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八国巡  作者: 微睡沢泥眠
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奥州「占術の国」-真白山逃亡戦-

「えー、これより始まりますのは、旅する少女と青年の成長を描いた、

喜劇であり、悲劇であり、笑劇であり、惨劇であります。


まずは二人が出会うより五十年も前のこと。

当時の日本は大変な状況にございました。


奥州大飢饉、江戸地盤崩落事件、東海道大地震、

北陸山陰旱魃事変、京都大炎上、四国大飢饉、超大型台風九州連続直撃。

日本各地で同時多発的に巻き起こった自然災害を総じて、

当時の人はこれを「鬼来災害きらいさいがい」と称したのでございました。

死者・行方不明者合わせて当時の全人口の二割にも昇った未曽有の大災害。


そんな鬼来災害から間もなくのこと。


二つの朝廷はこれ見よがしにと大八洲おおやしま日本を統一すべく、

各地の国主に書状を送り、敵対する朝廷と国家への武力干渉及び、

武装蜂起を促したのでございました。


上手くいけばそれまで対立していた朝廷は一つにまとめられ、

更には八つの大国の弱体化のもと、

皇帝制度の復活が見込めると二つの朝廷は睨んだのです。


しかしこれが不味かった。


戦いは戦いを呼び、憎しみは憎しみを増大させ、

戦争は人々の心に棲まう悪鬼を覚醒こしてしまった。


一つの朝廷、天山朝廷は従属国の反旗によって滅亡し、

もう一つの朝廷、畿内朝廷は数年に渡る戦闘によって弱体化、

ほぼ名ばかりの朝廷と成り下がったのでございました。


廃れる国あらば栄える国ありってもんで。

二つの朝廷の弱体化と滅亡によって、大国八国は更に国力を増大させ、

ついには止めどない大戦争へと発展したのでございました。


そんな戦争には最早、大義名分などありません。

単に己が欲望、それと隣国への猜疑心と敵愾心により戦闘は更に激化致しました。

そして切っ掛けすら忘れられた大戦争は約五年の歳月を経て、

ようやく勝者無き終結を迎えたのでございます。


兎にも角にも、「鬼来災害」間もない日本各地では家屋はもちろん、

愛も、情も、希望すらも戦火によって燃え尽きたのでした。


しかし災害と朝廷に誘引されたとはいえ、見識ある当時の八国の主たちは何故、

そのような悲劇を起こしてしまったのか。

その鍵を握るのは一柱の神と三人の仙人が作ったと言われる八つの秘宝。

「神具八掴」でございます。


時は戻って五十年後。そんなたいそうなものとはいざ知らず、

少女・兎良うらと青年・語裏かたりは「神具八掴」の解明と収集を目的に、

大八洲日本各地遍歴の旅路へと出発したのでございました。


迎え撃つのは戦火を潜り抜けた猛者たちや、激烈な戦後の世界を生き延びた忍集団、はたまた奇奇怪怪な化物どもに、心を持たぬ絡繰人形など、種々雑多でございます。


どうか二人の旅路を暖かく見守っていただけますよう、

ご静聴のほど、よろしくお願いいたします」



奥州北部「真白山ましろやま」にて。


「はあ、はあ、はあ、はあ!」」

月夜の晩の深い夜。闇が嘶き、草木も眠る丑三つ時。

一人の朱い髪の少女が漆黒の闇を駆けていく。

「はあ、はあ、はあ。ここまで来ればもう大丈夫かしら」

少女は膝に手をつけ、息を落ち着かせながら辺りを見回す。

「ここ、どこかしら。人の気配が全くしないわ」

周囲はしんと静まり返っており、人間はおろか、獣すら姿を見せない。

どうやら夢中で逃げている内に人の集落からだいぶ離れた山間まで来てしまったようだ。

「……仕方ないけど、今夜はここで休むしかないわね」

少女は近くに見つけた木に軽くよじ登り、自身の痩身を受け止めきれるくらいの枝に体を預けた。

「明日になったら、山を降りて人里に行きましょう……」

よほど疲れていたのだろう。そう呟いて少女はたちまち睡魔の誘いに吸い寄せられていった。


「こんなところに居られましたか」

