Part 12 宴の夜
葉子と冴によってもみくちゃにされた末、風呂から上がったリズは真っ白に燃え尽きていた。
「燃え尽きたっス……真っ白に……」
「風呂で燃え尽きたのか? おかしな話だな。それに、黒から白って、凄まじいイメチェンじゃないか」
「わうわう~……」
ベルが笑いながらリズをからかっていた時――
「みんな! お待ちどうさま!」
葉子と冴が山のような料理を持って離れへやってきた。
山のようなご飯と豊富な料理がテーブルに所狭しと並ぶ様を見て、ベル達は息を飲んだ。
錦糸卵やエビ、ホタテなどで飾られたひじき入りご飯、ウナギがたっぷり載った、豪華に彩られたひつまぶし。ホウレン草やアルファルファなどのスプラウト、ブロッコリーなどの野菜とワカメをはじめとする海藻の上にマグロやカツオ、ブリやサケなどの刺身を乗せた、色鮮やかなカルパッチョ。
あさりやシジミやなどの貝がたくさん入った香り豊かなクラムチャウダー、それからこれも匂いが良い豚や鳥などレバーのオイスターソース炒め。
パリッと揚げたゴボウやチーズなど、手で摘まめるようにしてある簡単の一皿もあれば、生クリームを添えた大豆で作ったふんわりパウンドケーキに、小豆入りバニラアイスまで。
葉子が存分に腕を振るったフルコースに、三人は感嘆の声を上げるしかなかった。食い意地の張っているリズはともかく、体力、気力、魔力とあらゆるエネルギーを限界以上に消費したベルも、口の中に唾液が溢れるのを止める事ができなかった。
「豆類にレバー、牛乳に乳製品、卵、うなぎにひじき、お刺身や貝に海藻……栄養素的に和食な感じの食材が多かったけど。少し洋風、中華な感じも取り入れてみたわ。こんなメニューでよかったかしら?」
葉子が尋ねる。その問いにベル達がにっこりと笑うと、彼女はホッとした顔をした。
「これは凄いな!」
「美味しそうっス!」
「わーい。久しぶりに食べられそうな気がします。アイスは一度冷凍庫に入れてー……」
それから三人は食器を並べたり、ジュースの用意をし、そして宴の準備は整った。
「皆で楽しんでね。足りなければ追加で作るから、早く言って」
「ばいばーい。そのときは、はこんでくるから」
葉子と冴は三人に飲み物と携帯電話を渡し、足りない時は携帯で注文して、と母屋へ戻っていった。どうやら母屋の夕食も同じメニューらしいが、葉子達は気を利かせてベル達だけで楽しめるよう配慮してくれたらしい。
「雪姫が元気になった事に」
「先輩と雪姫ちゃんが無事だった事に!」
「みんなが、生きていてくれている事に」
「「「乾杯!」」」
皆でジュースのカップを盛大に打ち鳴らし、ジュースをあおる。特に雪姫は心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「メニューは葉子が?」
「そうっス。ベル先輩が言った栄養素を聞いて、『じゃ、これを買ってきなさい』ってメモをくれて、後は何も理由も聞かず拵えてくれたっス」
「ありがたいな。おお、こうして食べている間にも、血が出来ていくのがわかる気がするぞ。雪姫も美味しいか」
「はい。結構食べられてます」
和やかに談笑しながら食べ進める三人だが、ベルとリズが食べる勢いは凄まじいものだった。食べ終えるその都度山盛りにするが、あっと言う間に飲み込まれていく。
雪姫はその様子を目を丸くしながら見ていたが、それでも自分の皿に盛られた料理を確実に食べ終えていく。
すると、マグロの刺身を食べたベルが神妙に頷いた。
「うん。この刺身、うまいぞ。ほら雪姫、あーん」
そう言ってベルは刺身を差し出す。すると雪姫はパクッと食いつき、そして嬉しそうに笑った。するとそれを見ていたリズがきゃんきゃんと吠えた。
