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<R15>15歳未満の方は移動してください。

人魚姫が恋焦がれた王子が、思ってたのと違う件

作者: 福島 まゆ

当作品を読むにあたり、注意点

・従来の『人魚姫』の世界観を、崩壊させる危険があります。

・題などにも在るとおり、そもそも結末も異なります。

・以上、引き返すなら今のうちです。

誤字の指摘や感想などがあれば、遠慮なくお寄せ下さい。


 私は人魚。

人間とは別離の世界に生きる生き物。

それが種族の意思であり、王である父の考えでもある。


15歳になると一人前とされ、たった一度だけ、人間の街へ行くことが許される。

ただし、物見遊山のためではない。

人間をよく知り、おのが世界を知るため。

 自分の目で見て、それを知るのだ。

これが大昔からのならわし。


「なーんてね、固いことは抜きぬき!」


 陸に上がるにあたり、魔術によってヒレは足になっている。

勝手の分からない未知の土地、あらかじめ多くの勉強などもしてきた。

・・そして知ってしまった。

いはく、陸には『タイヨー』なるものが上がり、世界を照らすという。

曰く、陸は夜になると、天井いっぱいにマリンスノーが光り輝くという。

曰く、陸にはワカメ的なのを栽培している広大こうだいな『ノーチ』なるものがあるという。

曰く、陸には華美に装飾された、まるで芸術のような食べ物があるという。

曰く、陸には・・・・


 許された人間の街での滞在期間は、およそ1ヶ月。

これを楽しまずに置くべきか!?

いや、無い!!

 あちこち見聞していたら、それはそれで・・・いやむしろその方が、人間というものを深く知れる。

そうこれは、勉強にかこつけた観光・・もとい見聞なのである!

そのために、まずすべき事は・・・


質屋しちやなら、通りの突き当たりの図書館を左に曲がったところにあるよ。」


「そうなんですか、ありがとうございます!」


 そう、金よ。

陸地は海と違い、『お金』というのが流通して物と交換するようだ。(海は貝がらッス)

多少なりと陸に上がってくる際には、人間の金子なども渡されてはいるが、足りない。

全っ然足りないね!

 この量ではケチっても、行きたいところの半分も行けやしないわ。

でも心配ご無用、お城から金品とかを失敬してきたのを売れば、むしろお釣りが来る。

置き手紙もしてきたので、怒られることも無いだろう。


 ・・・と、お金の心配が無くなれば、こっちのもの。

まるでお姫様気分よ。

ま、海に帰ればまんまですけどね。

 さて何処へ行こう、陸に出てくる前にあらかじめのリサーチは済んでおり、行きたい場所のピックアップはしてある。

目下、一番に気になるのは、『聖王都』とも呼ばれる隣国の首都アリスかしら?

『キョウカイ』なる美しい建物が、林立しているらしい。

 なんてウキウキしていたら、通りすがりの兵士に思い掛けない言葉を掛けられた。


「今日から1週間、王子様の聖誕祭が開かれるから、その間は許可された商人以外の移動は、禁じられているよ。」


「えぇ!?」


 お、おうじーーーーーーーーーーー!!

勘弁してよ、私が陸に居られるのは1ヶ月しかないのよ。

1週間も棒に振ったら、予定が大幅に狂っちゃうじゃないのよ!?

 はあはあ・・・

 嘆いてもしょうがない、陸には陸のしきたりがある。

郷に入っては郷に従えという言葉もある通り、こればっかりは従うほか無い。

 でも、いきどおりはある。

せめてその王子のつらを拝んでみたいものだ。


 どーせ人間の王子、丸々と太った子ブタのようなのを想像していたのだが・・・

当日になって、私は唖然あぜんとさせられることになる。


「キャー王子様よ、こっち向いてー!」

「王子様はまだ、側室すら取っていないらしいわよ! 私もたま輿こし、狙っちゃおうかしら!?」


「・・・。」


 見えぬ。

王子が通るというパレードの道をあらかじめ調べ、人波にさらわれそうになりながらも、我慢して待っていたというのに。

王子は、ちっとも見えない。

 見えるのは、どこからやって来たのか分からない、とてつもない数の群衆の頭だけ。

時おり黄色い声が、そこかしこで上がり、その度に群衆がうごめいた。

 お前ら・・・そんなにブタが好きか!?

いや、私も好奇心に負けた一人なんだけどね。


「少しぐらい・・・!」


 もし海の中だったら、上からでも見下ろすことが出来たろうに。

人間って不便ね!

