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Part 10 憤怒の「涙」

「う……?」

 窓から差し込む柔らかな陽の光に、ベルは目を覚ました。

 ベルは数度目をしばたいた後、周囲を見渡す。視界には、今やすっかり見慣れた前田家の離れ――雪姫の部屋が映っていた。

「……ん?」

 そこでベルは、自分がピンク色のパジャマを着て、雪姫のベッドに寝かされていた事に気付いた。即座にmakaiPhoneを取り出して時間を見ると、二十九日の午後一時過ぎだった。

「ここは……雪姫の部屋? どうしてベルはここにいる……? あれから、一体どうなったんだ……?」

 ベルがそこまで呟いた時、彼女の脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックした。

 突然行方不明になった雪姫。蝶の群れに誘われて森の奥へ向かうと巨木に開いた穴を見つけた事。その中で、悪魔――アラストールに取り憑かれた賀川の姉、冴と彼女に拘束されていた雪姫を見つけた事。そして、彼女との死闘。

 その末、冴から悪魔を祓ったのはいいが、その後に呪いが発動し、雪姫の心音が途絶えた。ベルは雪姫を助けるためにネジを使って自らを強化し、彼女の精神世界へ入った。

 そこで自分は呪いの根元――役小角を討ち滅ぼし、自分の力を振り絞って雪姫の生命力を回復させる事に成功した。

「……いや、それだけではなかった……ベルは……?」

 ベルが呟く。

 呪いを絶ち、現実世界へと帰還したベルを襲ったのは、冴との戦いで負ったダメージと、精神世界で戦った小角に負わされた精神へのダメージが一度に具現化した事による生命の危機。やがて自分は血の海に沈み、意識を手放し、そして――。

「そうだ……それよりも、雪姫は……?」

 そこでベルは我に返った。雪姫は? 命を懸けて救い出した「妹」は無事なのか? ベルの頭は雪姫の事でいっぱいだった。

「――雪姫! 雪姫!?」

 ベルは無我夢中で体を起こし、床に下りた。が、突然強烈な目眩に襲われ、倒れてしまった。

「……な、何だこれは……!? 体に力が入らん……!? 何故、立てない……!?」

 いくら床に手を突っ張って立ち上がろうとしても、体に力が入らない。その時――

「――先輩!?」

 離れのドアを勢い良く開け、黒髪の少女――リズが飛び込んできて彼女の体を支えた。その顔を見たベルは驚愕に目を見開いた。

「……り、リズ? お前、無事で……」

「先輩! 目が覚めたんっスね! よ、よかったっス! 今の先輩は血がごっそり抜けているから急に動いたらダメっスよ!」

 するとベルはリズに掴みかかり、その肩を激しく揺さぶりながら矢継ぎ早に問いかけた。

「雪姫は!? 雪姫はどうした!? あの後……ベルが倒れた後に一体何があった!? 答えろ、リズ! 答えろ!」

「せ、先輩……説明するっスから落ち着いて下さいっス……頭の中がミックスベジタブルになっちゃうっス~……」

 そして、お互いに冷静になったところでリズは語りだした。




 それは、ベルが血の海に沈んだ後の事。

 突然、今まで倒れていた雪姫が体を起こした。リズが即座に反応する。

「雪姫ちゃん!? 目を覚ましたんスね! 大丈夫っスか!? で、でも、今度は先輩がやばいんスよ! 早く……」

「お退きなさいな、りず」

「は、はいっ」

 反射的にリズは脇へ避けた。

 そして、雪姫は何事もなかったかのように立ち上がる。

 その時になって、リズは気が付いた。雪姫から感じる気が、雪姫本人の物とは格段に強く、異質である事に。

「ゆ、雪姫ちゃん……? い、いや、あんたは、『誰』なんっスか?」

 雪姫の異変を感じ取ったリズが警戒心を表し、じりじりと距離を詰めていく。しかし雪姫は「あら、あら、タイヘン……」と、リズに構う事なく、ベルの元へと歩み寄っていく。

「し、質問に答えろっス! っていうか、先輩に触るなっス!」

 リズが叫ぶや否や、雪姫の姿をした「誰か」に飛びかかろうとする。その刹那――


「――待て」


 雪姫の口から、凛とした声が発せられた。すると、リズは反射的にその場で恭しく膝を付いた。当の本人はこの事に酷く驚いていた。

(う、動けない!? ど、どうしてなんスか!? どうして私はこんな事を!? どうして、あいつの声に逆らえないんスか!?)

