たんぽぽ
妻はたんぽぽのように逞しい女だ。
夫である俺が単身赴任しているのにも関わらず、きちんと子育てをしている。
一方、俺は目立たないような人間だ。
昔からろくに目立ったことがない。
せいぜい、習字のコンテストで一回だけ銅賞をとったことぐらいだ。
実際のところ、今の妻と結婚できたのも奇跡みたいなもんだ。
付き合っていた頃は、デートのたびに赤くなってくれたもんだが今じゃ見る影もない。
たぶん、冷静になったんだろう。
俺はそのへんの道端に転がっている石ころみたいなもんだ。
真面目さと、周囲を見渡してフォローする部分だけが評価され、仕事じゃそこそこの立場にいるが目立ちはしていないだろう。
そんな誰かの目に止まらないような俺でも、誰にも譲れない大切なものがある。
それは家族だ。
妻や子供たちの声や姿、それが俺に生きる力や仕事を頑張る活力を与えてくれる。
でも、今は本当にそれが不足して辛い。
毎日、夜になったら寂しくて泣いている。
目覚めるたびに、週末までの日数を数えながら、ため息をついている。
出来るなら、毎晩自宅に電話したい!
一人、夜に布団の中で泣きながら、妻や子供たちの声を聞きたいのを我慢してさえいる。
電話で毎日声を聞けるなら、離れていてもきっと頑張れる。
そう思ったから出張したのに。
だが、実際に毎日毎晩電話したら、妻に怒られてしまった。
とうとう着信拒否までされている。
その後、折り返し電話は帰ってくるけど、用事がない場合なんか事務的で冷たい。
声が聞きたかっただけなのに……。
それでも週末だけは自宅に帰って家族の顔を見れるので、それだけが楽しみだ。
昼は弁当で節約し、外食を控え。
夜に飲みに行くこともなく、お金をなるべく節約している。
節約しないと、週末に自宅に帰る金がなくなるからな。
おかげで職場の連中には、付き合いが悪いと言われるけど仕方ない。
だって、俺には家族がいるんだから!
だいたい自宅に帰ると、妻と子供をドライブがてら遊びに連れていく。
内心は、たまには家族とのんびり家で過ごしたいのだけど、それも我慢している。
家でゴロゴロしていたら、「ろくに家にいないのに、子供を遊びに連れてきもしない」と責められるからだ。
トイレ掃除とかを手伝ったらそうも言われないのだが、それはできれば遠慮したい。
毎週、自宅にトイレ掃除しに帰るのかと思うと悲しすぎるし。
でも、俺は仕事の疲れも我慢して頑張るのだ!
妻と子どもの笑顔のために!
しかしだ、こうして一人で毎日食事を食べていると悲しくなる。
朝はおにぎり、インスタントの味噌汁、それに野菜ジュース。
昼は、冷凍食品だけを詰め込んだ毎日同じメニューの弁当。
子供の頃から、好きなオカズが食べれるのは嬉しいけど。
夜は缶詰と、インスタントの味噌汁、あとタイムセールで安くなったお惣菜。
毎日、ほとんど変わらんメニューだ。
家に帰った時くらい、手作りのオカズが食べたい。
でも、妻は外食に連れてけとせがむ。
「たまには、貴方の手料理が食べたいな」
なんて言ってくれるのも嬉しいけど、俺はお前の料理が食べたい。
でも、それも我慢する!
食事時の唯一の癒しは、冷凍食品に応援メッセージのおみくじがついていることだ。
きんぴらごぼうを食べると、毎日違うメッセージがついてくる。
「あなたのがんばりを、私は知ってるよ」
なんてメッセージが出てきた時には、俺は本当にひとりじゃないんだと嬉しくなった。
週末がようやくきて、また家族に会いに行ける嬉しい。
……先に電話を掛けようかな。
もちろん拒否されているので出てもらえないが、空いた時間に電話を入れてくれるはずだ。
ほら、きた!
「わたしだけど、わざわざ電話入れてどうかした?」
ここで「これから帰る」とだけ言うと、「大して用事もないのに」と冷たくされる。
だから、こう言うようにしている。
「今から帰るけどね、何か必要なものはあるかい? ケーキでも買って帰ろうか?」
こういうと少しだけ優しくしてくれるのだ。
「あら、じゃ今子供たちに食べたいケーキ、聞いてみるわね。 二人ともきなさい、お父さんがケーキ買ってくれるって!」
「えっ、ほんとっ!」
ああ、幸せな時間だ。
俺の1日のお小遣い、500円くらいだけど全然ケーキくらい頑張れる。
電話を切って、ほくほくとした気分で電車に乗る。
俺は道端に転がる石のように、その辺にいくらでもいそうなつまらない男だ。
決して人生の主役になれもしないし、誰かにその価値を認めてもらうこともないかもしれない。
それでも妻がいてくれるなら俺は幸せだ。
道端に転がる石の傍に咲く、逞しいたんぽぽ。
俺はそのたんぽぽがいつまでも咲いていることを願っている。