背伸びしても、見えやしないので、何度かジャンプを試みるが、それでも見えるのは誰かの肩だけ。

ふぅ・・・・。

 やめた、なんで私はブタを見る為に、ここまで疲れにゃならんのか。

泊まっている宿に帰って、4日後に控えた出立の準備を整えていよう。

その方が、ずっと有意義よ。


「ごめんあそばせ・・・おっとと!」


 いったーーーーーーーー!

人が多すぎて、誰かの靴に足を引っ掛けてしまった。

おかげで満足に受身を取ることもできず、私はゴチン!という大きな音を立てて転んでしまったのだ。

しかも顔からね、運悪いったらありゃしない。

うぅ・・・鼻血でて無いかしら?


「お!?」


だが私は、転んだらタダでは起きない女。

転んだおかげで群衆の足元越しに、王子のパレードが見えるではないか!

なんたる運のよさ、海の神、ポセイドン様に感謝せねば。

 パレードは現在、騎士団長を筆頭とした兵士の行進が続いており、その後に王子が続いている様子。

見える、兵士一人ひとりの顔がよく見える。

これならブタ王子(仮)の顔も、キレイに拝めるに違いない!


「あァ、王子様よ! キャーこっちを向いたわ!!」

「おお、凛々(りり)しいお姿だ。」


「!」


 やっと来たか、よしよし・・

 パレードの中心である王子の乗る馬車は、周りを警護の白い兵士に囲まれ、颯爽さっそうと大観衆の間を通り抜けていく。

その度にあちらこちらから、割れんばかりの黄色い声や、紙ふぶきが舞う。

 大した人気だ。

馬車はあと少しもすれば、私の目の前を通過する。

どれどれ。

どんな面か、じっくり群衆の股の下から、拝ませてもらいましょうかい・・・。


「!!!」


 通り過ぎていった王子はしかし、私の邪悪な考えとは、まったく見た目が違った。

金髪碧眼に、甘いマスク。

彼はただ手を振っているだけだというのに、そこからは高い気品が感じられた。

 なんて優しそうな、美青年だろう・・・。

やべェ、ストライクだわ。

 は、・・・ブタ王子?

誰だね、そんな失礼なことを言う不敬者は!


 この後の1ヶ月、私は何をしていたのかを覚えていません。



◇◇◇



「はあぁ・・・」


 窓の外には魚が泳ぎ、肌を触れる水の揺らぎが、心地よい。

帰ってからというもの、私の心は沈んだままだ。


 あの後、私はなんとか王子に近づこうと、パレードを追っかけた。

しかし群衆のため、あれ以後は、その姿すら見ることは適わず。

 結局、期限の1ヶ月はあっという間に過ぎてしまった。

今の私の下半身は、あの時の足ではなく、ヒレに戻ってしまっている。

残念・・・。

 一度だけ、ほんの一瞬だけ垣間見えた、彼のあのはかなげな瞳には、一体なにが写されていたのだろう・・・。

それを考えるだけで、頭がボーッとして他に何も考えられなくなる・・。


これは・・鯉わずらい!

もとい恋わずらい!?


「姫は毎日、何をしているのだ?」


「きっと陸で多くの事を知ったので、気持ちの整理をしているのでしょう。 今はそっとしてあげましょう。」


 前なら、父王の声が聞こえたら挨拶を欠かさなかったのに、今はとてもそんな余裕は、私には無い。

ああ、もう一度お会いしたい。

あの王子様、海にもパレードに来ないかしら?

 なーんてね、彼は人間よ。

父が人魚の土地を、人間に通らせるわけが無いわ。

そう・・・彼と私は、相容れない種族同士の、引き裂かれる運命の者なの。

おお・・王子、どうしてあなたは人間の王子なの!?


 ・・・なんて嘆いて居たらね。

来る事になりましたよ、海に王子。

正確には外遊に出かけるらしい彼の乗った船が、ちょうどこの近くも通るようだ。

 父王や他の人魚達は『迷惑な』と煙たがっていたけど、私的にはイッツカモン!

これは海の神、ポセイドン様が私のなげきを聞き届けて下さったに違いないわ!!

もう一度会って、どうにかして船に上がって、どうにかしてこの気持ちを、彼に打ち明けるの!

 人魚のしきたり?

