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極秘戦隊マスクトナイツ  作者: 筆折作家No.8
第一章 コトノハジメ
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第三話 「GORE-ゴア-」 その①

注:R-15です。

  目の前で起きた出来事が、理解できない。


  これは何?この、熱くもなく、冷たくもない不快なしずくは。


  おなかから 生えている 赤い ものは何?


「あ……っ、あっ……」


  あれ、おかしいな、声が  出ない や。


明日菜あすな!!!』


  だれ  か……わた をよ    でる……


「ぃ……ぁ……」


  だ     め


      た す



 ――枯尾かれお 明日菜あすなの意識はそこでいったん途切れた。


 明日菜の骨盤の少し上、腸や膀胱、そして子宮があるはずのその場所からは、何か巨大な棘のようなものが突き出している。直径約20センチ、長さ約30センチ。明日菜の腰から腹にかけて突き刺さったそれは、彼女の体を貫通し、ぽたぽたと血を滴らせる。


 ゆっくりと棘が引き抜かれると、破れた腹膜から内臓の一部がはみ出してしまった。その痛みで明日菜の意識は現世へと引き戻されるが、ビクンビクンと痙攣けいれんを繰り返すのみで立ち上がることすらままならない。


「明日菜!!明日菜ああああ!!」

「やめろよ仁!!早く逃げるぞ!!」


明日菜のもとへ駆け寄ろうとする大河おおかわ じんを、神楽かぐら テツが抑え込もうと必死でしがみついている。津野つの 深矩しんくは脚がすくんでしまって動くことができずにいた。




 話は数分前にさかのぼる。


 数分前、そう、明日菜が生徒会副会長の先輩からの呼び出しに応じたのはほんの数分前のことだった。交際を断ったあとも連絡をし続ける先輩に対し、より強い言葉で拒絶をしてやろうと考えていたのだ。


 無視を選択しなかったのは、相手に対してはっきりと物を言い、白黒つけないと気が済まないという明日菜の性格の表れでもある。ところが、指定された場所、杜陸もりおか高校本校舎と別棟との間にあたる中庭に先輩はいなかった。


「あれ?……センパイ?」


 しばらくその場にとどまって先輩を待つが、音沙汰がない。流石に不審に思い、通信デバイスにて連絡を試みた。メールではなく通話を選択する。すると近くから呼び出し音が聞こえてきた。


 しかし、何処で鳴っているのかが判らず、うろうろと中庭をさ迷った明日菜は、あることに気づいた。


(──上!?)


 そう、デバイスの呼び出し音は、真上から聞こえていたのだ。恐る恐る見上げると、校舎の壁面に張り付くように蠢く影。つぅっと、おびただしいほどの血液が流れ落ちているところであった。


「あ、ああ、あああああああ!!!」


 明日菜ははじめ突然の状況に戸惑い、そして自身にも危険が迫っていると認識し、その場から逃げようと踵を返した。その急激な挙動にソイツは反応してしまう。


 明日菜の様子を確認しようと中庭にまでたどり着いた深矩たちが目にしたのは、何か鋭いものに体を貫かれる彼女の姿であった────────。






─―───……の!


──つの!



「津野ぉぉぉおお!!お前も手伝え!!」

「あ、ああ!!」


 テツの渾身の叫びに活を入れられ、深矩の体が動く。仁は明日菜を助けようと、あるいは自分が身代わりになろうともがいている。深矩も加わり仁の身動きが取れないようになると、彼は下唇を血がにじむほどかみしめ、明日菜の倒れている方向をにらみつけた。


 ソイツは、異形の何かであった。具体的に何なのかと尋ねられて即答できる人間はいないだろう。有機物と無機金属との混合体、なまめかしく動いていることから機械ではないと思われるが、生物かどうかすら怪しい物体だからだ。


 まず、眼が無い。ケーブルのようなもので支えられた逆三角の頭部が存在するのみ。

筋肉の塊のような胴部、そこからは2対の巨大な腕が生えている。うち前方の1対は途中で枝分かれし、2本の腕に4本の手、のような形だ。脚はなく、腕だけ四足歩行を行っているような格好である。

背中からは一本の太い触手が伸びており、先端は剣のように鋭くとがっていた。


「ちくしょおおお!!バケモノめ!!明日菜を、明日菜に何してんだあああ!!!」

「仁!」

「大河くん!逃げないと!!」


 怪物はその触手を用いて、明日菜の体を突き刺しては抜き、突き刺しては抜き、を繰り返してもてあそんでいる。現段階で明日菜に命があるかもわからない。だが、このまま放置すれば確実に死ぬだろう。


