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Part 11 穏やかなる日常

 三人がしばらく無事を喜んでいたその時――。

「で、お前のおごりだろ?」

 唐突に発されたベルの一言でリズはハッと我に返った。

「え、割り勘って言ったっスよ! まあ大丈夫っス。葉子さんにお金はもらったっス!」

「リズ、貰ったって……」

 ベルが首を傾げる。

「タダで貰ったわけじゃないっスよ? 前に山のキノコや山菜、川で釣った鮎と交換したっス」

「い、いつの間に……」

「すっごいです! 鮎釣れるのですか?」

「そうっスよ! よかったら今度お教えするっスー!」

 雪姫の声にリズは嬉しそうに雪姫へ擦り寄る。彼女は微笑むとリズの頭を撫でる。リズは心底幸せそうに目を細める。

「本当に雪姫ちゃんは柔らかいっス!」

「えと、えっと。何かくすぐったいですけどっ!」

「で、先輩、何が食べたいっスか?」

 そう言った途端、ベルは考え込んだように、

「血は三分の二、だったか。血液を回復させるのには、タンパク、ビタミンB1、ビタミンB2……そしてシジミに造血作用があるそうだ。魚介類や豆も良いと聞いた……」

「誰に、何をっスか!」

 驚くリズに、ベルは一言一言を確かめ、呟くように答えた。

「………………水羽に、血を増やす食べ物だ」

「水羽様、ですか?」

 首を傾げたリズにベルは怪訝な表情を向けた。

「何で『様』付なんだ?」

「一応、神様みたいだったんで……」

 すると、ベルは雪姫に聞こえないように思念を飛ばした。

(何で堕天使なのに神に対して様付けしてるんだ、リズ?)

 すると、僅かな沈黙の後リズが思念を返してきた。

(……え? えーと、確かに私達堕天使は神に背いた存在っス。でもなんか、水羽様は神様って気がしないっていうか、まるで『さん』や『ちゃん』付けするような、友達のような感覚で『様』付けができるって言うか……うーん、それよりも水羽様に名前付けたのって先輩だったんスか?)

(ああ。何せあいつの名前は色々あるがいかんせん名前が長すぎて覚えられん。だからベルが名前の一つをもじって付けてやったのだが、えらく気に入られてな)

 その時、雪姫が口を挟んだ。

「水羽って誰ですか?」

 雪姫が尋ねると、二人は顔を見合わせ、雪姫を指差した。

「わ? お二人共、なんですか?」

 戸惑う雪姫に、ベルはそっと告げた。

「……雪姫、お前自身なのか、何なのか正確には解釈しかねるが、ヒト知れない力に助けられたのは間違いない」

 そこまでベルが言った時、離れの入り口から足音がした。三人が顔を向けると、鷹槍が顔を出した。

「おう、声がするが、起きたのか? ベル嬢ちゃん」

「ああ、おかげさまでな。迷惑と心配をかけてしまったな」

 微笑んで答えるベル。すると、リズはびくっと反応し、

「わ、私は葉子さんに何が良いか聞いて買い出しに行ってくるっス!」

 と、彼に会釈をして逃げるように飛び出していった。それを見た雪姫は頭を下げて謝罪した。

「タカおじ様! ごめんなさい」

「ん? ユキ、お前、いつの間にこっちへ来ていたんだ? と言うか、水羽じゃなくユキ、だな?」

「え、あ、はい?」

 雪姫は自分が誰なのか確かめるように尋ねられた事に戸惑っていたが、

「痛い……」

 手に負った傷が痛みだしたのか、雪姫は顔をしかめた。それを見た鷹槍は軽く息をつき、

「そうか。まあいい。だいたいはリズ嬢ちゃんに聞いたが。風呂に入れそうなら入っておけ、煤けているぞ。その後に居間に来い。ユキ、怪我が酷いから、左手は濡らすなよ」

 と告げ、その場を後にした。




 その後二人は鷹槍に言われた通り、風呂に入る事にした。その際ベルは雪姫の手を濡らさないよう、左手をビニールに包んだ。

 雪姫と二人きりで風呂に入るのはしばらくぶりの事だったので、二人の間には和やかな空気が流れていた。

 最初の時とは違い、雪姫も鼻歌交じりに服を脱いでいたが、相変わらずのプロポーションの良さにベルは絶句していたのはまた別の話である。

 そして二人は久々に互いの背中を流すことにした。

「しばらく不自由するな。水羽の奴、雪姫も治していってくれればいいモノを」

 そう言いつつ、ベルは雪姫の背中を流す。その傍ら、彼女は考えを巡らせていた。

(……だが、巫女の力が自分の命を削って他者を癒すというのだから、生命力を消費する自分自身を癒す事はできないのかもしれないな)