「ずるいっス。先輩、私にもしてくれて良いと思うっス」
「だっ……何かお前とは恥ずかしい」
「何でっスか!」
「じゃあ、リズちゃん、私からはーい」
「ん、美味し~っス。ユキちゃんマジ天使。あの男には勿体無いっス」
すると、その言葉を聞いた雪姫の動きが固まり、二人をじっと見つめた。そして、思い切ったように尋ねた。
「あの……『堕天使』って、何ですか?」
二人は目配せをして少し考えた後、覚悟を決めた。二人にしてみれば、堕天使の力を振るった時から覚悟はしていた。そして、雪姫に拒絶されるかもしれないという凄まじい不安があった。
そして、ベルは意を決して口を開いた。
「……私達は、とある空間の『天使』と呼ばれる存在だったのだ。それからまあ色々あってだな、神に従わない天使となった。それが私達『堕天使』という存在だ」
「私達は堕天使のほんの一部なんスけどね」
努めて明るく振る舞うリズだが、その表情は固いものだった。
「……ベル達は、人間ではない。神に牙を剥き、その果てにヒトを、世界を滅ぼした大罪人だ」
自嘲したように笑い、ベルは口をつぐんだ。側にいたリズは今にも泣き出しそうな様子だ。
重い沈黙が部屋を包む。だが、それを破ったのは雪姫だった。
「……やっぱり天使の親戚なんですね?」
「「…………え?」」
全く予想外の反応をし、興味津々といった様子で尋ねてくる雪姫に、二人は唖然としてしまった。
「いや、その……」
「つまり変身少女みたいなものですよね! せ、背中に翼が出るんですか? 見せて下さい!」
雪姫が表情を輝かせつつ二人に迫る。するとその勢いに押されてしまったのか、リズが溜息をついた。
「しょ、しょうがないっスねぇ。雪姫ちゃんの頼みとあらば……変……身ッ!」
リズが集中し、魔力を解放する。直後、その体が炎に包まれ、その中から昨夜の戦いで見せた、漆黒の毛を持ち、背中からカラスの翼が生えた魔犬が現れた。ただ、その大きさは以前のように五メートルもなく、普通の大型犬ほどの大きさになっていた。
雪姫は間近で見るその魁偉な姿におっかなびっくりしながらも、その頭を一つずつ撫でていく。撫でられる度、リズは喉の奥から気持ちよさそうな声を漏らした。
『私の名はナベリウス。ソロモン七二柱が一柱、序列二四位を戴く堕天使っス! 本当はもっと大きいんスけど、部屋に合せたサイズだとこのくらいっスかね』
中央の首が誇らしげな口調で自己紹介する。
「うわーリズちゃん、可愛いーーカッコイイ!」
『か、可愛いっスか?』
雪姫の言葉にリズは照れたのか、頭を下げ、尻尾をぱたぱたと振る。その橙色の瞳に涙はなく、いつもの明るい輝きが宿っていた。
その一方で、ベルは酷く驚いていた。そして、思い切って尋ねた。
「……リズ、お前、そんなコンパクトな姿になれたのか?」
すると三つ首の魔犬の姿をとっているリズは三つの首で一斉に頷いた。
『はい、水羽様が力を分けてくれたおかげで』
『魔力の制御が上手くできるようになって』
『ご覧のように、ここまでコンパクトな姿になる事ができるようになったっス!』
三つの首で器用に言葉を話すリズ。それを見たベルの中で、何かが吹っ切れた。そして、くふふと笑うと魔力を解放した。
「ベリアル。それがベルの真名だ」
言い終えるや否やベルの体が激しい炎に包まれ、ピンク色のパジャマ姿からいつもの真紅のゴスドレスへ変化する。彼女から噴き出した激しい炎は部屋の中いっぱいに広がるがリズや雪姫、部屋の中を焼いたりはしなかった。
「ベル先輩――ベリアル先輩はソロモン七二柱が一員で六八位の序列を戴く堕天使、そして七大罪「憤怒」の称号を持つ堕天使っスよ! 簡単に言うと、堕天使達の中でもとーっても偉く、強い方っス!」
