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眠れない夜に①(短編集 2010~)

たんぽぽ

作者: 裃 左右

妻はたんぽぽのように逞しい女だ。


夫である俺が単身赴任しているのにも関わらず、きちんと子育てをしている。


一方、俺は目立たないような人間だ。

昔からろくに目立ったことがない。

せいぜい、習字のコンテストで一回だけ銅賞をとったことぐらいだ。


実際のところ、今の妻と結婚できたのも奇跡みたいなもんだ。

付き合っていた頃は、デートのたびに赤くなってくれたもんだが今じゃ見る影もない。

たぶん、冷静になったんだろう。

俺はそのへんの道端に転がっている石ころみたいなもんだ。


真面目さと、周囲を見渡してフォローする部分だけが評価され、仕事じゃそこそこの立場にいるが目立ちはしていないだろう。

そんな誰かの目に止まらないような俺でも、誰にも譲れない大切なものがある。


それは家族だ。


妻や子供たちの声や姿、それが俺に生きる力や仕事を頑張る活力を与えてくれる。

でも、今は本当にそれが不足して辛い。


毎日、夜になったら寂しくて泣いている。

目覚めるたびに、週末までの日数を数えながら、ため息をついている。



出来るなら、毎晩自宅に電話したい!


一人、夜に布団の中で泣きながら、妻や子供たちの声を聞きたいのを我慢してさえいる。

電話で毎日声を聞けるなら、離れていてもきっと頑張れる。

そう思ったから出張したのに。


だが、実際に毎日毎晩電話したら、妻に怒られてしまった。

とうとう着信拒否までされている。


その後、折り返し電話は帰ってくるけど、用事がない場合なんか事務的で冷たい。

声が聞きたかっただけなのに……。



それでも週末だけは自宅に帰って家族の顔を見れるので、それだけが楽しみだ。

昼は弁当で節約し、外食を控え。


夜に飲みに行くこともなく、お金をなるべく節約している。

節約しないと、週末に自宅に帰る金がなくなるからな。

おかげで職場の連中には、付き合いが悪いと言われるけど仕方ない。

だって、俺には家族がいるんだから!


だいたい自宅に帰ると、妻と子供をドライブがてら遊びに連れていく。

内心は、たまには家族とのんびり家で過ごしたいのだけど、それも我慢している。

家でゴロゴロしていたら、「ろくに家にいないのに、子供を遊びに連れてきもしない」と責められるからだ。


トイレ掃除とかを手伝ったらそうも言われないのだが、それはできれば遠慮したい。

毎週、自宅にトイレ掃除しに帰るのかと思うと悲しすぎるし。

でも、俺は仕事の疲れも我慢して頑張るのだ!


妻と子どもの笑顔のために!



しかしだ、こうして一人で毎日食事を食べていると悲しくなる。


朝はおにぎり、インスタントの味噌汁、それに野菜ジュース。


昼は、冷凍食品だけを詰め込んだ毎日同じメニューの弁当。

子供の頃から、好きなオカズが食べれるのは嬉しいけど。


夜は缶詰と、インスタントの味噌汁、あとタイムセールで安くなったお惣菜。


毎日、ほとんど変わらんメニューだ。

家に帰った時くらい、手作りのオカズが食べたい。

でも、妻は外食に連れてけとせがむ。


「たまには、貴方の手料理が食べたいな」


なんて言ってくれるのも嬉しいけど、俺はお前の料理が食べたい。

でも、それも我慢する!


食事時の唯一の癒しは、冷凍食品に応援メッセージのおみくじがついていることだ。

きんぴらごぼうを食べると、毎日違うメッセージがついてくる。


「あなたのがんばりを、私は知ってるよ」


なんてメッセージが出てきた時には、俺は本当にひとりじゃないんだと嬉しくなった。



週末がようやくきて、また家族に会いに行ける嬉しい。

……先に電話を掛けようかな。

もちろん拒否されているので出てもらえないが、空いた時間に電話を入れてくれるはずだ。


ほら、きた!


「わたしだけど、わざわざ電話入れてどうかした?」


ここで「これから帰る」とだけ言うと、「大して用事もないのに」と冷たくされる。

だから、こう言うようにしている。


「今から帰るけどね、何か必要なものはあるかい? ケーキでも買って帰ろうか?」


こういうと少しだけ優しくしてくれるのだ。


「あら、じゃ今子供たちに食べたいケーキ、聞いてみるわね。 二人ともきなさい、お父さんがケーキ買ってくれるって!」


「えっ、ほんとっ!」


ああ、幸せな時間だ。

俺の1日のお小遣い、500円くらいだけど全然ケーキくらい頑張れる。


電話を切って、ほくほくとした気分で電車に乗る。


俺は道端に転がる石のように、その辺にいくらでもいそうなつまらない男だ。

決して人生の主役になれもしないし、誰かにその価値を認めてもらうこともないかもしれない。

それでも妻がいてくれるなら俺は幸せだ。


道端に転がる石の傍に咲く、逞しいたんぽぽ。

俺はそのたんぽぽがいつまでも咲いていることを願っている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 転がる石というテーマはネガティブに捕われがちになると思いますが、それを覆させられたようにも感じました。 しっかり尻にしかれる旦那さんですけど、健気ですよね。結局、最後まで付き合いが残るのっ…
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