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流浪荘の管理人  作者: 中酸実
第三荘 隣人の事情
27/33

第五室 管理人と会社員と

皆さま、お久しぶりでございます。久々で存在自体が薄くなっている中酸実でござます。

今回は・・・長いよ?

「さてと、これでいいかな・・・」


 土曜の昼下がり、ベットに倒れ込むように一息をつく。

 約二時間、スマホの画面と睨めっこしながら添削(てんさく)しまくった文章を見返してそう呟いた。


「・・・ちょっと強引かもな」


 仕方がない、見えない所でもこの世界の男性の権力は強いようだしそれに便乗させて貰いましょうかね。

 それにしても、あの時交換した連絡先がこんなところで役に立つとはな。


「さて、いっちょ頑張りますか!」


 俺はスマホの送信ボタンを押し、ベットに置いて準備に取り掛かる。

 その画面には「送信完了」の文字が浮かんでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 どれくらい寝たのだろう・・・両目が赤くはれているのが感覚で理解する。

 上体を起こし寝ぼけ眼で外を眺めると空は薄く赤く広がっていた、もうこんな時間か・・・

 意識が朧げなものからハッキリと形を持ったものになっていくにつれて記憶が、泥のように眠る前の記憶が呼び起こされる。


「そうか、私は・・・」


 そこからの言葉が出ない・・・いや出したくはない。

 言葉に出してしまうと自分がやったことが否が応でも思い知らされてしまうからだ。

 ボーッとした視線で彼を突き飛ばした両手を眺めては、酷く暗い後悔の念にさいなまれてしまう。


「二度寝しようかな」


 このまま起きているのも辛いならいっそ、もう一度寝てしまおうか。

 掛け布団に手を掛けようとしたその時、ふとスマホの画面に目が留まる。

 たまたま友人からのSNSで画面がスリープから解除されていたが問題はそこじゃない。

 メールの受信があったのだ。今の時代SNSで連絡を取り合うのが主流だがやはり会社やそれに連なる重要事項はメールがその役割を占めている。

 スマホを開きメールボックスを確認すると息が詰まるような感覚がした。


逆水(さかみず)さん・・・」


 そう、私が突き飛ばしさらには昼食の感謝も言えずじまいだった彼の名前がスマホのディスプレイに映っている。

 メールを開けるのが怖い、でも開けなきゃいけない気がする・・・そう私の中の女の勘が囁いていた。

 震える指先でメールをタッチした。


『初めまして。ええと、メールでは初めてだよね。

 今回メールをしたのは他でもなく今日の昼の事だよ。

 昼の件に関しては怒ってないから安心して。ただ僕自身としては心配かな。

 後、朝にした約束のようにちゃんと夕飯を食べに来る事、6時位に部屋に来たら用意はできてると思うよ。

 これは『約束』だからね。僕も守っているから君も守ってくれるとうれしいかな。』


 言葉の圧力、有無を言わせないその文面からは逆水さんの心情が伝わって気がした。

 そして何よりも、文の最後の『約束』と言う文字の重みが圧し掛かってくる。

 でも、私自身こんな自分に腹をくくらなければいけない時なのかもしれない。

 するはずの『行くか行かないか』の葛藤(かっとう)はどこかに消え失せて、私の決意は固くなった。

 ここまで心配してくれてるんだ応えなきゃ、逆水さんに示しがつかない。


「ん?所で今何時?」


 スマホを見つめなおして時間を確認すると・・・


「やばっ!急いで準備しなきゃ!ああっ!目が()れてるよぉ!!!」


 肝心な時に()まらない私であった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はぁ、流石に今のご時世、メールを見ないよな・・・」


