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魔人と魔剣(第2話)

【魔人と魔剣】


その夜、黒い影がセレスティの街に降り立った。

 ちょうどその時、ターチは夢の中にいた。ターチは、二人の姉弟と共にいる。二人とも戦火から逃れてきたようで、怪我をしていた。弟の方はまだ幼さが残る。十歳前後といったところだろうか。姉の方は弟の手を引いていた。色が白く、瞳は赤みがかった色をしている。ターチが見たことのない異国の民のようだった。弟の方が倒れ込みそうになり、それにつられて姉も膝をついてしまう。ターチはその様子を見かねて、肩を貸そうと駆け寄った。

 ちょうどその時、

「ターチ!」

背中の方から、イチの大きな声がした。

 現実との境界がぼやけ、状況がつかめない。ターチは彼らを助けたいのだ。

「ターチ!」と、もう一度声が響く。

 一瞬、間を置いて、ようやく状況が飲み込めた。ここは自分の部屋で、昨日はタタラや子龍のヒヨがやってきたのだ。ターチは、ようやく目が覚めた。

『剣は!?』と、探してすぐ横にあることがわかった。

「はい!」

 ターチは返事をしてから、頭を整理しながら、階段で下りて行く。

 階段を下りると、目の前には、リンド大統領が立っていた。ターチは慌ててひざまずく、ラフな寝間着姿なのが滑稽だ。

「ここでは、そんなことをしなくてかまわん。」

 リンドは強い口調で言い、さらに続けた。

「昨夜、一人の子供が誘拐された。おそらく魔人の仕業だ。私はそちらの指揮をとる。こちらには、ツクイをよこす。次に調査に向かうのは、七日後だ。作戦を立てろ。調査に行くのは、ラストチャンスだと思え。マジェンからの援軍の力も十分に借りろ。」

 リンドは、そこまでを一気に言うと、もうターチに背を向けていた。

「わかりました。」

 ターチは、リンドの背中に言った。リンドはそのまま外に出て行く。

 ターチは急いで着替えをすますと、剣を持ち、外に出た。街は騒然としていた。

 魔法を使うことができる領域がセレスティまで伸びる、つまり、魔人がセレスティまでやって来るまでの時間は、まだ三週間近くあると思われていた。魔人は魔力との結びつきが強く、たとえ貴石があっても魔力の及ぶ範囲でしか生きられない、と信じられていたからだ。実際、今回の侵略の後も、魔法を使うことができる領域の外で魔人を見た人はいなかった。

 だが、それは間違いだったのだ。昨晩、魔人がきて、人をさらっていった。魔人は貴石があれば、生きることができるだけではなく、魔法まで使うことができるのだ。その噂は一気に広まり、街を騒然とさせていた。多くのセレスティの街の住人は避難を開始しようとしていた。


「ターチ!」

外に出ていたターチに、呼びかける声がする。ターチが声の方を見るとツクイが歩いてきていた。

「面倒なことになったな。」

ツクイは、よく響く声で話しかけた。

「はい。」と、ターチは考えを巡らせながら答えた。

「まあ、あっちはリンド大統領に任せて、こっちはやることをしっかりやろう。助人が来たのだろう。」

「はい。そのようです。」と、ターチは強くうなずいた。

「ターチ、庭の方を開けて!」

 ツクイとターチが会話を始めたちょうどその時、女性の声が聞こえた。シエラの声だ。おそらく、いつもの大型の自動車で、庭に直接乗り付けるつもりだろう。

 彼女も今は、運転手として軍に所属している。

『乗り物であれば、どんなものでも乗りこなす。』

 これが彼女の信条だ。赤毛で小柄、ターチと同じ年だが、一見すると少女のようにも見えなくもない。物怖じせず、誰とでも気軽に会話する。見た目とは逆のパワフルさは、見ていて清々しいと、人気があるようだ。ターチとは幼なじみで、子供の頃から一緒にいることが多かったため、いつもこの明るさに助けられている気がしている。

「わかった。」

 ターチは言い、庭に直接つながる大きな方の門を開けた。

ダンダン、という溝をまたぐ大きな音と共に、大きな車が入ってくる。この車は人であれば十人程度、座席をたためば荷物も運ぶことができる軍の特別注文車だ。石油で動く車の中でも、かなり大型だ。

「調達完了!」

 シエラはそう言いながら、車から降りてきた。ドアの位置が高いので、飛び降りるような形になる。手には大きな紙袋を四つ持っていて、少しよろける。

「これはなんだ?」

 ツクイが紙袋を持ってあげる。

「おはよう!ツクイさん。カーラちゃんとティンくんの服です。」

 シエラは答え、さらに続ける。

「さすがに、あっちの服は目立つから。でも、さすがにこの混乱だし、早朝だし、手に入れるのは、ちょっと苦労したけど。」

「その二人は、例の助っ人だな。」

 ツクイは、荷物を運ぶ手助けをしながら言った。

「うん。そうです。」

 シエラは答え、それからターチに向き直った。

「ターチ! ティンくんが、朝一番から作戦会議をやりたいって言っていたよ。服を届けるついでに呼んでくるね。」

 そう言い残すと、ツクイから紙袋を返してもらって、ティンとカーラが昨日から住んでいるターチの家の寮の方に、小走りでかけていった。

「エネルギーの塊だな。」

 ツクイが感心したように言う。

「そうですね。見習わないと、昨日の分を取り返さないといけない。」

 ターチは、唇をかみしめた。


 しばらくして、タタラとシエラと共に、ターチよりやや若い感じのする二人の男女が庭に出てきた。足元には犬の格好をしたヒヨもついてきている。

 その二人のうちの一人は、線の細い、か弱そうな女性だった。美人ではあるが、どこかはかない印象を受ける。黒髪で、髪は腰のあたりまであった。やや伏し目がちに、ターチに向かって会釈をした。

 もう一人は、どこかおかしな印象を受ける男性だった。ターチは、どこがおかしいのかじっとその男性を凝視してしまった。服はシエラが持ってきたものだったため、サイエンティカの国でよく見かけるデザインだ。だが、不自然に襟を立てている。さらに、このあたりでは見かけない動物の皮のような手袋をつけている。帽子も目深にかぶっており、肌の露出が明らかに少ないのだ。帽子から覗く髪が、黒色なのは女性と同じだが、天然パーマのようにモジャっとしている。やや太めの体つきで、双子のもう一方の女性から受ける印象とは全く違っていた。この男性の方も、ターチを頭の先から足の先を値踏みするかのように見ていた。


「ターチ君、おはよう。」

タタラが声をかける。ターチは、二人に目を奪われていたため、はっとした。

「おはようございます。」と、ターチも慌てて返す。

「カーラとティンだ。よろしく頼む。」と、タタラが、軽く頭を下げながら言った。

「よろしく。」

 ティンと呼ばれた肌の露出が少ない青年は少し遠い場所から、軽く手を上げた。もう一人のカーラと呼ばれた女性は、近くまできて、手を出しながら、

「よろしくお願いします。」

小さな声でつぶやいた。握手を求めているようだ。

「よろしくお願いします。」

 タタラは軽く手を握った。


「さてと、で、なにをからやろうか?」

 一通り、挨拶が終わった後、ティンが軽い感じで聞いてきた。

「魔人が攻めてきて、魔法が使える領域ができていることは、聞いてますか?」

 ターチは、ティンに質問で答える。

「ああ、聞いてるよ。で、なんとかしようとして、ボコボコにやられたんやろ。」

 ティンが返す。

「そうです。負けました。」

 ターチは、痛いところを突かれて、イラッとして言い返した。表情がこわばるのが自分でもわかる。

「負けた!? 誰かが死んだんか? 取り返しのつかん所まで攻めてこられたんか? 簡単に負けたなんて言葉を使うな!」

 ティンも、苛立ちを見せ、ターチに言い返す。その様子を見ていた、双子の片割れのカーラが、ティンの袖の部分を引っ張った。

 言い過ぎだというのをたしなめたようだ。

「まあ、ええわ。さっさとやることを決めよ。やることを。」

 ティンは、袖の方をちらっと見てから、ターチの方を再び見た。

 ターチのティンに対する初対面の印象は最悪だった。忙しいほど勝手に話を進め、勝手に怒る。考えていることがわからない。これが、マジェンの国のやり方なのだろうか。

「それから、敬語やめようや。同じぐらいの年やし。お互い命をかけなあかん仲になるんやろ。」

 ターチの気持ちはお構いなしに、ティンは続けた。

「わかりました。じゃあ、敬語はなしでいきましょう。」

 そのターチの言葉を聞いて、ティンは苦笑した。

「状況はだいたい知ってる。一つ教えてくれ、サイエンティカおとくいの機械が使えん理由は想像がつくか?」

 ティンは、彼の中で解けていない疑問を口にした。

「いえ。わかりません。銃や車がダメなのも確認がとれています。あと、馬に馬車を引かせようとしましたが、それも車輪が四角くなったかのように回りませんでした。」

「その例え、わかりにくい。それに、馬に引かせるから馬車ね。繰り返す必要はない。」

 ターチの言葉に、横で聞いていたシエラが、すかさず突っ込みを入れる。

 ティンは、シエラの突っ込みに、大笑いしてから、自分の父親の方を向いた。

「おやじ、何かわかるか?」

「一時的に魔法が使うことができる空間を、作ることはできる。また、逆に魔法を使えなくすることもできる。ただ、そんなに広範囲にしかも、長時間影響を及ぼすものは、聞いたことも見たこともない。機械にしても同じだ。何らかの制約がある空間を作り出しているのだろう。おそらく魔人であっても、誰か単独で簡単にできるレベルではないから、きっと何かからくりがあるはずだ。からくりがあれば、壊すこともできる。」

 おやじと呼ばれたタタラは、少し考えながら、そう答えた。

「うん。そう思う。調べるのは俺の能力向きやな。」

 ティンは今までよりはやや小さい声で言い、また元の声の大きさに戻って続けて聞いた。

「そういや。なんで外が騒がしいんや?いつもこんな感じか?」

「いや。一人の少年が、魔人にさらわれたようです。今まで魔人がここまで来るには時間があると思っていた人々が、避難を考え始めています。」

ターチは説明した。

「少年がさらわれたか。何かの能力を持っていたのだろうな。調べてくるか。」

 タタラはそう言い、ツクイに少年の家の場所を聞いた。


「じゃあ、もうちょっと教えてくれるか。今から、カーラに光の矢を撃ってもらう、昨日の魔人とどっちが強力か、見てくれるか。」

 ティンは、そう言ってから、おもむろに厚い鉄の板を取り出して、庭の大きな石に立てかけた。それから、シエラにいくつかの貴石を渡し、全力でと伝えた。

 シエラはうなずき、それから右手の手のひらを下に向け、腕をまっすぐに伸ばした。その指先が淡く金色に光り、次の瞬間、その指先から光が離れ、まっすぐに鉄の板に向かって行く。瞬きをするまもなく、鉄の板は大きくへこみ、大きな音を立てて吹っ飛んでいった。貫通まではしなかったが、後ろの岩も大きな傷が入っている。この距離でまともに受けたら、致命傷になるだろうと思えるような威力だった。

「どうや?」

ティンが、ターチの方を向く。

「カーラさんの方が強力です。昨日の魔人達には、一撃で致命傷になるほどの威力はありませんでした。豪雨と台風ぐらいの差があります。」

 ターチは、迷わず答えた。

「そうか。魔法の威力は二つのかけ算で決まる。一つはその土地の持つ魔力、もう一つは魔法を使う人間が持つ能力や。ここでは、土地の持つ魔力がないから、貴石で補った。にしても、ちょっと安心したわ。魔人さんたちが、人間離れしてなくて良かった。まあ、元々人間やないけどな。」

 ティンの言葉に、シエラの表情が驚きから、笑顔に変わった。

「それから、言っとくわ。カーラの光の矢は特別製や。普通の人はこんなに強くない。二卵性の双子やから、こんなことになるわけや。」

 ティンは、顔の前で手を横に振った。

「双子だと、魔力は強力なの?」 

シエラが、ティンに尋ねる。

「そう言われてるな。いろいろ迷惑な話やけど。」

 ティンは、そう言ってから、この話は終わりだと言わんばかりに話題を変えた。

「それよりも、魔人というからにはもっと強力な魔法を使うことができるものがいる可能性も考えておいた方がええ。ターチが行った時、正確に場所をとらえられていたのもきっとなんかの魔法やろう。」

「それは、ティン君に似た能力なの?」

 シエラは、ティンの言葉に続けて質問をした。

「その可能性は高いけど、ようわからん。」

 ティンは、クビを傾けた。いちいちリアクションが大きい。

「ティン・・・の能力で、魔法が使える領域の原因が何か探ることはできるのですか?」

 ターチは、ティンのところで、少し言いよどんだ。『さん』をつけるかどうか悩んだようだ。

「今は、『場合による。』としか言えんな。」

ティンはそう言い、一呼吸をおいてさらに続ける。

「このサイエンティカの街はかなり大きいわな。そこに、シエラちゃんが、隠れたとする。それはさすがに俺の能力でも見つけるのは難しい。十分、魔法が使える環境であっても、一週間はかかるやろう。それは街を『面』で全部を探さなんとあかんからや。でも、隠れたのではなく、買い物に行ってるシエラちゃんなら、普段の行動を知っている人が一人いれば、すぐに探し出せる自信はある。それは、『点』とか『線』で探していけばいいからや。あと、前もって言っとくけど、風呂を覗いたりには、使われへんで。見えるわけではなく存在を感じる能力やからな。」