 そんなリズをよそに、「誰か」は驚いたような顔をした。

「あっ、本当に止まった。いい子ね、りず」

「誰か」はリズを誉め、頭をそっと撫でたかと思うと、服が血で汚れるのも構わずにベルの傍らへ跪いた。

「いい子ね、べる」

「誰か」はベルにそっと声をかけ、手をかざした。すると、ベルの体を淡い光が包み込んだかと思うとどくどくと流れていた血液がピタリと止まり、さらに体中に生じていた傷が映像を逆再生するかのように元通りに塞がっていく。

 光が収まった後には、ベルはすっかり元通りの状態になっていた。怪我を負っていた痕跡は全く残っていない。

「だ、堕天使の自己治癒力が戻ったんスか……?」

 呆然としながらリズが呟く。「誰か」は自分が握っている勾玉を見て、ベルの首に輝く勾玉に手を添えた。そして、その静かな輝きを見てクスリと笑った。

「だてんしも、ねこやしゃも、生き物だから基本は変わらないのね、ふーん」

 そう呟いた「誰か」に、リズはおそるおそる尋ねた。

「雪姫ちゃんじゃないっスよね」

 すると「誰か」はむっと唸ってリズに言い返した。

「ねえ、今、誰かって問題なの? 今すべきなのは、べるを治す事。たぶんね。ほら、いつまでそこで膝ついてるの? こっちへいらっしゃい」

「誰か」に言われてそこでようやくリズは自分の体が動かせる事に気付いた。ゆっくりと立ち上がってベルの側へ近付き、跪く。

「……先輩、傷は治ったのに目を覚まさないっスね……どうしてなんスか……えーと、誰かさん?」

 ベルの顔と雪姫の顔をおっかなびっくりといった様子で交互に見つつ、リズは雪姫の姿をした「誰か」に尋ねる。

 すると彼女は小首を傾げ、少し困ったような表情をした。

「……うーん、傷は治ったけど、力を使いすぎたから目が覚めないのね。しょうがないなぁ」

「誰か」はそう言って溜息をつくと、ベルの頭をそっと起こし、自らの顔を近付け――


 唇を、重ねた。




「――それから先輩の魔力が急激に回復して、私も傷を治してもらった上に、力を分けてもらってここまで無事に帰る事ができたんス。で、でも、まさかいきなりキスするとは思わなかったっス……はうぅ……見てた私も恥ずかしかったっスよ~……って、先輩、どうしたんスか?」

「……そうか。やはりあれは夢ではなかったのか……」

 リズの言葉にベルはがっくりと膝をつき、うなだれてしまった。

 彼女自身も、精神世界で雪姫に宿っていた神――自分が「水羽」と名付けた者と口付けを交わした時の事を思い出し、あまりの気恥ずかしさにその顔を髪と同じくらい真っ赤にしていた。