 ベットに上半身だけのせると言う何とも体に悪い体制をとりながら独り言を発していた。


「だよなぁ、今時SNSのほうが伝わったかもな」


 答える人は誰もいない、ただベットの上の時計が無情にも6時を過ぎていることを告げていた。

 最近、メールがSNSに取り変わられた時代。実際メールを率先(そっせん)してみるのはかなり(まれ)かもしれなかった。

 だからこそ大櫻(おおざくら)がメールをみたのはタイミングも相まって奇跡としか言いようがないのだが、その軌跡は逆水が知る由もないので。


「ああ~どうしよう、この料理と材料・・・」


 逆水は後片づけの事に思念していたのだった。

 それだけに・・・


 ピンポーン


「!?」


 このインターホンは予想外だったのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ピンポーン


 きちんと身だしなみを整えて私は203号室の扉の前にいた。

 以前とは別の意味で葛藤したインターホンのボタンを乗り越えて今ここにいる。

 決意は固いが内心、不安で押しつぶされそうになる。


『メールではああいってたけど。もし、怒ってたらどうしよう・・・』


 そんな不安が浮かんでは沈んでいく。

 時間にしたら1分、いや30秒にも満たなかったと思う、けどこの体感時間の長さは判決を待つ囚人のように長かった。


 ガチャリ


「良かった、来てくれましたか」


 そう言ってドアを開けた逆水さんの顔には『怒り』ではなく『安堵』の表情を浮かべている

 そうか、この人は心から心配してくれたんだそう思うと・・・

 けど、だからこそ言わなきゃいけない『伝えなきゃいけない言葉』がある。


「あっ、あの」

「どうぞ、入って下さい」


 そういって部屋の中に進んでいく。

 対する私は言いたいことをハッキリと言えずにしどろもどろしていると。

 

「あっ、あれ?」


 どうやら涙腺(るいせん)が弱くなっていたみたい、私の(ほほ)に一筋の涙が伝っているのが肌で感じられた。

 理由は分かる、逆水さんが怒ってない事に対する自身の『安堵』だ。

 せこい私に少しの自己嫌悪が沸きあがってきた。

 逆水さんが丁度、自分の部屋の奥に入るところで良かった。こんなことで泣いているのを見られたら余計に心配かけてしまう。


「どうかしましたか?」


 訝しんだ逆水さんから声がかかる。


「ああ、今から行くさ」


 そう、私は答えて涙をぬぐった。ちょっと、今日の私は泣き虫かもしれない。

 けれど、伝えたい言葉はあるから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あ、ちょっと待ってくださいね」

「あっ・・・はい」


 まだ部屋に来るのは二回目の大櫻さんが慣れてないのかそわそわしながら座って待っているのを横目に台所に向かう。



「さて、ここからは俺の戦いだ」


 誰にも聞こえないような声で自分自身の気合を入れなおす。

 あのような事があったのだ、大櫻さん自身の気持ちと勝負してここに来てくれた。

 なら、俺のすべき戦いは・・・




「よし、完璧」


 予め仕込んでいた味噌汁の味見をして確認する、祖母直伝の配分おしくないはずがない。

 そろそろ、グリルで焼きなおしていた魚が焼き終わるころだ。


「仕上げといきますかね」


 フライパンを手にコンロに火をともし、油を()く。

 俺には料理しかないけど、伊達(だて)に十年以上料理をしてるわけじゃないでね。


 俺のすべき戦いは彼女を笑顔にすること!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 言いたいことを言うタイミングが見当たらずにそわそわしながら待つこと約十分、逆水さんがお盆と相変わらずやけに似合うエプロンを引っ提げて台所に戻ってくる。


