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極秘戦隊マスクトナイツ  作者: 筆折作家No.8
第一章 コトノハジメ
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第四話 「母親」 その①

 一月の乾いた風の中に、冷たい粒が混じる。


 冬の小雨はある意味で粉雪よりもタチが悪い。ひらひらと舞う粉雪であれば風情もあろうが、雨粒ではそれもない。そのくせ濡れるとそれなりに冷たく、また中途半端に降ると、傘を差した方が良いのかすら判断が付かない。


 一週間前から晴れたり曇ったりと不安定な天気ではあったが、天気の神様の地味な嫌がらせはまだまだ続きそうである。


(ま、大雪になるよりはマシか)


 津野つの 双佳そうかはかつて新聞記者であった。大手の新聞社に勤めていた彼女はそこで一人の男性と知り合い、子を授かった。


 育児中は一つの街にとどまり仕事をさせてもらえたのだが、夫が事故で亡くなってからは収入のために地方を転々とするハメになり、息子の深矩には多大なる迷惑をかけたと感じている。


 息子も高校生になり、そろそろ落ち着かせてあげようと決心、新たなる職探しと住居探しを始めたのは今年の春であった。が、結局新聞社をすぐに退社するのは難しく、仕事自体は夏の終わりまでに移行できたものの、引っ越しの予定は冬にまでずれ込んだ。


 現在の彼女は竜都にある地方雑誌の編集部に、フリーの記者として登録をしてある。独自の視点で調査を行い、記事を売り込むのだ。女性にしては鋭い切り口で書かれる記事は幸いにも好評であり、編集部のデスクも借りることができるようになった。ほぼ専属記者といってもさしつかえない。


「≪仮面の騎士≫についての記事を書きたいのです。」


 双佳そうかが編集長にそう申し出たのは、杜陸もりおか高校怪物襲撃事件の翌日の話であった。


 初めは乗り気であった編集長であったが、世間の反応が冷ややかなものへと変化していくにつれ、記事を書くことに対していい顔をしなくなった。


「どの雑誌や新聞もね、同じようなこと書いてるからねぇ。ましてうちは地方の小雑誌、今時紙媒体と来てる。もっと身近で役に立つ情報じゃなきゃ売れないよ。」

「それでも私は書かなければいけないのです。実は、この一件にとある企業がかかわっているのではないかという噂がありまして……」

「あー、はいはい。そういう陰謀論みたいなのはTVだけで十分だよ!」


 二日前、編集長に軽くあしらわれた彼女だが、諦めたわけではない。この街には何かある、双佳はほぼ確信して動いている。


 リニアのローカル線。駆動音はほとんどせず、風を切ったり振動したりする音だけが響く落ち着いた車内。窓からは竜都の中心部、学術研究特区が見える。


深矩しんくが好きだった……ジオレンジャー?ジオなんとかの撮影現場ってあそこよね)


 昔の無邪気な息子の姿を思い出して感慨深くなる。が、今は感傷にふけっている時ではない。目的地の学術研究特区、その中心に位置する製薬会社ミッドガルデ・ホールディングスに、双佳は疑惑の目を向けているのだ。


 しかし、双佳は≪怪物≫という存在を信じているわけではなかった。せいぜい突然変異種ミュータント、つまり何か実験動物のようなものだと考えている。その実験動物が脱走し、生徒たちを襲ったと考えるのはどうだろうか。突然、例えば牙が著しく肥大化したイノシシのようなものが襲ってきたとしたら。生徒たちは「化け物のようだ」と認識してもおかしくはない。


 実験動物が危害を加えたとあらば、ミッドガルデの責任は免れない。そのために彼らは情報を隠蔽いんぺい、あたかも都市伝説とリンクしているように演出したのではないか。


 現にWEBネットワーク上の匿名掲示板では、竜都という街そのものがミッドガルデの企業城下町であることが指摘されている。それと同時に、大手マスコミの報道においてこの企業の名前は一言も出されていないことが話題になっている。つまり、情報統制が敷かれているのではないかという疑念が、市民の中にも広がりつつあるということだ。


(身近で役に立つ情報じゃないと売れない?上等。こいつは竜都市民にとって最も身近で最も関心のある話題なんだから!)