そこまで言うと、ティンは一人で笑った。

「なら、方向や場所が特定できれば、ある程度探せるということですか?」

 ターチは笑わずに質問する。

「そういうことになるな。」

 ティンは真顔になって答えた。


 ティンは、ぐるりと周りを見渡してから言った。

「まあ、お話はこの辺でいいやろ。ターチ、剣を受け取ったんやろ。使いこなせる自信はあるか?」

「納豆のように、手になじむ感覚はある。ただ、二刀流は型を学んだ程度なのと、どうすれば伝説と言われる力が得られるのかわからない。」

 ターチは、自信なさげに答える。

 ティンは、その言葉を聞いて、ターチに二本の剣を顔の前で交差させるように言う。そして、次に剣の柄の部分を軽く押し出させて、交差している双剣の面が、少し天を仰ぐようにさせる。

「そのままでおれるか?」

ティンは、ターチからの答えを待たずに、カーラの方に向かっていく。

 それなりの重さの剣を、同じ姿勢で支え続けるのはかなりの力がいる。ティン自身なら十秒と持たないだろう。だが、ターチは普段から鍛えている。数分であれば、そのままの体勢をしていることができた。

 その後、カーラをターチの正面、二十メートルほど離れた所にたたせる。

「ターチ、何があっても、そのままや。動くな。カーラ、そんなに威力のない光の矢を一発、ターチの剣に向かって頼む。」

 言葉が終わると同時に、カーラは、手のひらを下にしたまま、右腕を軽く前に差し出した。

その瞬間、手の先から、明るい光がターチの剣の中心めがけて飛んでいく。そして、その光はターチの剣が交差しているど真ん中に当たる。

 それと同時に、光の矢がすっと拡散したかと思うと、ふっと剣先に向かって光が消えていった。

 ターチは言葉をなくしていた。ほとんど衝撃は感じなかった。これであれば、魔人の魔法を防ぐことができる。

「これが双剣コウランの力や。剣を交差させると、その交差させている場所とその周りが盾のような働きをする。光の矢を完全に防げる防具はないけど、この双剣はそれができるんや。それが魔剣といわれるゆえんや。もう下ろしてええで。」

 ティンは手で、ターチに合図を送った。

「すごいな。こんな剣があるのか。これなら戦える。」と、ターチはつぶやく。

「甘いわ。」

 ティンは投げ捨てるように言い、そして、続ける。

「今の光の矢は、カーラが真ん中を狙ったんや。普通の相手はそんなことないで。しかも一人でもない。全部に反応するんやで。背中からきたらどうする? すごい使い手になると、光の矢のスピードもある程度調節できる。それに対応できるか? 例えばや、今からカーラが光の矢を撃つ。それを全部受け止めてみ。」

 ティンはそう言いながら、ターチにオレンジ色で様々な模様が施されたコートのようなものを手渡した。

「これは防具や。多少は光の矢の威力を弱められるから、着とけ。カーラも手加減して撃つ。怪我はせんはずや。」

 シエラはそう言いながら、カーラの方に近づき、小声で指示を出した。

 カーラはうなずく。

「ターチ、今からそっちに三発の光の矢が行くから、その剣でかわすんや。それから、その場所から、立ち位置は動くな。下手によけようとして、その布に覆われていない部分に当たる方が危険や。シエラちゃんも動いたらあかんで。」

 ティンが言い終わると同時に、ターチは構えをとった。体の前で剣を交差させる。

 少しの沈黙が流れた。

「いきます。」

 カーラは静かにいい、左右の手のひらを下にしたまま、両方の腕を前に軽くつきだした。


 それから、四秒後、ターチは二発の光の矢を体に受けて、倒れ込んでいた。ターチは自分の甘さを思い知らされていた。

「まあ、こういうことや。この程度は受けきらんと、話にならん。一週間で三発を全部受けきれたら、俺とカーラは、サイエンティカに協力するわ。受けきらんかったら、この話はなしや。」

 ティンは、急にターチに条件を突きつけた。

「えっ!?」

 ティンの言葉に、ターチとシエラが反応する。

「条件つけるぐらい、あたりまえやろ。俺らも命をかけるや。このぐらいは防げるようになってもらわんとな。」

 ティンはそう言うと、俺はこれからのツクイさんと作戦を考えるから、しっかり訓練しろと言い残して、ツクイと母屋の方に去っていった。

 ターチはおかしなことになったと思った。主導権を奪われてしまっているような気もする。だが、この程度受けきれないと、魔人に対抗できないことも事実だろう。最終的に、このサイエンティカの国から魔人が出て行けば良いのだ。ティンは気にくわないやつだが、今回はその言葉に従うことにした。

 ツクイはその様子を見て、この素直さがターチの才能だなと思った。


 それから、三時間、ターチは必死で訓練をした。

 しかし、一つのことが明らかになった。これは、カーラがいくら訓練してもどうしようもないことだった。

ターチは、双剣の使い方が下手だということだ。双剣の型はできるが、実戦経験が乏しすぎる。どうしても利き手ではない左手の反応が遅れてしまう。それが致命的だった。

「まずは剣を使いこなさないとダメ。」

 カーラは静かに言った。それはターチにも、十分すぎるくらいわかっていた。

 短期間で双剣を学ばなければならない。このサイエンティカで双剣の達人と言えば、身近にいる。ただ、教えて欲しいと頼むのが一番難しい人でもあった。

 ターチは気が重かったが、その相手に双剣の使い方を教えてもらえるよう、頼むことにした。


「ふざけるな!」

 イチの怒鳴り声が、響く。

「俺は、どんな理由があろうと、おまえが戦いに参加することに反対だ。今まで何度も言っているだろ。それがわかっていながら、双剣の使いかたを教えて欲しいなど、馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 イチは、怒りをそのまま表した。

「俺はこの国を守りたいんだ。あの領域の中では、あらゆる機械が動かない。剣の力がいるんだ。頼む。教えて欲しい。」

 ターチは、頭を下げた。

「勝手なことを言うな!」

 イチは。そう言うと、その場から立ち去っていった。ツクイは隣の部屋でティンと作戦を練りながら、困ったことになったなと思った。


 そして、夜になり、リンド大統領がやってきて、イチをどこかに連れ出した。

 行き先は、イチとリンドが子供の頃よく遊んだ河原だった。夜のため、人通りはない。

「イチ、調子はどうだ?」と、リンドが聞く。

「気分は最悪だな。」と、イチ。

「そうか。そうだろうな。ただ、俺は、ターチには感謝している。」

 リンドは声のトーンを落として言った。しばらく沈黙が続いた後、リンドが口を開いた。

「話は聞いたよ。おまえが、ターチが戦いに出ることに反対していることも、当然知っている。気持ちもわかる。だがな、ターチは、戦うことを決めてくれている。この国もターチの力が必要だ。イチ、おまえを含むこの国の人々のためだ。戦うことを決めた息子のために、おまえにできることはなんだ?」

 イチは白くなった髪をなで上げ、そして言った。

「おまえは昔から卑怯だ。」

「ああ、すまない。俺は卑怯だ。息子の命かけることになる親に言う台詞じゃない。」

 リンドは素直に認め、目を閉じた。

「ふぅ」と、イチはため息をついた。

「こういうことがあると、大統領をやっているのが、つらくなる。」

 リンドは、イチに本音を漏らし、またしばらく黙った。

「やっかいな。立場だな。まあ、わかった。このまま、ターチを失ったら。妻に顔向けができない。ターチを生かすため、また教えるとするか。」

 イチは、また自分の頭をなで上げた。イチもリンドと同じことを考えていたのだ。だが、ターチに今までしてきた態度の手前、それを出すことができなかった。リンドは、最後の一押しをしたに過ぎない。

「ありがとう。私も誰も失わないよう、最大限努力するよ。」

 リンドは、そう言うと立ち上がった。


 次の日からイチとターチの特訓が始まった。大きな怪我はしなかったが、ぼろぼろになるまで訓練が続く。おかげで、最初の三日間で、双剣の使い方が様になるようにはなってきた。元々、ターチもこの国の剣術大会では誰にも負けない実力を持つ。今回は命もかかっている。素養も強い意志もあったのだ。

 四日目には、カーラの撃ってくる光の矢も、二本までは受けることができるようになっていた。

 ただ、最後の一本はどうしても受けることができない。その理由は明らかだった。どの方向から飛んでくるかわからないからだ。カーラの光の矢は、予想のつかない方向から曲がって飛んで来るのだ。

 一本目、二本目は速度を変えて、直線で飛んでくる。一本目で双剣がはじかれても、すぐに構え直せば二本目までをかわすことができる。だた、次の三本目は、あらゆる方向から飛んでくるため、かわすことができない。三本目の光の矢のみに注意を払って、一本目と二本目を、体に受けてしまうこともあった。

 四日目の夕方、どこからか、ティンとツクイが帰って来た。

「今日はちょっと早めにあがってくれるか。」

 ティンが言ったのに答えて、カーラは光の矢を撃つのをやめた。

「どうや、調子は?」

 ティンは、ターチに向かって聞く。

「二本目までは止められる。ただ、三本目の飛んで来る方向が、龍が飛ぶ理由ぐらいわからない。だから、双剣で受けることができない。」

 ターチは真顔で答える。

「龍が飛ぶのは自由にさせたり。それはともかく、三本目の光の矢は、そりゃそうやろ。カーラはわからんように撃ってるからな。」

 ティンは、当然だというように、眉を軽く上げた。

「じゃあ、どうやって止めればいい?」

ターチはティンに質問をした。

「あほか。それぐらい、自分で考え。俺らも、命をかけるわけやからな。とりあえず、今日は終わって、風呂に入って、広間に集合や。シエラちゃんも呼んどいた。」

 ティンはそう言いながら、自分たちが寝泊まりしている寮の方ではなく、母屋の方に、「ただいま」と言いながら入っていった。


 居間には、ターチと、ツクイ、それに、ティンとカーラ、シエラ、そして子龍のヒヨが集まっていた。イチは、自分は関係ないと出て行こうとしたところを、ティンに呼び止められ、そこにいることになった。

「じゃあ、作戦会議を始めよか。ツクイさん、地図を広げてくれるか。」

ティンは、ツクイの方を見ながら言った。

 ツクイが二メートル四方ぐらいの、手書きの地図を机の上に広げる。

「今回は、ターチは剣を頑張らなあかんから、ツクイさんと一緒に素案は考えといた。」

 ティンはそう言いながら、説明を続けた。


 説明と議論は二時間以上続いた。命がけの作戦になることは間違いない。シロとイチ以外の全員が意見を出しあった。

「その意見も取り入れよう。他はないか? 成功率を上げることなら、なんでもやる。命がかかってるからな。」

 ティンが、そう言い、残りの意見が出てくるのをしばらく待った。

「まあこんなとこかな。後で思いついたら、些細なことでもいいから言ってきてくれ。」

 ティンは締めくくった。

「申し訳ないな。作戦まで練ってもらって。後は、俺が剣を使いこなすことか。」

 ターチはつぶやいた。

「そうや。ようわかってるやないか。この作戦で一番の不安要素は、ターチの剣のできや。作戦は、ツクイさんと俺に任せたらいい。できる人がやったらええんや。それぞれができることを、きっちりやったら、この作戦は成功する。」

 ティンは、珍しく静かな口調で言った。


 一週間が経ち、明日はいよいよ作戦決行という日になった。あらかじめ決めていた時間にターチの家の庭に、前回の作戦会議と同じメンバーが集まってきていた。

「ターチ、テストの時間や。」と、ティンは、何気ない調子で言った。

「わかった。」

 地面に座って、静かに目を閉じていたターチは、おもむろに立ち上がった。

 カーラは、ターチから距離をとって立ち止まる。

「準備はいいですか?」

 カーラがターチに向かって言う。いつも通り静かな口調だ。

 ターチは剣を構えて、うなずいた。

「では、始めます。」

 カーラは構えをとり、光の矢を放った。

 一本目、二本目、ターチは難なく交差させた剣で、跳ね返す。ここまでは順調だ。危なさもない。さすがだなと、ツクイは思った。

 三本目、光の矢はターチの正面からではなく、頭上から降ってきた。ターチの視野から外れている方向であることは明らかだ。

ターチは二本目の光の矢の後、カーラをしっかりと見ていた。そして、頭上から降ってきた光の矢を、ギリギリのタイミングで一本の剣で切り裂いた。

 光の矢は二本に別れ、ターチの左右の地面に突き刺さった。


「おまえ、そう来るかぁ。」

 ティンは、困ったように頭をかきむしった。

 周りにいたツクイが怪訝な顔をする。問題なく成功したように見えたからだ。

「いや、光の矢を切り裂くのはかまわん。それはそれで正しい使い方や。そのことを言ってるんやない。ターチ、おまえ、カーラが何本の光の矢を放っているのか、わかってるやろ。」

 ターチの方を見た。

「四本だろ。」と、ターチは満足そうに言った。

「ああ。それが、動体視力ってやつかぁ。普通はなぁ、四本目の光の矢はみえへんのや。カーラは動作にはださん特別な方法で、四本目を撃ってる。威力は小さいけど、スピードも速いから、普通の人には見えへんのや。」