 そこでふと、ベルは改めて雪姫の首筋を見た。そこには、まるで傷などなかったかのように白い肌があった。それを見たベルは心の底から安堵した。

「本当に良かった。呪いが消えて……」

 と、ベルは心底安堵したかのように呟いた。すると、雪姫が尋ねた。

「難しいモノだったのですか?」

 ベルは言うべきか否か躊躇ったが、思い切って打ち明ける事にした。

「今だから言うが、お前には二つの呪いがかけられていた。一つは対象者をネガティブにさせる呪い、もう一つは徐々に生命力を奪う呪いだ。相乗効果で最悪な組み合わせとなる。本当に腹の立つ……それも通常は呪いをかけた奴を潰せば解けるモノだと言うのに、猫夜叉の二人が術者は『死んだ』と言うし、どうなる事かと思ったが。まさか『呪い』自体に自分の思念を残し、復活を図ろうとしていたとは……」

「あの老人や鬼が居た……あれは、ただの夢ではなかったのですね」

 雪姫は思い出すように湯船でプクプクと湯を泡立てながら考え込む。

「うーん、私にはわかりません」

 そう言う雪姫に、ベルは雪姫の隣に寄り添いつつ、湯船から手を出し、そっとその肩に手を回して優しく抱き締めた。

「雪姫はそのままで良いって事だろう。きっと時期が来ればわかる。今は無事を喜べばいい」

 ベルの優しい言葉に雪姫は深く頷いた。




「二人共、こっちだ」

 風呂から上がったベル達を、鷹槍が居間へ連れていく。そこには目の前で土瓶眼鏡をかけた中肉中背、髪が明らかに河童っぽい男が座っていた。よく見ると、彼の膝の上には寝息を立てている少女の姿があった。

「あーーーーベル嬢ちゃん、こいつは魚沼。一応弁護士だ」

 鷹槍が紹介する。ベルは男――魚沼に「ベルだ。ここで世話になっている」と自己紹介をし、頭を下げると雪姫に耳打ちした。

「あれはカッパと言う生き物なのか、それも子供を抱いているぞ。カッパは子煩悩なのか?」

 すると、雪姫は首を傾げた。

「カッパが子煩悩かは知りませんけれど、ぎょぎょのオジサマは優しい方ですよ? でもあの女の子は……あの、タカおじ様?」

 それを見た鷹槍がしたり顔で尋ねた。

「わかるか?」

「そんな、何でお姉様が小さいんですか?」

「何?」

 ベルは意味がわからず怪訝な声を返す。雪姫が自分の他に「姉様」と呼ぶのを一人しか知らないからだ。

 しかし、そこにいるのは小さな少女。だが雪姫は戸惑ったようでいて、確信を含んだ声をベルにかけた。

「ベル姉様、あの子、冴お姉様です」

 予想はあったが流石に堕天使であるベルも思わず、

「なにぃ」

 と、スーパーでサイヤチックなアニメの登場人物が上げるような上擦った声を上げてしまう。

 そこへ魚沼が補足説明をした。

「水羽というそれは『やり直すべきだから、小さくした』のだと言っていた」

「めちゃくちゃだな、あいつは……」

 ベルは驚き半分、呆れ半分といった声を上げる。よく見ると確かに、今の彼女はあの冴を幼くした姿そのものだった。決定的に違っていたのは、彼女の雰囲気。以前の冴はあらゆる負の感情を周囲に撒き散らしていたが、今の彼女からは優しく、無垢なる雰囲気が漂っている。

