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Part 03 仲介人 

 夜の町を駆け抜ける事しばらく。四人は森の入り口にさしかかっていた。

「着いたっスね! さあ、ちゃっちゃと終わらせるっスよ!」

 いつもと変わらぬ口調でリズが森に向かって駆け出そうとした時、ベルは森の奥からただならぬ気配を感じ取った。

「――待て、リズ!」

 ベルの鋭い声がかかり、リズは前のめりになりながらも動きを止めた。

「どうしたんスか、先輩?」

 首を傾げるリズ。しかしベルは視線を森の奥に向け、身構えている。

「何か、いる」

「そうだねぇ……近付いてくるよ」

 森の奥から近付いてくる気配を感じ取ったのか、無白花と斬無斗も身構える。

 そこでようやくリズもただならぬ気配を感じ取ったのか、慌ててベル達の元へ戻った。そして、鼻をひくつかせ、訝しげに呟く。

「……何なんスか、この臭い? 人のようで、人でないような……まるで、水羽様が喋っている時の雪姫ちゃんみたいな感じがするっス」

 呟きながら、リズは先日の事を思い出していた。雪姫の体を借りて現れた神・闇御津羽――水羽は神々しい力の気配と、雪姫とは似て非なる神秘的な香りを纏っていた。そして、森の奥から近付いてくる気配もまた、雪姫(水羽)と近い香りを纏っていた事に驚いていた。

「出てくるぞ」

 いよいよ強くなってきた気配に、ベルは体内を巡る魔力を練り上げ、即座に攻撃できる体勢をとっていた。リズ、無白花、斬無斗も腰を軽く下ろし、すぐに行動できる体勢をとった。その時――


「皆さん、ちょっと待ってください」


 緊張した空気に似つかわしくない、柔和でいて、かつよく通る声が森の奥から響いた。すると、人型のシルエットが気配を感じさせない足取りで近付いてくる。

 やがて、その姿が露わになった。

 夜の闇にもかかわらず映える黒髪が風に揺れ、その顔に柔和な笑みを浮かべ、眼鏡をかけた一人の青年が立っていた。

「……誰だ、お前は」

 ベルが警戒心を露わにしながら尋ねる。すると青年は柔和な笑みを崩す事なく答えた。

闇御津羽(くらみづは)……いえ、今は水羽でしたね。彼女の導きの下、『捜し物』を手にするために森の奥へと向かうのですね」

「だとすれば、どうなんだ。そしてお前は誰だと聞いている。答えろ」

 警戒心を露わにし、疑問を投げかけるベル。すると青年は柔和な笑みを浮かべたままベルに視線を向け、じっくりと値踏みするように見つめた。ややあって、彼は納得したように頷いた。

「そうですか。貴女が命懸けで巫女を守ってくれた堕天使ですね。水羽から貴女の話を聞いていましたが……なるほど、確かに炎を思わせる鮮烈な紅、そして幼い容姿からは想像もつかない強い魔力と意志を感じます」

「……幼いは余計だ」

「それは失礼いたしました」

 言葉を交わしながらも、ベルは目の前の青年と自分が持つ魔力が激しく共鳴しているのを感じていた。ふと視線を横に向けると、リズもそわそわしている。おそらく、ベルと同じように自分が持つ魔力が共鳴している事に戸惑っているのだろう。

(こいつが持っているのは、炎の魔力……それもかなり強力なものだ……そして何よりもこの男から感じる気配、水羽と似ている……まさか、こいつも……!)

 すると、心の内を読んだように彼は頷いた。

「お察しの通り、私も水羽と同じ、『神』と呼ばれる存在であり、彼女の『兄』にあたる者です」

 その言葉にベルは眉をぴくりとさせた。

「まさか……お前が水羽の言っていた『兄』……なのか? あいつ、『兄』に話を通すとは言っていたが……」

「え? 水羽様にお兄さんがいたんスか? そして、この人が? いや、人じゃなかったっス……でも、人でもあるような……うーん」

 リズがうんうん唸っているのをよそに、青年は頷いた。

「ああ、申し遅れました。私の名は篠生(しのぶ)(まこと)。そして、神としての名は、火之迦具土神(ひのかぐつち)

「ひの、かぐつち……」

 ベルがその名を呟く。すると火之迦具土神は猫の様に目を糸のように細め、森を見やった。

「急いだ方が良いですね。今は私の結界で敵を押さえ込んでいます。が、申し訳ないが今、私は戦う事は出来ないのです。私が動く時はすべてを燃やし、死の灰を降らせることになるでしょうから……」

 彼の言う「すべて」は敵だけではなく、この森も、町も、人も含めてという事を指している事をベルは感じ取った。もしこの作戦に失敗し、結界が破られ、敵が溢れだしたなら、この町ごと焼き尽くす気なのだろう。「神」は等しい、故にソレは敵にも味方にも……そう言う特殊な考え方に多少は慣れているベルだったが、額に汗が浮かぶのを感じた。

「それしか、方法がないというのか……?」

 呟くベルに火之迦具土神は頷いた。

「ですから、仲介屋として働かせていただいています。この町を火の海にさせないでいただけますか?」

「そんなの、当たり前っス! 私がこの町に来てまだ一週間とちょっとスけど、私の好きなうろな町が死の町になってしまうのは絶対にダメっス!」

 リズが首をブンブンと横に振る。

「ベルもリズと同意見だ。この町に来てベルは多くの人間と出会い、その心の温かさを知る事ができた。優しく、温かい輝きに満ちたこの町を滅ぼさせるなどという事は、絶対にあってはならない。そのためにも、あの本は必ずベル達が止める」