そんなモン、2人の愛の前には死んだ魚と同じよ。


「姫よ、そんなにめかしこんで何処へ行く?」


「し、知り合いの屋敷で女だけの晩餐会ばんさんかいをするのよ。 お父様は来ちゃダメ!」


 危ない危ない、自分の機転に助けられたわ。

人間の王子様に会いに行く、なんてバレたら1000回は殺されてしまう。

当然、王子にも会えなくなる。

ダメダメ、想像できませんから。

 ごめんね父様、私は愛を伝えるための旅に参ります。

年に二回、還魂祭の日と、年明けには戻りますから、じゃ!


「さあ、船を探さなくちゃ!」


 この辺りを、今日通るということ以外は、実を言うと分かっていることは少ない。

当然よね、王子様が乗っている船が、海賊に襲われでもしたら事ですもの。

でも私は海の民、わずかな潮の流れや匂いで、周辺の海の事なら何でも分かる。

 

「ああ、これだわ!」


 程なくして、いつもの漁船とは大きく異なる潮の乱れが、感じ取れた。

これが王子様の乗っておられる船に違いない!

刹那、私はその方向へ向かって、渾身こんしんの快速水泳で急行するのだった・・・



◇◇◇



 海ってね、よっぽどの事が無い限りは静かなの。

たとえ上で海戦があっても、干ばつや日照りがあっても、私達が住むところには関係ないのよ。

でもね・・・


「ちょ・・、嵐ってどういう事!?」


 私は海の神、ポセイドンを呪った。

なぜこのタイミングで、海の上が大時化おおしけなのさ!

海面近くは特に波が激しく、時おりまれそうになる。

 これでは王子の乗った船を、見つけられぬ。


「あっ、船♪」


 嵐は、途端にどうでも良くなった。

ありがとうポセイドン様、こんなに早く船が見つかるなんて♪

しかも船は、まるで運命の糸に手繰り寄せられるように、こちらへ近づき・・・

 いや、違うな。

あれは、波に呑まれて風に流されているんだ。


「ちょおおおお、ストップ、プリーズ!!」


 時化しけの中に、まるで大きな船はまるで、木の葉のように流される。

その巨体は、私が居るところに迫って来るのだ。

 ああ・・・潰される、私ダメだわ。

と思った、その時だった。


「あ、潜れば良いんだわ。」


 間一髪で船を避けることに成功し、もう一度、海面にでると、船は既に向こうへ行ってしまっていた。

人魚で助かった。

でも、あの船に王子が乗っているのかァ・・・

沈みそうには無いから安心だけど、なんだかなあ・・・

 名残惜なごりおしんでボーッと波間の中へ、少しづつ遠ざかっていく船を見やる。

その時、船から幾つかの豆のようなモノが落ちていくのが見えた。


「バカねぇ、船の中に留まっていれば良かったのに。」


 落ちたのは、おそらく水兵だろう。

船の帆が飛ばないよう、押さえていたのだろうか。

そんなモノより、命を大切にしましょうよ。

 完全に他人事のように傍観ぼうかんしていた私だったが、視界の端に飛び込んできたものに、視線が釘付けにされた。

それは船の横腹にしがみつく、数人の姿だったのだが・・・・

問題は、そのウチの左端の白服の人。


「え、王子!?」


 後姿で顔は見えないが、金髪に身分高そうな良い仕立て(風)の服。

間違いない、あれは王子様だ!

まずい、このまま海に落ちたら、確実に彼は死ぬ。

嵐やめ、フーッ、フーーーーーーッ!!


 私の必死の叫びむなしく、彼は程なくして船から落ちてしまった。

夜の暗い、怪物のようにうごめく黒い波の中へ・・・


「おうじーーーーーーーーーーー!」


 いはく、人間は水がニガテだという。

彼らは泳ぎが私達のように上手くなく、海に投げ出されれば生還は、絶望的だという。

イコール、ジ・エンド。

だめだめ、あなたが死んだら国はどうするの!?


 しかし運が良かった。

落ちたばかりで、うつ伏せの王子は海面に漂っていたのだ。

すぐにお救いして、彼の体を抱きかかえる。

 大丈夫です王子、すぐに船に戻して差し上げますよ。


「すいませーん、王子様を落としましたよー! おーい!!」


 私の必死の叫びはしかし、嵐の中にかき消されてしまう。

船はどんどん波間に遠ざかってゆき、近づこうにも危なくて寄れない。

程なくして、船はとうとう見えなくなってしまった。

おぉお・・ポセイドンはこの人に死ねというのか。


「大丈夫です王子様、必ず私が、お救いしますわ!」


 いや、まだ手は残されている。

陸地まで、私の泳ぎで頑張れば、そう時間は掛からない。

このまま王子を抱えて陸地へお上げし、命を救う。

さすれば!


