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八国巡  作者: 微睡沢泥眠
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奥州「占術の国」-萌堂屋敷-弐

語り部:語裏

「これはこの大八洲に隠された『神具八掴しんぐはちつかみ』と呼ばれる八つの秘宝の内の一つ『しとね』よ」

朱い髪の少女は――、兎良はそう言って小瓶を見つめた。

夜。いつもなら師匠と二人で囲む鍋に、今日はもう一人の来客の姿がある。

彼女は元・烏郷うごうの衆の一員。『八羽はっぱ』と呼ばれる幹部八人の内の一人、烏猫からすねこの右腕だったそうだ。

『だったそうだ』というのは、その神具とやらを盗み出し、烏郷の衆を抜け、今は追われる立場となったからだ。烏猫と同じ『八羽』の一人、烏蛇からすへびという男に兎良は追撃され、命からがらここ居合山まで逃げてきたそうだ。俺は、存在は勿論。その烏郷の衆という、今は亡き天山朝廷直轄の忍集団が、50年前勃発した第二次天内戦争で天山朝廷と共に廃頽し、現在は蝦夷寒冷地帯に追いやられていることを初めて知った。

「『神具八掴』か。聞いたことがないな。じゃあなんだい、その兎良ちゃんが持っているような小瓶があと七つ、この大八洲おおやしま日本の至る所に隠されているのかい」

師匠はすっかり(一方的に)兎良と打ち解けている。あろうことは俺を殺そうとした少女をちゃん付けで呼んでいるのだ。

「そう。――いや、正確には小瓶とは限らないらしいわ。私も話に聞いただけだけど、色々な形の神具があると聞いたわ」

俺は口の中に含んだ今日取ったばかりの白菜を咀嚼し、飲み込み、兎良の持つ小さな小瓶に目をやった。

「ふーん。で、その神具とやらを八つ集めると、どうなるんだ? まさか中国の神龍が現れて願いを叶えてくれるってわけじゃないだろうな?」

「何の話よ」

宇良は椀に鍋の汁を注いで一呼吸を置いた。

「分からないわ」

「分からない?」

師匠の眉が歪む。

「分からないの。何となく――、何となくよ。この神具の存在を聞いて、実際にこれを見た時、何故か盗まなければ。という衝動に駆られたのよ。だから何となく盗んだ」

「何となくって……」

俺には到底理解しがたい心情だった。同情もなければ侮蔑の感情も湧かない。湧くのは不可解と言う言葉だけだ。きっと、盗賊には盗賊の。侍には侍の。忍者には忍者の重きとする価値観があるのだろう。

唖然とする俺とは対照的に、師匠は『こりゃ面白い』とばかりにくすくすと笑うばかりだ。

「特に何があるってわけじゃないし、それほど名高いお宝ってわけじゃないから、高く売れるわけでも無いらしいんだけどね」

ますますどういうことだ? では何故、兎良はそんな価値も分からないような物を自身の立場を危うくしてまで――、いや立場だけじゃない。自身の命の危機を冒してまで盗んだんだ。何となくで済まされるような話じゃない。加えて物知りな師匠が知らないような代物だ。その市場価値は本当に取るに足らないものに間違いないだろう。

「じゃあ何でお前の上役は、――烏郷の衆? だっけ? はその小瓶をお前を殺してまで奪い返そうとしたんだ?」

「私を殺そうとしたのは単に私が組織を裏切ったからでしょうね」

確かに。忍の世界で抜けるということは、つまりは抜け忍だ。情報収集と諜報活動を主任務とする集団に於いては、人員の流出。つまるところ情報の漏洩は最も忌避すべきこと。だから元の同胞に狙われるということも止むを得ない世界なのだ。忍でなくとも、それくらいはわかる。

「なるほどな。兎良ちゃんの命が狙われるということは、即ち忍の世界の鉄則。必然的ということだ。それは分かるが、しかし兎良ちゃん。キミの話を聞いていると、その宝は然程価値のあるものではないらしい。いや君の元上司たちにとっては価値の高いものなのかもしれないが、しかし市場は、世間はその価値を知らない。故に高く売れるわけでも無い。それにそもそも盗んだ張本人の兎良ちゃんがその価値を理解していない。だがしかし、烏郷の衆は海の向こうの蝦夷寒冷地帯から、わざわざ幹部の『八羽』烏蛇まで派遣して、火急の勢いで君を殺し『褥』を奪い返そうとした」

「…………」

兎良は黙ったまま、いろりで揺らぐ炎を見つめている。火鉢から割れたような音が跳ねた。鍋の中身は重苦しい雰囲気とは相反して、活発に煮立っている。

「忍の世界の鉄則なら――、いや私の知る烏郷の衆の鉄則なら、本来は兎良ちゃん直轄の上司。つまり『烏猫からすねこ』さんとやらが兎良ちゃんに引導を渡すべきだ」

「お師匠さん。烏郷の衆について詳しいの?」

「大昔に手合わせしたことがあるくらいだよ。まあ、だから烏蛇は本来、兎良ちゃんたちの世界の鉄則に従うなら、兎良ちゃんを生かしたまま捕縛し、監禁し、烏猫の到着を待って兎良ちゃんを烏猫が殺すべきだった。しかしその鉄則を無視してまで烏蛇は兎良ちゃんを殺そうとした……」

