第二話 「仮面の騎士」 その③
「カメンノキシ……?」
始業式の日の放課後。深矩、テツ、仁、明日菜の4人は教室で話していたが、どうせなら駅までの帰り道で歩きながら話そうという流れになり、廊下を過ぎて2階からの階段を降りながら会話を続けていた。話題に上がっていたのは、生徒会長が新年のあいさつのスピーチで口にした≪噂≫について。スピーチでは≪噂≫の中身までは触れられなかったため、深矩から3人に何か知っていないかを尋ねたところである。
「そうそう≪カメンのキシ≫。去年の年末くらいからかな?なんか流行りだした都市伝説。」
明日菜は噂の内容について教えようとしてくれている。ただ聞きなれない単語が初っ端から飛び出してきたので、深矩は思わず復唱をしてしまった。名前の響きからすれば“仮面”の“騎士”で間違いないのだが、科学技術が発展した現代社会において“騎士”という単語が出てくるとは思わなかったのであろう。深矩の脳内ではうまく漢字に変換できていないようだ。
「≪仮面の騎士≫、英語でいうとMasked Knight。呼び方は決まってないから、どちらかで呼ばれることが多いね。曰く、竜都の暗部と戦う正義のヒーロー。」
「ええ?ひーろー……?」
「そう、ヒーローなの!」
「明日菜、今の説明の仕方だと多分津野くんは話を呑み込めないと思うよ」
明日菜としてはうまく説明できているつもりだったのだろうし、実際言葉のオモテだけ見て取れば、“都市伝説”の内容を簡潔でわかりやすく伝えられている。が、そもそも深矩の中では生徒会長が注意喚起した≪噂≫と、都市伝説という存在がうまく結びついていない様子である。仁はそれに気づいていた。
「順を追って話すと、その≪仮面の騎士≫の都市伝説の中に『竜都には時折人を襲う化け物が現れる』って内容が入っているんだ。
その話が広まり始めたのが12月あたり。そして実際に11月から12月ごろにかけて奇妙な事件が頻発しているんだ。事件と都市伝説とが結びついて、真実味を帯びたって言い方でいいのかな、≪仮面の騎士≫の話が爆発的に広まることになったんだよ。だから、生徒会長さんが注意を促したかったのはこの一連の事件についてなんだ。」
深矩にもわかりやすいように時系列を追って話す仁。さすが、要点を押さえている。
「事件って、一体どんなことがあったんだ?」
「そいつぁおれが説明してやろう!」
靴箱で上履きを履き替えながら、テツが会話に入ってくる。明日菜と仁はジト目になってテツを見る。うまく説明できるのか半信半疑な様子だ。
テツは決して頭の回転が遅いだとか、語彙力がないだとか、そういう男ではない。実は今までの定期テストも受験勉強すらも全て一夜漬けの勉強で乗り切れるほど呑み込みが早い男なのだ。不安なのはいかんせん話が脱線しやすい節があるからだった。
「事件っていうと、なんだっけな……そうそう!謎の爆破事件とかあったよな!それから中学生の失踪事件が相次いだり、原因不明の山火事とかな!」
「山火事が都市伝説と関係あるのか?」
「あるさ、なんたって原因不明だしな!」
原因不明なことはすべて都市伝説に結び付けたがるのはいかにも中高生らしい考え方だ。いや、小学生的だろうか。
「山火事のニュースなら俺も見たよ。竜都の山だとは知らなかったけど。中学生の失踪事件のほうは知らないな。いつあったの?」
深矩が詳細を尋ねると、
「どーも家出扱いになってるらしいんだけどよ、実際は化け物に連れ去られたって噂なんだよ。ま、おれはもう殺されちまってるんじゃないかと思ってるけどな!」
馬鹿みたいに大きな声でそう教えるテツ。さすがに仁がそれを咎めた。
「テツ、不謹慎だよ。」
ところが仁のツッコミも気に留めず、テツはしゃべり続ける。よっぽど何か話したかったのだろう。
爆破事件以外にも街の設備や建物に傷が入っていたり壊されていたりだとか、また何かの動物の叫び声のようなものを聞いたことがあるだとか、身近なところでは近くの学校の教師が行方不明になったらしいだとか。
ありとあらゆる情報を際限なく教えるテツを、仁が途中で制止する。話が長くなりそうだったからだ。
「むしろ、よくそこまで覚えてるね」
「おれは“ウワサ話”を覚えるのが得意なんだぜ!知らなかったろ。」
「なにそれ初耳!」
