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流浪荘の管理人  作者: 中酸実
第三荘 隣人の事情
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第二室 会社員倒れる

何とか10月内に書き終わりました!ホッとしている中酸実です。

「知らない、天井・・・」


 どこかのサードチルドレンよろしく、そんなありきたりな言葉を吐いてしまう。

 明らかに自室とは違う真っ白な天井・・・ここはどこ?

 確か昨日は残業で・・・


「あ、目が覚めたのですね」


 ふと、隣から声がする。私が最近知り合った男性の声・・・

 顔を向けると、安堵した表情を浮かべているのがわかる。


逆水(さかみず)さん・・・」


 起き上がろうとするが体に力が入らない、右腕に違和感を感じ目を向けると点滴に繋がっていた。


「あ、起き上がらないで。まだ、安静にしていて下さい」


 体に力が入らないから、起き上がろうにも起きあがれないのだけど。


「ここは・・・」


 少し喉がかすれて声が出にくい。


「病院ですよ、大櫻(おおざくら)さんが倒れていて急いで通報したのですよ」


 病院・・・そう思いながら首を動かして辺りを見回す。

 白で統一されたほとんど何もない簡素な部屋、ここは病室のようだ。窓の外を見ると未だに深い闇が佇んでいる。

 一通り見渡してみたが、ここは個室みたい・・・だけど病院で個室を与えられるのは男性と重体の患者だけのはず。



 そんな事を思案していると、ガラガラと病室のドアが開く。


「お、目が覚めたか。どうだ、気分は?ま、起きたときに男性が近くにいりゃ。一瞬で良くなるが、な」


 ドアを開けた白衣の女性はカラカラと笑いながら軽口を叩く。


入来院(いりきいん)先生、夜の病院なのにそんな声出してもいいのですか?」


 確かに、他の患者さんにも迷惑が掛かるのでは?


「モーマンタイ、『特別病棟』があるこの区域は特別に防音設備が整えられているんだ。やんごとなき男性の大声が他の患者の容態を傷つけないように、な」

「そ、そうですね・・・」


 随分と軽口を言う人ですね。

 確かにそれなら大声を・・・一応私も患者に入るのだけど。


「全く、やってらんないね当直なんて。肌荒れの原因だよ」


 入来院先生はそんな軽口を叩きながら逆水さんが腰かけている椅子の反対側にあったパイプ椅子にドカッと座る。

 ・・・何だろう彼女からは感じられる余裕は。


「ほら、水分だ。って、起き上がれないか・・・」


 そんな事を呟きながら、彼女は壁に掛けたあっただろう何かのボタンを押す。


 どうやらベッドのリクライニング機能のボタンのようだ。

ベッドの下から微かな機械音と共に、私の上体が持ち上げられる・・・さすが「特別病棟」設備が一般病棟と大違いだ。


「これで大丈夫だ。流石に水は一人で飲めるよな?」


 ちょっとした苦笑を交えながら、入来院先生は白衣から経口補水液と書かれたペットボトルを取り出す。


「おっと、ちょっと待ちな・・・ほらよ」


 出しかけたペットボトルを戻し、カチャっとペットボトルの蓋を開けてこちらに手渡す。


「ありがとう・・・ございます」


 リクライニングシートの件といい、こう見えて案外面倒見がいい先生なのかもしれない。

 私は点滴に繋がっていない左手でそれを受け取る。


「水を飲みながらでかまわない、ちょっと自己紹介と行こうじゃないか」


 入来院先生は足を組み、一旦間をおいて話題を切り出す。


「私は君を担当した入来院(いりきいん)(あきら)だ。一応ここで外科医をやっている」


 外科医・・・と言う事は手術をしたのか!?