「くそっ……くそおおおっ!」


 仁は悔しさで涙があふれる。彼だけでなく、深矩もテツも恐怖で涙がにじんでいた。テツに至っては既にしっとりと股間を濡らしてしまっていたが、これは恥ずかしいことではない。すぐにでも逃げなければ、危ないのだ。


 仁は二人に抑えられ、そして目の前の怪物が自分たちの理解をはるかに超越していることにようやく気づいた。明日菜はすでに幾度も刺突され、おそらくすでに呼吸はしていない。まして自分たちが身代わりに、と跳び込もうものなら全員死ぬだけで助けることはおそらく不可能。


 不思議なことに、怪物は少年たちのことなど気づいていない様子だった。ひょっとすると聴覚が無いのかもしれない。


「――“覚悟”を決めろよ。」


 仁にそう告げたのは、深矩であった。声は少しうわずって震えてしまったが、なるべく落ち着いた調子で話しかけた。


 この場において深矩は一番冷静だ。親友の殺害現場を見せつけられた二人に比べればの話だが、それでも為すべきことを伝える役目は、やはり彼しかいないのだ。


 その言葉に、仁はハッとする。


 仁は明日菜が好きであった。自分の好きな人を守りたい、助けたい、そういう想いは誰にでもあるだろう。惨劇を目の当たりにしたのならばなおさらだ。


 しかし、無力。助けられないと知って、自分の命を優先する、覚悟。立ち去るのにも覚悟がいるのだと、仁は知る。


「ぐっ……すまない」

「いいから急ごう!!なんなんだアイツは!!」


 3人は足がもつれて転びそうになりながらも、必死で走り始める。中庭にたどり着いたばかりの彼らにとっては、最初の角を曲がり切って、いかに早く化け物から隠れられるかが勝負になると思われた。


 ところが実はそれが致命的な判断ミスであったと、少年たちはすぐさま思い知る。怪物が少年たちの逃げる挙動に反応し、追い始めたのだ。明日菜が襲われた際も、モーションによる反応がきっかけであったことを、彼らは気づいていなかったのである。


「うわああああ、追ってきたぞ!?」

「走れ、走れええ!!」


 怪物が迫ってきたことで、深矩もついに冷静な思考を失ってしまった。パニックになった人間は、誰かが逃げた方向に逃げようとする性質がある。それが間違った選択だったとしてもだ。分散して逃げれば誰かは助かったかもしれないが、一同は校門の方角を目指して走った。


 学校を出たところで化け物が追跡をやめるわけではないだろうし、より多くの人が巻き込まれることになるだろう。しかしその足を止めることもできず、助けを呼ぼうにも誰に対処してもらえばよいかもわからない。このままではらちが明かない。深矩は走りながらかろうじてそのような考えに行きつくが、もうどうしようもない。


 焦りは短絡的な思考しか生まない。どのように行動すべきなのか、少年たちは頭の中が真っ黒に塗りつぶされていくような感覚を味わったことだろう。


――仁を除いて。


「ぼくがおとりになるよ」

「なにぃ!?どうするつもりだ!」

「陸上部の僕なら、アイツを引き付けたままある程度逃げ続けられるだろ!テツと津野くんは、あの角を右に曲がったらそのまま校舎内に飛び込め!隠れるんだ!」


 自分たちが助かる為の覚悟を決めた、仁の脳内はクリアだった。一人でも多く助かるために、最善の手を考えることができていた。


「で、でもよ!!」

「――神楽くん、大河くんの言うとおりにしよう。

校舎に入ったら、神楽くんは職員室を目指して救援を呼んでくれ。

俺は隠れてアイツをやり過ごしたら明日菜さんのところに戻るよ。」


 校舎内の構造はテツの方が詳しい。救援を呼ぶならテツに任せた方がいい。そして、明日菜は今手当をすれば、万が一にも命の活路が開けるかもしれないのだ。


「了解だ!」

「よろしく頼むよ、深矩・・!!」


 こうして、3人は打ち合わせ通りに行動を開始する。


 そしてそれが、運命の分かれ道だったのだ。


 建物の角を曲がると通用口がある。全速力のダッシュでコーナーを走り抜け、仁はそのまま直線軌道に、残る二人は通用口の扉に手をかける。そのまま校舎の中に



――――――――― ガンッ!!



「!?」


 嫌な感触がした、嫌な音がした、嫌な予感がする。引っ張っても扉が開かない。もう一度力を込めてみるがびくともしない。


 鍵が――かかっている!