『ありがとう、君が助けてくれたんだね。 優しい人魚だ。』

『いいえ、波間に漂う人間を1人でも救うことが出来て、良かったですわ。』

→親密な関係に。


イェス!


 俄然がぜんやる気が出てきましたよ!

そうか、これは試練なんだ。

ポセイドン様が私達を、試そうとしているのね。

 ならば応えましょう、王子を救うことで!!

陸まで彼を送る間、私は使命感と共に幸せをかみ締めていたのだった。


・・・そう、陸に着くまでは。

 

 陸地が近づくと私はそのまま乗り上げ、彼の体を砂浜に置いた。

あァ良かった、息もしてる。

ここまで来れば、もう助かるだろう。

 安心感とともに、このシチュエーションに気が付く。

砂浜に、男女(一方は人魚)が2人。

これは・・・大人の時間の予感!?



 皆様、この先は私達2人だけの時間なので、ご観覧はご注意下さい。

善は急げ(?)と、濡れた髪を払いのけ、彼の顔を出すと・・・


「へ・・・・・?」


「ごふ・・・っ!」


 そこに居たのは、王子とは似ても似つかない、浅黒い顔が傷だらけの大男でした。

ウソだれよ、あなた?

王子は何処いずこや!?

大丈夫、まだクーリングオフは利くはずだ。

 落ちた水兵の中に、もしかしたら居たのかもしれない。

こうしては居られないと、私は海へ向かう。

助けた男ナゾ、知らん。


「おうじーーーーーーー! がっ!!」


 急いで海へ向かおうとした私の体は、急に手を引っ張られたことでバランスを崩し、びたーんと砂浜に打ち付けられる。

何事かと思って振り向くと、(間違えて)助けた大男が、私の手を掴んでいたようだ。


「待ってくれ・・・、君が私を助けてくれたのか・・・・・?」


 起きんのえーよ、と内心で悪態をつきつつ、早く離してもらう為に取り繕う。

 同族の人魚の多くは、人間に非干渉ですからね。

私だって王子でなければ、他の水兵同様に助けはしなかった。


「えぇ、そうなります。 目の前で船から落ちたので。」


「そうか・・・、見たところ人魚のようだが。 優しい人魚なのだな。」


「!」


 ちゃう、その言葉は、あなたに言われても嬉しくないのよ。

ああ・・・こうしている間にも王子が・・・!


「おうじーー!!」


「王子様ですと、そこに来ているのですか!?」


 真っ先に海へ逃げようとするも、彼の握力が強くて、なかなか逃げ出せない。

溺れたくせに、回復はやいよ!!


「離して下さい、王子が海に落ちたかもしれません!」


「そんなバカな、王子殿下は宮殿でお休みになられているはず!」


「え゛。」


この人、今すごく聞き捨てならんこと言いませんでした?

たとえば、王子は船に乗っていなかったとか。

乗って・・・無かったん?

はは・・・誰よ、王子の乗った船が通るなんてガセネタを吹聴したの。


「ふぅ・・・。」


「お、おいどうした人魚、おい!??」


 気が遠ざかっていく中、私の体はクマ男にまるで壊れた人形のように、されるがまま揺さぶられるのだった・・・



◇◇◇



「・・・という夢を見ました。 なんてね。」


 目が覚めると、そこは見慣れた人魚の城

・・・などではなく、小さな水槽に私の体が、半身浴のように入れられていた。

 ひとつ開けられた窓からそこを覗けば、先日に訪れた街が広がる。

ああ、私は人間に捕らえられてしまったのか。

マヌケな話、王子と思って助けた人が、とんだクマで。

私は気を失っている間に、連れて来られてしまったのね。

 死んだね、コレ間違いなく。

思えば、なんとバカで、あれこれやり残した悔いだらけの人生・・・もとい魚生だったことか。

 そんな風に過去を憂いていると、外界とこの部屋を隔てていた扉が、無情にも開かれた。


「おお、気が付かれたか人魚の御仁よ。」


「!!」


 出たーーーーーーー、クマ男!

クマって確か、魚のハラワタだけを喰うんだっけ?