「安心してくれ、手術をするほど酷くなかったよ、ただの栄養失調だ。私は当直で担当しただけ、な」


 どうやら、心配が顔に出ていたみたいだ。

 うん・・・乾いたのどに水が染み渡る。


「栄養失調・・・」

「ったく、どんな食生活をしていたんだい。ビタミンにミネラルが大幅に不足しているよ」


 どこから出したか分からないカルテを取り出して呟く。

 カップ麺漬けの生活だったからね・・・


「これからは真っ当な食生活にすることだ、な」

「はい」


 どうしよう、自炊も出来ないし外食するだけのお金がない。

 これからの展望に不安を募らせていると入来院先生が口を開く。


「それにしても運が良かったな、君」

「どういう事ですか・・・?」


 彼女はからかう様な笑みで言葉を続ける。


「『たまたま私が当直で助かったな』って意味だよ」

「?」


 意味がいまいち分からない、何が言いたいんだ?

 そんな私の反応に入来院先生は「ああ」と一人で納得したような表情を浮かべる。


「そう言えば君は意識を失っていたから分からないか・・・」

「だから何が言いたいのさ?」


 一人で納得する彼女に苛立ち、つい口調がきつくなる。


「いやぁすまない、つい私の悪い癖が出てしまっていたようだ。君は意識がなかっただろうから分からないだろうが、君が倒れていると第一報を入れたのはそこで寝ている逆水君なんだよ」


 ・・・ん?寝ている?

 疑問に思った私は逆水さんの方向に首を傾ける。

 本当だ、さっきから声が聞こえないと思ったら壁に背を預けて寝てしまっている。


「彼は私が話し始めた時から舟を漕いでたよ。どうやら君が目が覚めて安心したみたいだね。さて、一つ君に質問だ。男性からの第一報、しかし女性が倒れているとの通報だ。おまけにその女性とは親しいように聞こえる。その通報を受け取った一人寂しく仕事をしている女性は、果たしてどう思うだろうな・・・」


 ヤバい・・・碌な結果しか思い浮かばない。

 唾を飲み込む音が自分でもはっきりと聞こえてしまう。


「『うっかり』手術ミスがあるかもしれないよな」


 辛辣な事をバッサリ言うな・・・


「そこで話の一番初めや、な。ま、端的に言うとこういう事や」


 そういうと、入来院先生は白衣のポケットに入れていた左手をだす。

 その薬指には全ての女性の憧れと嫉妬を集める銀色に輝く指輪がはめられている。


「つまり、それを見せびらかす為だけに意味深な前置きをしたのですか・・・」


 呆れ気味にそんな愚痴をしてしまう。


「そういう事、私だって大切な夫との時間を削られて、腹が立っている所にイチャイチャカップルが入ってきたら。そりゃ、必要ない手術をしたくなるもんよ」


 部屋の前で倒れてしまっただけなのに理不尽すぎる。

 それにしても・・・


「イチャイチャって・・・」


 私はきっと今、困惑した表情になっているだろう。

 けど、これだけははっきり言いたい、私と逆水さんはそんな関係じゃありません! 


「傍から見たらそんな風に見えるってだけだ、な」


 彼女は人をからかう様な笑みを浮かべる。


「さて、患者の容態も確認したし私は帰るとするかね」


 そう言うと立ち上がりベットのリクライニングボタンを押して、入来院先生は病室から退室・・・しなかった。


 病室のドアを開けた時に何かを思い出したかのように、顔だけをこちらに向ける。


「あ、そうそう。いくら防音だからって逆水君を襲っちゃだめだよ。患者の容態を確かめるために監視カメラが付いているからね」

「だから、襲いません!!!」


 笑みを残したまま彼女は電気を消して退室していった。


「はぁ、あの先生人をからかって楽しんでるな・・・」


 少しうるさかった人もいなくなり私の愚痴も暗くなった病室に響く。


 スゥ


 隣の逆水さんの寝息が聞こえてふと、そちらに顔を向ける。


「女性二人がいるってのにどんだけ無防備なのさ・・・」


 そうやって、呆れている表情を作っているつもりだが。その顔には笑みが浮かんでいることに私は気づいていなかった。

やっぱり一気に書き上げた方が負担は少ないなとしみじみ思っている中酸実です。

さて、次回は入来院先生視点でございます。てなわけで、彼女の人物紹介は次回にしましょうかね。

け、けっしてサボっているわ、わけではないですよ!(汗

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