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Part 04 北の森の死闘

 ベル達が北の森で分体の群れと死闘を繰り広げている頃――

 雪姫は前田家の離れで何かに取り憑かれたかのようにキャンバスへ向き合い、一心不乱に筆を振るっていた。

 雪姫が向き合うそのキャンバスには、ベルの肖像画が描かれていた。描きかけの絵の中に佇むベルは穏やかな笑みを湛えている。その精巧さは息を飲むほどで、まるで今にも絵の中から抜け出してきそうな錯覚を見る者に与える。

 そしてまた、雪姫の手によって絵に紅が加えられた。

 紅。それは真紅。

 炎を司る彼女を象徴する真紅が、キャンバスの大半を彩っている。

「ベル姉様……」

 出会いはどこにでもあるような些細なきっかけだった。だがその出会いが彼女に与えたものはとても大きく、今やその存在はかけがえのないものとなっていた。

 真紅の髪、瞳、ドレス、小柄な姿からは信じられないほど老成した精神と、気高く、炎のように熱い意志。

 命をかけて自分の命を蝕んでいた元凶を断ち、救ってくれた彼女の正体が神に反旗を翻した堕天使だと明かされた時も驚きこそあったが、むしろより一層彼女に対する尊敬の念が深まった。

 そんな姉であるベルが今夜、捜し物を手にするためにリズや猫夜叉を伴って出かけると聞かされた時、雪姫は胸騒ぎが止まらなかった。まるでベルが彼女の元に戻ってこないような気がしてならなかったのだ。

 そしてその不安は時間が経つごとに強まっていく。

「ベル姉様、リズちゃん、無白花ちゃん、斬無斗君……どうか、無事に戻ってきてください……」

 祈るように呟き、雪姫はキャンバスに紅を重ねていく――。




 ベルの振るった炎の爪が、また分体を八つ裂きにした。

 爪にこびりついた分体の残滓を炎で焼き払い、ベルは次の敵に向き合う。

「ちっ、キリがないな」

 苛立ちを滲ませた口調でベルが呟く。

「もー、どれだけ涌いてくるんスか~!?」

 リズも敵の攻撃を掻い潜りながら炎の爪を振るい、分体を焼き尽くしていく。猫夜叉の二人も手にした刃を振るい、敵を斬り裂いていく。

「一体どれだけいるんだよぉ、さっきから凄まじい数で攻めてきてるよぉ」

 溜息混じりの声で斬無斗がぼやく。側に立つ無白花の顔にも少し疲労の色が現れていた。

 その時、森の奥からさらに大勢の分体が押し寄せてきた。

「わうーっ、またいっぱい来たっスよ~!」

 リズが悲鳴じみた声を上げる。その側でベルは即座に魔力を喚起し、常人には聞き取れない速度の詠唱を開始した。

 だが、詠唱を進めながらベルは自分の中で今までに感じた事のない大きな力が渦巻いているのを感じていた。

(何だ、この力は……!? ……まずい、このままでは制御しきれない……!)

 ベルの中で高まった魔力が暴発する直前、咄嗟に彼女は力の流れをコントロールして強大な魔力の解放を中断、代わりにドレスの袖に魔力を集中させ、巨大な火球(フレアショット)を放つ。放たれた火球は敵の中心に着弾、小爆発を起こす。<分体>の集団は瞬時に消し炭となったが森への延焼は防がれた。

