異世界より来たる勇者【オマージュ】
恋愛要素はありません。
もう、この世界に、あのものを止められる者などいない。
魔王は力をつけすぎた。
このままでは、世界が魔王の手に落ちてしまう。
そうだ。
並行世界から、英雄を呼ぼう。
この世界の枠を超えた存在なら、我らの世界を救ってくれるに違いない。
いでよ、勇者――!
*
「あれ?」
田中太郎は、周囲を見回した。
低い板張りの天井、シーリングライトは消失している。
手探りで目覚ましを探す。布団がいつになくごわごわと固く感じる。
ない、目覚ましが、充電していたスマホがない。
起き上がると、窓には板の鎧戸がしっかりと取り付けられている。
カーテンなんてものはない。
お気に入りだったのに。幼稚園から使っていたカーテン。
とりあえず窓と格闘してみる。隙間から光は漏れてくるが、鎧戸の開け方なんてわからない。
薄暗い部屋が、自室でないことは明らかだった。
でも、太郎は酒を飲める歳ではない。
健全たる男子高校生だ。
酔って誰かの家に転がり込んだなんてはずはない。
自分に何が起きたのか、まずは確かめないといけない。
でないと学校に遅刻する。
やばいよ、今日は朝から小テストじゃなかったっけ?
窓を開けようとガタガタしているうちに、軋る音がして部屋の木の扉が開いた。
光が部屋に差し込む。
そこに立っていたのは、何とも田舎臭い、外国風のおばさんだった。
顔つきまで外国風だ。
「勇者様」
太郎を真っすぐに見据えて、おばさんは言う。
手にしていた盆を木のテーブルに置き、膝をついて祈るように太郎を拝む。
「どうかこの世界を救ってください、お願いします」
盆には液体の入ったゴブレットが乗っていた。
葡萄酒だった。初めての酒の味に、太郎はむせ込んだ。
「では、ご無事をお祈りさせていただきます」
おばさんはそう言うと、太郎を外へ連れ出した。
「ちょ、待って、俺ズボン穿いてないし!?」
太郎は寝た時の姿で、つまり、Tシャツとトランクスのままで連れていかれた。
おばさんは村の広場のようなところへ太郎を連れて行くと、遠き大神殿の、大神官様の祈りが天に通じたこと、でなければこんな変わった格好の人間が急に家に現れるはずがないことを、熱心に説いた。
誰もが太郎を崇め、敬い、その手の甲に口づけをした。
「勇者様、この世界をよろしくお願いいたします」
「は、はあ……」
太郎は恥ずかしい恰好のまま、村人たちの歓迎を受けた。ここが異世界らしいということは、想像がついていた。色々とラノベでもある展開だ。
ただ、ズボンだけは穿かせてほしかった。
「で、俺は何をすれば……?」
村人たちは挨拶を済ませると、三々五々に散っていく。
とうとう広場には太郎だけが残された。
あの、最初に会ったおばさんを探そうとしたが、皆外国風の顔だちで、もう区別がつかない。
村人は日常に戻っていた。畑を耕すもの、豚を捌くもの、鍛冶屋からは景気の良い音が聞こえてくる。
太郎の居場所は、見つからなかった。
腹が主張を始める。
朝から葡萄酒一杯しか、飲食していない。
太郎は店に行ってみたが、この世界の貨幣を持っていないから売れないと言われた。
「俺、この世界を救うんじゃないのかよ! 飯くらい食わせろよ!」
抗議しても、村人たちは、「試練です」と太郎を見つめた。
「本当に世界を救える方なら、ご自身のことも救えるはずです」
「なんだよそれ」
「試練です、勇者様」
太郎は腹を押さえた。試練と言われても、ピンとこなかった。
万引きするか? いや、出来ない。盗みは? 出来ない。
仮にも優等生、曲がったことはできない性分だ。
「俺は一体、どうすれば……」
時間だけが過ぎていく。空腹は痛みを伴うほどに、激しくなっていった。
「蝋燭って食えるのかな……革靴とか……」
終いには、見える全てが食べられるもののような錯覚に苛まれ、太郎は雑草をむしって口に詰め込み、蝋燭にかじりついた。
空腹は満たされなかった。飢えていく勇者を、勇者と呼ぶものはもうこの村には居なかった。
「おにぎり、食いてえな……」
太郎は、数日後、餓死した。
「勿体ないねえ」
盗賊が、太郎の亡骸からTシャツとトランクスを剥ぎ取った。
「綿で織られた服なんて、貴族様でも手に入らないものを着ていながら、飢えて死んじまうなんてなあ」
「また勇者様を呼んでもらうしかないだろうな。異世界から呼ぶのって大変なんだろうが……まあ、この男は真なる勇者ではなかったってことさ」
ちげぇねえ、と盗賊が笑う。
身ぐるみ剥がされた太郎の遺骸は、大きな月に照らされて、無残な影を伸ばしていた。
<了>
なつゲー「リバイバー」へのオマージュ作品です。
わたしの勇者は何度もここ(冒頭)で餓死しました。