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Part 02 巫女と依頼とベルの思い

「雪姫を守れ? どういう事だ、鷹槍?」

 鷹槍の言葉からただならぬ何かを感じ取ったベルが尋ねる。

「それはこれから話す。話を聞いてからでいいから、ユキのぼでぇ、があど? ……ああもう、身辺警護を引き受けちゃくれないか? もちろん金なら言い値で払わせてもらう」

「ボディーガード」という言葉に慣れていないのか、途中で言い方を変えて、鷹槍はベルに頼んだ。

「タカさん!?」

 思いがけない発言をした鷹槍に賀川が食ってかかった。しかし鷹槍は彼を制して諭すように言った。

「いいか賀川の。この嬢ちゃん、絶対に口は固い。秘密を知ったら許しが出ない限り絶対に墓場まで持っていくくらいだ。俺にはわかる。あの目を見ればな」

「……タカさんが、そう言うなら」

 賀川も納得した所で、鷹槍は切り出した。

「そもそもユキは、ウチの本当の娘じゃねえ。ちょいと反則技を使ってウチに養子縁組させたんだ」

「ああ、そこはゆうべ雪姫から聞いている。何やら訳ありのようだが……して、雪姫は本当はどこの家の子なのだ?」

 ベルの疑問に鷹槍は言いにくそうに答えた。

「……雪姫の本当の名字は、『宵乃宮しょうのみや』と言うんだ」

「しょうの、みや? あの子は確か『よいのみや』と名乗っていたはずだが……?」

 確かめるようにベルは口の中でその名を呟く。

「ああ。ある事情で彼女は名字を変えているんだ。実は彼女の家系は『人柱』の家系で、代々不可思議な力を持つとされているんだ」

 賀川が補足説明をする。

「……人柱?」

 ベルの目に険しい色が宿る。鷹槍は頷き、続ける。

「ここからは、俺達が独自に集めた情報に憶測が入る。だから正確な所はわからないという前提で聞いてくれ」

 息を継ぎ、鷹槍は語り始めた。




「その昔、神を舞い降ろし、美しく、神秘的な容姿からで「神に愛されし白き巫女」って呼ばれてた女がいたんだ。

 そいつは先代の巫女と神の間に生まれたとも噂されたが、確証はない。ただ、その巫女は今まで巫女と呼ばれていた女とは比べものにならないほど、不思議な力を宿していたらしい」

 今の雪姫に、人が讃えるほど不思議な力をベルは感じなかった。

 だが、ベルの超感覚は彼女の変わった雰囲気、そして風呂で感じた「水」を操る力、何よりその容姿が近い事から雪姫がその末裔だと察した。

 さらに鷹槍の言葉は続く。

「だがよ、いつしか彼女は神を降ろせなくなっていた。

 神を降ろせぬ巫女に用はないと、人は巫女を神への当て付けに犯しやがった」

「…………」

「その巫女もよ、恨むならまだしも、嘆き悲しみながらそれでも人を思う心を捨てられず、神がいるっていう滝へ身投げしたんだ。それがきっかけで、土地や人は救われて、人々は巫女に敬意を取り戻し、彼女を「人柱」と称し、讃えたんだとさ。まったく、けったくその悪い話だ」


(……自分勝手だな、人間というものは)


 鷹槍の言葉を聞きながら、ベルは冷めた感情を抱いていた。そして、心の中で冷笑する。

(利用できるモノはさんざん利用するだけ利用しておいて、使えなくなったらゴミのように扱う。そしてまた利用価値が見出せたら持ち上げた上で使い倒す……か。くふふ、まさに『人間らしい』な)

 過去にベルは天界から地上界で行われた人柱の儀式を何度も見てきた。

 飢餓、貧困、疫病など、多くの天災を神の怒りと捉え、それを止めるために人々は同胞の命を神に捧げてきた。単なる人間、何かしらの異能を持つ者――様々な者が人柱となった。

 民のために犠牲となる事を喜ぶ者、死にたくないと嘆く者、すでに諦めに満ちた表情でそれを受け入れる者。人柱として選ばれた者には様々な者がいた。

 しかし、いずれもベルはその因習を「無価値」と断じていた。

 いくら「神」のために人柱を捧げようと、何も変わらないからだ。ただ、無益な血が流れ、命が消えるだけ。

 あらゆる事象はヒトの命程度で覆せるものではないのだ。




「ところがよ、この話はまだ終わっちゃいねえんだ」

 鷹槍の話は続く。

「人はいつしかその巫女の家系を「人柱」として密かに立て、てめえの都合のいいように使うようになった。それが、俺達が調べだした「宵乃宮」と名乗る集団だ。

 そして、奴らがとった巫女を「人柱」にする最良にして最悪な方法……それは、愛を育ませ、その相手の命を奪った悲しみで埋める事。その悲しみが深ければ深いほど良い『柱』となったらしい。

