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八国巡  作者: 微睡沢泥眠
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奥州「占術の国」-萌堂屋敷-参

「私も手伝う」

座敷の収納箪笥から布団を取り出していると、ひょこっと小さな頭が語裏の隣に並んだ。兎良である。

「なんだ。お前は一応客人なんだから、大人しく座っていれば良かったのに」

「……アンタには悪いけど、私、あのお師匠さんちょっと苦手。意地悪とか嫌味っぽいとか、そんなことは決してないんだけれど、なんていうか、雰囲気が苦手」

兎良はばつの悪そうな顔をして、視線を語裏から外した。

「ハハハハ。まああんな婆さん得意な奴なんか居ないよ。っと、聞かれてたら殺されちゃう。でもまあ、根は良い人なんだ。きっと俺以外の人間と話すのが久しぶりだから、距離感や接し方を忘れちまったんだろうな」

「そんなに久しぶりなの?」

語裏は取り出した敷布団を畳の上に置き、今度は掛け布団を漁り始めた。

「ああ、そうだな。ざっと五年ぶりくらいかな。俺が知ってる限りでは」

「そんな長い間、アンタとしか話せなかったなんて、お師匠さん気の毒……」

「お前な。俺にも一応感情はあるんだぞ」

「あらごめんなさい。こんな魅力的な少女の裸体を見ても襲ってこなかったり、口説いてこなかったりしたから、てっきり感情は山の谷間に投げ捨ててきたのかと思ったわ」

「今襲ってやろうか」

「冗談よ」

ぽすっ、と少女は語裏が畳んで置いていた敷布団の上に座った。

「しかし五年かあ。でも何を好き好んでこんな辺鄙な山に引き篭もってるの? アンタたち」

「俺はちょくちょく下山して城下まで行ってるけどな。買い出しとかで」

「ん? じゃあお師匠さんだけがこの山に籠っているってことなの?

「そういうことになるな」

「何でよ。別に今の私のように追われている立場ってわけじゃないんだろうし、下山して外の世界と接すれば良いのに。罪人って感じでもなさそうだし」

「さあな。師匠には師匠の考えがあるんだろう。……と、あったあった」

語裏は掛け布団を取り出し、兎良の座る掛け布団の上に置こうとする。それを見た兎良はぴょんと身軽に飛び跳ねて場所を空けた。

「次は枕か。えーっと、枕、枕……」

「ねえ、そういえばアンタさ。何でさっき『今又』の名前を聞いた途端、動揺していたの?」

「……聞きたい?」

「どうしてもと言うわけじゃないけど、でもまあ、単純に興味が湧いたのよ」

興味ねぇ。

語裏は箪笥の中の暗がりを障子の隙間から差し込む月の光で探りながら、軽くため息をついた。

「親父さ」

「父上?」

「そうだ。奥州『占術(せんじゅつ)の国』、十代目当主、今又允康(いままたのぶやす)は俺の父親だ」

「そっか。父親か」

「って、驚かないのかよ」

「別に。ただアンタみたいなうだつの上がらない奴が、元は日本四天王(ひのもとのしてんのう)の一人、今又允康の息子だってことには少しびっくりね」

「なあ、そのうだつの上がらないっての辞めないか? しかしお前、俺の親父の事は勿論、親父が日本四天王だったことも知ってるんだな」

「史学は私の得意分野よ」

――なるほどね。お、あったあった。

語裏は枕を取って布団の上に放り投げた。

「ところでお前は?」

「ん?」

「お前の両親はどうしてるんだ? やっぱ蝦夷寒冷地帯に居るのか?」

兎良は廊下に続く障子を開け、宵闇に浮かぶ月を見つめた。

「……知らない」

「知らない?」

「ええ。そもそも烏郷の衆は大八洲(おおやしま)各地の孤児が集められ、鍛えられた忍集団。私の両親は、私が生まれると同時に二人とも他界したらしいわ。詳しくは知らないけどね。……でもだからと言って憐れまないで。50年前、かの大戦が終わったとは言え、闘争(とうそう)の国や神代(くましろ)の国のように、まだ戦闘状態にある国は珍しくない。目の前で両親が殺されたって子にも何人も会ったわ」

――私なんて両親の死を見ていないだけでも、両親の温もりをしらないだけでも幸せよ。

その表情はどこか憐憫で、寂寥で、しかし淡泊で、まるで自身の境遇を客観的に再確認しているかのように見えた。知らないということ。幸せを知らないということは、自身が相対的に不幸であると認識できないということ。つまり自身より幸せな奴、不幸な奴と出会った時、初めて人は幸、不幸を認識できる。初めて自身の境遇を確認できる。私は恵まれているのだと、言い聞かせることが出来る――。

「私はね、戦争が嫌い。争いが嫌い。最も、暗殺を生業とする忍の台詞じゃないけど。まあ私はもう抜け忍だから忍びですらないんだけど。それでも私は戦争が嫌い。この世界には、戦争によって私のように両親の温もりや愛情を知らない子供が数多居る。愛情や純愛を知っていながら引き裂かれた人が数多くいる。私の周りにはそんな子供が沢山居たわ」

語裏は黙って手を止める。

「私はそんな世界を変えたい。争いの絶えない世界を絶ちたい。でも私は臆病で、身勝手で、非力。だから私は憎むことしか出来ない。私や私が昔、郷で出会った親のいない子たちを産みだした戦争を。争いを引き起こした二つの朝廷を、殺してやりたい」

語裏は何と言ってよいか分からず沈黙してしまった。それを見た兎良は月のような明度の笑顔で言う。

「つまんない話しちゃったわね。さ、行きましょ」

兎良は語裏が放り投げた枕を抱きしめていた。


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