 ティンは言い、さらに続けた。

「カーラ、おまえ、わかってたんやろ。わかってて、変な優しさ出して、方法変えへんかったやろ。」

 その言葉に、カーラは少し恥ずかしそうにうつむき、言った。

「でも、方向はランダムにしていた。」

「あのなぁ。それは優しさちゃうで。おまえ、それが優しさやないってことは、嫌って言うほどわかってるはずや。」

 ティンは声のトーンを落として言う。

「でも、どんな状況でも、何が起こるかわからないことだって、嫌って言うほどわかっている。それに、彼は双剣に選ばれている。」

 カーラは珍しく口数が多くなっていた。

 周りでは、ツクイとヒヨが、何の話かわからず、ティンとカーラのやり取りを不安そうに眺めていた。ティンもようやくそれに気づく。そして頭を抱えて言った。

「説明したるわ。その前に、ターチ、おまえ、俺がなんに不満かぐらいはわかるか?」

「三本目の光の矢の見分け方かな。今の会話から想像すると。」

 ターチは答える。

「そう、ピンポンや。」

ティンは暗い声で説明を続けた。

 この練習の目的は、二つ。一つは、目に見える光の矢を確実にはじくこと。もう一つは、光の矢を見るのではなく感じることだ。魔法の力は、感じることができる。その感覚は口では説明できないし、魔法を使える人間でも、感じることができるものはそれほど多くない。

 今回の作戦ではその感じることができる力が、ターチにはなんとしても必要だと、ティンは考えていた。だから、三本目は普通の人間では、方向がわからないように、カーラに方向を変えて撃たせたのだった。

 ただし、カーラといえども空中で自由に光の矢の方向を変えることができるわけではない。方向を変えるためだけに、四本目の光の矢は放たれていた。その光の矢は予備動作なく、かつタイミングもずらされていたため、その場にいるもので、目でとらえることができていたのはターチだけだった。

 ターチは、感じるのではなく、持ち前の動体視力を使って、方向を見分けてしまった。それがいつもできればいいが、戦場ではそうはいかない。見えない場所から来る光の矢はどんなに動体視力があっても、感じることができければ、防ぎようがない。

 魔法の力を感じさせるというティンの目論見は崩れたが、三本の光の矢を受けきったことは事実だった。


「試したいことがある。」

 説明を聞き終わったイチが、ターチの方に歩いて行った。そして、何も言わずに、双剣を指さし、手を出す。ターチは一瞬ためらったが、剣を渡した。

「これは扱いにくいな。剣に選ばれないというのかこういうことなのか。まあ、いい。カーラさん、俺の背中の方から光の矢を撃ってくれるか。タイミングは任せる。当てるつもりで静かにやってくれ。」

 イチはそう言うと、カーラに背中を向けた。カーラは戸惑い、ティンの方を見た。ティンはうなずく。

 十秒ほどして、カーラは静かに手を上げた。動作がゆっくりだったので、服のすれる音さえしない。そして、イチに向かって、声も音も立てずに、光の矢を放った。


 光の矢が迫り、イチに当たるかという瞬間、イチは体を回転させ、その体の回転の勢いで双剣を光の矢の方につきだした。力業で剣を振っている感じは受ける。なんとか体の回転の力を使って、剣をクロスさせ、光の矢が体に当たる寸前で光の矢を受け流した。


「イチさん、あんた、魔法の力を感じることができるんか?」

 ティンは驚きの声を上げる。

「魔法の力かどうかわからんよ。風を切る音や、空気の微妙な変化を感じてるいのかもしれん。だが、なんらかは感じることはできる。」 

 イチは答えた。

そして、ターチの方へ歩いて行き、双剣を返しながら、続けた。

「前から言っているだろう。感じろと。ティンくんの言う通り、できるかどうかが、命を分けるぞ。生き抜きたければ、覚えろ。」

 イチはターチに厳しく言った。

「息子よ。父を超えろ。」

 ティンは、わざとらしく低い声で言った。

「まあ、ええわ。約束は約束や。」

 ティンは声色を戻して言った。



【第一の作戦】


 そして、作戦当日。時刻は昼の十一時。小雨が降る少し肌寒い天気だった。

 相手に悟られぬよう、集会も雄叫びも、なにもない静かな幕開けだった。


 出発しようとしていた車は四台。その中では、ターチ達が乗る車は、いつもシエラが乗っているものだ。中は十人ほどが座ることができる座席が向かい合わせついている。中のスペース広く、装備や防具をつけてもお互い当たらずにすれ違うことができる。

 そのターチ達が乗っている車に、傘もささずに、リンド大統領が近づいて来て言った。

「勝算はどうだ?」

 リンド大統領が、ターチに向かって言う。

「わかりません。ただ、今回は魔法を使えるようになった理由をなんとか探ってきます。」

 ターチは、そう答えた。

「期待している。」

 リンド大統領が、ターチの肩に手を乗せた。

「それから、これはグシからだ。そんなむき身の剣をいつまでも持っているわけにはいかないだろう。グシは、『武器職人がさやだけ作るとは情けない』と、言っていたぞ。」

 リンド大統領は二つのさやと、ベルトのようなもの、そして体につける防具を手渡した。

「ありがとうございます。ただ、この双剣は、さやに入れると、さやが傷んでしまうと言われました。」

 ターチは受け取りながらも言った。

「悪いがグシには、それも伝えさせてもらっている。うまく、柄の所だけで、剣を止めておけるように作ったそうだ。」

 リンド大統領は、そのさやとベルトを、ターチにつけさせた。そのベルトは、腰回りと片方の肩にかかるようになっている。そして、双剣をそのさやに納めると、カシャン、と音がなり、柄の一部が締め付けられるような形で固定される。抜く時は柄を引き抜くと、自動的にさやが外れる。

「すごいですね。」

 ターチは声を上げた。

「グシが、実物を見れば、もっと精度良く作れるといっていた。落ち着いたら、持ってこいと。」

 リンド大統領は満足そうに言い、次に防具を広げる。

「それから、これをつけて行けと言っていた。少し変わっているが、グシの言うことを信じろ。」

 リンド大統領は、ターチが今まで来ていた防具を外し、グシが作った防具をつけるのを手伝った。

 それは、ターチが今まで見たことのない防具だった。金属は手の甲と、肩の部分、胸と腹の部分、そして足のすねの部分にあった。その金属の上には複雑な模様と塗装が施されている。それ以外の部分は、布のようなもので、こちらにも複雑な模様が織り込まれていた。ベースは赤だが、白や青、黄色の模様が隙間なく刻まれているため、紫とも緑ともつかない色合いになっている。その模様は、ティンやカーラがつけているものに似ていなくもない。

 つけた感触は、重さは感じられるものの動きを妨げられるようなものではなかった。金属は特殊なもののようでかなり重いが、布が使われている分、その重さは相殺されている。素早い動きや、長時間の動きでなければ、かなり実用的だ。

「その模様は魔法の威力を弱めることができるものらしい。」

 防具を見つめるターチにリンド大統領は言った。ティンとカーラは、自分たちのものがあるからと、リンド大統領からの防具の申し出を事前に断っていた。他の車に乗っている戦士達にも、それぞれ魔法の威力を弱めることができる防具を配っているとのことだった。魔人が攻めてきてからの短い期間で、全てそろえるのは並大抵の努力ではなかっただろう。


 そして、リンド大統領は大きく息を吸い込み、口調を強めて、こう言った。

「全員、生きて戻ってこい!これは命令だ。以上!」

 その声を聞いたターチに迷いはなく、車を出すように指示をした。

シエラが運転する車には、ターチ、カーラ、ティンとヒヨだけが乗っていた。もともと十人は乗ることができる車のため、やや広すぎる。

 ティンとカーラの服装は、濃いオレンジ色がベースで、青や黒、黄色で勾玉のような模様が隙間なく描かれている。

「たぶん同じ役割。」

カーラはつぶやくように言った。魔法を弱める効果は期待できるが、過信しない方がいい。気休め程度と思った方がいい、とターチに念を押した。

「こっちにもそんな技術があるんだ。結構、特別な技術だと思っていたんだけど。」

 カーラはそう言いながら、ターチが着ている防具の布に優しく触れた。

「グシは、特別だから。」

 ターチは、触れられた照れくささもあり、視線を泳がせた。


 ヒヨは、座席の部分で休んでいる。彼は、お母さんのヒントがあるかもしれないからと、ついて行くと言って聞かなかった。勝手に手がかりを探しているから、気にしないで欲しいと言った。また、車に戻った時にいなければ、置いていってかまわないとも。

 それでも危険が伴うと、ターチが反対をすると、今度はタタラが「たとえ見た目は子供でも、龍の申し出を断ってはいけない。」と、それを制した。

 このワゴンに少人数しか乗っていないのは、ティンとカーラという魔法使いがいることをなるべく知られたくなかったことと、龍のヒヨが乗っているからだった。

 そのワゴンの端で、ティンが一人で座っていた。いつもとは全く違う静かさだ。うつむき、貧乏揺すりをしている。

 ターチは体調が悪いのかと心配になり、ティンに近づこうとした。

「大丈夫。いつものことだから。」

カーラが小さな声で言い、ターチの腕をつかんだ。

「そうか。」

 ターチは、戦いに行くのが怖いのだと思った。命を守るためにはその気持ちは大切だ。

「普通の恐怖感だけじゃないの。」

 カーラは、ターチの考えを見過ごすかのように言った。

「自分の意識を飛ばして、なにかを調べている間、彼には武器となるものは何もない。どうなっても、周りの人を信じるしかない。意識を飛ばしている時に死んだら、その魂は永遠に漆黒の闇をさまようとも言われている。」

 カーラは、いつもより小さな声で、ティンに聞こえないように細心の注意を払いながら言った。

 ターチも、時折、死に対して考えることがある。特にこの戦いに関わるようになってからは、回数が増えている。生まれ変わりや、死んだ母に会えるかもしれないとは思うが、永遠に闇をさまようというのは、考えたくない。

 ターチは、カーラの腕をゆっくりほどくと、動く車の中をティンに近づいて行き、言った。

「ありがとう。ティンのことは俺が絶対守る。」

 そして、答えは求めず、戻ってきた。ターチは答えを聞きたかったわけではなく、自分の決心を声に出しておきたかったのだ。そうすることで、成功が近づくような気がした。

 同時に、なぜそこまでしてサイエンティカに協力をしてくれるのか疑問を持ったが、それは今聞くべきことではないなと思い、質問を飲み込んだ。

 あと十分で目的地に到着する。そろそろ、集中しなければならない。


「このあたりかな。」

 シエラは車を止めた。

 魔法を使うことができる領域の境界は、目には見えない。シエラは何度か偵察をして、おおよその場所を把握し、それに従って停車する場所を決めたのだ。

 ターチは時計を見た。もう一台のツクイたちが乗った大型バスは、十分ほど前には定位置に着き、すでに作戦を開始している頃だろう。こちらは、あと五分待って、作戦開始になる。

 その五分間、誰も何も話さなかった。ティンの貧乏揺すりの音が、時々響く。

 ターチは、四分三十秒で立ち上がり、ちょうど五分で車の後方のドアの手前で静かに「行こう」と言った。

「ウオォーーーーー!」

 その時、車の中に大きな咆哮が響き渡った。車にいる人間全員が、驚き、行動を止める。全員が、音の方を見た。その視線の先にはヒヨが、翼を大きく広げ、口を大きく開けていた。

「どう?ちょっとは気合いが入った?」

 ヒヨが悪びれる様子もなく聞く。

「出発しよう。」

 ターチは、うなずき、車の扉を開いた。

「じゃあ。一時間三十分後にここで。」

 シエラは買い物の待ち合わせでもするように、なるべく自然に言った。必ず三人と一匹が戻ってくると信じて。

 ターチが、最初に車から降り、ティンとカーラがその後に続く。その横を、ヒヨが追い越して、一匹だけ別の方向へ消えていった。


 車から十メートルほどのところでティンとカーラは周りの気配が変わるのを感じた。魔力が感じられる。力がわいてくる感じだろうか。貴石よりも力強いものだった。魔法を使うことができる領域に入ったのだ。

 今回の作戦で、先に行くツクイの部隊は、陽動であり、偵察でもある。ターチたちの目的地から四百メートルほど離れて、前方と側面を固めるような形で、配備が完了しているはずだ。森の中のため、ターチたちが向かおうとしている場所から姿は見えない。

 ターチは、ティンとカーラの息が切れない程度のスピードで進み、車から十五分程度のところで止まった。

「この辺かな。」と、ターチはつぶやく。

「まだやな。もう百メートルほど先や。」と、 ティンもいつもより小声で返した。

「ありがとう。」

 ターチは、素直に従い慎重に、百二十歩ほど歩みを進めた。


 あたりは木々に囲まれているが、視界が悪いというほどではない。狙っていた通りの場所だ。

 ティンはその場所に着くと同時に、カーラに手を上げて、合図を送り、手袋を外し、手渡した。

「行ってくる。」

 ティンは、静かに座り、手を地面に当てて、目をつぶった。

 それを合図に、前方にはカーラが立ち、後方にはターチが立った。ティンを守る体制を作ったのだ。今から、ティンが魔法を使うことができる原因を調べる間、カーラとターチはティンを守りきる。一つのダメージも与えない。ターチとカーラだけでなく、時間を稼ぐためにツクイ達がさらに外側にいる。


