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八国巡  作者: 微睡沢泥眠
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奥州「占術の国」-居合山


ひゅん。ひゅん。と松の枝が空を切る音が閑静な森に響いている。

「うーん。これはこれで扱いやすいが、しかしまあ。当たり前だけど草ってのは軟だな。固い獲物と相対した時なんかは苦労するかもなあ」

「何一人でぶつぶつ言ってんのよ」

「わっ!」

背後からの突然の声に驚いた語裏は足元にあった石に躓き、よろけた後、無様に転んだ。

「ってててて……って兎良か! おはよう。調子はどうだ」

「どんくさいわね。おはよう。まあまあよ」

語裏は起き上がり、態勢を立て直して、再び松の枝を手にした。

「……何やってるの?」

「何って、修行だよ」

「私には良い歳した男が松枝を手に狂乱しているようにしか見えないのだけれど」

「あー…はっはっはっは! まあ何て言うか。む、虫が居たから」

「不撰剣法」

「えっ」

「不撰剣法って言うんでしょ? それ」

「……師匠に聞いたのか?」

「うん。そんなことより、アンタに見せてもらいたいものがあるんだけれど」

「見せてもらいたいもの?」

「今又允康の息子なんでしょ? 仙術か呪術。どっちでもいいから見せてよ」

固まる。松枝を手にしていた青年語裏の口と手が止まった。

「どっちでもいいから見せてよって……そこまでは師匠に聞いてないのか?」

「うん? そこまでって? 私が聞いたのは不撰剣法誕生の経緯だけよ。本来なら今又允康の跡継ぎであるところのアンタが呪術の修行もせず、何故こんな山奥で護身術。基、不撰剣法の鍛錬をしてるのかはアンタに直接教えてもらえってお師匠さんは言ってたわ」

それを聞いた語裏は、大きくため息をついた。

「師匠も人が悪い。そこまで教えてるなら全部言ってくれればいいのに」

「何言ってるの? 兎に角見せてよ。私、今まで仙術ってものを見たことが無いのよ。いや仙術だけじゃないわ。呪術、神術、占術、魔術、降霊術――怪奇的要素を含む術は見たことが無いの。だから、いっぺんどんなものか見てみたいのよ。ね? お願い」

「分かったよ」

再びため息を付いた語裏は、手に持っていた松枝を丁寧に足元へ置き、それから地べたにあぐらを掻いて掌を合わせ、瞑想をはじめた。

「わくわく」

それを見た兎良は目をキラキラさせながら近くの岩へ腰を降ろした。

暫くの間、静寂が二人を包んだ。するのは風が森を走り去る音だけだ。

――呪文とか言わないのね。2分程たった頃、兎良は大きく欠伸をした。退屈な感想を抱きはじめたその途端、兎良は睡魔に誘われて落ちてしまった。


「おーい、おーい起きろー」

ぺちぺち。と頬を叩く音。語裏は眠ってしまった宇良を起こしていた。

「ん……あたし、寝ちゃったのか」

時刻は既に酉の刻。野兎や小鳥たちが帰り支度をはじめ、狼たちが目を覚ます頃合いだ。

「アンタに起こされるのはこれで二回目ね」

兎良は目をこすりながら、身体を起こし、大きく伸びをして辺りを見回した。そして自分が何をしていたのか、何を見ていていたのかを思い出す。

「――っ! もしかして、アンタのやった呪術って他人を眠らせるってものなのかしら!」

兎良は瞳をキラキラさせた。

「え……! えっと。そうそう。さっきのは『醒奪の術』と言って、近くの対象を眠らせることが出来る軽めの呪術だよ」

「すっごいわ!」

「わっ!」

兎良は語裏に飛びかかり、そのまま押し倒した。

「語裏! アンタ凄いわ! 私、術に掛けられことにすら気が付かなかったわ。へえー、これが呪術かあ。初めて体感したわ。でも不思議ね。まるでアンタの術が発動するまで、退屈で寝ちゃったみたいな感覚」

ははは、と苦笑いをする語裏。一方兎良は語裏にまたがり、なおも絶賛を辞めない。

「でもそれが本当に良い呪術師の証拠でもあるのかも。そうね、本当に優れた盗人は盗んだことを持ち主の主に気が付かせなかったり、本当に有能な諜報員が情報を盗んだということを敵に悟られなかったりするから、それと一緒ってことね! アンタのこと、うだつの上がらない奴だとか言ってごめんなさいね」

「いや、いいんだ。それよりそろそろどいてくれないか。もう帰らないと師匠が――」

いい加減兎良落ち着かせて、帰宅を提案しようとしたその時、兎良に押し倒され、仰向けの状態になっていた語裏の目には、空から降り注ぐ無数の蛇が見えた。

「危ない!」

語裏は咄嗟に兎良を抱き寄せ、そのまま左に半回転し、宇良に覆い被さるような形で彼女を守った。

聞いたこともない音が背中から聞こえた。痛覚的に蛇の牙が背中の肉を抉った音だ。

――二つ食らってしまったようだ。語裏は背の痛みと急襲による混乱で嫌な汗を掻いた。

「語裏!」

兎良は急いで語裏の下から抜け出し、そのままうつ伏せに倒れた語裏の背中に噛みついた二匹の蛇を確認した。

「あ、アンタ、私を庇って!」

「……いや、いいんだ。それより帰ってこの事を師匠に伝えてくれ」

「馬鹿! アンタをこのまま置いていけるわけないじゃない!」

そう言って兎良は自分よりも身体が大きい語裏を担ぎ、辺りを見回したのち、仕込んであった煙玉を周囲にばら撒いた。

「お前、こんな物をどこで」

「いろりの灰をちょっとばかり拝借して、少しだけ作っておいたのよ!」

意識が朦朧とする中、語裏は兎良に担ぎ上げられた。

「逃げるよ! このままアンタを放っては置けないし、この蛇の主が私の想像する奴なら、私はアンタを守りながらそいつに勝てる自信がない! ましてや普通に戦ったところで、私はあいつを絶対に倒せない!」

兎良が放った煙幕はたちまちその一帯を取り囲み、西日が雲で隠れていたことも幸いし、一寸先さえ見えない盲目の森と化した。

しかしそんな機転の利いた隠れ身の術はすぐに打ち破られた。

「忍法――、『霧飛ばし』」

突如強烈な風が吹き抜け、あっと言う間に煙は晴れてしまった。

「ふむ……。あの野兎が煙玉を多用するからと言って、昨晩対策に奴から昨晩教えられた『霧飛ばし』が役に立ったようですね」

長身の男、烏蛇はそう言って辺りを見回した。しかしそこには既に兎良と語裏の姿はなく、的を外した数匹の蛇と的を射た一匹の蛇の死骸が転がっていた。

「……相も変わらず逃げ足の速い奴ですね。今の一瞬で男を背負い、この場を脱するとは。だがあの男を背負って逃げたとなると、そう遠くへは行っていないでしょう」

私から逃れるなど、許されませんよ。

長身の男はそう呟き、二人の臭いが微かに残る方へと走り出した。



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