「普段“ひとの話”を聞かない分、興味あるところは忘れにくいのかもね」
やれやれと肩をすくめる仁。ふふん、としたり顔になるテツであったが、その表情は何か企んでいるようにしかみえない。性格といい、人相と言い、いろいろと残念なキャラである。
「あ、そうだ!これだけは言わせてくれよ。時々≪仮面の騎士≫が実際に目撃されてるらしいんだ。見たことあるって言ってるやつ、何人か知ってるぜ」
「え?本当に?」
この話は仁も初耳だったようで、かなりの驚きを見せる。明日菜も一瞬目を丸くしたが、眉唾物の話だと感じたようで、わずかに眉間にしわを寄せている。テツは二人の様子を見て自慢げに胸を張っているのだが、深矩にだけはよく理解されていない様子であった。
「華山高校にツレがいるんだが、そいつがちょうど山火事に遭遇したんだよ。そいつの親戚、確かばあちゃん家が山あいの方だったと思うんだけど、ちょうど正月前の帰省の時に近くの山が焼けたらしい。」
「たしか火事は聖夜祭のあとくらいだったね」
「そう、その時期だったな。で、火事になったから様子を見に行ったんだと。……って普通にあぶねぇよな!山燃えてんだぜ、山!やっぱ消防たいッ――痛ッ!?」
語尾が乱れたのは、話題が逸れそうになったテツの頭を明日菜が小突いたからである。やはり最初に危惧した通り、仁は話題をあちらこちらへ移しがちなのだ。
「≪仮面の騎士≫の話でしょ?」
「わかってるよ!……山火事見に行ったツレなんだが、他にも何人か連れ立って向かったらしい。で、その時の全員が≪仮面の騎士≫を目撃してる。」
「その神楽くんの友達は、化け物の方は見たのかな?」
深矩が尋ねた。
「いや、それは見なかったってよ。」
「えー。それちょっとだけ残念!あたし一度は怪物見てみたいかも!」
「枯尾さんって、怖いもの知らずなんだね」
「津野くん、苗字はやめて。『彼おっさん』て言われてるみたいで嫌なの。」
深矩はごめんと謝り、先ほどのセリフを「明日菜さん」に変換して再度繰り返した。会ったばかりの女の子を名前で呼ぶのは少し気恥しく、深矩は頬をかいている。一方の明日菜はとても満足げだ。
「でもさ、実際怪物とかお化けとか見てみたくない?すっごく楽しそうじゃん。」
「「「明日菜(さん)は怖いもの知らずだね(な)」」」
3人のセリフが恐ろしいほどにシンクロした。思わず明日菜はつぶやく。
「ハモんな」
「や、気持ちはわかるぜ明日菜?超怖いだろうけど、めちゃくちゃ興奮するだろうな!だけど残念ながらツレもそういうのは見てないし、声も聴いてないらしいんだよ。ただ……」
「どうしたテツ?」
何か言いよどむそぶりを見せるテツに、仁が尋ねた。何かを言いにくそうにすることなど、普段のテツを知っている人間からするととても珍しい。
「ツレたちはさ、化け物の代わりに違うものを見たって。」
「≪仮面の騎士≫の正体とか?」
「それ知ってたら今頃話題沸騰だろうな!あわよくばおれも変身っしてメンバーに――」
「―― テ・ツ?(にっこり)」
またも別方向に話が変わりそうだったので、今度は仁からクギを刺す。
「スマン。――だけどさ、なんて言っていいかわからないんだよ。ツレが見たってのは、普通の女の子だったらしい。」
普通の女の子というところが問題なのだと、テツはそう言いたいのだ。普通ではない山火事という災害の現場に、普通ではない都市伝説の中の存在。その中に普通の存在が紛れ込んでいたなら、逆に普通であるはずの少女だけが浮いてしまっているように感じるだろう。
テツが神妙な面持ちになっていたのはそれだけではない。
「その女の子の特徴を聞いたらさ……もしかしたら知ってる人物なのかもしれないと思って」
「それは、ぼくたちも知っている人って意味かな。」
「仁や明日菜どころか、多分津野も知ってるやつだぞ。」
「――……え?津野くんも知ってる?」
杜陸高校へ転校してきたばかりの、それも市外から転居してきたばかりの深矩も知っているとなれば、それは相当限られた範囲の話になる。せいぜい教師のうちのだれかか、クラスメイト。もしくはテレビに出てくるような有名人ということも考えられるが、テツの口ぶりはそうでないことを暗に示していた。
「ああ、やっぱごめん!今の話もなかったことに!」