少女が深い眠りについてから10数分も経たない内に、人影が少女の眠る木の下に現れた。

「全く。この私が苦労してこんな山間地帯を駆けずり回っている時に、この娘は呑気に熟睡ですか」

現れた人影――、長身の男は枝の上に眠る少女を見上げる。

「許されませんよ」

瞬間。男は助走もなしにその長身からは想像も出来ないほど高く飛び上がった。それは常人の出来る技ではない、すなわち、『忍』の為す技であった。

男は少女が眠る枝まで飛び上がると、空中で腰に携えていた長刀を取り出した。

「死になさい!」

シュッ、と空間を切り裂くような斬音が闇夜に響いた。

男の持つ長刀が枝もろとも少女の体躯を切り裂く。

「――っ!」

が、しかし。男が切り裂いたのは少女の寝ていた枝と、少女が纏っていた忍服だけだった。

「変わり身!?」

「こっちだ!」

見上げると先ほどまで寝ていたと思われた少女が上半身さらし姿のまま、更に高所の細い枝の上からクナイを数本、男に投げつけた。男はそのクナイを自由の利かない空中から落下しながら長刀で全て弾いた。

「猪口才な…!」

逆に男は懐から大型手裏剣を取り出し、少女目掛けて投擲する。

「うわっ!」

少女は寸でのところでそれを回避し、更に高い枝まで飛び跳ねたが、その大型手裏剣は少女が乗っていた細枝はおろか、幹もろとも切り倒した。

「くそっ! 結構良い寝心地の木だったのに」

切り落とされた木の中部から上が音を立てて地に崩れ落ちていく。仕方なく少女は近くにあった別の樹木に飛び移った。

「予想通り」

少女が別の樹木の枝に着地した瞬間、男が静かに言った。

「何?!」

少女の眼前に先ほどと同じ大型手裏剣が見えた。

「あっぶな!」

身体を捻らせ、何とか手裏剣を回避する。しかし今度は目的を外した手裏剣が少女の飛び移った木の上部を切り裂いた。支柱を失った木の上部が残った木の枝に乗る少女の方へと崩れ落ちていく。

少女はまた別の木へと飛び移る。だがその度男の投げる大型手裏剣が幹を切り裂き、片っ端から木(着地地点)を伐採してしまう。

数分の内に深い森は中途半端な位置から伐採され、不格好な形の禿山へと変わり果ててしまった。

「くそ! これじゃ埒があかない」

「降りてきなさい。私もこうも無為に木々を伐採したくはないのだ。私の自然保護欲が罪悪感で締め付けられない内に、降りて、投げ出して、投降なさい」

言われた通りに。と言うよりもそうする他に無かったので、少女はようやく地面に着地し、男と相対した。

「そうです。やっと私の言うことを聞いてくれましたか。そうやって素直に最初から言うことを聞いていればいいんです」

「誰がアンタの言うことなんて聞くか! このマムシ野郎!」

「威勢が良いですねぇ。結構。ではもう一つ言うことを聞いていただけますか? 大人しく『しとね』を渡していただけますか?」

「ここまで逃げてきた私がそう易々と渡すと思うの?」

少女は腰に携えた残り少ないクナイに手を掛けた。戦闘態勢である。

一方で男は刀を鞘に納め、長い手を組んで首を傾げた。休戦状態である。

「思いませんねぇ。ではお願いを変えましょう。……そこから《動かないでください》」

男の両眼が細く鋭く少女を見つめ、少女の視線とぶつかった。

「……! しまった! これは『蛇睨み』!」

瞬間。少女の痩身は完全に動作を停止した。動きたくても動けない。少女の体躯はその場に凍り付いたように動かなくなってしまった。それを見た男はゆっくりと、まるで獲物を狙う蛇のごとくゆっくりと、少女に近づいて行く。

「ようやく観念なさいましたか。手間を取らせないでくださいよ。私は揚羽や蜻蛉と違って長距離の移動は不得手なのですから。全く、何故天狗様は私に追手の命を降されたのか」

ぶつぶつ文句を言いながら、少女から2メートルほど手前で歩みを止めた男が、再び鞘から長刀を抜いた。

「しかしまあ、あの泥棒猫が訊いたらどう思うのですかねぇ。幼子の時分から手塩にかけて育てた貴方が、まさか『神具』を奪って我々を裏切ったなどと知ったら――。いや、存外。彼奴はさほど何も感じないのかもしれませんねぇ。そういう女だ」

