第二話 「仮面の騎士」 その②
竜都の南部に位置する華山区は神竜川の河川敷に沿って町工場が立ち並ぶ工業団地になっている。ちょうど昼休みも終わり、仕事を再開する時間帯。工場の中には人が多いのだが、通りに目を向けると人通りも少なく、閑散とした空気も感じられる。そんな昼過ぎである。
行き交う車はトラックがほとんどであり、たまに見かける乗用車も社用車であることが多い。トラックはモーターでなくいまだにエンジンを使用している車が多いため、その点だけに注目すればこの街自体は騒々しいともいえる。
一方、徒歩に限ってみてみれば、歩いている人間はほとんどいない。川沿いの産業道路から一歩路地へ足を踏み入れれば、その傾向はより顕著となる。
ただ、その場所は人の気配があまりにも少なかった。町全体にオンオンと響き渡っているはずの工場やトラックの音は、とある一角だけ急速に静けさを増していたのである。周囲一帯から生活音がしないのは明らかであり、遥か遠くから運ばれてくる自動車やリニアの走行音だけが反響していて、それは夜明け前の街の音によく似ていた。
人影は皆無――いや、そうではない。奇妙な装いの者たちが4名ほど集まっている。その服装や行動から、ただの通行人でないことは明確であった。
「人払いは済んでる?」
「終わった。……今のところは問題ない」
「NiceでGood jobだよっ!あとはわたし達にまかせてねっ!」
「それ、タイガさんのセリフのパクリ……」
セーラー服を着た少女が一人と、工場の裏路地にはとても不釣り合いな色とりどりの衣装をまとった集団。仮面のようなもので顔を覆っており、表情はおろか人相は伺うことができない。着ている衣装は色彩や細部の違いこそあれど、基本的な構造は統一されていた。
仮面は半球状の遮光板になっており、側頭部から後方上部に向けて2本の角が伸びている。また後頭部は露出しており、髪型がかろうじてわかる。全身はタイツのようにピッタリと体にフィットしたボディスーツ。その上から被さるように、肩、胸、腕、腰、脚にはアーマーが装備されていた。腰アーマー後部からはスカートのように布が翻っており、美しい。
シルエットとしては――不釣り合いな仮面を除いてだが――西洋の騎士を彷彿とさせるデザインだ。同じデザインのアーマーを着込んではいるものの、体格や性別はまちまちである。
「私は引き続きあたりを警戒してくる」
「ああ、よろしく頼むぜ!」
たった一人このアーマーを装備していない人間、セーラー服の少女がその場を去る。姿こそ普通ではあったのだが、立ち去るときの速力が尋常ではなかった。遮蔽物の多い路地裏の環境も手伝ってのことだろうが、まるで一陣の風が吹き抜けるように一瞬で姿が見えなくなる。
無論、生身の人間にそこまでの脚力があるわけではない。“風”と比喩されたのは重心の移動を感じさせない足さばきがとても見事だったからだ。この状況も、集まっている人物たちも、全てが普通ではない。
「さてと、作戦に移りますか」
青いアーマーの人物がそのように告げると、残りの桃色、緑色のアーマーの者が頷いた。シルエットから判断できるのは、桃色の人物がが背の低い少女、緑色は背の高い男性であるらしいこと。青色はシルエットだけでは性別不明であるが、声質から変声期くらいの少年であるとわかる。
「じゃあ、まずはグリーンとオレが前から突っ込む。で、ピンクは隙を見て窓から侵入、敵を狙撃……っと。」
「場合によってはボクが囮になりましょうか?」
「いや、グリーンは――……ってあのさ、やっぱこれメンドくせぇから本名で呼んじゃダメか!?」
「いちおう人払いできてるらしいし、良いんじゃないかなっ?」
青いアーマーの少年は小さくガッツポーズ。
「ま、アイツはそういうとここだわりそうだから内緒な。……で、トールは攻撃力が高い代わりに動きが遅いから、オレが遊撃に出るよ。これでOK?」
トールと呼ばれた緑色のアーマーの男性は親指を立ててOKのサインを出した。
「――よぉし!じゃあ、作戦開始っ!」
「「了解!」」
桃色の少女の掛け声とともに、3人は二手に分かれ、工場に侵入を開始した。青色の少年と、緑色――トールと呼ばれていた男性が工場の正面入り口からの突入を試みる。
「それじゃ、手始めにあの扉を壊しちゃいましょうか!」
トールは手にした巨大なウォ―ハンマーを、これまた大きな工場の金属扉にたたきつける。衝撃は建物全体に伝わり、ビリビリと空気を振動させる。鋼鉄製の扉はちょっとやそっとでは壊れないはずだが、大きくひしゃげ、その中心には穴が開いていた。
「……もう一丁!」
同じ箇所にめがけて再びハンマーを振るう。内側に向かって歪曲した扉は、ついにその支えを失って緩やかに角度を傾げ、土煙を巻き上げながら崩落する。扉が倒れた時の衝撃はハンマーの衝突時に勝るとも劣らないほどであり、ゆっくりに見えた倒壊速度は、扉そのものが巨大であったための錯覚だと知らされる。
ぴゅう、と口笛が聞こえた。
「やるじゃん、トール」
「では、奴の注意を引き付ける役目はあなたに任せますよ?」
「おう任せとけ!」
埃舞う工場の中は、外見よりも狭く感じられる。空間そのものは広いのだが、所狭しと並べられたプレス用の機械がその面積を狭めている。吹き抜けになった場内からは2階部分まで見通すことができ、そこは小さな部品が種別に保管されているのが確認できる。照明は一切点灯していないが、昼の明るい日差しが間接的に差し込んでおり、思ったよりも暗くはない。
「さぁて、お出ましだ」
破壊された扉の向こう、そこには人ならざる異形の化け物がいた。2メートルはあろう巨躯は人型とも不定形とも言い難いほど歪。
二本ある脚は、恐竜や鳥類のそれのようにスネの部分が長く、瞬発力がありそうだが肥大化した上半身がその印象を消してしまっている。波打つかのごとく脈動する球体のような肉塊。頭部と胴の区別は全くつかないが、二つある眼球の上部からトサカのようなものが突き出しているので、かろうじてその位置がわかる。
「今度のヤツは気持ち悪いな……」
「まあ、早いうちに倒してしまいましょう」
化け物は扉を破壊された際も特に動じているようには見えなかったが、二人が戦闘の構えをとると同時に、殺気を感知したのか唸り声をあげて襲い掛かってきた。肉体のうねりが一層激しさを増す。
ブルーは化け物の攻撃にも動揺せず、しかし高ぶった感情を吐き出す。中指を立てて挑発したのだ。
「っしゃ、かかってこいよバケモンが!」
――それは、良く晴れた冬の日の午後。
――竜都の秘められたる日常の姿だった。