 深矩とテツの二人は奇妙な感覚を味わっていた。世界が、やけに静かなのだ。全ての音が消え去ったかのような、あるいは引き延ばされているような感覚。


 視線を右へと移す。自分たちの動きもまたゆっくりと感じられた。スローモーションに見える世界の中、怪物がすぐそばまで迫ってきているのが見えた。


 そして認識する。怪物は、4対6本の腕のうち、鋭い爪を備えた最前列の腕を伸ばして襲い掛かっていた。このままでは二人とも、死ぬ。


 遥か後方から、女子生徒の悲鳴が聞こえた。ここまで怪物が迫ってくると、すでに校門の位置からもその異様な姿が確認できるのだ。


 その悲鳴ですら、スローの世界ではひどく間延びして聞こえる。ゆっくりと近づく死の姿を、二人は見ていた。


「       ! ! 」


 不意に背中を押される感触。体がぶれる。突き飛ばされる。怪物が迫る方向の、しかし攻撃を繰り出している腕とは逆の側面へと押し込まれる。世界が加速感を取り戻し、現実の時間軸へと引き戻された。


「ぐわっ!」

「ッ!?」


 地面に転がったのは、深矩とテツであった。怪物は突如として視界から消えた二人のことなど気にせずに、まっすぐ突進を続けている。あのままでは他の生徒たちも危ない。だがひとまずは自分たちの命が助かったことに安堵した。


「神楽くん!大丈夫か!?」

「ああ。お互い無事で何よりだぜ」


 きしむ体を無理やり起こし、二人は互いにに向かい合って無事を確かめ合う。怪物をやり過ごしてしまいさえすれば、明日菜のところにも向かえる。


 深矩は元来た道を戻ろうと一歩踏み出すが、その時テツが自分の背後、つまり怪物の走り去った方角にくぎ付けになっていることに気づく。まさか怪物が戻ってきたのか、と深矩も振り返って見ると、そこには別の惨状が広がっていた。


「仁……?――仁!!!」


 無残にも切り裂かれた、少年の体。かろうじて上半身と下半身がつながっている程度の、肉の塊。

刺突でなく、えぐり取るような攻撃であったために、その損傷具合は明日菜よりも酷い。穿うがたれた上半身からは肺や心臓がコンニチハ。


 即死。誰の目から見てもそう判断するだろう。


「まさか、俺と神楽くんを助けるために、か。」

「あ……あああ……」


 あの瞬間、あの刹那。通用口のカギが閉まっていることに気が付いた仁の、とっさの判断。二人を弾き飛ばすように体当たりをした彼は、二人の命と引き換えに自分の命を散らしたのだ。


「う、うわああああああああああ」


 一番の親友を亡くし、発狂するテツ。呆然とその光景を見つめ、立ち尽くす深矩。なんなのだ、これはいったい何なのだと、――自問する。――問いかける。しかし、答えは見えてこない。


 これが夢であったらどんなに良かったであろう、この体の痛みさえなければ、夢だと信じられたのに。


「も、もうだめだよ津野……逃げようぜ!!明日菜も、きっと助からない!!もう、死んじまってるかもな……」

「で、でも……!」

「そ、そうだ、アイツは、あの化け物は、今、他の奴らを襲ってる、はずだ!!

今なら校門から外に出られるおれたちは逃げられる生き延びられるそうだきっと助かる助かる助かる」

「テツ!!」

「うるせええええええええええええええええ!!」


 テツは、深矩を思い切り突き飛ばした。すでに思考はまとまらなくなっており、自分が助かること以外考えることができないのだ。


 ただ、それは人間として正しい判断でもある。当然だ、死んだら元も子もないのだから。この状況において、なお冷静さを保っている深矩の方が、異常。


「おれは逃げるぞ!!誰に止められようと、逃げ切ってやる!!」


 深矩を置いて、一人校門へ走り出すテツ。その後姿を苦々しい表情で眺める深矩。彼自身にもわかっているのだ、テツが正しいと。逃げるべきだ、他に活路はないのだから。


 ――そうだ、自分で言ったのではないか。生き残る覚悟を決めろと、そう仁に言ったのは他でもない己自身だ。


 深矩はよろよろと立ち上がり、校門を目指す。遠くの方で悲鳴が聞こえるが、気にしてはダメなのだ。今は一刻も早く学校から脱出することを優先するべきだ。




       「 そ っ ち へ 行 く な !!! 」



 ぴたり。


 足を止める深矩。


 突如聞こえた男の叫び声。どこから声がかかったのかはわからないし、誰の声だったのかも、誰に呼びかけていたのかもわからない。


 しかし、なんとなく真に迫るものがあった。それに従った方がいいのではないかと、深矩は思う。いや、思い込む、ことにした。


 そして踵を返し、明日菜が倒れている場所に向けてふらふらと歩き始めたのだった。



6/27 改稿(後半部分を分割)

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