 いつしか巫女を含めて「宵乃宮」を名乗った一族はそんな反吐がでるような事を涼しい顔をしてやってやがった。

 だが、第二次大戦中に「人柱」が多量に必要となり、連中は命を繋いでいくシステムから、哀しみだけを宿した乙女の命や男子すらも巫として使い、その果てに終戦頃にはほぼ全滅した」




 鷹槍が語り終えた後、道場には長い沈黙が訪れた。やがて、ベルがそれを破った。

「……愛を育ませ、その相手の命を奪った悲しみで埋める? その悲しみが深ければ深いほど良い『柱』になる? ふん、実に胸の悪くなる話だ。さて、だいたいの事情はわかった。で、その宵乃宮という連中は何が目的なんだ? そして、あの子との関連は?」

 鷹槍から語られた、巫女と宵乃宮の悲しくもおぞましい歴史を聞き終えたベルが尋ねる。

「宵乃宮は巫女を差し出す事で、この国の中枢にコネを持っていたんだ。だが、まともな巫女を擁せなくなったために戦後すぐ切り捨てられ、弾圧された。だが、宵乃宮はまだ潰えちゃいねえ。その力の復権と、自分達を弾圧した者達への復讐のために優秀な人柱を求めている」

「……」

 ベルは静かに鷹槍の話を聞いている。

「その候補にユキの母親も含まれていた。秋姫あきひめっていうんだが、彼女も巫女だった。それがどういう因果か俺の息子――刀流とおると出会って、子を産んだ……それが、ユキかもしれないんだ」

「かもしれない、とは?」

 ベルの追求に鷹槍は重い口を開いた。

「……たぶんアキヒメさんは刀流以外の男と関係を持たされたと思う。だから、ユキがアキヒメさんと刀流の子供だと断言できねえんだ。でも、俺は二人の子供であって欲しい。そうでなきゃ、二人が何の為に出会ったかわからねぇ」

「……!」

 ベルの目が驚愕に見開かれる。

「……そういう事だったのか。それで、今その二人は?」

 ベルの疑問に鷹槍は力なく首を横に振るだけだった。

「そう、か……」

「そして、宵乃宮の血を引くユキは、その『人柱』の力故に、それを利用しようとする者、またはよしとしない者に狙われている。事実、あいつは何回かそういった連中に襲われた事がある。この前は、看護婦に扮していた奴にある薬を打たれたんだ」

「薬?」

 ベルが眉をひそめる。

「その薬は、巫女に飲ませるか注射で接種させると良くて狂い、悪くて死ぬシロモノだ。まあ、あの時は運良く効かなかったんだがな」

 軽く頭をかきながら鷹槍が呟く。その一方で、ベルは釈然としない苛立ちを浮かべていた。

 人柱を捧げたければいくらでも捧げるがいい。そう思っていた――つい先程までは。

 ベルは「人柱」という言葉に静かな憤りを覚えた。いや、正確に言えばその人柱が「雪姫」になるかもしれないという事に、憤りを覚えていたのかもしれない。

(……何故、ベルはあの子が人柱になるかもしれないという事に苛立ちを覚えている? この感覚、一体なんなんだ……?)

 そんなベルをよそに、鷹槍は話を続ける。

「ユキの奴は俺達とはちょっと違う次元を生きてやがる。だが、本人は気付いているのかいないのか」

「確かにな」

 鷹槍の言葉にベルが苦笑する。昨夜からのやりとりで、彼女にその自覚はないという事ははっきりとわかっていた。

「箱の中に入れて、鎖をつけて、二四時間監視下に置けば良いと思うだろうが、そんな人生誰も望まない。それに自分の為に回りが生活を崩すのも望まない、そうだろ? ベル嬢ちゃん」

「ああ、そんな窮屈なのは嫌だな」

 ベルが首肯する。

「俺に、あの子がどれだけの力があるのかなんてさっぱりわからねえ。だけどよ、どこの誰だか知らねえ、自分勝手な都合のために一人の娘の人生を犠牲にするなんて俺は許せねえ」

