10.お茶会に向かいました。
夕食が終わった後、私はお義父様の書斎に呼ばれていた。
昼に話していたお茶会についての話だろう。
「いらっしゃいアリア。さ、座って」
ソファーに座るよう促され、お義父様も正面に座る。
メイドがお茶の用意をして立ち去るのを待って、お義父様は口を開いた。
「早速だけど、第一王子のこととお茶会のことを話すね。あんまり先入観を持ってもいけないからなるべく端的に話すようにするけど――」
ざっと聞いた話によるとまず彼は王妃に嫌われているらしい。
そして優秀すぎた為に周囲の予想を上回る反応をしてしまい、周りから遠巻きにされたことを王妃に利用されて、お茶会の度に孤立しているらしい。
お茶会は王妃が企画しているので、明確な嫌がらせだと。
「……第一王子は王妃様の実子ですよね?」
「そうなんだけどね……第二王子の方がお好きで、彼に王位を継がせたいみたいなんだよ。だから継承権が上の第一王子が目障りみたいだね。王妃様にはそんなに権力はないんだけど悪評を撒いて実家の力をちらつかせて、第一王子が王太子になるのを必死で妨害しているんだ」
そんなに必死で嫌がらせをするほど嫌いなのか。実の子供なのに。
まぁ家族の在り方にもいろいろあるからな。特に政略で家族を作る王族や貴族は。
「王妃様に嫌われているのは確かに良くないですね……。でもお茶会は別に浮いてようが構わないでしょう。議会の時期でもない昼の催しに毎度出るような貴族達から孤立して、何か問題でも?」
パーティは男女同伴のものらしいから集まってるのは相当な暇人だ。
女だけ集めて孤立させても男社会にいれば大した問題でもないから、男性たちのヘイトを集めて男社会から孤立させたいのだろうけれど……正直そんな暇そうでかつ権力もなさそうな貴族から受け入れられなかろうと大した問題ではないだろう。
なにせ彼は王子なのだから。
弱小貴族が束になっても敵わない権力が彼にはある。
「陛下もね、そう考えてるみたいで。一応王妃様にも言ってるみたいなんだけど、聞く耳持たないみたいでね。陛下も忙しいからそればかりにかかずらってられないし、最悪放ってても大した問題にはならないから、王位を継ぐ地位にいるのならこれくらい自分で解決しろと思ってるみたいで……」
「試練というわけですか。……しかしお義父様は放っておけない、と」
イクスベリー家は第一王子派というわけではないらしい。
しかし比較的近いとはいえ往復2日かかる王都までわざわざ出向こうとしている。何かお考えがあるのだろうか。
お義父様の顔が歪んだ。
「アリアには難しいかもしれない……いや、陛下もわかってらっしゃらないから普通はわからないものなのだろうけれど……母親から嫌われるというのは本当につらいんだよ。自分という存在が肯定できなくなる。足元が揺らいでいる傷心の9歳の子に、自分でなんとかしろなんて無茶だ」
「お義父様……」
辛そうに話すお義父様の顔をただ見つめることしかできない。
私は幸い母親との関係はずっと良好だった。
おそらく関係が悪かったであろうお義父様にかける言葉が見つからない……。
「だからせめて……アリアに話し相手になってあげてもらいたいんだ。君なら相手が優秀すぎて引くことなんてないだろう?」
たぶんお義父様は第一王子に自分を重ね、彼の心の傷を想って何とかしたいと考えている。
……私は馬鹿だな。第一王子派とか、そういうことじゃないんだ。
純粋に傷ついた子供を心配している。
彼はそういう人だし、そんなお義父様だから――全力で力になりたいと思うのだ。
「わかりました。お義父様のご希望通り、必ず私がなんとか致しましょう。――では、私にこの国の貴族の方々のことを教えてください。特にお茶会に出席するだろう方々のことを詳しくお願いします」
彼らが孤立させているのが一体誰なのか、思い出させてあげよう。
王都に出発するまでの10日間は、私は政務以外はマナーと歴史と最近の流行、そしてこの国の貴族たちについて学ぶことに費やした。
短期間ですべての貴族の情報を頭に入れるのは骨が折れたが、仕事と食べることと寝ること以外の時間を当てたらある程度何とかなった。
お義父様には「無理をしなくていい」と言われたが。……本当に彼は紳士だ。
ドレスの仕立ても何とか間に合い、無事に準備を終えて、私はお義父様と王都へ向かった。
馬車の中ではイクスベリー家に来た時と同じくお義父様と二人で移動した。
「アリア」
「はい、お義父様」
お義父様が真剣な顔をしてこちらを見ている。私も、真剣に見つめ返した。
「殿下の能力は本物だよ。……気持ち悪いって思わないであげてね」
第一王子は超能力のように相手の感情を読むらしい。それゆえに遠巻きにされている、と。
もちろん超能力などではなく、相手を見て推察しているだけなのだが、精度がすごいらしい。
「何度も仰るなんて、それほどのものなのですね。剣を恐ろしく感じるかどうかは、持ち手の心根次第だと思います。能力自体は為政者としてはとても魅力的ですね」
「……そうだね。でも今彼は普通の状態じゃないから……」
「大丈夫ですよ」
お義父様が心配そうにこちらを見ている。彼の憂いが少しでも和らぐよう微笑む。
「もし歪んでいたとして、幸い彼はまだ9歳ですから、これから何とかなるでしょう。できるだけのことはしますよ。権力を持った人間にはまともでいてもらわないと、最終困るのは国民ですし」
「ふふ、そっか。アリアらしいね」
その後は穏やかにパーティーの打ち合わせをした。
パーティー当日、王妃がいない為とりあえず誰に挨拶することもなく、すぐ子供たちのお茶会の方に参加することになった。
王妃は毎回参加するわけではないらしい。流石にそんなに暇ではないようで助かった。
会場に入ると、少年少女から注目される。内輪の集まりのようになっているところに、見たことのない人物が入ってきたのだから当然だ。
視線を受け入れながらゆっくりと観察してみると、7歳くらいから11歳までの子供たちがだいたい年齢別に3グループに分かれている。
そして一人少し離れたところで手持ち無沙汰に過ごしている、あの一見少女のような少年が……第一王子か。
ドレスは完璧。髪もきれいに結ってもらっている。後は私がうまく立ち回るだけだ。
「ごきげんよう、皆さま」
私はまず中間の年齢層のグループに近づいた。