 ベルがもっと近くで見ようと近寄って行ったその時、パチッと冴の目が開いた。そして、二人の目が合った途端――

「き、」

「き?」


「きゃああああああああああああああっ!!!!!! 怖ぃっ、魚沼様ぁーー」


「と、突然何なんだっ!?」

 ベルは突然の絶叫に驚いて後ずさり、冴はぴゅんと魚沼の背後に隠れてしまった。そんな彼女に、魚沼は窘めるように言う。

「冴、失礼だぞ。挨拶をしなさい。それが礼儀と言うモノだ」

 すると冴は涙目になりながら、おずおずと挨拶した。

「ごめんなさい、私、ときさだ さえ、です。お姉さんはすっごい顔で爪伸ばしたお化けに似ていたの」

「……ベルだ」

 ベルは何とも言えない表情をしながら自己紹介する。

「ユキです。ベルお姉様は怖いヒトじゃないですよ? 冴おねえ……冴ちゃん」

 雪姫の声に、冴は多少安心したようだったが、ベルへの警戒心は解こうとしない。

「は、はい、ユキちゃん。ごめんなさいベルちゃん」

 すると、台所から葉子が声をかけた。

「冴ちゃん、こちらにいらっしゃい。料理教えるから」

「は、はい。じゃあまた遊んで下さいね、魚沼様」

「うぬ」

 冴は逃げるように部屋を飛び出していった。

「冴ちゃんって、会社のトップなんですよね?」

 雪姫が鷹槍に尋ねる。

「その辺はだいたい片付けて、後はバッタに任せてきた。法律上は……」

 そこへ魚沼が鷹槍の言葉を引き継いだ。

「権利など父親に戻したり引き継ぎいだりはあったが、さして問題ない。冴自身の筆跡で病気療養の届けなど出し、自分の融通が利く者を手配し、関係各所に抜かりなく本人が手を回していた。全く、知識はそこいらの大人以上だ。姿を見せなくていいならば、そのままでもやっていけるだろう。だが……」

「どうも賀川のが酷い目にあった事などは忘れて、攫われた辺りで記憶が止まっているようだ。冴ちゃんは暫くこの家に預かる。今、ココでどう過ごすかであの子の人生が変わるはず。今、あんな大人の私怨渦巻く所に置いていれば、また同じ人生を歩む、それだけは避けてやりたい。とにかく賀川のに会いたいようだ」

「でも、大きくなった賀川さんで納得するでしょうか?」

「その辺は奴が帰ってから、また考えよう。その間は葉子さんが相手をしてくれる。ユキも様子を見てやってくれ。ベル嬢ちゃんは……嫌われていた、な」

 その言葉にベルはニヤリと笑った。

「やり合った時の記憶が深層意識に焼き付いているのかもしれないな」

(あの時は雪姫に危害を加えようとしていたから容赦はしないつもりだったからな。まあ、さすがに大人げなかったかもしれないな)

 言葉の裏でベルがそんな事を考えていると、鷹槍が口を挟んだ。

「やり合った話は聞いたが。冴ちゃんに憑いたっていう、悪魔に対抗できるとはすげぇ力だ。ちょっと尾ひれ背びれが付いているとは思うが」

 半信半疑という感じの鷹槍の言葉にベルは胸を張って答えた。

「我々は『堕天使』だからな」

 その言葉に鷹槍は首を捻った。

「だ、だてんし? うーん……天使と堕天使の違いが解らんが。そんなの聞かされても、うちの大切なユキを守ってくれた、可愛い嬢ちゃん達って認識以上でも以下でもないがな。対価に魂とかいるならこの老いぼれのだけにしてくれよ。とにかく感謝する」

 鷹槍の言葉にベルは屈託のない笑みを浮かべた。

「はははっ、魂なんかに興味はないし、報酬は断ったはずだ。私は雪姫が守りたいと思い、その心に従ったまで。鷹槍達と意志が同じで、私達が一番近くに居たから行動に出て、戦ったまでだ」

「うぬ、素晴らしき戦士の心だ」

 魚沼が感心したその時、リズがぱたぱたと小走りでやってきた。

「今日の夕飯は葉子さんが三人分、離れに持って行けるようにしてくれるっス!」

 と、その後ろから追いかけてきた葉子が彼女の首根っこを掴んだ。

「ちょっとお待ちなさい、リズちゃん……!」

「何っスか!」

「何だか凄く汚れてるわ、風呂、入りなさい!」

「今、買い物前に山行って、ちゃんと川で入っ……」

 その言葉に、葉子の目がギラリと光った。

「かわぁ~ですって! ダメよ、即入りなさい! 冴ちゃん、手伝って」

「はーい」

「ひっ! そ、それはシャンプーするぞって事っスよね! せ、先輩、助けてっス!」

 ベルは捨てられた子犬のように自分を見つめるリズを見て、軽く溜息をついた。

「……逝ってこい」

「ひ、酷いっスーーわおーーん!」

 その後しばらく、風呂からは大きな水音と、葉子と冴の賑やかな声、リズの悲鳴が響いていた。

(……あいつ、風呂に入る特訓をした方がいいかもしれんな。あいつも女だからな。もう少し自分に気を遣うようにさせないといけないな)

 リズの悲鳴を聞きながら、ベルは苦笑いを浮かべていた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃん、タカさん、葉子さん、魚沼先生、冴さ……冴ちゃん、話題として水羽さん、抜田さん、お借りいたしました!

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