 ティンは、ターチからの情報などを総合して、相手にもティンと同じように『調べる』能力をもつものがいるのは確実だろうと考えていた。何人、どこにいるかも完全に把握できると考えた方がいいとも考えていた。だから、ツクイの陽動も比較的近い所で行うことになった。離れた所で行動を起こしても、どこに何人いるかまで把握されていては、陽動にならない。別の部隊に攻撃されるだけだ。

 ティンの予想通り、約十分後、ターチは前回の戦いで嫌と言うほど耳にした何かがはじけるような音を聞いた。光に矢による攻撃をツクイの部隊が受けているのだ。

「あと、三十分。できれば、五十分。守りきります。」

 カーラは小声で言う。

 その時間も、ティンが、作戦会議で言っていた時間だ。魔法の原因を探るのに三十分、さらにさらわれた少年を探すのに、プラス二十分、その時間を乗り切る必要がある。

 カーラに見えていないことはわかっていたが、ターチはうなずいた。

 今度は、ドン! という音が、側面の方からする。前方の喧噪も徐々に近づいてきているように思える。ツクイたちも、敵の攻撃を受けて徐々に後退し、ターチ達の場所に近づいて来ざるを得なくなっているのだろう。

 その時、一人の魔人がカーラからも見える所にやってきた。ツクイ達の守りの間を抜けてきたようだ。やや離れた木の陰から、光の矢を飛ばしてきたが、たいした威力はない。

 カーラは、それがティンにも自分にも当たらないと判断し、何もせず受け流す。

 地面に光の矢が突き刺さり、その数秒後、さらに次の光の矢がやってきた。今度は、カーラとその後ろのティンに向かって、一直線に飛んで来る。カーラは自分も光の矢を撃ち、その光の矢の方向をそらし、周りの木に当てた。

 一瞬、魔人に戸惑いが見られた。魔法を使うことができる敵がいるとは、予想していなかったのだろう。魔人は少し後退しながら、連続して二本の光の矢を放つ。カーラは二本とも、別の方向にそらせた。

 カーラが、自分から攻撃を仕掛けないのは、時間稼ぎがしたかったからだ。まともに、攻撃を当ててしまい、他の魔人が大勢集まってきても困る。相手がこちらの力を計っているうちは好都合だ。


 ターチには、三十分がとても長く感じた。カーラと魔人が光の矢を交わらせた音が聞こえてからは、緊張感が増す。だが、振り返って自分の持ち場を手薄にするわけにはいかない。

 ターチは、自分の前方の百八十度に気を配り続けた。不意に一人の青年の背中が見えた。サイエンティカの兵士の一人だ。懸命に戦っているが、数人の緑色の肌の色をした魔人にいいようにもてあそばれている。致命傷にはなっていないようだが、光の矢が何度か当たっているようだ。ターチは助けに行きたい気持ちを必死に押さえる。この作戦のためには、耐えなければならない。

 双剣を持つ手に力が入る。しばらくして、魔人の方に矢が飛んでくるのが見えた。光の矢ではなく、矢尻のついた矢だ。助っ人かと、少しほっとした。機械が使えないこの地域では、我々が扱うことができる数少ない飛び道具が矢だ。この作戦にも複数人、弓矢の使い手が参加している。非力だが、牽制にはなっているようだ。

 不意に光るものが、ターチの視野の隅に入った。

『まずい!』

ターチは、その光の方に向かって、双剣をクロスさせた。その光の矢が双剣のクロスされた部分に当たり、斜め上にそれていく。ターチは激しく反省した。人の戦いに見入っている場合ではない。魔人達は確実に近づいてきている。

「ティンのことが気づかれているようです。そろそろ本番です。」

 カーラが、ターチに聞こえるギリギリの小声で言った。


 十分ほど前に時間をさかのぼる。

 ティンは、ゆっくり手袋を取り、カーラに渡し、地面に座り、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしてから、手を地面につけた。

 その瞬間、ティンの意識は、地面の中に吸い込まれる。そして、その意識は地面のごく表層を、目的の方向に向かって飛んでいった。飛ぶというよりも、流れるという方が近いかもしれない。ただ、意識の流れは、物体によって阻害されない。

 あまりにも速いと、戻る場所すら見失う。そうならない程度、ギリギリの早さをティンは心得ている。

『やっぱりな。』

 ティンは、エリスの街にさしかかる直前に、そのスピードを緩め、完全に止まった。

『やっぱり、結界ぐらいはってるよな、普通。』

 そして、ティンの意識は、『ふぅ』と小さく息を吐いた。

独り言を言うのも、息を吐くのも、実際のティンが行った行動ではない。ティンの意識体がそうしようと思ったに過ぎない。ティンの意識体は、地面から少し顔を出し、あたりを見回した。目の前に町外れの小屋が見える。その前に、誰かが立っているのが見え、慌てて地面の下に顔を戻した。ティンの意識体自体は目に見えないが、感じることができる人も存在するし、そういう魔法の能力もある。

『行こう。』

 ティンは強く考えた。

結界の内側に行けば、ティンが意識体を飛ばしていることも、何かを調べていることも、ばれるだろう。その分、肉体側の危険は格段に高まる。だからといって、このままここにいても、先には進まない。

 ティンの意識体は、結界に触れ、内側に入った。軽く抵抗のようなものを感じたが、それはティンの精神的なものだろう。結界の中に入り、魔法の力が出ている元を探そうと、集中した。もっと先から、強い力は感じる。ティンはそこに向かおうと決め、スピードを今までよりやや落とし、慎重に先に進んだ。


 ターチとカーラの周りは激戦になってきていた。緑や青の肌の色をして、露出の多い服装をした魔人達が攻撃を仕掛けてきていた。前回よりはるかに数が多く、男性と女性の魔人、両方が確認できた。背は高く、髪の色がとりどりのため、木々の合間にいても目立つ。

 攻撃は明らかにティンの周りに集中している。ティンの存在が気づかれ、本体をたたこうとしているのだ。攻撃を分散させようとしていたサイエンティカの兵士たちも、その攻撃に押されて、ターチとカーラの周りに集まってきている。

 兵士たちは、ティンの方に攻撃の矛先を向けさせてはいけないため、微妙な距離で守り、時折、剣や矢による攻撃を加えている。形勢は圧倒的に不利だ。今回はサイエンティカの兵士の数も多いため、数こそ同じぐらいとはいえ、遠距離攻撃が可能な光の矢の前では、もてあそばれているに近い。だが、今回はこの状況をあと二十分間、続けることが勝利の条件だ。それだけを考え、兵士たちは耐えていた。


 ターチも同じだった。ティンをめがけて、いくつもの光の矢が飛んでくる。それをひたすら跳ね返し続ける。遠くからの攻撃が多く、木々の間から魔人たちを確認出来たので、魔法の力を感じることができなくても、かろうじて目で見て、反応が出来ている。カーラの光の矢に比べるとスピードは遅い。複数の魔人相手に反応できているのは、カーラの訓練のおかげだった。

 光の矢を跳ね返しながら、周りを徐々に見ることが出来るようになってきた。今度は決して油断しているのではなく、集中力が高まってきているのだ。

 何度も光の矢を跳ね返すうち、跳ね返す光の矢を狙ったところに向かわせることができることに気づいた。カーラとの訓練は、近距離で光の矢のスピードも速かったため、そんな余裕はなかったが、ある程度遠い距離から飛んでくるものであれば、返すことができる。飛んできた光の矢を、相手の方向に返すと、相手は木の陰に体を隠した。

「これは使える。なぜ、今まで気づかなかったのだろう。」

 ターチは剣を構え直した。


 突然、カーラの動きが速くなる。光の矢のぶつかり合う速度が、今までより格段に速くなったため、ターチもそのことに気づいた。

「何が起きた!?」

 ターチは、声に出した。

「相手も本気を出してきたようです。強力な魔法の使い手がいます。そちら側、よろしくお願いします。」

 カーラは振り向かず、そう答えた。

「魔人の数が増えたのか?」

 ターチは、カーラに問いかけたつもりだったが、だが、カーラはそれどころではなかった。たった一人の魔人の激しい攻撃にあっていたのだ。

 その魔人も、周りの多くの魔人と同じように緑の肌をしていた。老人のように見える。頭髪はなく、他の魔人と違い全身を覆うローブのようなものを着ている。老魔人は、一切の予備動作なく、光の矢を放っている。

 カーラは、それまで控えていた自分からの攻撃も、その魔人に対しては、遠慮なく行う。時間を稼ぐ余裕がないのだ。かたや、魔人は苦もなくカーラからの光の矢の攻撃を、自らの光の矢を利用してかわしている。そして、百メートルほどの距離から、徐々に歩いて近づいてきている。

 カーラと魔人、魔力の差は歴然だった。

 なんとか歩みを緩めさせようと、カーラは多くの光の矢を放っていった。だが、その光の矢は、いとも簡単に跳ね返される。その老魔人の歩みはいっこうに遅くなることはなく、一定だった。


 ターチの方への攻撃も一段と激しさを増してきていた。確実に魔人達の包囲が狭くなってきている。また、カーラに余裕がなくなった分、守らないといけない範囲も広がってきていた。

 ターチは自分の息が上がってきているのがわかった。いつ、どこから光の矢が飛んでくるかわからない緊張感で、息が詰まりそうな感覚も受ける。時間の感覚がなくなりつつある。

 カーラは必死に計算をしていた。魔人が近づいてきて、魔人の光の矢を受けきることができなくなるまでの時間と、ティンのために稼がないと行けない時間。魔人は幸い、ゆっくり歩いて近づいてきている。老人のため、素早い動作ができないのかもしれない。しかし、魔法の力は老魔人の方がはるかに強い。

『ギリギリ間に合うか。』

 カーラは、そう考え、余計な刺激をしないように注意しながら光の矢を放った。


『メシメシ! ドスン!』

 突然、ターチの前方でものすごい音が鳴った。

 一本の木が突然切り倒されたのだ。数人の魔人と、兵士が慌てて逃げているのがターチから見えた。そんなに簡単に倒せるような太さの木ではない。人間が二人で手を回して届くかどうかというような太さはある。

「新手か!」

 ターチは身構える。身構えつつ、飛んでくる光の矢をなんとかそらせた。

 一人の人間が、大きな剣を構えながら、早足で近づいて来るのがターチから見えた。ターチと、その男の間には、先ほど倒れたのと同じぐらいの太さの木が何本か生えている。そのため、ターチからその人間は見え隠れするような形になる。それでも、相手が味方でないことはわかった。着ている服装が明らかに違うのだ。機動性のみを重視したような武道着のようなものをきている。しかも、サイエンティカの兵士にはあんな大剣を持ったものはいない。

 その人間は、止まらずに、ターチとの間にある木に向かってその大剣を軽々と真横に振った。

すると、その木は、先ほどと同じように大きな音を立てながら倒れる。明らかに、普通ではない。いくら大剣といっても、木をスパッと切れるような切れ味は持たない。ターチとはまだ五十メートルほど離れているが、剣を振った時の風圧を感じた気すらした。

 ターチは父親が言っていた言葉を思い出した。

「常識や見た目で考えるな。どんな時でも事実を見ろ。そして、考えろ。」

 ターチは危険な状態の中、一生懸命、頭を働かせた。

『事実はなんだ? 剣一振りで、木が倒れた。風圧もここまで感じた。』

 ターチはそこまで考え、木の周りの様子を見た。目標とした木以外は倒れたり、切れたりはしていない。

『ということは、無差別に回り全部を切り倒すわけではなさそうだ。』

 そう考えている間にも、相手は大剣を肩に担ぎながら、近づいて来ている。

 思ったほど大柄ではないようだ。髪は短く刈られ、鋭い目をしている。ゆったりした武道着に隠れて、体つきまではわからないが、鍛えられているだろうことは顔つきからもわかった。頬には大きな傷があり、幾多の戦いを乗り越えてきたこともわかる。

 相手は、ターチの十メートルほど手前に迫って来たところで止まった。

「私の名は、カムイフチ。人間の戦士だ。」 

相手は、大きな声で名乗りを上げた。

 ターチは、意表を突かれる。手合わせならともかく、命がけの戦いで、名乗りを上げることがあるとは想像していなかった。ターチは名乗らず、視線を上下左右にふり、光の矢が飛んでこないか確かめた。

「誰も、こっちの方向には光の矢を撃ってくるな。魔人達わかったな。」

 カムイフチは、さらに大きな声で言った。

 その後、カーラとやり合っている老魔人を指さし、「わかったな!」と、強い調子で言った。

「よし。始めよう。」

 カムイフチはターチの方に向き直り、大剣を構える。


 ターチは、戸惑っていた。命がけの戦いで名を名乗り、他の者に手を出すなという。魔人と人間だから、仲が悪いのかもしれないとも考えたが、それでも他の魔人が攻撃してこない保障はない。

 しばらく剣を構えたまま様子を見たが、ターチの方には光の矢は飛んでこなくなっている。大剣が相手なら懐に飛び込んだ方が有利なことはわかっていたが、ティンが後ろにいる以上それはできない。