リズが誇らしげな口調で説明する。
「…………ベル姉様は翼がないんですか?」
雪姫が疑問と期待を含んだ顔で尋ねると、ベルはふっと息を吐き、照れたように言った。
「堕天使に翼が生えているとは限らないのだがな、ベルはこんな事もできるぞ?」
ベルは魔力を調節し、脳裏に翼のイメージを描く。すると、ざわっと炎が揺れ、彼女の背中から火の鳥を思わせる炎の翼が生えて、火の粉を散らした。
「凄いです、二人共……」
雪姫は純粋な驚きと尊敬を込めた瞳で、目の前で起きている奇跡に見入っていた。
ところがしばらくすると、ベルとリズは慌てて姿を元に戻したかと思いきや、凄まじい勢いで、手当たり次第に食べ始めた。
「うーーーー体力回復させるっスーー」
「しまった、血液が、血が足りん……調子乗り過ぎた……」
それもそのはず。ただでさえ魔力を消費していたというのに調子に乗って魔力を解放した結果がこのざまである。
先程とは比べものにならない速さで食べ物をかき込む堕天使達。食べ物がなくなる度に葉子や冴に運んできてもらうが、そのペースの速さに二人は唖然としていた。
「だ、大丈夫なの二人共? そんなにがっついて食べると胃が受け付けないわよ?」
「大丈夫っスよ葉子さん! 私達、エネルギー効率がいいんで!」
「ふたりとも、またなのー? たべすぎだよー」
「いいじゃないか、今日は無礼講だ……ああ、冴、感謝するぞ」
「ひっ!? ごごごごめんなさいっ!」
ベルが冴から皿を受け取るや否や、冴は涙目になって部屋から逃げてしまった。
「あらあら。冴ちゃんには私から言っておくわね。また何かあったら呼んでちょうだいね」
困ったような笑顔を浮かべ、葉子は部屋を後にした。
「失礼な奴め。ちょっと目を抉ってやろうかと脅しただけじゃないか」
「それ、充分っスよ」
唇を尖らせるベルに、リズが苦笑しながら言う。
「それでも悪魔と契約して襲ってきたのだから、骨があるって言えばあるのか。賀川の事がよほど好きなんだな」
ベルがそう呟いた時、雪姫が口を挟んだ。
「……二人が戦っていた冴お姉様に憑いていた『悪魔』、逃げちゃったんですよね」
当時の事を思い出したのだろうか、雪姫が沈痛な面持ちで呟く。すると、リズが明るい声で雪姫を励ました。
「でも、呪いの根源は絶ててよかったっス!」
「その通りだ。雪姫の命を蝕んでいた呪いの根源はベルが塵一つ残さず焼き尽くしてやった。もう、奴は未来永劫生まれ落ちる事すらない」
「私も、雪姫ちゃんから抜け出て逃げようとしていた黒い靄みたいな奴をとっ捕まえてバラバラに引き裂いてやったっス!」
「リズも怪我をしていたのに、本当によくやってくれた。感謝する」
ベルの言葉に、リズは真剣な表情で答えた。
「私は、雪姫ちゃんが傷付いていたのが耐えられなかったんス。そして、その元凶が雪姫ちゃんをなおも苦しめていたのが許せなかったんス。でも、本当に雪姫ちゃんが、先輩が無事に帰ってきてくれてよかったっス!」
すると、二人の会話を聞いていた雪姫は俯いてしまった。
「何だか……迷惑かけてばかり。『巫女』って言っても私は何もできないのに」
「そんなことないっスよ? ベル先輩と私を回復させてくれたのは雪姫ちゃんっス……」
リズの言葉に、ベルも神妙に頷いた。
「リズの言う通りだ。ベルが力尽きようとしていた時に、ベルはお前の声を聞いた。それがベルに力を与え、雪姫を助ける事ができたんだ。もう十分すぎるぐらいに、雪姫はよく頑張ったよ」
「回復? 声? ……それは『水羽』さん? の、おかげですよね?」
わからないと言いたげに雪姫は首を横に振る。するとリズは難しい顔をしながら、