柔らかい内臓だけ、食うんだって聞いたことある。

 やめて、せめて喰うなら一思いに頭から行って頂戴!

ガクブルの私に対して、クマは私の顔ぐらいありそうな手を、私の小さな肩に置いた。


「そのままでいい、そのままで話を聞いて欲しい。」


「はァ・・・?」


 安心させといてガブリ・・・なんて事でもないらしい。

どうあれ浴槽に浸かっている今の状態では、私は身動きを取れないので、言われるままにする。


「まずは、改めて礼を言わせてもらいたい。 昨夜はありがとう、あなたが居なければ、私は荒海の中に死んでいただろう。」


 あらまあクマ、意外と律儀よ。

深々と頭を垂れる姿は、まるで体躯たいくに対して似つかわしくない。

いや、それより聞きたいことがあったのだ。


「あの、王子様は?」


「おぉそうか、昨晩そんな事を申しておったな。」


 彼がクイクイッと人差し指を、入ってきた扉に向かって動かす。

すると示し合わせたかのように、その中から王子の姿が・・・・


「おうじ!」


「そいつか、海に投げ出されたお前を助けたと言う人魚は?」


「いかにも。 実に心優しき人魚にございます。」


 なんたる巡り合わせ。

王子と私が助けたクマは、親密の仲のようだった。

クマ、でかした!

 このチャンスを最大限に活用しようと、行動を起こしかけたとき、私は信じられぬモノを見た・・・気がした。


「美しい人魚だ、聖国に献上すれば、法王様から何らかの褒美ほうびたまわれるかも知れんな?」


「え゛!?」


 王子は邪悪な笑みを浮かべ、品定めでもするような視線を、向けてくる。

ウソ、誰この人!?

あの甘いマスクの優しげな美青年はいずこや!?


「王子、それはあんまりです。 彼女は私の命の恩人ですぞ!」


 絶望する私を庇ったのは、意外やクマであった。

対する王子は、面倒くさそうに頭をかきむしる。


「そうだったな・・・、煮るなり焼くなり、貴様の好きにすると良い。 私は私室で休む。」


「・・・。」


 これは・・・アレよね。

人は見かけによらないってやつ。

優しそうだと思っていた王子は、とんだ腹黒で?

一目でショック死しそうなクマ男のほうは、義理堅い性格で?

あははははは・・・・私、とんだピエロやんけ。


「気を悪くしていないか、すまんな。 王子は悪いお人ではないのだが、どうも毒舌家どくぜつかでいかん。」


「はは・・。」


 私の気持ちなど知る由も無く、クマは浴室の隅に腰掛け、私と目線を合わせた。

・・かったようだが体が大きく、それでも彼は、私を見下ろす体勢となる。


「人魚よ、どうかワシの家にこのまま居てはくれまいか? いや、身勝手なのは分かっている。 私はこれでも騎士団長だ、君には不自由はさせないつもりだ。」


「・・・。」


 王子はカスだったが、少なくともクマは良い人っぽい。

あと流れに身を任せてすっかり忘れていたが、私は人間を助けてしまった。

たぶん今ごろ人魚世界に帰っても、村八分むらはちぶに遭うだけ。

下手を打てば、父王に1000回殺されてしまう。

 

 あァそうか・・・今の私、帰るところが無いんだ・・・・


「その・・・こちらこそ、よろしくお願い致します。」


「おお、承諾してくれるか! ありがとう、ありがとう!!」


 クマは私の腕を千切れんばかりに、激しく上下に振る。

王子とは結ばれなかったけど、これはこれでハッピーエンド?



 ここに騎士団長と人魚という、摩訶不思議なカップルが誕生した。

人魚姫の伝説は、始まったばかりだ。


今回の投稿は、全5作品です。

「マッチを売りたくない少女」   (マッチ売りの少女)

「桃太郎 ―鬼ヶ島奪還作戦―」(桃太郎) 

「人魚姫が恋焦がれた王子が、思ってたのと違う件」 (人魚姫)

「鶴は恩返ししたい」     (鶴の恩返し)

「はだかの軍隊」       (はだかの王様) 


よろしければ、どうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちっとも悲劇くさくない人魚姫とクズ王子が面白かったです。強面クマさんのお陰でハッピーエンドになって良かった。 ……ハッピーエンド、ですよね? 群衆の股の下から王子を拝む人魚姫に笑わせていた…
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