「ど、どうしたんスか、先輩!? 今の魔力、一瞬だけどかなり強かったっスよ!」

 側にいたリズから慌てた声がかかる。

「こんな森の中でそんなに強い火炎魔術を使ったら、あっという間に大火事になるっスよ!」

「……すまない。一瞬だが、魔力のコントロールができなくなっていた。よくわからないが、今のベルには今までにない力が宿っているようだ」

 両手を下ろした後、ベルはリズに向き直った。するとリズは真剣な表情で言葉を続ける。

「……よくわかんないっスけど、今の先輩の力はここで使うためのものじゃない気がするんス。何て言うか、そう。もっと大事な時に使わないといけない気がしてならないっス」

「リズ……?」

 ベルが何か言いかけようとした時、さらに分体達が押し寄せてきた。するとリズは決意を固めたような表情で叫んだ。

「先輩! ここは私達に任せて先に行ってくださいっス!」

「何を言う! ベルもここに残って戦う!」

「いや、リズの言う通りだよ。ベルは先に行った方がいいよ」

「斬無斗、お前まで何を……!」

 すると、無白花が強い口調で割り込んだ。

「ベル、私達にもよくわからないが、今のあなたには水羽の、そして雪姫の力が分け与えられてるんだろう? だからその力は一番大切な時に使わなければいけない。違うか?」

 その言葉にベルはとうとう何も言い返す事ができず、従うしかなかった。少しの間の後、ベルは決然とした表情で頷いた。

「……わかった。すまないがここは任せる。だが、敢えて言っておく。死ぬなよ!」

 その言葉に三人は強く頷いた。

「大丈夫っス! 先輩、勝利を祈ってるっス!」

「私達にはまだ使命がある。こんな所で倒れるわけにはいかない!」

「心配無用だよぉ」

 三者三様の答えを聞き、ベルは微笑むと全身に力を漲らせ、森の奥へと駆けだした。

 それを追って分体達が彼女に襲いかかろうとする。だが――

「絶対、行かせないっスよ!」

 一声吠え、リズは魔力を解放する。巨大な炎がリズの体を包み込み、やがて炎が吹き散らされた時、そこには背中から烏の翼を生やし、三つ首の猟犬の如き姿をした黒き獣が立っていた。体にまとわりつく炎が消えるよりも速く、三つの首から矢継ぎ早に火球が放たれ、正確に分体達を焼いていく。

 その横で無白花と斬無斗が唖然とした様子でそれを見つめていた。

「リズ……だよな?」

 無白花がおそるおそるといった様子で尋ねる。すると黒き獣は首の一つを向け、頷いてみせた。

『ああ、二人にはこの姿を初めて見せるっスね。この姿は私のもう一つの姿っス。見た目は凄い事になっているっスけど、中身は私のままなんで安心してほしいっス!』

 リズの言葉に二人は頷いた。それを見たリズは改めて敵の群れを見据え、高らかに吠える。

『さあ』『これで』『五対一っスよ!』

 その気高き咆哮に分体達は恐れ慄き、数歩後ずさった。それを見たリズは威厳を感じさせる足取りで前へ進み出る。

『生き残るために!』

『温かく、優しいこの町のために!』

『先輩と、大切な友達のために!』

 三つ首の獣が誓いを立て、その両脇に刃を構え、瞳に強い光を宿した猫夜叉達が進み出る。


『『『さあ化物ども、かかってきやがれっス!!』』』


 己を鼓舞し、敵を威圧する雄叫びが夜の森に響き渡った。




 分体の相手をリズと猫夜叉に任せたベルは必死に森を駆け抜け、北の森の奥深くに存在する、滝の流れる洞窟にたどり着いていた。

 以前雪姫を救出するために死闘を繰り広げたこの洞窟だが、今は洞窟の奥から異様な気配が溢れ出していた。ベルはいつ何が起きてもいいように慎重に洞窟を進む。

(確かに、異様な気配はこの奥から感じる。だが、この気配……ベルは以前に感じた事がある……だが、まさか……何やらおぞましい予感がする……)

 思考を巡らせながら歩いていると、やがて以前に見かけた滝壺に出た。ベルは意識を集中し、気配を辿る。すると、彼女の超感覚に嫌悪感を抱かせる気配が引っかかった。

「……間違いない。例の気配はここからする」

 確信したベルは炎の翼を展開し、滝壷へ飛んだ。しばらく滝壺の上を旋回し、周囲を探る。

(この気配……ベルがつい最近感じた二つの気配(・・・・・)が入り交じったような感じがする。まさか……)

 ベルが気配の正体を掴みかけたその時、水の中から黒い槍のようなものがベルめがけて伸びてきた。ベルは即座に空中で身を翻してそれを回避する。獲物を逃した黒い何かはあっと言う間に水の中へと引き戻されていった。

『久しいな、堕天使』

 その時、水の中からおぞましい声が響いた。その声にベルの体に緊張が走り、瞳が驚愕に見開かれる。

 まさか。そんな馬鹿な。

 心に焦りを生じさせつつも、ベルは即座に戦闘態勢を取り、魔力を巡らせる。

 その時、「それ」が水の中から姿を現した。

 ベルの眼前には、以前冴の肉体と心を乗っ取り、その生命力を奪って己が糧とし、過去の因縁から雪姫の命を狙い、彼女に危害を加えた悪魔(・・)がそこにいた。

「アラストールッ!」

 ベルは怒りと敵意の咆哮を上げた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃん、名前だけですが水羽さん、冴さん、

銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 無白花ちゃん、斬無斗君、お借りいたしました!

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