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シネマパラダイス

 小規模な独立系の映画館を経営していく、というのは並大抵のことではない。

 世間で注目を集めるヒット作がその映画館で上映できることは、まずない。

 だから、ドル箱の作品があって、それで儲けを得るということができず、他の作品のマイナスをそれで補うなんてことはできない。


 正好(まさよし)は、父の武一(たけかず)と共に、そんな小規模な映画館を切り盛りしていた。

 小規模な映画館の経営が親子二所帯を養うだけの利益を稼いでくれるわけもなく、息子の正好は、サラリーマンをしながら、夜の時間帯や土日の興行を手伝っていた。


 父、武一はもちろん映画好きである。

 子供の頃からの映画に対する情熱を、自分の職業選択にも活かし、映画の配給をしている会社にいったんは就職したが、その時に知り合った今の小規模映画館の経営者が後継者を探しているという話を聞きつけ、自ら名乗りをあげ、脱サラをして、その映画館を引き継いだ。

 経営は決して楽ではなかったが、武一の家族を養い、生活をしていくだけの利益は得られた。

 まだ、そんな時代だった。

 もちろん、妻の協力なしでは、難しかったが。


 正好は、そんな父の映画に対する情熱を、色濃く受け継いだ。

 父親が夢を追いかけていたなら、その子供というものは、その夢から遠ざかり、現実を見るようになってしまう、なんていう家族も多々ある。

 だが、その情熱の対象が映画なら、子供もその情熱を無視することはできないのかもしれない。

 映画は、確かに人を()きつける。

 正好も、父、武一を先導者として、映画に惹きつけられた。


 だが、映画館の経営は時代とともに、年々苦しくなっていた。

 テレビが普及し、今やハイビジョンになり、レンタルやケーブルテレビが普及し、ネットで動画が簡単に見られる、という時代になっては、誰が金を払ってまで、映画館に映画を観に来るだろうか?

 ここ何年か、正好と武一が親子で話し合うことは、「いつ映画館をたたもうか。」という話題だった。


 設備の問題も抱えていたため、二人は今年いっぱいで映画館をたたむことに決めた。


 やれるところまでは、やった、という感覚もあった。


 その年の秋、1週間だけ、変わった映画を上映した。

 40年前くらいに大ヒットした、アメリカのロックグループが、いまだ老人になっても活動を続けていて、その様子を過去の映像を織り交ぜながら取材するというドキュメンタリー映画であった。


 日本では、そんな酔狂(すいきょう)な映画を上映する映画館はあまりなく、配給の狭間の関係で、1週間だけなら安くで上映できるという条件だったので、正好と武一は1週間だけ上映することにした。

 だが、40年前に活躍した今や老人のロックグループを、大勢のお客が観に来るわけもなく、低コストにふさわしい観客の入りであった。


 最終日の最後の上映、金曜日の夜7時から上映、その時はさすがに昔のファンだった人だろうか、10人程度の観客が入ってくれた。

 その中に、一人、ぽつんと座って観ている、50歳代くらいの女性がいた。


 映画が終わって、エンドロールが終わって、場内が明るくなっても、しばらくその女性は座ったままだった。

 正好と武一は、映画館の後片付けをしながら、出て行く観客を見送った。

 すると、その女性も出てきた。

 そして、武一に話しかけた。

「すみません、○○駅にはどう行けばいいですか?」

 それは少し離れたJRの駅だった。

 武一は説明した。

 それを聞いていた正好は「それよりも、」と、道がわかりやすくて、早く着く事のできる行き方を説明した。

「ありがとうございます。終電に乗り遅れたら大変なので、」と女性は礼を言った。

「終電ですか?まだ大丈夫でしょ。」正好は言った。

「いえ、実はXX県から来てまして、終電に間に合うにはこの電車に乗らないといけないんです。」と女性は答えた。

「ええ!XX県からいらしたんですか?」正好は驚いた。「そんな遠くから。」

「ええ。」女性はにっこり笑った。「仕事の都合もあって、どうしようかと迷っていたんですが、今日は観に来てよかったです。」

「ファンだったんですか?」武一が尋ねた。

「ええ、あのグループは私の青春そのものでした。」女性はうれしそうに答えた。

「今日だけは若い頃の自分を思い出せましたわ。いい映画を本当にありがとう。」女性は遠い昔を見るように目を輝かせて二人に言った。

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。」正好は礼を言った。

 女性は終電があったので、足早に歩いて行った。

 正好と武一は二人並んでその女性を見送った。


「父さん、」正好は声をかけた。

「うん、なんだ。」武一は応えた。

「もう1年だけがんばってみようかな。」

 武一は正好の方を向いた。


「そうだな。」


 映画は、確かに人を惹きつける。

 そんな映画に、人生を捧げる、馬鹿(ばか)が、二人くらいいても、いいのではないか。

 武一は、心の中でそう思った。

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