『まもなく、竜都市駅。竜都市駅です。ミッドガルデ本社方面は、ここでお降りください。リニアが完全に止まってから席をお立ちくださいますようお願いします。』


 アナウンスが、目的の駅が近づいたことを告げる。双佳はリニアが静止する前にはすでに席を立ちあがり、扉の方へと移動する。


 しかしリニアは大きく揺れることなく、緩やかに停止した。




 ◇ ◇ ◇




「おや、ちょっと降ってきましたね」

「早いとこ運んじゃおうっ!」


 ピンク色のアーマーを身にまとう少女と、グリーンのアーマーの青年。青年は腕に黒髪の少年・津野つの 深矩しんくを抱えており、その深矩はというとぐったり気絶していた。


 彼らがいるのは竜都の中心部にほど近い、とある雑居ビルの屋上。風のごとき俊足で、建物の屋根伝いに駆け抜けてきたばかりである。


 彼らの鎧自体にはステルス機構というものはない。ただし、携帯型の“思考誘導波発生装置”なるものを身に着けている間は、人々の脳波に干渉し、若干の人払い効果を持たせることができる。要は状況を認識しづらくなるというわけで、彼らはこれを「心理的ステルス」と呼んでいる。


 携帯型のため完全ではないが、彼らの移動スピードと併せれば、たとえ近くに人がいたとしても何が起きたのかわからないはずだ。


「……にしても、≪エッグ≫はいつも持ってないとだめですよ奥菜さん。いつ何時必要になるかわからないのですから」

「えへへ……ごめんよトール。」


 トールの忠告に、奥菜と呼ばれた少女が謝罪した。ばつが悪そうに苦笑いし、自分の頭をこつんと叩く。ふざけているようにしか見えないが、本人にとっては戒めのつもりなのだ。


 ≪エッグ≫というのは“携帯型思考誘導波発生装置”のことで、見た目が卵型なのでエッグと呼んでいるだけのこと。


「さ、中に入れましょう。奥菜さん、扉を開けて。」

「はいはーいっ!」


 雑居ビルの屋上の扉を開けると、薄暗い空間が広がる。人の気配はない。切れかけのLEDライトがなんとも心もとない。LEDの素子は長寿命だが、経年劣化により光量は低下してくるうえ、接触不良などで光らなくなる素子も出てくる。つまり、この雑居ビルは相当古い電飾を用いているということだ。壁や床面の汚れ具合を見ても、時の流れを感じることができるだろう。


 屋上の扉を開けるとすぐに階段があり、階下へと続いている。二人(+抱きかかえられている一人)は、8階立てのビルの最上階のテナントの扉を開けた。


 テナントといってもそこには会社などはなく、ただソファーとテーブル、デスクが1つにロッカーが5つ、それに観葉植物があるのみだ。奥には給湯室があるようだが様子はうかがえない。先ほどまで無人であったため、灯りはついていないのだ。普段であれば朝の陽ざしが窓から差してくるのだが、あいにく曇り空、しかも雨が降り始めたようで、かなり暗い。


「電気つけるね。」


 明るくなる室内。この部屋の灯りはきちんと管理されているようで、すぐに真っ白な空間へと変わる。壁紙も階段側と比べると真新しい。


「さて、この少年をどう扱うか、ですね。」

津野つの 深矩しんくくん、あさみんのクラスの転校生だったよね。」

「うーん、一応彼女にも連絡を入れた方が良いですね。……以後、コードネームでお願いしますよ?」

「了解っ!PMSはタブレットの方?」


“PMS”とは市販されている通信デバイスのことだ。プロジェクションビューワ(投影画面)のPと、マルチファンクション(多機能)のM、Sはシステムを表す。携帯に便利な腕時計タイプと、描画の綺麗なタブレットタイプがあり、どちらも好まれている。ビジネスマンなら前者で十分だろうし、ゲームや映像通話をメインにしているなら後者を選ぶ者が多いだろう。