「ま、まあまあ落ち着いて下さいっス先輩。それから私は先輩達を連れて帰り、先輩をここまで運んで着替えさせた後、タカさん達に今までの出来事を包み隠さず話したんス」

「……そうか。色々と苦労をかけてしまったな、リズ」

「いえいえー♪ みんな生きて帰ってこれたからよかったっスー!」

 ベルが労うかのようにリズの頭をポンポンと撫でる。その時、ベルは思い出したかのように声を上げた。

「リズ! 雪姫は!? 雪姫は大丈夫なのか!? 今あの子はどこにいる!?」

「せ、先輩! 落ち着いて下さいっス! 雪姫ちゃんなら――」

 ベルの凄まじい剣幕にリズが圧倒されていたその時――


「おっはよー! べるー! りずー!」


 突然入り口の戸が開かれ、雪姫が底抜けに明るい声を上げながら離れに入ってきた。だが、その雰囲気はどこか浮き世離れしたものがあった。

 右手を見ると、丁寧に包帯が巻かれている。どうやら家に帰ってからきちんとした処置を受けたらしい。

「うわあっ!?」「きゃんっ!?」

 突然雪姫が現れた事に、ベルとリズは同時に飛び上がらんばかりに驚いた。だが雪姫はそれに構う事なくベルの側へ近付き、その顔を覗き込んだ。その表情は無邪気な少女のものだった。

「……うんうん、もうだいぶぐあいはよくなったみたいね。よかったよかった♪ でも、血がごっそり抜けてるからしっかりほじゅうしてねー」

 そこまで言うと、突然雪姫は驚いたように目を丸くした。

「……………………あ、れ? おはようございます、ベル姉様、リズちゃん……って、今は何時ですかね?」

 と、慌てて飛び退きながら雪姫が尋ねた。すると、何故自分がここにいるのかわからないようで、戸惑ったようにきょろきょろと辺りを見回す。

「あれ? 私、賀川さんの部屋で寝ていた気がしたのです……」

 その姿を見ていたベルは自分の体が震え出している事に気付いた。そして、無意識の内に体が動き、彼女に抱きつき、その胸に顔を埋めた。

「……ぁ……べ、ベル姉様?」

 突然の事に雪姫は驚き、目を白黒させつつもベルをそっと抱き締める。

「ゆ、雪姫……本当に雪姫だよな? ああ、このボリュームと柔らかさは間違いなく雪姫だ」

「どこで確認してるんっスか!」

 雪姫の胸に顔を埋めるベルにリズがツッコむが、ベルは気にした様子もなく、顔を埋め続けている。

「く、くすぐったいです、あれ? ベル姉様?」

「怪我は? ああ、手、痛くないか……」

 そしてベルは雪姫の服を引き下げ、首筋を確認し、安堵の笑みを浮かべた。

「……よかった、消えている……」

 禍々しさを感じさせていた首筋の傷が消えた事に、ベルは震えが止まらなかった。そして、何故かはわからないが体が震え、目の奥がとても熱くなっていくのを感じていた。

 すると、雪姫がその頬にそっと触れ、

「べ、ベル姉様、泣かないで下さい。私はもう大丈夫です」

「泣く? 誰が? ……ベルが、か?」

 ベルが目元を指で拭うと、そこには煌めく一筋の滴があった。

(……ベルが……泣いている……? 今まで泣いた事などなかったベルが……涙を流している……?)

 ベルは自分が涙を流している事に驚きつつ、言葉にできない嬉しさを噛み締めていた。

(……そうか……ベルも、誰かのために『泣ける』のだな……泣ける事が、こんなにも嬉しいとは……)

 すると、リズが嬉しそうな声を上げた。

「あおーん! ベル先輩も雪姫ちゃんも無事でよかったっス。一時はどうなるかと思ったっスよ。でも先輩も雪姫ちゃんも信じてい……先、ぱ……?」

 そこで突然、ベルが雪姫とリズを力一杯抱き寄せた。彼女の行動に二人は目を丸くする。

「二人共、無事でよかった。ベルは……嬉しいのだ」

 ポロポロと涙をこぼしながら、ベルは心の底から嬉しそうな声を上げた。それがきっかけになったのか、雪姫も涙ながらに謝罪した。

「私の不注意で、連れて行かれたりしてごめんなさい」

「ちゃんと声をかける様に言ったのに、この妹は心配をかける……何だ、雪姫もリズも泣いて……」

 いつの間にか涙を流していたリズは泣きながら笑った。

「はは、先輩もヒトの事言えないっスよぉーー」

 いつの間にか三人は大いに泣き、笑いながら皆が無事である事を喜んでいた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃん、水羽さん、話題として冴さん、タカさん、

三衣 千月様 うろな天狗の仮面の秘密より 話題として役小角、お借りいたしました!

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