「来ないなら、こっちから行くぞ。」

 カムイフチは、大剣を軽々と構えて近づいてきた。剣を大きく構え、小走りで距離を詰める。

 そして、大きく振りかぶり、剣をターチめがけて振り下ろしてきた。フェイクも何もない、素直な剣だった。

 ターチは、剣圧がティンに及ぶのを嫌い、通常より早めに高い位置でカムイフチの剣を、双自分の双剣で受け止めた。

 その瞬間、ターチは両手にものすごい重圧を感じた。

 カムイフチの剣の衝撃かと思ったが、そうではないようだ。手がしびれているのでもない、双剣自体が重く動かないように感じる。剣を振り上げることができない。

 この状態で二撃目が来たら危ないと、ターチはカムイフチを目で追った。

 カムイフチは大剣の先をだらりと地面につけ、驚いた顔で剣を見ていた。

『そうか。これが、魔剣同士が戦ってはいけない理由だったのか。お互い同じ状態だ。』

 ターチは思った。相手が持っている剣も魔剣だと考えると、つじつまが合う。あの斬れ味は並大抵の剣ではない。

 ターチは、考えていたその一瞬、周囲への注意を怠った。そのとき、ターチの意識の端に、何かが触れるのを感じた。

「っ!」

 ターチは声にならない声を上げる。視線の端を振ると、何か飛んでくるのが見えた。光の矢だ。ターチが剣を下ろした隙を見て、魔人の一人が放ってきたのだ。

 ターチは、重い剣を無理に上げ、なんとか光の矢に当てた。しかし、両方の剣は間に合わず、片方だけなんとか当てた形になる。光の矢はなんとかそらしたが、剣が大きく弾かれ、体勢を崩す。

 次の瞬間、さらに光の矢が飛んできた。それは、魔人が全くいなかった方向から飛んできたのだ。油断ではなく、想定外だった。

「ターチ!」

 カーラの叫び声が聞こえる。カーラの相手をしていた老魔人が、何らかの方法で、光の矢を老魔人と異なる方向からターチに向かって放ったようだ。カーラのように光の矢を曲げたのかもしれないが、そんなことを考えている暇はターチにはなかった。

「やめろ!」

 カムイフチが、大剣の重みに負け、手を下ろしたまま、光の矢を撃たないように叫んだが、そんなものは全く役に立たない。ターチも命をかけた戦いの中、光の矢がやむとは思っていない。

ターチは体勢を崩したまま、剣を動かそうとしたが、間に合わないのは確実だった。とっさに光の矢の方向に足を出した。ティンに当てないよう、光の矢を蹴るような形になる。当然だが、光の矢は、ボールのように跳ね返されない。

 ターチの足に激痛が走る。普通なら立っていられないほどの傷と痛みだ。前の戦いで受けた光の矢よりもダメージがはるかに大きい。しかし、かろうじてティンに光の矢が当たるのは防いだ。

 これを好機とターチに光の矢が激しく降り注ぐ。多少、双剣は動くようになってくれたが、それでも全てを受けきれるわけではなかった。ターチは、光の矢がティンに当たらないように体を使って、光の矢を防ぐ。二発目までは数えていたが、それ以降は数える余裕はなかった。痛みを通り越し、感覚と意識が薄くなってくる。


 カーラは気配で、光の矢がターチの体に当たるのを感じていた。

『ここまで。』

 カーラは、ティンの所まで後退し、かかとでティンの体を蹴った。時間は約三十分経っている、あとはティンを信じるしかない。

 ティンの意識が一気に体に戻り覚醒する。

 ティンは、大きく目を開け、頭の『もや』を振り払うように、ぎゅっと目を閉じ、再び目を開いた。カーラが後ろ手に手袋を渡し、ティンはそれを受け取り、素早く手にはめた。

 そして、手はず通りポケットから火薬玉を取り出し、地面にたたきつけた。

 青白い煙が上がる。

 それと同時に、カーラは地面に向けていくつもの光の矢を飛ばした。あたりに砂埃が舞い、視界が一気に悪くなる。強力な光の矢を放つ老魔人に向けても、数発、光の矢を放ち、時間を稼ごうとした。

 あとは、力の限り逃げる。


 カーラは、振り向き、すぐ後ろにいるであろうターチを探した。傷を負っているはずだ。砂埃で、視界が悪い。

 ティンのすぐに近くに、ターチは立っていた。かなりの傷なのは、砂埃の中でもわかる。

「行け。」

 ターチはようやく動くようになった剣を、なんとか構えながら言った。

姿勢が傾いている。動かない足をかばっているのが、ティンとカーラにはわかった。そして、二人はその『行け。』の意味を悟った。自分を置いて行けという意味だ。二人は過去に似たような行為を逆の立場で経験したことがあった。だから、迷わず、ターチを置いて、逃げることを選ぶことができた。

 無言でターチの横を駆け抜けていく。

 ティンとカーラの背中に向かって、いくつもの光の矢が追う。老魔人が撃ってきているのだ。 ターチは、双剣を使い、できる限りの光の矢をそらした。ターチは自分が、視界が悪くとも、目に頼らず、光の矢が来る方向を認識できることに気づいていた。

『これが、ティンが言っていた、感じるということか。』

 この状況の中、ターチは感心していた。ここでティンとカーラや兵士達を逃がすと決めてしまえば、やるべきとことは明らかで、迷いのない心境になっていた。

 徐々に視界も晴れ、老魔人がすぐ側までに迫っていることもわかる。光の矢の本数と威力も増し、受ける続けることも限界に来ている。


「あきらめるな。」

 ターチは、すぐ近くから子供のもののような声を聞いた。慌てて、目だけ動かし、あたりをうかがうが、誰もいない。気のせいか。こんな所に子供がいるとも思えない。

「さて。」

 ターチは声に出して言った。幻聴まで聞こえてきてしまったようだ。

『そろそろ、ティンとカーラ、そして兵士達は逃げ切っただろうか。』

 ターチは考える。光の矢を受ける手も限界に来ている。

 意識ももうろうとしてきた。痛みも感じなくなってきている。

 その状態を見越したように、前方の老魔人だけでなく、周りの魔人からも光の矢が立て続けに飛んできた。

 一発、二発、、、

 ターチの腕と体に当たり、ターチはゆっくり崩れ落ちる。


 その時、あたりに砂煙が舞った。その砂煙に混じって、一人の長身の人間が、崩れ落ちようとしていたターチを抱え上げた。

 サイエンティカの兵士が着ているのと同じ防具を身につけている。

 崩れゆく意識の中で、ターチは味方がまだ残っていたことを不思議に思った。



【裏切りと選択】


 ティンとカーラは、シエラの待つ、車まで戻って来た。擦り傷程度の怪我はあるが、命に別状はない。疲労が激しいだけだ。

 特にティンは、座席に座り込み、うつむいたまま、一言も話さなかった。ヒヨもいつの間に車に戻っており、座席に寝そべっていた。

 重苦しい空気が流れる。

 その時、突然、無線の音が鳴る。ティンは片手を上げ、自分が出ると伝え、無線機を受け取った。

「こちらは全員戻った。けが人が多い。出発するがいいか?」

 無線の向こうからツクイの声がする。

「ああ。戻ってくれ。こっちは、ターチが戻っていない。もう少し待ってみる。」

 ティンが答える。

「そうか。時間は足りたか?」

 ツクイの声のトーンが低くなる。

「ああ。収穫はあった。」

 ティンは内容を話さず、それだけ答え、無線を切った。

「三十分待とう。」

 ティンの言葉に誰も答えなかった。シエラは、下唇をぎゅっと噛み、青い顔をして、車の壁にある時計を見つめた。

 

 ワゴンの中に無音の時が流れる。外から覗かれる可能性もあるため、ドアも閉められている。

『あのとき、ターチを救う方法はあったか?』

 ティンは、一人で考えていた。判断ミスや失敗は二度と繰り返さない。そのために、彼は疲れた頭をまだフル回転させていた。

 その時、寝そべっていたヒヨが突然起き上がり、尻尾をピンと立て、二、三度振った。そして、ドアの方を見て、身構えた。

「どうしたヒヨ、敵か?」

 ティンは、立ち上がり、ヒヨの横まで行く。

「わかんない。でも、誰か来る。」

 ヒヨが答えると同時に、ドアがたたかれる。ティンは、用心しながら、窓から覗くと、一人のサイエンティカの兵士が立っており、肩にはターチが担がれている。ターチは動いていない。

 ティンは急いで、ドアを開く。

 ドアを開けるのと、ほぼ同時にターチの体が、車の中に下ろされた。シエラが、ターチの体に手を当て、息をしているか確かめる。

「良かった。生きてる。」

 シエラは、ほっとした声を上げる。

 ティンは、ターチの服を何カ所かまくり上げた。防具の間から皮膚が覗く、服には血がついているのに、その皮膚の傷はほぼふさがっていた。

 ターチを避けるように、その兵士が車に乗り込んできて、座席に座った。座っていても頭がワゴンの天井につきそうだ。疲れたと言うように「ふぅ」と、息を吐き出した。


「恩にきる。」

ティンは、その兵士に頭を下げた。そして、続けて言う。

「で、あんた誰や。」

 ティンは、その兵士をじっと見つめている。ツクイは、全員戻ってきたと言っていた。しかも、ターチの傷も治っている。自然な回復ではなく、魔法が使われたと見る方が正しそうだと、ティンは考えた。

「このぐらいで限界。」

 その兵士は顔を上げ、その大きな体と不似合いな高い声で言った。

 その瞬間、兵士の周りの空気がゆらりと揺れた。

 姿が、まるで『もや』がかかったように霞む。シエラは身構えた。明らかに何かの魔法だ。 その『もや』は、ゆっくり薄らいでいき、その中からやや青みを帯びた肌が見えてきた。人間のものとは明らかに違う、なめらかな青い肌だった。人間の時の姿のまま、背が高かった。

 ショートパンツを履き、胸の下までしかないTシャツのようなものを着ている。肌の露出が多い。髪は肩のあたりまであり黒色、顔は人間よりもほりが深く、はっきりしていた。

 『もや』がとれ、そこに現れたのは、女性の魔人だった。


 カーラは、光の矢を撃つことができるように両手を前に出す。ヒヨも、威嚇するように、犬の姿のまま座席から立ち上がり、尻尾を立てた。

 女性の魔人の方は立ち上がらず、じっとカーラの方を見つめた。

 ワゴンの中に一気に緊張が走る。

 そんな中、ティンは数秒目をつぶり、気持ちを落ち着け、この状況を解釈しようとした。

そして、おもむろに手袋を外し、女性の魔人に近づいていった。

「やあ、よく来てくれたなぁ。魔人と知り合いになりたかったんや。」

 ティンは笑顔で、魔人に近づき手を出して握手を求めた。カーラは、ティンの方をちらっと見てから、攻撃の意思はないというように、手を下ろし、それから体の後ろで手を組んだ。ヒヨは、困惑したように魔人とティンの顔を見比べている。


 ティンは握手を求め、魔人はそれにこたえ、二人は握手を交わした。ティンの表情が一瞬、わずかに変わったが、それがわかったのは、長い付き合いのカーラぐらいだろう。

「シエラ、車を出してくれるか。」

 ティンは振り向き、魔人に完全に背を向け、シエラに向かっていった。

「えっ。でも。」

 シエラは、戸惑いの表情を浮かべている。

「大丈夫や。車を出して欲しい。」

 ティンはそう言うと、何も言うなと深くうなずいた。

「どこに行こう?」

 シエラは、状況はわからなかったが、ティンを信じようと思った。この魔人もターチを助けてくれたのだ、何か事情にあるに違いない。自分ができることをしようと考えた。

「そうやなぁ。ターチの家に向かおうか。そこで魔人とターチを下ろして、その後本部に行こかな。」

 ティンは答えた。

「ツクイさんに、ターチの家に集合するように、連絡するね。」

 シエラはティンに言う。

「お願いするわ。それから大統領さんにも、来てくれるように伝えてくれるか。あと、魔法の力の出所だけはつかめたと、無線しといて欲しいんやけど、大丈夫か。」

「わかった。」

 シエラは短く答えて、無線を片手に話ながら、運転を始めた。


 ティンは、魔人に向き直り、自分の持っていたまだ魔力の残っている貴石を大きい方から五つ渡した。

「ありがとう。」

その女性の魔人は、素直に受け取る。

「さて、何から聞こかな。」

 ティンと魔人は向かい合って座った。ターチの意識はなく、座席に横たわっている。


「まずは、礼を言う。ターチを連れてきてくれて、その上、怪我まで治してくれてありがとう。治癒の魔法が使えるんやな。」

 ティンはまず周りの警戒心が収まるように、そこから会話を始めた。治癒の魔法を使える人間はマジェンの国でも存在する。ただ、擦り傷程度ではなく、命に関わるような怪我を治すことができる人間は、数少ない。マジェンの首都にも、一人か、二人いる程度だ。魔人は軽くうなずいた。

「それから、名前を教えてくれるか。俺はティンや、気軽に呼んでくれてええよ。」

 ティンは自分から名乗った。

「魔人の名前は、人間には発音が困難だ。アグライアで良い。」

 女性の魔人は答えた。

「じゃあ、アグライア、なんでターチを助けて、この車に乗ってきた?」

 ティン自身はその答えをすでに知っていた。知っていたが、あえて聞いた。アグライアから直接答えを得たかったからだ。

「ん?」

 アグライアは、一瞬おかしな表情をしたが、表情を元に戻し、話し始めた。


 アグライアは、数ヶ月前まで魔人の世界のとある町に住んでいた。魔人の世界は、人間の住んでいるこの世界より、もっと強い魔力を得ることができる。また、自然の力も強く、森は緑が非常に深く、海は多くの生物にあふれている。科学という概念すらなく、建物も非常に簡素だ。