「いや、通話だけなのでどちらでも。」

「おっけー」


 奥菜は少し迷ってからタブレットタイプを選択した。掌に収まる程度のサイズだが、テーブルに直置きすれば周囲の音も拾いやすい。多人数で会話するにはこちらの方が便利だと踏んだのだ。


 スリープモードから即座に起動したPMSタブレットの、空間投影画面を操作してあさみにコールする。数回のコールののち、無感情な返事が聞こえた。


 奥菜が事情を大まかに説明すると、電話越しに大きなため息。


『私が必死に説得して、もう少しで穏便に済ませられるところだったのに』


 奥菜が余計なことをしなければ、何事もなかったという主張だった。


「だーかーらー、ごめんて言ってるじゃんっ?わたしもすぐに逃がしてあげるつもりだったんだよ。だけど妙な流れになっちゃってさっ!」

「結果としてこうなっては元も子もないでしょう、先輩。」

「はうぅ」


 冷静なツッコミに何も言い返せない奥菜。事実、余計な手間を増やしてしまったのだからしょうがない。


 もしもの話だが、あさみが変身して深矩を強制移動させるとすれば、わざわざ屋上までいかずとも適当に安全圏まで送り届けるだけであったろう。別に生徒たちの集団に合流させる必要などなく、≪デオキメラ≫から遠ざけるだけでよかったのだから。


「で、どうします?この少年の扱いは。」


 話が進まないので、トールが声をかける。


「やっぱり内藤さんにも報告……?」

「するしかないでしょうね」

「はうぅ!」


 オペレーターの名前を挙げる奥菜だったが、その人物にも報告しなければならないということでショックを受けている様子。つまり、単なるオペレーターではなく上の立場の人間ということ。


 また、コードネームにこだわっているはずのあさみが、“内藤”という名前を出したことに反論しなかったことから、これ自体がコードネームの可能性が高い。内藤=ナイト(騎士)だろうか。


『ただ、ブルーには言わない方が良いかも』

「そうですね。ブルーが聞いたらたぶん海に沈められますよ。」

「え、沈められる!?フルボッコ!?そ、それは少年が?」

『先輩も、ですね。』「二人共ですね。」

「はうぅ……」


 今度のはうぅ、は落ち込んでいるのではなく怯えているはうぅ、である。顔は青ざめてがくがくと震えている。ブルーの少年というのはずいぶんと暴力的な人物らしい。


 「うう……」


 そんなこんなで話し合いが先へ進まないうちに、ソファーに寝かされていた黒髪の少年が唸り声をあげた。目を少しだけ開けるが、まだ瞳に力がない。朦朧もうろうとしているようだ。


「あ、目が覚めたようですね」


 トールがそれに気づくと、深矩の体を起こし、背もたれに寄り添わせる。奥菜が濡れタオルを持ってきて深矩の顔やらを拭いてやると、徐々に意識が覚醒し始めたようだった。


「ここは……?」

「気が付いたっ?」

「お前は――」


 奥菜の存在に気が付き、驚きの声を上げようと深矩であったが、すぐにズキンという頭痛に襲われ、頭を抱え込んでしまった。そして苦しそうな表情で目線だけを奥菜に送る。


 その表情を見て、奥菜はハッと気づいたように給湯室へ向かい、グラスに水を注いで持ってきた。ありがたく飲み干す深矩。そのおかげか、しばらくすると少し落ち着いてきたようである。


「おはようございます、津野 深矩くん。強引なやり方をお詫びします。」

「ここはどこだ……?なんで俺の名前を?」


 トールたちは深矩について、事件の直後にあさみから聞いていたのであるが、それを伝えるわけにはいかないので少しごまかすことにした。


「1週間前の事件のあと、少し調べさせてもらいました。それに、今あなたが持っている学生証も拝見させていただきましたよ。杜陸もりおか高校普通科1年D組、それも転校したての転校生。」