「ああ、それにはベルも同意する」

 間髪入れずにベルが力強く発言する。その言葉に鷹槍と賀川は驚いたようにベルを見た。そしてベルは幾分か語調を弱めて、二の句を継いだ。

「――人柱をいくら奉ろうと、世界は、現実は好転しない」

 静かだが、重みを感じさせるベルの言葉が道場に響く。俯き気味の顔だったため鷹槍達には見えなかったが、ベルの双眸は紅い輝きを宿していた。

 ややあって、鷹槍がゆっくりと口を開いた。

「だから出来るだけ俺達は俺達の生活を崩さない範囲で、彼女の側を守っているんだが。そこでベル嬢ちゃん、お前さん、相当腕が立つと来た……」

「皆まで言うな」

 ベルさんはにやりと笑い、サムズアップしてみせる。

「言われずとも、このベルがユキの側にいる限り彼女を全力で守ろう……あの風呂でのテクニック、そういう事か。誰かが悪用するなど許せん」

「「?」」

 鷹槍と賀川は同時に首を傾げた。やがて、一つ咳払いをし、鷹槍が話を戻した。

「え、えーと、ベル嬢ちゃん。報酬の事だが、一体いくら欲しい? 頼れるのは嬢ちゃんだけなんだ。ユキを守れるなら、はした金くらい安い……」

「――タダでいい」

 鷹槍の言葉を遮り、ベルは言い切った。目を丸くする鷹槍と賀川に、ベルは静かに語り始めた。

「ベルは奇妙な縁あってこの家にたどり着いた。そして、宿を提供してもらった縁もある。そして、心の温かさ、お前達が雪姫を守りたいという思いに深く感銘した。それに雪姫とは既に友であり、妹でもある。それは、金で買えるような安っぽいものではない。だから、ベルはその思いに応える義務がある。よって、報酬は既にもらっているも同然だ」

「ベル嬢ちゃん……」

 言葉を震わせる鷹槍に、ベルはふっと微笑む。だが、すぐに表情を引き締め、疑問を口にした。

「ところで、先程言っていた『頼りになるのはベルだけ』とはどういう意味だ? 賀川も相当腕が立つだろうに」

 ベルの指摘に、鷹槍と賀川は何か言いにくそうな表情をした。

「……あー、その事なんだけど」

 賀川はしばし逡巡した後、申し訳なさそうに告げた。

「俺も運送の休みを縫って、ユキさんの側にいるようにしているんだけど、今月二十五日の夕方五時頃にうろなを離れるから。ユキさんをよろしく頼むね」

 その言葉にベルは眉をひそめる。

「ん? どこに行くのだ?」

「海外へ、期間は二週間くらいかな?」

 賀川の答えに、鷹槍が反応した。

「賀川の、海外とは言うなと言っただろうがよ。ベル嬢ちゃん、ユキには隣の県に会社の研修に行くと言ってある」

「海外に居たのはおおっぴらにしたくないのはありますが、まあ、俺がどこにいようと、ユキさんは気にしませんって。まあ場所が場所だから……」

「……何故だ?」

 低い声でベルが尋ねる。

「こいつ、海外で過去にトラブルがあったんだ。ユキもそれを知っている。だから気を揉ませないように……」

 すると、ベルは説明する鷹槍の言葉を遮り、口を開いた。

「違う、賀川だ。何故、お前はどこにいようと雪姫が気にしないなどというのだ?」

 すると賀川は自嘲するような笑みを浮かべ、答えた。

「本当の事だよ。ユキさんにとって俺は空気以下。いてもいなくても変わらない」

「…………そう、か」

 賀川の言葉に、ベルは先程とは違う苛立ちを覚えた。雪姫は賀川の事を特別な存在として見ているのに当の本人はそれを真っ向から否定している事に。

「なあベル嬢ちゃん、一つ聞いていいか?」

 鷹槍はいったん言葉を切り、ベルに尋ねた。

「……この際ベル嬢ちゃんが何者かどうかは聞かねえ。さっきの組み手で見せた動きといい、お前さん、一体どれくらいの場数を踏んできたんだ?」

 鷹槍の問いに、ベルは遠くを見るような目をして答えた。

「もう数え切れないぐらい、だな。徒手空拳、それから派生した様々な武術、刀剣、銃火器などと様々なものを相手にしてきた。そして、今まで生き残ってきた」

 ベルの言った事は嘘ではない。堕天使特有の超人的な身体能力や超感覚、堕天使達との戦闘訓練、天使達との戦闘、そして天使と堕天使の軍勢による最終戦争といった豊富な経験に裏打ちされた確かなものだ。

 その言葉と表情から察したのか、鷹槍はわかった、と一言呟く。そして賀川と顔を見合わせ、頷き合い――


「ユキの事、よろしく頼む」

「よろしく、お願いします」


 そう言って鷹槍と賀川は深く頭を下げた。ベルは静かな口調で答えた。

「顔を上げてくれ、二人共」

 その声に、二人は顔を上げた。その時、二人の目にはベルが奇妙な威厳を纏った姿が映っていた。


「このベル・イグニス、宵乃宮雪姫の剣となり、盾となる事をここに誓おう」


 ベルは威厳に満ちた口調で宣言した。




 この後三人は基礎練習をして、空手の型取りをした。ベルもあれから鷹槍と組み手を行った。

 鷹槍や賀川の動きから、ベルは二人もいくつもの修羅場をかいくぐってきた事を察した。

 構え、足運びや呼吸の中にあるものが素人のそれとは明らかに違っている。

 それに触発されたベルもいくつかの型を披露し、鷹槍がそれを興味深そうに学んでいた。

 その後、鍛錬も終わって解散となった時だった。

「鷹槍、すまないが席を外してくれないか? 少し賀川と話がしたい」

 ベルが、不意に鷹槍へ声をかけた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 巫女と宵乃宮の伝承、賀川さん、タカさん、お借りしております。

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