「水羽様は治癒の力は『ちーと』ではない、巫女の命を削る、そして管理していると言っていたっス。たぶんそれは雪姫ちゃんが助けようとするヒトをいかに大切に思っているか、そんなのが基準じゃないかと思うっス」
「つまり、水羽が私達を癒してくれたのは、雪姫がいかにベル達を愛してくれているかの証明と言うわけだな」
言い終え、ベルは雪姫の肩にそっと手を置き、目をじっと見つめて諭すように言った。
「雪姫、お前は素晴らしい絵が描けて、皆に優しく、愛しむことが出来る。それだけで充分だ。あの悪魔がお前にまた牙を剥くなら、このベルがお前を守る」
「ベル姉様、もう危ない事は……」
するとベルは雪姫から目を逸らし、強い光を宿した真紅の瞳でどこか遠くを見ながら呟いた。
「……どちらにしても、あいつとは、またどこかで決着をつけねばいけない時が来る気がする」
ベルはその視線の先に、避けられぬ死闘を予感していた。
「先輩、本も探さないといけないっスよ」
リズの声にベルは頷いた。
「期限も間近だ、体力が回復次第、全力でかからねば」
「早く、体が良くなります様に。そして何事もありませんように」
雪姫は祈るように言うと、手にしていたチョーカーを怪我した左手の甲に巻きつけた。
それを見たベルも微笑み、同じようにチョーカーを自分の手の甲に巻き、雪姫の手に重ねる。そして、彼女の目を見つめ、諭すように言った。
「お前は人間だ、呪いが解けたからとて、堕天使の私達ほど急激に体調が治るわけでもない。左手も痛みも退くまで相応にかかるだろう。だから……雪姫はここで祈っていてくれ」
「はい」
雪姫は深く頷いた。その横にいるリズも気合十分といった様子だ。
「私もしっかり働くっス!」
「お願い、ベル姉様も、リズちゃんも怪我しないように」
雪姫はそれだけ呟き、そっと祈った。
それから、三人のテンションは夜が更けるのに比例して鰻登りになっていた。
「っと言うわけで、今日は食べて飲んで、楽しい話するっス!」
「そうだ、飲め!」
ベルが炭酸飲料の入ったコップを雪姫に突き出す。
「そんなにたくさん炭酸飲めませんよっ、ベル姉様っ」
「じゃあ、食べろ。しっかり体を治して、賀川の帰りを待つんだろう? 帰ってきたらキスでもしてやれ。奴にとっては挨拶なんだろう?」
すると、雪姫はボンッという音と共に顔を真っ赤にした。
「ちょ、恥ずかしいです。ベル姉様」
「あの男に雪姫ちゃんを任せていいんスか? 私は反対っス。ピアノってキザっス。生意気っス!」
「あ、ベル姉様の『彼』は楽器とか弾いたりしないんですか?」
すると、今度はベルが顔を真っ赤にする番だった。
「か、かかか彼だなんて照れるじゃないか……コホン、あいつは料理が得意でな……料理といえば、ベルの火が無くて困っていないといいが……」
「彼」という言葉にリズが即座に反応する。
「べ、『ベル姉様の彼』??????? 何っスか? 先輩、私に内緒で……二人共、リア充なんっスね!」
「リズ、お前もボーイフレンドの一人くらい作ったらどうだ? お前の容姿、性格共に男受けするだろうに」
「大丈夫っスよ先輩! 私は自然と旅、そして出会った人々みんなが友達っス!」
堂々と宣言するリズに、ベルと雪姫は顔を見合わせて苦笑いした。
それから三人は夜が更けるまで大いに食べ、飲み、たくさんの話をして笑い合い、楽しい時間を共有したのであった。
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃん、葉子さん、冴ちゃんを、
三衣 千月様 うろな天狗の仮面の秘密より 話題として役小角、前鬼、お借りいたしました!