 手に入れた情報を読み上げるトール。深矩は個人情報が筒抜けになっていることに不快感をあらわにするが、これはもうどうしようもない。


「俺を一体どうするつもりだ。」

「それは今まさに議論中でして。君こそ、なんでこの子をつけていたんです?ボクたちの戦闘現場にもいたそうですね。敵組織のスパイ……なんてことはないでしょうけど、理由を教えてくださいよ。」


 深矩は押し黙る。理由はあるにはあるのだが、それは明確なものではない。理不尽な状況に憤りを感じただとかピンクの少女に言ってやりたいことがあった、だとか。襲撃事件の件についてはクラスメイトの枯尾かれお 明日菜あすなの容体が心配だったのもある。


 一つ一つの理由は大したことない、といえば語弊ごへいがあるかもしれないが、きっと深矩の行動理念の本質はそこではないのだ。しかし、それら小さな苛立いらだちは複合して大きなもやもやとなり、深矩の心を今もさいなんでいる。


「……なんとなく、だ。」


 そういって、目の前の長身の男をにらみつけた。言葉にできるような理由ではないのだ。もやもや、という感情は文字通りもやのようなもので、自分自身ですらつかみどころがない。これをどうやって人に伝えることができよう。


「なるほど」


 なぜか、トールは納得をした。圧倒的に説明不足なはずなのだが。彼は奥菜の方へ振り替えると、肩をすくめて告げる。


「ここで下手に“もっともらしい理由”を作るようならば敵の可能性もあると思ったのですが、そうではないようですね。

 たぶん、彼は納得のいく理由が欲しいタイプでしょう。心の中がもやもやしてうまく整理できてないみたいですから。」


 全て見抜かれたことに、深矩は目を丸くする。その深矩の驚いた表情を見て、したり顔になったのはなぜかトール自身ではなく奥菜であった。


「ふふ、さすがはうちのトールねっ!人の気持ちを見抜くのがうまいっ!おねーさんは誇らしいぞっ?」

『――ピンク』

「へ?なに?あさみん。」

『……』


 奥菜の台詞に、場が一瞬で凍り付く。トールがため息をつき、おそらく電話越しからも同じような反応をしているのであろう、息のノイズが聞こえてきた。


 奥菜は自分のしでかしたことに気づいていない様子で、おろおろとしている。しかし、直後に深矩の放った一言で全てを理解するのだった。


「……とーる?」


 そう、名前を言ってしまったのである。トールだけでなく、あさみの名前も。慌てて口元を手で押さえる奥菜だが、もう遅い。


「あのね奥菜さん、この少年にとっての“公開情報”は何だと思います?」

「おっしゃりたいことはわかってるつもりですハイ。」

「……あえて念押しのためにはっきりと口にしますが、公開情報とは現時点で知っているだろうこと、それから今後何もせずとも知りえてしまうことです。」

「えっと、わたしとトールの顔、それから……」

「それから貴方がボクの名前を言ってしまいましたね。」

「あ、ハイ。すみませんです」


それはあさみ対策でもあったのだが、事前にコードネームの方を使うことを言っておいたはずである。完璧に忘れ去っていた奥菜は目に見えて落ち込んでいた。


「ボクはね、ぶっちゃけた話あなたの名前は出しても良いと思っていましたよ、奥菜さん。でもボク自身の名前は伏せておくつもりでした。」


 その台詞を聞いた奥菜は、伏せていた顔を上げ、疑問の声。


「なんでわたしはOKなん??」

「言わなくても、彼にはすぐに知れてしまうからですよ。杜陸高校の生徒会長さんの名前くらいはね。あるいは、もう知っているのでは?」


 せいとかいちょう――?深矩の中で、何かがつながった感覚。


「生徒会長……!そうだ、どうりで!」

「あの日も、わたしみんなの前でしゃべってるからねっ!」

「どこかで見覚えがあると思ってたんだ。でも、名前まで覚えてるわけじゃなかったよ。」

「この際だから、ちゃんと覚えてよねっ!千橋ちばし 奥菜おくな

次の前期の生徒会長にも立候補するつもりだからよろしくねっ!」


 生徒会長。


 始業式、つまり深矩が転校してきた日であり怪物襲撃事件の日。たしかに壇上に立つ生徒会長・千橋ちばし 奥菜おくなの姿と声を、深矩ははっきりと確認している。どうりで聞き覚えのある声、見覚えのある姿だったわけだと、深矩は得心がいった様子である。