急に話を取りやめようとするテツ。その態度が余計に3人の興味関心を誘うのだ。
「できないよ」
「できないね」
「できないかな」
そもそも本人の迷惑を考えるなら最初から話題に出すべきではなかったのだ。≪仮面の騎士≫を見た、という話だけで終わらせるべきだったのである。時すでに遅しというわけだ。
「安心してよ。誰にも言わないからさ」
ほかの誰かが言ったのなら信用できないセリフだが、仁が言うとなにやら説得力がある。深矩と明日菜は何も言わなかったが、仁の言葉に同調して首を縦に振る。
「その女の子は、一瞬で姿が見えなくなったから正確じゃないかもしれないんだが、赤髪のショートカットで、黄色っぽい瞳だったらしい。唇が印象的で、美少女だったってよ。身長も、おれのツレが“妹と同じくらいだ”って言ってたから、160センチくらいなんじゃないかな。」
「それって」
全員の脳内に、同じ人物が思い浮かべられる。
「ひょっとしてその女の子の正体が、八百神 あさみだって、言いたいのか?」
「八百神さんって、俺の左隣の席の子だよね?始業式が終わったらすぐに帰っちゃったけど。」
「そう、あの八百神だよ。」
深矩の左隣の席の少女、八百神 あさみ。赤いショートボブに琥珀色の瞳、身長も160センチくらい、唇は目立つわけではないが、確かに少し厚い。彼女の特徴は目撃証言と一致するように思われる。
「ちょっとまってよ。赤い髪の女の子なんて、この街にはたくさんいるでしょ?」
「だけど、瞳の色もセットになるとずいぶん範囲が狭まるよね」
「な?な?お前らもあいつを連想するだろ?」
「八百神さんって普段誰にも心開かないから、そういう都市伝説的なものと関わってるって言われても妙に納得しちゃうよね。」
もちろん探せば同じような特徴を持つ少女は見つかるのだろう。しかしあさみの持つ独特の雰囲気が話に不思議な説得力を持たせる。だからなんとなく結びついてしまったイメージが、頭から離れないのだ。
盛り上がっていた空気が、一気にいたたまれないものになっていく。覗いてはいけない秘密を覗いてしまったような気まずい雰囲気。
天気の方も神妙な空気を感じ取ったのであろうか、晴れ間が消えかかり、薄い雲に覆われ始めていた。冬の冷たい風が、心地よさから凶器へと変わり始める。
「寒ッ!……おいおい、天気!空気読めよなーなんか辛気臭くなってくるぜ」
「同感だね」
一行は校門を潜り抜け、駅への道に差し掛かろうとしていた。すると、明日菜が急に立ち止まったので、一行も足を止める。懐からタブレット型の通信デバイスを取り出したところを見ると、どうやら着信があったようだ。
「ごめん、センパイから」
明日菜が通信デバイスのパネルをタッチすると、目の前に小さな映像が投影される。大気中にスクリーンを作り出して映像を流す、プロジェクションビューアと呼ばれる技術である。近年は小型化に成功して、電話などの通信の際にも用いられている。
今回の明日菜に対する着信は電話でなくメールだったようで、投影されたスクリーンを指で操作して返事を入力している。スクリーンは方向がずれると光が拡散して見えなくなってしまうため、メールの入力をするときはあたかも空中に指で何かをなぞっているように見える。ゆえに、メールの内容がどういうものかは傍からはわからない。
「どうしよう、呼び出されちゃった」
「センパイって、ビーチバレー部の?」
明日菜は首を横に振った。
「生徒会のセンパイ。文化祭の時の設営でお世話になった人だよ。」
「て、ことは副会長か。」
仁が浮かない顔をする。
「こないだの告白、ちゃんと断ったのになぁ」
明日菜はどちらかと言えば男子に人気があり、女子には距離を置かれるタイプの人間だった。異性との距離感が近すぎるのと、割と遠慮のない物言いがその原因である。もちろん仲の良い同性の友達も多いのだが、明日菜自身馴れ合いよりもふざけあいの方を好むため、テツジンコンビと一緒にいる時間の方が長い。
逆に言えば、明日菜にとって異性の友達とは“じゃれ合う”程度の感覚であって、恋愛感情というものはいまいち理解できないでいる。モテるにはモテるのだが、高校入学以来、告白されてもすべて断ってきていた。
「んなやつ無視しとけよ。どうせこの先も縁がないような人なんだろ?」