「おまたせ」


 お盆に載せていたものを手際よくテーブルに並べていき、あっと言う間に今晩の夕食が展開される。

 そして、(ほとん)ど全ての料理が展開されたとき。


「これは・・・」


 自然と口から言葉が漏れる。


「そうです、純和風料理です。どうぞ食べてください」

「は、はい」


 ああ、また言うタイミングを失ってしまった。

 笑顔で促されると話を打ち切って言い辛い・・・

 渋々(しぶしぶ)、汁物から手を付けると。


「あ、美味しい」


 (こぼ)れるように賞賛(しょうさん)の言葉が出てくる。

 味噌汁なんだけど貝類のうま味がギュッと詰まっていて、それでいて昆布の風味が感じられる。

 インスタントだと思っていたけど、きっちり手間暇かけた味噌汁だ。


「あさりの味噌汁です、あさりは春先である今が旬ですからね。もちろんインスタントじゃないですよ」


 私の心を見透かしたように説明する逆水さんはまるで手品に成功した子供の様だった。

 昼の時は色々と見る余裕なかったけど、彼はこんな顔するんだって意外な逆水さんの一面が見れてホッコリしてしまう。

 次に私が箸をつけたのは、主菜である魚の焼き物だ。

 白が印象的な魚の切り身を口に入れると、途端に口いっぱいに広がる白味噌と日本酒独特の風味これは・・・


「これもまた春が旬の魚、(さわら)の西京焼きです」


 焦げやすい料理なのに焦げ目無く白に保たれている鰆の切り身には賞賛を送りたいほどに完璧。

 普通に旅館でも提供できる完成度に唯々驚くばかりだ。

 最後に残ったおかずに箸を伸ばす、一見するとただの卵焼きだけど何か仕込まれているのかと勘ぐっては期待してしまう。

 そんな私の心情見抜いたのか逆水さんが口を開く。


「それには何の工夫もしてないですよ、ただの卵焼きですよ」


 と、苦笑気味に言う。

 だからだろう、いつの間にか何気なく口に頬り込んで。


「あ、甘い」


 全く予想外の不意打ちに私の舌から出たのはそんな感想だ。

 甘い・・・と言っても、馬鹿みたいに甘いわけではなく包み込むような優しい甘さ。どちらかと言うと卵焼きよりもだし巻き卵に近いんじゃないかと思ってしまう。

 だけど、甘いだけじゃなくきちんと卵焼きとしての味、しょっぱさとほんのり香る醤油の風味もきちんと感じられる。

 どんなふうに砂糖を調節したらこんな優しい甘さになるのだろう。


「その卵焼きは自前のレシピじゃないんです・・・」

「えっ」


 唐突に口を開いた逆水さんに顔を上げる。その顔に浮かんでいる柔らかい笑顔はどことなく哀愁(あいしゅう)が感じられる。

 何時もの料理を紹介するときの声色よりも、別の印象を受ける落ち着いた口調で逆水さんは言葉を(つむ)ぐ。


「この卵焼きは元料理人だった祖父が、よく作っていてくれたレシピ・・・言わば思い出のレシピなん、です」

「・・・」


 逆水さんの行き成りの言葉に声を出せずにいる。

 何処か遠い所を見つめるような表情で(つぶや)く。


「運動会やお花見の時に作ってくれて、この味が、この優しさがいつまでも続くものだと思っていた」

「・・・」


 黙って聞き入る事しかできなかった。


「高校生の時、その時は突然訪れた。祖父が倒れてそのまま帰らぬ人となった、医者の話では脳卒中だったらしい」

「・・・」


 そう語る逆水さんの顔には悲しみが見てとれる。


「ハッキリと身近に感じた死に、兄や妹と比べて取り乱したのを覚えてる。だからかな、その時から卵焼きを見るたびに手が震えるんだ」

「でも、今は・・・」


 逆水さんの表情には怯えなど無く、ただただ郷愁の念が感じ取れる。

 もちろん私に出した食事と同じものが彼の前にある訳でそのレパートリーの中には当たり前のように卵焼きが入っている。

 なのに、自然体でいると言う事は・・・


「うん、きっかけは大学の時の一人暮らし。ふと、祖父の卵焼きの味が懐かしくなって作りたくなったんだ」

「・・・」

「色々、試行錯誤して作ったんだ。その努力の結果、目的の味がつくれた」

「・・・」

「震える手を制してそれを口にしたときに、止め度無く流れる涙を抑えきれなかった。馬鹿みたいにひとしきり泣いた後は、まるで何事のなかったように卵焼きを見ても手は震えなくなったんだ・・・だから大丈夫、大櫻さんはきっと克服(こくふく)できる」