 アグライアはその世界で、病院で怪我人を治す役割を担っていた。それほど、広い町ではなかったが、毎日、それなりに忙しかった。

 また、魔人の世界にも、人間が住んでいる村が、わずかにあった。その人間達は、六百年前の魔人大戦の時に、魔人が戻るのと共にやってきたと言われているが、詳細な記録は残っていない。今あるのは、魔人の世界にも人間達の住む村が存在する、という事実だけだ。

 その村とアグライアの町は、親交があった。それは、人間と魔人が共生関係にあったことも一因だった。人間は、魔人が入ることができない土地、すなわち、魔力のない土地にも入ることができる。そういう土地が魔人の世界にも、面積自体は少ないが、ある割合で存在する。そこでは、役に立ち、高価な物質がいくつか産出した。純度の高い貴石もその一つだった。人間はそういった土地から産出した資源で、魔人と取引した。それと引き替えに、人間は様々なものを手に入れた。その一つが、安全、つまり魔人から攻撃を仕掛けないという保障だった。

 ただし、それは微妙なバランスの上に成り立っていた。アグライアのように友情をはぐくむものもいれば、人間を魔力の弱いものと見下し、その命すら軽視するものもいた。それはどこの世界でも同じかもしれないが、とアグライアは付け加えた。

 アグライアにも人間の友人がいたため、人間の言葉を話すことができていた。アグライアの町には人間の言葉が話せるものが多かった。それは、アグライアの街が、人間の村に近かったことと、アグライアの部族は比較的温和で、平和を好む特徴を持っていたから、というのも関係が良かった理由だった。

 アグライア自身、人間を嫌いではなかった。魔人の倍の速度で成長し、そして老い、半分程度しか生きることができない。その上、魔人は、二種類の魔法を使うことができるが、人間は一種類の魔法しか使うことができない。そんな弱い存在でも、力強く生きることができる人間という存在へのいとおしさもあったのかもしれない。彼女の人間の友人の一人に親友と呼べる女性がいた。よく笑い、魔人か人間かなど小さなことは全く気にする様子はなく、共に遊んだ。そして、アグライアより早く大人になり、子をもうけた。

 その子供が十一歳になった頃、今回の事件が起きた。

 アグライアはその日、いつもの病院から、人間の村へと急いでいた。けが人が出たらしい。また、貴石を求めて、危険な崖を降りたのだろうか。

 魔人の町の端のあたりにさしかかったその時、足下がぐらりと大きく動いた。

『地震か!?』

 アグライアは、あたりを見回した。何かがおかしい。

 これは地面が揺れているのではない、世界がゆがんでいるのだ。その速度はどんどん速くなり、自分を中心に回転し始めた。絵の具を混ぜるかのように世界の色が混ざり、景色がなくなっていく。

 たまらず、アグライアは地面に座り込もうとしたが、その地面すら感じることができなくなっていた。どの方向が地面かもわからない。

 次の瞬間、強い耳鳴りがして、あたりが真っ暗になり、そのまま意識を失った。


 体が痛む。特に足のあたりから鈍痛がする。その痛みで意識が戻ってきた。

 アグライアは、ゆっくりと目を開けた。そこは見たこともない部屋だった。壁一面が白く、見慣れないベッドで寝かされていた。

 世話役の魔人がおり、ある事故で人間の世界に来てしまったと言った。戻るためには人間の世界と魔人の世界をつなぐ扉を開く必要があり、その魔法を使うことができる人間を見つける必要があるということだった。

 アグライアは、『ある事故』というものを疑っていた。どういう事故で、何を目的にしているのか、それを聞いたが、求めた答えは返ってこなかった。扉を開く魔法を使うことができる人間を見つけ出さないといけない、ということだけが、伝えられた。

 そして、アグライアは、そこから人間の世界で、怪我人を治すことと、人間との通訳にかり出され続けたということだ。そして、扉を開く人間を手に入れるべく、サイエンティカにやってきた。しかし、その扉を開く魔法を使うことができるのは子供で、それはいずれ使うことができるであろうという予言上のことに過ぎず、今はまだ使うことができない、とアグライアが知ったのは、一週間程度前のことだった。

 その子供は、すでにセレスティの街から連れ去られ、魔人の支配下にある小屋にとらえられていた。アグライアは人間の言葉を話すことができることもあり、その子供の面倒を見ていた。

「人はどういう状況で魔法を学ぶかわかるか?」

 アグライアは唐突に、ティンに向かって問いかけた。

「俺も、シエラも生まれつきやったからなぁ。ただ、周りを見てると、結構ハードに練習しとったな。」


 ティンがそう答えた時、車の動きが止まった。ターチの家に着いたようだ。シエラは車から降り、門を開ける。そして、再び車に戻り、車をターチの家の中にいれた。

「ターチ!」

 庭にいたイチが車の中を覗き、声を上げる。

「ターチは生きてる。大丈夫や。気を失ってるだけや。」

 ティンは、イチに向かい手を上げる。イチは少し安心したようにうなずいた。

「ターチを連れて行ってくれるか。しばらく、安静にしておいたってくれ。それから、この魔人が、ターチを助けてくれた。かくまってくれるか。悪い人やない。いや。悪い魔人やない。まあ、どっちでもええか。」

 ティンは、そう言うとアグライアの方を向き、続きはまた後でと片手を上げた。

「魔人の方、こちらへ。」

 イチは、一瞬戸惑ったが、ターチを抱え、アグライアに言った。

「ヒヨも頼む、俺らは一度本部に行って、もう一回、戻ってくるわ。続きはその時に話そう。」

 二時間ほど経った頃、イチの家の居間には人々が集まっていた。イチによって大きな円形の机が用意され、椅子が並べられる。アグライアを中心に、隣にはティン、逆の隣には意識を取り戻したターチが座っていた。ティンの横にはカーラとタタラ、ターチの横にはツクイ、そして、カーラとツクイの間、ちょうど半周回ってアグライアの正面には、リンド大統領が座る形になる。

 イチとシエラは、机と軽い食事の用意が終わると、気を遣って、出て行こうとしたが、ティンに呼び止められ、机から少し離れた場所の椅子で話を聞くことになった。ヒヨは、シエラの足下に寝そべる。

 アグライアの肩には見たことのない生き物が乗っている。黒く、羽根をたたみ、目をつぶっているようだ。顔は猫のようで、伝説の生物、ガーゴイルを思い起こさせるが、どこか愛嬌がある。車の中ではアグライアの体か、どこかに隠れていたのだろう。

「さて。」と、ティンが切り出した。

「まずは、ターチ、無茶しすぎや。まあ、そのおかげで怪我人は出たけど、みんな命に別状はない。おまえが一番重傷やった。治してくれたアグライアに感謝するんやな。」

 ティンはターチを指さした。

 ターチはティンの方を向いてうなずいてから、アグライアに向き直ってお礼を言った。意識を取り戻してから、自分が生きている理由を聞き、アグライアにはすでに礼を言っているので、もう一度礼を言ったことになる。

「それからや。まずは、こっちの戦果からや。アグライアの話を聞いたら、せっかくの努力の価値が薄くなってしまうからな。」

 ティンは、片方の口の端を上げて少し笑った。

 今回のティンの目的は、魔法が使うことができるようになった原因を探ることと、さらわれた子供がどこにいるか探すことだった。

 ティンは、魔法が使えるようになった原因を突き止めた後、さらわれた子供の居場所を探ろうとしたところで呼び戻された。激しい攻撃の中では、あの時間が限界だった。

 魔法を使うことができる原因は、港近くの公園に置かれた巨大な貴石にあった。その大きさは、ティンが今まで見たことがないようなもので、人の身長より大きかった。そこにどこか遠方から、ものすごい量の魔力を飛ばしているのだろう、とティンは言った。

 その意見にタタラも、送られてくる魔力を受けきれる巨大な貴石さえ入手できているのであれば、その方法は可能だろうと、同意する。いくつかの特殊な魔法が必要になるが、魔法の組み合わせでできるという意味だ。


「他に、先に話しときたい人はおらんか?」

 ティンは、周りを見回してから、アグライアを促した。

「じゃあ、アグライア、続き聞かせてくれるか。車の中での話はおらんかった人にも、伝えておいたから。人間が魔法を学ぶ環境の話やったな。」

「ああ。人間や魔人が魔法を学ぶのは、生まれつきか、そうでなければ、安心できる環境で、心から力を欲した時だ。」

 アグライアは、話し始めた。

「少年に、あの敵に囲まれたような環境で、魔法を学ばせるのは不可能に近い。私たちは、扉を開いてもらわないと、向こうの世界に戻れない。そのためにどうするのが良いか考えた結果、私はこちら側に力を貸すことに決めた。子供は、街から少し離れた小屋にいる。子供を取り戻し、安心できる環境で魔法を学ばせて欲しい。」

 アグライアは一気に、そこまで話した。


 アグライアは、人間の言葉が話せると言うことで、扉を開く力を持つであろう少年の面倒を見ていた。少年とアグライア、そして数人の魔人は、町かの外れの場所にある小屋にいた。その小屋は、木々を切り出すきこり達が、数日であれば滞在もできるように作られたものだった。このサイエンティカでも、木は重要な資源だ。こういった小屋は所々に存在している。

 少年はおびえきっていた。無理もない、急にさらわれ、全く知らない小屋に、見たこともない魔人たちと閉じ込められているのだ。アグライアは、一週間程度をその子供と一緒に過ごしたのち、行動に出た。信用できる魔人、数人には知らせてある。

 アグライアは、この境遇は仕組まれたものだと考えていたのだ。アグライア達魔人を連れてきたものたちに利用されているとも考えてきた。アグライアには、この作戦を指揮しているものの顔、つまり黒幕の顔は見えていない。その黒幕と敵対しなければ、自分たちは帰ることができないのではないかとも、考えたのだ。

 アグライアが不審に思っていることはもう一つあった。魔人には部族が存在し、この世界に連れてこられたのは、主に二つの部族だった。一つは雲の部族、これはアグライア達の部族で、比較的、力による解決を『良し』としない部族だった。もう一つは鋼の部族、こちらは、力に頼ろうとする部族であった。彼らは、魔人達の世界でも、決して仲が良いとは言えなかった。アグライアが不審に思っていることとは、鋼の部族が明らかに優遇されていることだった。

 アグライアの部族は力がないために、戦いを嫌うのではない。それは考え方の問題だった。力による解決をしなくて良いように、様々な仕組みや法を作る努力もしていた。

 アグライアは、姿を変える魔法を身につけている。自分の魔法は、今回のサイエンティカにつくという賭けに最適だと考えた。そして、アグライアは、サイエンティカの人間と接触する機会をうかがっていた。といっても、魔法の力の及ぶ世界から、姿を変えたままま、遠くへ出るほどの貴石も持っていない。偵察と偽り、何度か魔法の力の及ぶ境界付近を見回っていた時、急に大きな音を聞いた。

急いで、近づいてみると、戦闘が行われ、そして、すでに終わりかけていた。そこには、傷つきながらも、敵の追撃を押さえて、味方を逃がそうとしているターチが見えた。

アグライアは、彼を助けることで、サイエンティカの人間と近づけたらと、ターチを助け、車まで運んだのだった。

「その後は、お互い知っていることだろう。」

 アグライアは締めくくった。

 全員が状況を整理し、理解しようと考え、しばらく沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、リンド大統領だった。

「質問をしてもいいかな。」

「ああ。」と、アグライアが答える。

「少年が連れ去られた理由はわかった。その少年の名前は、トービルという。だが、まだわからないことがある。少年を一人連れ去るだけであれば、魔法を使うことができる領域をセレスティに広げるような、大がかりなことをする必要などない。なにか、他にも狙いがあると思うか?」

