせたんだ。

 彼らが遠巻きにしているのはこの国の王子だと。

 そして――俺は第一王子なのだと、俺自身にも気付かせた。


 思わず彼女を見るとちょうど目が合い、にっこりととても優雅に微笑まれた。

 笑顔が綺麗すぎて衝撃を受けたのは……生まれて初めてだった。




 ******




「申し訳ありませんでした!」


 さっきまで話していた年長のグループが殿下に謝りに行ったのを見て、私は自分の仕事が無事終わったことを感じた。

 小さい子もよくわからないまま雰囲気にのまれて謝りに行っているし、子供の方はこんなものだろう。

 あとはお義父様が親の方に丁寧に現実を教えてあげれば終了だ。

 弱小貴族が王妃に言われたからって何してるんだ。彼は第一王子で、王妃に継承権はないんだよ。

 政略結婚で寵愛を受けてるわけでもない、外交や政務に秀でているわけでもない王妃が口先だけで言ったことに乗っかって、この歳まで生き延びている継承権第一位の王子を孤立させるとか……本当に何も考えてなさすぎだろう。

 彼らの子供も似たり寄ったりとか……これはお義父様もまともな貴族が少ないって嘆くはずだ。

 などと考えていたら、お茶会が終わる時間になったらしく、子供たちが殿下に挨拶してそそくさと気まずそうに帰っていった。

 会場には第一王子と私だけが残っている。

 自然と残っている者同士で目が合い、王子が話しかけてきた。


「初めまして。君の……名前を聞かせてもらってもいいかな?」


「お初にお目にかかります。イクスベリー伯爵の娘のアリアと申します。殿下におかれましては――」


「いいよ。そんな堅苦しい挨拶。楽に話してほしい。……イクスベリー卿には娘はいなかったと思うんだけどな」


 ふむ。貴族の情報は頭に入っている、と。9歳ではなかなか難しいことだ。


「はい、元は遠縁ですが、この度イクスベリー家の養女となりました。」


「そっか。……あのさ、さっきはありがとう。味方になってくれて」


 ちゃんと私が誘導したと気付いたらしい。なるほど、彼が優秀というのは本当のようだ。


「いえ、王家に仕える臣下として当然のことでございます」


「あのさ、もっと楽に……まぁ今はいいや。また、お茶会に参加する?」


 どこか期待したような目で見られたが、私はこの後領地に帰るし、こんな暇人の会に何度も参加したくはない。


「いえ、この後すぐ領地に下がらせていただく予定ですので、次回からは参加致しません」


「そっか、じゃあ次王都に来るのは議会の時期か。残念だな……。それにしても凄いね。あんな風に感情と思考を誘導するなんて」


 さっきまで暗い顔をしていたのが嘘のようににこやかに笑いながら話してくる。

 声の調子も明るい。……上を向いてくれるようになって良かった。


「普通の夜会では出来ないでしょうし、しませんよ。このパーティーとお茶会だから可能だっただけです。あなたが率いることになる中枢の有力貴族たちの方が、こういったことはお得意でしょう。実際はお会いしたことがないのでわかりませんが」


「へぇ……。君変わってるね。全然私のこと怖がってないし、なんなら……侮ってる?んーちょっと違うかな」


「いえ、侮るなど滅相もございません。殿下はとても優秀でいらっしゃいますよ」


「なるほどね……。ねぇ、私の友人になってくれない?イクスベリー家は中立派だから不都合はないでしょう?」


 現在貴族は大きく古参貴族派、新興貴族派、中立派に分かれている。

 王妃や王妃の実家のリッケンバッカー家は古参貴族派だ。

 王妃が実家の力をちらつかせている以上、古参派なら表立って友人関係になるのは、今のところは難しいだろう。

 お義父様は中立派なので、確かに不都合はない。

 友人か……。お義父様としては話し相手になってほしいようだったし、問題ないだろう。


「私ごときでよろしいのでしたら喜んで。光栄でございます。殿下」


「よろしくね。私のことはエリファレットと名前で呼んでね。私もアリアって呼ぶから」


 右手を出してきたので握り返す。淑女の礼ではないけれど、子供の友人同士だしな。


「はい、こちらこそよろしくお願い致します。エリファレット様」


 名前を呼んだ瞬間深くなった笑みを見て――瞬間、ぶわっと肌が粟立った。

 思わず固まってしまった私を見て、


「どうしたの?変なアリア」


 と、エリファレット様はクスクス声を出して笑った。

 何か、私は、自分の考えも及ばないものを、起こしてしまったような――


「あ、君のお義父様が迎えに来ているよ。……じゃあまたね。アリア」


 繋いだ手をほどきながら少女のように無垢な笑顔でにっこりと笑うその顔を見て、私はきっとただの気のせいだなと思った。

 精神年齢で言えば明らかに年下の、9歳の子供相手に――委縮するなんて。

 まさか、ありえないことだ。

 エリファレット様の長めの髪が揺れる後姿を見送り、私も会場を後にする。

 お義父様の姿を見つけ、私はいつものように微笑んだ。






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