「…………」

「おや? なんですかその目は。実に不愉快だ……。許されません、許されませんよ!」

いきり立った男が長刀をゆったりと振り上げ、そして軽く振り下ろした。

「…………!」

ひゅん! と虚空を切り裂く音と共に、少女の胸部を包んでいたさらしだけがパラパラと地面に舞い落ちた。上裸となった少女は腰に取り付けたクナイを両手で取ろうとした恰好のまま、近づいてくる男を睨む。

「ククク……。やっぱり。思った通りだ。いい体躯をなさっている。いやなに、私は貴方みたいな年頃のおなごを嬲るのが好きでしてねぇ。この『抜殻ぬけがら』も貴方のような女児の骸を数多食らってきました。が、今宵の供物は特に最上級だ」

「変人が!」

「なんとでも言いなさい。これから貴方はこの『抜殻』にゆっくり一枚ずつ肌を下ろされ、骨肉を削がれ、耳鼻を剥ぎ取られ、髪を刈られ、指を切断され、四肢を捥がれ、性器を抉られ、舌を落とされ、眼球を貫かれ、血を吸われて逝くのです。ゆっくり、ゆったり、ゆるりと死の恐怖と痛みに耐えながらね。ククククク……!」

少女は怯まない。なおも侮蔑の視線を男に送る。

「安心なさい。貴方の貧相な体躯は私が戴きます」

「誰が貧相だ!」

「『抜殻』が食べきれない臓物や脳髄などは私がいつも戴いているのです。こいつは好き嫌いが激しくっていけない」

そういいながら男は長刀のみねを頬で撫で、刃を舌で舐めた。少女の背中に初めて悪寒が走った。こいつは格段にヤバい。と、第六感が少女にそう知らせていた。

「と、その前に。まずは」

一旦剣を鞘に納め、男は少女に更に近づき、手の届くところまで来た。

そして腕を伸ばし、少女の下半身の着物を何の躊躇いもなく脱がし始めた。

「へ、変態! 変態! 変態!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。私は生きている貴方になど然程も興奮しません。私の脳が色欲を覚えるのは貴方の骸です」

男は淡々と着物を脱がせ、ついに少女はもっこ褌一枚のほぼ全裸となった。

「下衆が!」

「なんとでも言いなさい。その舌が自由に動けるのもあと少しの時間なのですから」

男は脱がした少女の着物を漁る。

「……っと、ありました」

着物の中から出てきた小瓶には、『しとね』と『烏郷うごうの衆』という文字が刻印されており、中には白い粉末が入っていた。

「これこれ。これがなくては。いやはや、危うく情欲に任せてこれも貴方と一緒に切ってしまうところでした。では――」

と、男が立ち上がろうとした刹那。少女は奥歯に仕込んであった丸玉を噛んだ。

「な――!」

すると少女の口から多量の煙が吐き出され、辺り一面はたちまち煙幕で覆われた。

「これは、毒煙! チッ、猪口才な――!」

男は一旦その場から後ろに大きく飛び退け、少女を包む煙から距離を取った。男は口に手を当てて煙が退くのを待つ。

「ゲホッ、ゲホッ! くそ。ワッパが。小細工を弄しおって――。しかしまあ、今は『蛇睨み』が利いてる。いずれにせよ最後の悪あがきといったところでしょう……。って、あれ? い、居ない!?」

煙が退くと、そこに少女の姿は無く。脱がされた着物だけが置かれていた。

「……なるほど。毒で自身の感覚を麻痺させ、『蛇睨み』の状態から脱したということですか。流石はあの泥棒猫の一番弟子と言ったところでしょうか。天狗様があんな野兎一匹の為に八羽はっぱの私を差し向けた理由がようやく分かりました」

完全に煙が晴れ、男は再び少女が元居た場所まで歩み寄る。

「本来ならばこの『しとね』を取り返した時点で私の任務は完了です。が――」

春の生温い夜風が男を不気味に包んだ。

「ククククククク、クククク……! 許されません。許されませんよ! 私を、この『烏蛇からすへび』をコケにしたことは、決して許されることではありません! 劇的かつ凄惨な死をもって償って戴きますよ! 兎良うら!」

醜く伐採された木々の中、男は独り濁った夜に向かって怖気を発していた。

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