「ぼくもその方がいいと思う。ちょっと未練がましいよね」
明日菜はしばしの間迷っていた。うつむいたまま腕を組み、しばらく唸っていたかと思うと、次の瞬間にはぱっと顔を上げて
「決めた!」
と宣言した。
「わるい、あたしちょっと行ってくるわ!」
「え、大丈夫なの?」
「へーきへーき、ちょっと相手の心をへし折ってくるだけだから!」
それじゃあまた明日、と明日菜は踵を返して学校の敷地内へと戻っていく。呆然と立ち尽くす男子高校生3人組。すると、今まで黙っていた深矩が口を開いた。
「事情はよく分からないけど、なんとなく心配だよね。」
「……そうだね。」
「様子、見てきた方がいいんじゃないかな?」
相手の副会長という人物がどのような性格なのかは深矩にはわからない。それでもここで放置するのは何か違うのではないかという考えが巡ってきたのだ。おそらくテツも同じ考えだったようで、提案を挟んでくる。
「おれも気になるな!バレないように物陰から見張るってのは、どうだ?」
「いい考えだと思う。大河くんも、行こう!」
不安そうだった仁の表情が、少し柔らかくなるのが見て取れた。明日菜の迷惑にならない程度に、陰から見守ることに決めたらしい。その表情を見て安心感を覚える深矩だったが……仁の表情はそのまま歪な笑みへと移行し、凶暴な面構えになる。
――あれ?なんか様子が変だぞ?
と、深矩が気づいた時にはもう遅い。
「わかったよ。アイツがもし明日菜に酷いことをするようなら、ぼくがアイツの●●●(※自主規制)を■■■(※自主規制)して本体はそのまま海に沈めてやるよ……!」
仁が本当にただの引き止め役ならば「テツジンコンビ」と一括りにされるはずがないのだ。深矩はここにきて仁の本性を垣間見たのである。
◇ ◇ ◇
華山区の工業団地。
戦闘は速やかにして行われ、小一時間のうちには終了していた。工場の機械群は大量の返り血を浴びて、てらてらと深紅の輝きを放つ。中央部の開けた空間には、今は元の形も想像できないほど損壊した死体が転がっていた。
「わたし毎回思うんだけど、特撮番組みたいに倒した敵は爆散してくれないかなっ?」
「先輩、そりゃ贅沢ってもんすよ。こりゃあ戦い方考えないとオレたちの手間がとんでもないことになるな」
「《デオキメラ》の死体は内藤さんに回収してもらうとして。ボクらはそこの機械の拭き掃除をしましょうか」
緑色の装甲の男――トールが片付けの準備に取り掛かろうとしたその時。破壊された工場の扉から影が差しこんだ。外からの明かりが逆光になってシルエットになってしまっているが、その姿はセーラー服であるらしい。
少女は戦闘を終えた三人のもとへ少し歩み寄り、声をかける。透き通ったハスキーボイス。矛盾する表現だが、これがしっくりくるような美しい声色だった。
「待ってグリーン。今、連絡が入った。《デオキメラ》の反応がもう一か所現れたって。」
「あさみさん、それは本当ですか!?」
少女――八百神 あさみはその可憐な顔をわずかに下に傾げ、肯定。
「あと、ひとつ言わせてもらうと、戦隊ヒーローにおいて本名を呼ぶのはナンセンス。
やはり、コードネームじゃないと。」
昨今の特撮シリーズでは名前で呼び合うことの方が多いのだが、彼女なりのこだわりがあるらしかった。トールが慌てて“レッド”と言い直すと、あさみの瞳が少し輝いたように見えた。
「それより次の≪デオキメラ≫を止めないと!――チッ、一日に二体とか初めてだぜ」
「あさみん……じゃなくてレッド、≪デオキメラ≫の位置はっ!?」
「それが、ね」
あさみは通信デバイスを取り出すと、少し上のほうに掲げて見せた。目の前の空間にプロジェクションビューアが展開され、地図が投影される。赤く点滅する光点で示された現在位置と、赤いサークルで示された敵の予測位置が同時に見て取れる。
「――――――ッ!!!」
瞬間、桃色の装甲の少女が、ブーストされた驚異的な脚力をもって移動を開始した。足さばき云々のレベルではない。まさしく姿が掻き消えたのだ。それは、敵の場所がとんでもない場所だと気付いたからである。
残りの面子も敵の出現場所を理解し、息をのんだ。
「市立――杜陸高校」
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