 リンド大統領が、質問をする。

「はっきりしたことはわからないが、この国には秘密の魔法、珍しい魔法のようなものはあるか?」

 アグライアが質問で返す。

 リンド大統領は、無言でうなずいた。やはりそれが狙いかという雰囲気が、その場に流れた。


「魔人をこの世界に呼び出した張本人のことで、わかっていることはないか?」

 リンド大統領が続けて質問する。サイエンティカの秘密の魔法の話を続けるのはまずいと、別の質問をしたのをティンとカーラは気付いていた。

「私は知らない。ただ、大陸のものらしい。」

 アグライアが答える。

「コロラという国は知っているか?そこの人間か?」

 リンド大統領は、範囲を絞ろうと質問をした。

「コロラか。私はその国に呼び出された。その国の人間が関係していることは間違いないだろう。だが、内情などはわからない。」

 アグライアからはこれ以上の答えは期待できないと判断して、リンド大統領は質問を変えた。

「なぜ、連れてこられたのに、帰れなくなったかわかるか?」

 今度はティンが、問いかける。

「事故と聞いている。扉を開ける魔法を使える人間が、扉を開く魔法を使っている最中に死んでしまったと言っていたが、真相はわからない。」

 アグライアは答えてから、さらに続ける。

「扉を開くこと、死者を生き返らそうとすること、大地を汚すことは、我々の世界では、禁忌だ。不幸しか生み出さないと言われている。」

「禁忌と言うことは、それができる魔力や知識があるわけや、それはそれですごいな。」

 ティンが感心したように言う。

「魔人大戦の時も扉を開いただろう。そして、多くの不幸を招いた。」

 リンド大統領が、誰に向かってと言うわけではなく、言った。


「もう一つ聞いていいか?」

 ティンは言い、そのまま質問を続ける。

「部族といっていたけど、向こうの世界にはどのぐらいの部族がおるんや?」

「正確にはわからないが、百程度と言われている。こちらに来ているのは、その中の雲の部族と鋼の部族だ。」

 アグライアは、答えた。

「仲が良くはないって言ってたけど、どういうこと?」

 シエラは、感情的なものも大切だと考え、あえて質問した。何かのヒントになるかもしれないと思ったからだ。

「考え方の違いだな。我々の部族と違い、鋼の部族は力が全てだと考えている。力のないものが支配されるのは当然だと思っている。」

 アグライアは、シエラの方を見ながら答えた。

「今日の戦いの時は、緑の肌のものが積極的に攻撃していたな。みんな鋼の部族か?」

 ティンは独り言のようにつぶやいた。

「ああ、緑の肌のもの達が、鋼の部族だ。」と、アグライアが、答える。

「あの老魔人も緑色の肌だった。」と、カーラは、アグライアの言葉に反応する。

「あんなのが沢山いるのですか?」

ターチは、驚いた様子で、カーラの言葉にかぶせるように言う。

「あの魔人は特別だ。ただ、土地の魔力の制約を大きく受けている。」

 アグライアは、静かに答えた。

「どういうことですか?」

 ターチは、丁寧にアグライアに聞き返した。

「本気出したら、もっとすごいってことや。魔力の強い土地や、貴石の力を借りたら、もっとすごくなれるってことや。」

 答えたのは、ティンだった。

 ターチが「あれでもか。」と言うのと、カーラが「やっぱり。」と言うのが重なった。


「全部で何人ぐらい連れてこられているんや?」

 ティンが質問を変える。ティンもあれが、老魔人の実力でないことはわかっていた。

「私が知っている範囲でだが、この国には我々の部族は二十人ほどきている。鋼の不足も入れると、四十人程度だな。連れてこられたものの多くがこの国にきている。」

 アグライアは答えた。

「鋼の部族が優遇されていると言っていたが、どういうことか教えてくれるか?」

 続けて、リンド大統領が質問をする。

「彼らの方の扱いが良い。情報も多く与えられているようだ。ただ、それだけだ。」

 アグライアは、リンド大統領の方を見た。リンド大統領はうなずいた。


「少し話を変えてもいい? 待っている間、機械が使えなくなっている理由をいろいろ実験してみたの。いくつか道具を持っていって。」

 シエラは真剣な顔をしている。

「車やオートバイは動かなくなる。それは前からわかっていた。でも、弓矢は使えた。じゃあ、間はどこにあるかを知りたいと思って。」

 シエラは話を続ける。

「何かわかったか?」と、リンド大統領は聞いた。

「はい。歯車がダメなようです。あと、車輪も動きませんでした。回転するという機能が使えなくなっているようです。」

 シエラの口調は丁寧になった。

「そういう魔法は存在するのか?」と、リンド大統領は、ティンの方を向く。

「まあ、実際そう言うんやったら、そうやねんやろうな。」

ティンは、曖昧な言葉で返す。

「どういうことだ?」

 リンド大統領の口調が少し厳しくなる。

「微妙な答えで悪い。答えにくいんや。おやじ、答えてくれへんか。」

 ティンはタタラに助けを求めた。

「ああ。昔、旅をしていた時、一度だけ似たような魔法に出会ったことがある。それは、自分のまわり五メートルぐらいに入った物の重さが重くなるという魔法だった。その魔法自体は、特に有用というわけではなかった。ただ、今回の魔法と根本は同じだと思う。」

 タタラは、ティンに変わって答えた。

「わかった。そういうことであれば、車や最新の銃は使えなくても、古い火薬の力だけの銃なら使える可能性があるということだな。すぐに用意しよう。有用な情報だ。シエラ、ありがとう。」

 リンド大統領はシエラを見た。シエラは嬉しそうに笑った。


 ティンは、「ちょっとだけ時間をくれ」と言った後、目を閉じて、静かに考えた。これほど長い時間考えるティンを、カーラは久しぶりに見た。ターチが心配して、ティンに話しかけようとするのを、カーラは首を振って制した。

「アグライア、魔人は貴石なしでどのくらい生きられる?」

 しばらく時間が経った後、ティンがようやく口を開いた。

「状況にもよるが、怪我や病気でなければ、三日は大丈夫だ。ただ、歩くことも困難になる。」

 アグライアは、答えた。

「じゃあ、さっき渡した貴石、一個あれば、何日間生きられる?」

 ティンは重ねて聞いた。

「さらに三日は大丈夫だ。」

 アグライアは、自分の手の中にある貴石を見ながら言った。

「一ヶ月で、四百個か。大統領さん、貴石に魔力をためるのは、このサイエンティカでもできるんやろ。半月で二百個、いけるか?」

 ティンは、素早く計算し、リンド大統領に質問をした。

「ああ。そのくらいなら大丈夫だ。」

 リンド大統領は、うなずいた。

「じゃあ。なんとかなるか。まあ、かなり遅い時間になってしまったから、今日はそろそろお開きにしたいと思う。」

 ティンはスッキリした顔で言い、周りを見渡した。誰も、ティンが考えたことの全容はわからなかったが、必要な時に伝えてくれるだろう、と考えた。

お開きにしようという意見に、異論はなさそうだ。

「悪いが、最後に教えてくれ、アグライア、その肩の生き物なんや?」

ティンが、声のトーンを上げた

 リンドが、声を上げて、「はっはっ」と、笑った。みんな気になっていたのだが、話の本筋ではないと思い、聞くのをためらっていたのだ。

「これか?私と契約をしている生き物だ。ここでは無理だが、魔力のある場所では、あることができる。そのうち披露することもあるだろう。名をスンスンという。」

 アグライアが、そっと頭をなでると、その生き物は目を開き、甘えるように指にほおずりをした。

「契約?どんな契約や?」と、ティンが真顔になる。

「人間に説明するのは難しい。この生き物は、他の生き物に寄生することで、力を発揮する。私の魔力を分けてやっていると思ってもらっていい。」

 アグライアは答えた。

「そうか、魂とか、悪魔の契約かと思ったけど、そうやなくて良かったわ。」

 そう言いながら、ティンはスンスンに手を伸ばそうとする。

「やめた方がいい、人見知りが激しいし、噛まれると、指をつなげるのに使う貴石がもったいない。」

 アグライアが、そう言うのを聞いて、ティンは慌てて手を引っ込めた。

 ようやく、その場が和んだ。

「さて、ここで見たこと聞いたことは、口外せんってことで。」

ティンは場を締めくくるようにそういった。アグライアは、その発言を聞いて続ける。

「私が姿を変えられることは、言わないで欲しい。あの能力は、人に知られると効果が半減する。」

「確かに、魔法には隠さないと効果が薄くなる能力と、知られないと意味がない能力があるわけか。隠さないといけない能力をばらしてまで、こちらについてくれたのか。感謝する。」

 リンド大統領は、はっとした顔をする。

「感謝には及ばない。我々が戻ることができる可能性の問題だ。」

 アグライアは毅然と言った。


 その会議が終わり、各自、自分の家、部屋に戻っていった。そのすぐに後、ティンはカーラを連れて、アグライアの部屋を訪れた。ティンとカーラは一階に、アグライアは二階に泊まっていたので、たいした距離ではない。

 アグライアの部屋の前で、ティンは、「今、いいか?」と声をかけた。

 アグライアは、すぐにドアを開けた。

 シエラが持ってきたジャージのような服をきて、アグライアが立っていた。見慣れないためか、魔人がよく着る肌の露出の多い服装とのギャップのためか、全く似合わない。

「着方はこれでいいのか?」

 アグライアも、違和感があることを気づいているようだ。

「まあ、着方はいいんやが、似合わんな。」と、ティンが正直に言う。

 カーラは、ティンの服の袖を引っ張った。

「あ。そんな話をしに来たんやない。」と、ティンが真顔で言う。

「では、なんの用だ。」と、アグライアも、真顔で答えた。

「気づいてるみたいやけど、車の中で心を読ませてもらった。状況が状況やといえ、悪かった。」

 ティンは、アグライアに頭を下げる。ティンの『調べる』という能力は、物を探すだけでなく、他人の心の中を探ることもできる。つまり、記憶や気持ちが読めるのだ。

 アグライアは、眉間にしわを寄せ、顔を傾け、怪訝な表情を作った。

「そんなことか。初めてこちらの人間と接触する時が、一番リスクがあった。こちらとしては助かった。ところで、力がコントロールできないのか?」

 アグライアは、ティンが常にしている手袋に視線をやる。

「そうや。触れるとな。心が、」

 ティンは途中まで答え、すぐにはっとした表情になり、続けて質問をする。

「この能力、コントロールできるのか!?」

「我々の世界では、そういった能力を持っているものは、子供の頃にコントロールの方法を学ぶ。逆に周りのものは、心を読まれるまで時間を稼ぐ方法を学ぶ。」

 アグライアは当然という表情をする。

「それは、すごいな。そのコントロールする方法習いたいな。」

 ティンは、明らかに興奮している。

「それほど簡単ではないことは確かだ。専門の先生がいた。こちらには教えてくれる人がいないのか? 扉が開いたら、来て習えばいいのではないか。」

 アグライアは口の端を上げた。笑ったのだろうか。初めて見せた表情だった。

「心を読まれない方法は、アグライアも使えるのか?」

 ティンは、魔人の世界に行くという言葉に、少し笑ってから、真面目な顔になった。

「病院で働いていたからな。いろいろな人が来る。だから、学んだ。」

 アグライアは、ティンの目を見る。

「今回は、使わなかったのか?」

ティンもアグライアを見る。

「ああ、使わなかった。」

 アグライアは、うなずきながらそう言った。

「出口のある迷路で迷わせるイメージ。」

 ティンはつぶやいた。それは、ティンなりに考えていた心を読まれにくい方法だった。だが、同じような能力のものに今まで出会わなかったため、試したことはない。

「我々の世界では、複雑な密林をイメージするように言われる。」

 アグライアは、何をつぶやいたのかを察して、答えた。

「似たような感じやな。そういうイメージで閉じ込められると、防いでもらえるのに、と思ってたんや。まあ、なんにせよ。すまんかった。扉開いたら、連れて行ってもらうわ。」

 ティンはもう一度頭を下げた。そういう方法がこの世界でもあれば、生みの親にも見捨てられることはなかったかもしれない。二卵性双生児の魔力は、強力だと言われている。マジェンでは、双子を産むことを厭う風潮がある。王や政府は、その風潮を消そうとしているが、一度根付いてしまったものを、消すことはできていない。

 ティンは生まれた時から、無意識に触れたものの心を読むことができた。親にとっては、抱き上げただけで心が読まれることになる。そのため、ティンは、親に触れてもらった記憶がない。カーラも、生まれた時から強力な光の矢を使うことができた。感情が高ぶると、光の矢を無差別に放ってしまった。ティンとカーラは、隔離された建屋で、ほとんど誰とも顔を合わせずに育った。その能力を恐れて、学校に行かせてもらえなかっただけでなく、外出も禁じられていた。読み切れないほどの本だけは、与えられていた。

 だから、十歳の頃、ティンとカーラは家を出て、自分たちの能力で生計を立てることにしたのだ。その方が、自由があると思えたのだ。ティンの能力を使った失せ物探しから、二人の能力で傭兵まがいの仕事まで請け負った。言い表せないような危険な目にもあった。

 家を出てから二年、外の世界を知る自由と引き替えに、人間として大切な様々な感覚を麻痺させて生活をしていた時、二人はタタラ夫婦の所に引き取られた。ティンと、カーラはその時にはじめて、人に抱きしめられるという感覚を知った。タタラ夫婦は心が読まれようが、光の矢で傷つこうがお構いなしだった。それからの彼らの生活は一変する。まともな食事を食べ、学校に行き、感情をコントロールするすべも学び、いくつかの彼らにしかできない仕事もこなし、今に至る。ティンは、育て直してくれた両親に、言葉では表せないほど、感謝していた。二人に出会わなかったら、今頃、自分はこの世にいなかったと思っている。戦いの中死んでいたか、全てに絶望していただろう。世界の広さと、愛の深さを教えてもらったのだ。この戦いは、その恩返しの一つだと思っている。


 次の日の朝早く、ティンは、ターチとカーラとイチを、庭に呼び出した。ターチとカーラを十メートルほどの距離をおいて立たせる。ティンはほとんど寝ていないのか、目が赤く、どこか眠たそうだ。

「カーラ、連続して、おまえが撃てるだけの光の矢をターチに撃ってみろ。スピードもマックスや。ただし、威力は大きな怪我をせん程度でな。」

 ティンはそう言いながら、カーラに貴石をいくつか渡す。

「それから、ターチ、剣を使ってもいいし、かわしてもいいから、全部よけてみろ。」

 ティンは、ターチを指さし、自分は二人から距離をとった。

「始めます。」

 カーラのかけ声を合図に、光の矢の雨がターチに降り注ぐ。あらゆる角度から、数え切れないほどの光の矢がターチに飛んでいったのだ。カーラが、持っていた貴石の魔力を使い切った約一分後には、ターチは無残に地面に転がっていた。擦り傷だらけになっている。明らかにかわした光の矢よりも、受けた方が多い。

「わかるか。これが実力差や。前回は良かった。周りでツクイさん達が気をそらしてくれてたし、ようわからんけど、『攻撃、すんな。』と、叫ぶ敵の兄ちゃんもおったんやろ。」