「・・・ありがとう」


 相手には聞こえないような小言で呟く、今の私は自分でもビックリするほどの自然な笑みを浮かべているだろう。

 不器用だけども必死に私の事を思ってくれるのがひしひしと伝わっている。

 だからこそ、今だからこそ伝えられる『思い』があるんだ・・・逆水さんには悪いけどこんな湿っぽい雰囲気の方が私にはありがたかった。


「・・・私さ、男って自己中心的で我儘だと思ってた。理不尽な存在だと思ってた」

「・・・」


 急に口を開いた私に、今度は逆水さんが黙って聞く番だ。


「でもね、逆水さんに会って、こんな男性もいるんだって、思って」

「あっ・・・」


 目じりに水滴が(にじ)むのが感じられるが構わず言葉を紡ぐ。


「本当に、本当に、心地よかったのさ。その優しさが笑顔が本当に」

「・・・」


 一筋の涙が頬をつたう。逆水さんは黙って言葉を聞いてくれている。


「だからさ、これだけは言わせて。ちょっと、いや、かなり迷惑かけてごめんなさい・・・」


 息を整えて、私なら大丈夫。


「そしてさ・・・ありがとう!」


 今の私は最高の笑顔になっているはずだ・・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ~月曜日~



「よっ、サクラ!心配したんだぞ~、急に倒れたって聞いたからな」


 (あおい)が出社早々、心配してたのかわからないような顔で話かけてくる。


「全く心配した割にはさ、見舞いの一つも来てくれないとはね。私は悲しいよ」


 軽口の一つでも言わないと腹の虫が収まらない。どうせこいつの事だから・・・


「すまんすまん、ちょっと男性との出会いを求めて奔走(ほんそう)してたわけと言うやつよ」

「やっぱり・・・」


 やはり男性のケツを追いかけまわしてたか・・・

 だけど今、カバンに入っている物の事を考えると、ちょっとした優越感(ゆうえつかん)に浸れる。


「で、今日もサクラはカップ麺生活なんか?」

「えっ!?」


 まさかの変化球の軽口に私の口からエラーがこぼれてしまう。その事について考えていたから余計にだ。

 どのスポーツにも言えるが一つのミスによってプレイの乱れが生じる・・・それは私生活も(しか)りであって。


「まさか・・・」

「そそそ、そんなことないさ!」

「ふ~ん」


 口から出た災いとはまさにこのこと。言う前に否定したことに、無駄に勘のいい葵は勘ぐり・・・


「あっ!」


 一瞬の隙を突き、葵は開きっぱなしだった私のバックをあさり・・・


「ん?弁当・・・?」

「ああっ!」


 そして、見事に爆弾(弁当)を見つけ出す。ホント、無駄に勘のいいやつ。

 葵が手に持っている弁当は、逆水さんが作ってくれた弁当だ。そう、男性のお手製弁当!この世の中の女性たちの(あこが)れの代物である。 


「たしか、サクラは自炊が出来ない・・・てことは」


 小さくなった名探偵並の勘の良さで正解を導き出そうとしている葵に。


「ああああ!」


 叫びながら弁当を引ったくり逃げ出す、今は葵が解に辿(たど)りつく前に意識をそらさねば!


「あ!待て!」


 葵が追いかけるように迫ってくる。長い付き合いだから分かるが、葵は勘は良いが目の前の事にしか目を向けることが出来ない!

 (ふところ)に抱えた弁当を見て決意をする。

 今は友達と言うかご近所付き合いだけど絶対に彼をオとして魅せる!


 ・・・その後、葵には舌先三寸(したさきさんすん)で誤魔化したのであった。

今回で一気に解決と言いますかこの章の終わりまで持っていきました。

シリアス回と言う事で全然筆が進みませんでした本当に申し訳ない・・・

次章はシリアスじゃないので筆のスピードは何とかなりそうです。やはり自分にはシリアスは厳しいですね。

さて、ちょっと話題は変わりますがトラウマはその人によって違います。他人から聞いたら笑われるような理由もありますが本人はいたって真面目な話なのです・・・

因みに作者のトラウマは幼い頃に塀から落ちて骨にヒビが入ったせいで、不安定な足場に乗ると吐き気と動悸が起こってしまいます。小説のように簡単に克服出来ればいいのですが、そう簡単にはいきませんね・・・

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