 ハキハキとした話し方、まっすぐでさわやかなハイトーン。桃色の髪、それをポニーテールにまとめている、魚のひれのような形状の黄色い髪飾り。思い返せば変身状態の時も、その髪飾りが見えていた気がする。彼の中で、一つの事案が線で結ばれた瞬間だった。


 それと同時に、とある事実を認識する。


「――ってことは、え!?君は先輩なの!?」

「……君さーそれどういう意味かなー」


 奥菜の身長は同学年の女子生徒と比べてもかなり小さい。華奢な体つきは……胸のサイズだけが不釣り合いに大きいものの、中学生だと言われれば納得してしまうほどだ。深矩は彼女のことを、変身後も、そして校門で姿を目撃してからも、ずっと年下だと思っていたのだった。


「失礼だぞきみっ!こう見えてももうすぐ高校三年生になるのだっ!来年には女子大生だぞっ!」


 頬を膨らませながら抗議をする奥菜。自分で“こう見えて”と言ってしまっていることには気づいていないようである。


「まあまあ、落ち着いてください奥菜さん。とにかく、あなたの身バレは時間の問題でしたので良しとしましょう。問題は、彼が黙っていてくれるかですよ。」


 黙る一同。視線が深矩の方へ注がれる。その視線がむず痒くて、深矩は目をそらす。


「納得できる説明がもらえるなら、俺はそれでいいんだけど。」

「秘密を黙っていてくれるという確約ができるまで、何もお話しすることはありませんよ。」


 再び訪れる沈黙。しかし今度の沈黙は深矩とトール、二人の視線が交差するものとなった。お互いの考えを読み解こうというような、そんな間である。


 深矩からすると、トールという名の男は底知れぬ何かを持っているように見えていた。先ほどから会話のペースを握り、人の気持ちを見透かしたような発言をしてくる。かなり優秀な人間、そんな印象だ。


 顔立ちも整っていて、かなり鼻が高く、きりっとした眉とまつ毛の長いたれ目が特徴的である。イケメン、そんな言葉が浮かんでくるが、残念なのは彼の妙ちくりんな髪型と髪の色だろう。


 緑色の髪の毛は、耳ぎわのあたりだけが大きく横に広がっており、しかもそこから先は色が黄色に変わっている。正面から見るとキノコのよう。だが、横から見るとあまり気にならない。


「あらら?二人で見つめあっちゃって、どうしたん??」


 緊迫感は、奥菜の一言で台無しになる。


「あのですね、今僕たちは高度な思考戦を――」

「や、髪型に見とれてた。」


 初めの方は確かに思考戦になりかけていたのだが、深矩はどうしてもトールの髪型に目が行ってしまったのだ。それを聞いてショックを受けたトールは、心なしかげんなりと髪やら目やらが垂れてしまったように見える。目は元々タレ目だが。


 トールの落ち込みっぷりは特に気にならないようで、深矩は思っていた疑問を口にすることにした。


「そもそも、俺が秘密を守るってどうやって証明すればいいのかな。口約束だろうが、契約書をかわそうが、信用されるとは思えないんだけど。」

『わたしがあなたを監視する。』


 それに答えたのは、電話越しのあさみだった。


『あなたに怪しい動きがないかどうか、わたしが見張っていればいい。違う?』

「しかしレッド――」

『もういいよ、トール・・・。わたしのことは、たぶん津野くんなら気づいていると思うから。』


 PMS電話の向こうの人物名は、先ほど奥菜が漏らしてしまっている。そのうえあさみと深矩は一度言葉を交わしているため、声や話し方からすでに気づいていると推測しているのだ。


「まさか、本当に八百神やおがみさんなの?」


 あさみは一呼吸おいてから、『そう。』と肯定。


『朝でも昼でも夕方でも、わたしがあなたを見張ってる。それでもいいなら、全てを知りなさい。』



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