「どういうこと? 何が言いたいの? お師匠さん」

師匠は揺らぐ炎の向こう側で首をひねった。

「さあね、ただ分かることは兎良ちゃんの上役たちは、『褥を奪い返すこと』と『抜け忍の抹殺』という二つの任務を同時並行していたのかもね。それほどまでにその褥の奪取は彼らにとって重罪だったんだろう。でもまあ、そこまでさせる『褥』には、やはり烏郷の衆にしか分からない特別な価値があるのだろうね」

「特別な価値……」

兎良は目を伏せる。

「さて、じゃあ明日も早いしそろそろ寝ようか」

「そういえばお師匠さん」

兎良は立ち上がろうとした師匠を呼び止めた。

「私も一つ気になっていたことがあるんだけれど、いいかしら?」

「お? 何だい何だい? この老人に何か聞きたいことがあるのかい? いいよ、なんでも質問なさい」

師匠は上げかけた腰を再び下ろし、対面の兎良に向かい合った。

「お師匠さんはここに居れば烏郷の衆は来ないと言ったけれど、それはどうしてかしら?」

「ああ、それはね。この山、『居合山いあいやま』には特殊な結界が張ってあるからさ」

「結界?」

「そう。結界だ。その結界のおかげで、この山には武器を装備した忌み者は侵入れないのさ」

「じゃあ私がこの居合山に入ることが出来たのは、私が丸裸――、いや丸腰だったからね……。納得いったわ。でも凄いわお師匠さん! そんな結界が張ってあるだなんて、お師匠さんは仙術でも使うの?」

「わたしゃは使わないし、使えないよ。私が使えるのはしがない剣術だけだ。まあそれも眉唾ものだけどね」

ふふふ、と笑う師匠を怪訝な表情で見つめる兎良。

「この奥州を治めている領主は知っているかい?」

師匠は宇良の方を見て優しく微笑んだ。

「確か。奥州は『占術せんじゅつの国』――、今又いままた氏だったかしら」

「おっと」

がしゃん、と俺の持っていたお椀が床を鳴らす音。

「ちょっと、何してるのよ」

「ごめんごめん」

俺は急いでお椀を拾った。幸い木製の茶碗なので割れることは無かったが、少しだけ残っていた中身がこぼれてしまった。雑巾で床に落ちた汁をふき取り、そのまま椀を持って台所へと移動した。台所と居間は吹き抜けになっており、そう広くないので二人の会話は背中越しに聞こえてくる。

「そうそう。この占術の国の主は『仙術に長けた今又一族』だ。つまりこの山に結界を張ったのは――」

「なるほど。じゃあこの居合山に結界を張ったのは、占術の国の主であるところの今又さんということね」

「そういうことさ。それも当代随一の仙術使い。今又いままた允康のぶやす公直々の結界だ。そんじょそこらの小悪党に崩せるような代物じゃないよ。だからこの山に忌み者は獣一匹侵入れない。安心をしなさいな」

「……分かったわ。でも何たってこんな山に結界なんて――」

「師匠」

「なんだい? 語裏」

俺は自分の椀を洗い場に片づけ、身体を反転させていろりを囲む二人を見た。

「そろそろ寝ないと。明日も早いですよ」

「……だね。いやあ、歳を取るとどうにも夜に弱くなっちまっていけない。さあさ、寝支度だよ。兎良ちゃんには悪いけど、この家は見ての通り貧乏で客人をもてなせるような上質な布団は置いちゃいない。継ぎ接ぎだらけの汚い布団だが、大丈夫かい?」

「構わないわ。こうして助けてもらった上に、夕飯までご馳走してもらったのだから、例え露草の上で寝ろと言われればそうする。布団なんて上等な物を用意していただけるだけでも感謝よ」

この兎良と言う娘。見たところ齢はまだ十四、五で、更には盗賊で、忍で言葉遣いは粗暴なくせに、やけに礼節は弁えている。

「はっはっはっはっは! 何、私も鬼じゃないんだ。客人にはしっかり家の中で寝てもらわにゃ、それこそ寝覚めが悪いってもんだ。それにここいらは屈強な山賊たちが跋扈している。まあ最も、彼らは結界が張ってあるこの山に入ることは出来ないのだけれどね。語裏!」

「は、はい」

「座敷からこの子が寝る布団を出してきてやんな。昼間この子が伸びてた布団は私がさっき洗って干しちまった」

「合点承知」

師匠の命で俺は居間を抜け、座敷へ続く廊下へ出た。


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