 ベルも力強い口調で答える。

「わかりました。それでは、僅かな間ですが結界に穴を開けますので皆さんはそこを通って元凶を止めてください。ただし、皆さんが通り抜けた後は結界を閉じます。その穴を通って敵が這い出してきてはいけませんからね。次に結界を解除するのは、皆さんが戻ってきた時か……皆さんが敗れて結界を突破された時です」

「ああ。しかし、後者はありえないな。何故ならベル達は必ず無事に戻ってくるからだ。そうだろう、皆?」

 振り返ったベルの問いかけにリズと猫夜叉達は頷いた。それを見たベルは軽く頷いた後、火之迦具土神に向き直った。

「それに、ベル達にはそれぞれ違いはあれど、『守りたいもの』がある。そのためにもベル達は必ず帰らなければならないのだ」

 幼女のような姿からは想像もつかないほどの強い意志と威厳ある態度に火之迦具土神は思わず感嘆の息を漏らし、そして大きく頷いた。

「お願いしますよ。その意志と覚悟に加護を。それではこれより、結界を解きます。皆さん、どうかご武運を」

 そう言うと火之迦具土神は森の奥に向けて手をかざす。すると、その先の空間が僅かに歪んだ後、目に見えない壁が取り払われたのをベルは感じ取った。

「行くぞ、皆。ベルの、そしてお前達の守りたいもののために今夜、ケリをつける!」

 力強いベルの言葉に一同は頷き、そして闇が支配する森の奥へと駆け出した。その場に残された火之迦具土神は、結界が開いた隙に外へ溢れようとした小さな黒い物を無造作に踏みつけた。タバコの火を消す様に無造作に踏みにじると、ジュッと音を立てて何事もなかったかのように霧散する。そのまま彼はしばしその場に佇んでいたが、やがてそっと口を開いた。


「……頼みましたよ、堕天使さん、猫夜叉さん。ココにある災厄をすべてまとめて仲介したので大変とは思いますが、どうか、この町へ手を下す事が無きよう守ってください。我々と、巫女が愛するこの町を。そして、あなた達にとって大切なものの所に無事帰る事ができますように――」


 それだけ呟くと、彼の姿はフッとその場からかき消えた。




(守りたいもの、か)

 戦闘に立ち、森を駆け抜けながらベルはそんな事を考えていた。

 かつての自分には、守りたいものなど存在しなかった。人間を見下し、「無価値」だと断じていた。だが、一人の青年との出会いが自分を変えたと、彼女ははっきりと自覚していた。

 自分を殺し、弱者という立場に貶められた時は「彼」に対して殺意しかなかった。しかし今では「彼」と友好的な関係を築き、以前はあまり積極的に関わらなかった同胞達とも仲良くやっている。そして何よりも、人間を見る目が変わったと感じていた。以前は見下していた人間が、今ではひとりひとり個性があり、興味深いものへと変わっていったのだ。

(……そもそも、あいつや他の堕天使と出会い、付き合う事がなければ、このうろなという町に来る事もなく、そして雪姫に出会う事もなかっただろう。感謝するぞ、この出会いに!)

 苦しい境遇にあるにもかかわらず、精一杯生きる少女。うろなを愛し、彼女もまたうろなに欠かせない人物となっている少女。ベルを「姉様」と呼び慕ってくれる少女。うろな町にはそんな彼女を慕う者が多く、ベルもいつの間にか彼女に惹きこまれてしまっていたのだ。

(そうだ。ベルが守らなくては。ベルを慕い、命まで救ってくれたあの子を。そして、あの子が愛したこの町を、ベルがまとめて守ってみせる……!)

 その決意がベルの全身に力を漲らせ、無意識の内に火の粉を周囲に散らしていた。




 結界を抜けたベル達はさらに森の奥へと足を踏み入れていた。彼女達の感覚ではもう少しで滝に着くだろうという時、不意にリズが立ち止まり、警戒するかのような唸り声を発し始めた。

「どうした、リズ?」

 するとリズは姿勢を低くし、両腕を獣の腕に変化させつつ呟いた。

「先輩、やばいっス。あの時よりももっと嫌な臭いがするっスよ……! ドブ川の臭いを発酵させて、その中に硫黄を放り込んだものに、何て言うか……そう、死の臭いを混ぜ合わせたような、今までで一番嫌な臭いっス……!」

 凄まじい嫌悪感に表情に歪めるリズ。直後、四方八方からおぞましい気配が迫ってくるのをベルは感じ取った。

「囲まれてる」

「そうだね」

 無白花や斬無斗が忍ばせていた短刀を構えながら呟く。程なくして、木や草の影からぞろぞろと何者かが現れた。その姿にベルは目を丸くした。

「分体……?」

 ベルが呟く。だが彼女の眼前に立つ姿は以前のものとは大きくかけ離れていた。

 それはまるで、腕が異様に長い、タールまみれになったマネキンだった。中には棒のような物を持っている個体までいる。そして何よりも、それから放たれる気配はおぞましく、生きとし生けるもの全てに嫌悪感を与えるほどの負の念を放っていた。

「――進化したという事か」

 一人ごちつつ、ベルは両手に火球を生み出した。

「皆、一気に突破するぞ!」

 ベルが叫ぶと同時に火球を正面に向け投擲する。それが、戦いの合図だった。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 篠生さん(火之迦具土神)、名前だけですが雪姫ちゃん、水羽さん、

銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 無白花ちゃん、斬無斗君、お借りいたしました!

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