 ティンは、転がって、立ち上がろうとするターチの頭上から声をかける。見下ろすような形になっている。

「あの老魔人は今のカーラより格上や、おまけに敵も魔剣を持ってる。あれと剣を交えたら、戦われへんようなるんやろ。その時に、他の魔人にやられたらおしまいや。」

 ティンがその言葉を発している間に、ターチはようやく立ち上がった。

「次の戦いはな、その剣で巨大な貴石をたたき割って、勝ちや。昨日は言わへんかったけど、昨日の戦いの時、調べててわかったことがある。あの貴石は強力な守りの魔法がかけられてて、並の魔法とかちょっとした剣や弾丸ではなかなか壊されへん。ただ、唯一、魔法の力を避けることができるその剣ならいけるはずや。これから七日後ぐらいに次の作戦を決行することになる。それまでできることは全部やっとけ。」

 ティンは、そう言うと、背を向けて母屋の方に入っていった。

 ターチは、再び、父親とカーラと訓練を再開した。ターチは、前回の戦いで魔法の力というものを、多少感じることができるようになっていた。死線を乗り越えたからだろう。その能力に磨きをかけるだけでなく、反応のスピードと持続力も高めないといけない。それと平行して、敵の魔剣への対策も考える必要がある。やることは山ほどあった。

 カーラにしても、敵の老魔人との実力差を身にしみて感じていた。十歳からの経験で、実力差などは一瞬でわかる。それを埋めないといけない。ターチの相手の合間に、カーラも一人で建物の裏に回り、訓練をした。久々の厳しい戦いに、カーラの緊張感も高まる。


 ティンとツクイは、アグライアにつきっきりで、様々な話を聞いた。次の作戦を立てるためではあったが、魔法に関する興味深い知識も多かった。

 人間は通常、一種類の魔法しか使えない。光の矢のように魔法のエネルギーをコントロールする能力を持つものはその力しか使えず、ティンのようになにかを調べるといった特殊な能力を持つものは、光の矢は使えない。だが、魔人は二種類の魔法を使える。もちろん例外はあり、三種類の魔法を使えるものもあれば、一種類しか使えないものもいる。ティンが知る限り、人間で二種類の魔法を使えるのは、伝説上のごく少数の人間だけだ。

 また、魔人はその魔法の多様性ゆえ、自分の力を完全に明かすことは少ないらしい。命に関わることもあるからだ。アグライアの種族では、プロポーズの時に、自分の魔法の全てを明かす習慣がある、と真顔で言った。

 また、魔人は魔力のない場所では、歩けないほど極端に弱り、長期間は生きられない。アグライアも貴石がなければ、三日の命だというのは、前日にも話が出た通りだ。貴石は魔人の世界では、ほとんど取れず、この人間の世界よりさらに貴重品らしい。貴石に魔法を封じ込めるのにも技術が必要で、時間とテクニックが必要なのは人間の世界と同じだ。

「ところで、貴石は魔力のある所でしかためることができない。このサイエンティカでは、貴石に魔力をためることができるという。どこでできるのだ?」

アグライアが、ティンとツクイに質問をした。

 それに対しては、アグライア同様、ティンも疑問を持っていた。貴石は、昔から魔法が使えない地域で多く取れることは常識だ。貴石が取れる場所が魔力を失ったのか、魔力がなくなったから貴石が取れるようになったのかはわからない。だから、サイエンティカで産出すること自体はおかしくはない。ただ、魔法をためるためには、魔力のある場所に行かなければならないはずだ。 アグライアとティンは、ツクイの顔を見て、答えを待った。

「悪いが、知らない。」

ツクイは、やや申し訳そうな顔をする。

「ふざけるな。 おっさん! 俺らは命をかけてるんやぞ。そんなごまかしが通用すると思うか!?昨日のリンドもそうやけど、秘密を作るな!」

 ティンが、怒りをあらわにする。顔が赤くなっている。

「悪かった。それはそうだな。」と、ツクイは素直に謝った。

「で、どうなんや。」

 ティンは、やや口調を弱めて、たたみかけるように言う。

「想像が入るが話そう。これは、個人的な見解だ。それに、何が真実かは、本当に知らないんだ。おそらく、リンド大統領も全容は理解していないと思う。それでもいいか。」

 ツクイは、ティンとアグライアの顔を交互に見た。

「ええよ。」

 ティンは、ツクイの言っていることが、本当なのがわかった。心を読む必要などない。ツクイの表情と、この状況からそのぐらいは想像がつく。

「この国には知恵の樹というものがある。今から行こう。遠目であれば、見ることができる。」

 ツクイは、その知恵の樹を見ながら話そうと思ったのだ。

「ああ。あれか。やっぱりな。行こか。」

 ティンは、その存在を知っていた。マジェンにも噂は流れてきていた。ただ、サイエンティカとマジェンは人の行き来も少ないため、大きな木があり、何か秘密があるという程度の情報だった。中に秘密の魔法が隠されているとか、樹木なのに夜になると動き出すとか、中に仙人が住んでいるとか、抜くと島が沈むとか、様々なことが言われていた。マジェンの住人には、どれが真実かわからなかった。


 シエラが運転をかってでた。アグライアとティンとツクイは、その車に乗り込む。距離的には車で十分ほど、歩いて行けない距離でもない。

それは、セレスティの街の外れに突然現れた。知恵の樹に寄り添う形で、セレスティの街が作られているようにも見える。そこには、異様な光景が広がっていた。街の側に、突然砂漠のようになにも生えていない場所が広がり、その中央にぽつんと枯れた樹木のような物体が立っている。高さは五メートル程度、四方を丸く深く、幅の広い堀で囲まれている。堀の幅は約十メートル、深さも同じく十メートルはあるだろう。堀には水はなく、そこを越えるのは至難の業だと思われた。その堀に、一本だけ吊り橋が架けられ、吊り橋の両端には大きな門があり、門番が立っていた。誰も通さないという意思が感じられる。

 その樹木のようなものには、葉も枝もなく上部は『つるん』と丸くなっており、かろうじて色が茶色で、根のようなものが見える。知恵の樹と呼ばれるから、樹木に見えるが、別のものと言われるとそう見えなくもない。サイエンティカの首都セレスティの人間は見慣れてはいるが、そうでないものが見ると、恐怖さえ感じるだろう。

「あれを木だと思っているのか?」と、アグライアはやや驚いた調子で言う。

「答えにくい質問をするな。普通の樹木だとは思っていない。」

 ツクイは、どう答えようか迷った上、そう言った。ツクイも、あれがその辺に生えている木々の一つだとは思っていない。ただ、その形状と、その場を動かないという事実、そして知恵の樹と昔から呼ばれているため、植物だということに疑いを持っていなかった。

「何か知ってそうやな。」

 ツクイとアグライアから、数歩、知恵の樹に近い場所に立っていたティンは振り返った。

「ああ。知っている。あれは、我々の世界の生物だ。魔力の少ないこの土地で仮死状態になっているのかもしれない。」

 アグライアは、やや不思議そうな顔をしながらも、事も無げに言った。

「その生物は、元々は動き回る動物のようなものか?」

 ツクイは、魔人の世界の生き物と、こんなに近くで暮らしていたことに、素直に驚いた。

「そうだ。動くことができる。それに、高度な知性もある。強い魔力も持っている。自分の身を脅かすものには、容赦なく攻撃してくる。我々は、彼らにはなるべく近づかないようにしていた。」

 アグライアのその言葉に、ツクイは「ほう。」と声を上げ、あごの部分に手を当て何かを考えている様子だ。

「ツクイさん、本題に入ってや。」

 ティンはツクイを促した。彼にとっては、それが植物であっても、動物であっても、魔人の世界のものでも、大きな問題ではなかった。問題は、自分たちが生き残るためのヒントだ。

「そうだな。本題に入ろう。あの知恵の樹の中では、魔法を使うことができると言われている。それから、中には魔法の知恵が納められていると言われている。そして、知恵の樹と共に暮らす人間がいる。彼らは、外の人間とは、ほとんど関わらず、何も語らない。」

 ツクイは、そこまでを一気にいった。

「待ってくれ。待ってくれ。情報、多すぎや。一個ずつ教えて。」

 ティンは、おどけたように慌てた様子を見せた。それを見て、ツクイはうなずく。

「なんで、この土地で魔法が使えるんや。いくら生き物やからってゆうても、魔力が無尽蔵にわき出すわけでもないやろ。」

 ティンは、ツクイの方を見て、それからアグライアの方に視線を移した。

「とても深くまで根のようなものをはって、生きるために魔力を吸い上げている可能性はある。」

 答えたのはアグライアだった。

「なるほど。だから、なんとか生きてこれたんや。じゃあ、次や。魔法の知恵ってなんや?」

 ティンは、次の質問をした。今度はツクイの方を見る。

「わからない。何かの書物かと思っているが、本当に知らない。」

 ツクイは、そう答えた。ティンは、その言葉を信じることにした。

「まあ、しゃあないか。じゃあ、次や、知恵の樹と暮らす人間ってどういうことや?」

 ティンは、今度は知恵の樹の方を見る。確かに根元に建物が建っている。遠目で見ても大きいことがわかる。一人一部屋であれば、二十、三十人程度は暮らすことができそうだ。

「説明が難しいが、自ら志願して知恵の樹と寄り添って暮らすことを選んだものたちがいる。死ぬまで、知恵の樹の近くを離れない。そして、この世界とのほとんどの関わりを絶ち、語らない。交流があるのは、貴石への魔力の注入と、食べ物や日用品を交換する時ぐらいだ。」

 ツクイはそう言って、不意にシエラの方を向く。

「うん。私の兄さんもあそこにいる。そして、出て行った日から、一切の連絡をよこさなくなった。」

 シエラは、いつもと違い、寂しそうな声で、そう言った。

「わからんなぁ。なんで、なんにもわからんのに。志願して行く人がいるんや?一生かけて何が行われているんや?」

 ティンは、誰に聞くわけでもなく、独り言のようにつぶやいた。ツクイとシエラは、本当に知らないようだから、答えを期待していなかった。

「私も兄さんに聞きたい。」

 シエラは、そう言ったまま黙ってしまった。シエラは、兄が知恵の樹の元に行くまで、祖母と兄と三人で暮らしていた。父と母は、十五年前の傀儡大戦の時、敵国に交渉に行き、そのまま戻ってきていない。行方不明になってしまったのだ。今は、たった三人の家族なのに、なぜ兄がシエラと祖母を置いて、一人で出て行ったのか、全く理解できなかった。そんな冷たい兄ではなかったはずだ。

 ティンは、考えていた。そんな知恵があるのに、リンド大統領含め為政者たちは、なぜ自分のものにしないのか。魔人達が、魔法の領域を伸ばすなど面倒なことをせず、直接攻撃しないのか。いくら、彼らの手持ちの貴石が少ないといっても、魔法の使えないサイエンティカの兵士などなんとでもなるだろう。

「誰でもいいんやけど、過去にあれに直接攻撃をしたやつはおるか?」

 ティンは、考えたあげくに、そう問いかけた。

「記録は残っていない。」

 ツクイは、少し迷った表情を見せてから、そう答えた。

「うん。確かに記録には残っていない。でも、このあたり一帯、全く草が生えていないのは、昔、知恵の樹に攻撃したものがいて、知恵の樹か、知恵の樹の住人からの反撃のせいだって言われてる。彼らには触れてはいけないし、触れさせてはいけない。そして、過去のことを話題に出すのもいけない。それがこの国のルール。」

 シエラはじっと知恵の樹の方を見たまま、そう言った。

「そういうことか。狙っているのは、あの中の魔法の知恵ってやつで間違いないやろ。魔法がつかえる領域を、あの知恵の生き物に向かって伸ばしてるんやろな。到達する前に、決着つけなあかん。貴石へ魔力を込める方法はわかったけど、まだまだわからんことだらけで気持ち悪い。」

 ティンは、そう締めくくった。あの知恵の樹自体か、知恵の樹の住人が力を持っていることは間違いない。それに対抗するために、魔法のエリアを伸ばしているのだ。大規模な魔法の戦争など想像したくもない。


 魔法が使える領域の広がりを考えると、それほど時間もなかった。

 次の作戦は、魔法が使える元凶の大きな貴石の破壊と、扉を開く力を持つ子供の奪回、この二つに絞られた。

 ティンとツクイは、様々な情報を集め、作戦を練った。アグライアの情報は非常に有用だった。戦いを好まない魔人とは距離を置き、戦いを避けるようにすればいい。鋼の部族だけであれば、二十人程度、正攻法では戦いにならないにしても、奇襲をうてば、なんとかなる人数だと思えた。

勝ち目はある。

『問題は、俺と同じ調べることができる魔人と、あの強力な老魔人、それから名乗ったちゅう人間の剣士か。それから、奇襲のタイミングを合わせることが重要や。』

 ティンは、何度も何度も作戦を見直した。ツクイはティンの慎重さに驚いた。調べるという能力を持っているからといって、決しておごらないし、一つも手を抜かず、謙虚だ。アグライアからも知っている範囲で魔人の能力を仕入れる。

ティンは今回の作戦の全容を理解しているのは、作戦に参加しないタタラとイチの他には、ティンとツクイとターチの三人だけにすることにした。調べる能力がある魔人を気にしてのことだ。奇襲は、一端でもばれることが命取りだ。

 

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