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Part 07 もう一つの解呪、紅白の雪【うろ夏の陣:裏】

 一方――。

「雪姫ちゃん、頑張れ……先輩が助けに行ってるスからね……絶対に、生きて帰ってきて……」

 リズは雪姫の冷たくなった手を握り、必死に励ましの声を送っていた。

 その時、リズは雪姫の鎖骨の辺りが青白く輝いている事に気付いた。

「……これは?」

 リズが見ると、そこには雪姫が首からぶら下げていた青い石――夜輝石が強い光を放っていた。その輝きはとても神秘的でいて力強く、リズも思わずそれに見入ってしまっていた。その時――。

(コ、コンナコトガ……アリエナイ……アリエナイ……)

 リズの超感覚に何やら凄まじく嫌な感じのする気配が反応した。

 すると雪姫の首筋から、何やら黒い影のようなものが抜け出てきて、そそくさと逃げようとしているのが見えた。それを見たリズの中で直感が告げる。

(こいつ、凄く嫌な感じがするっス!)

 すると、影とリズの目が合ったような気がした。すると――

(オオ……ココニチョウドイイ依リ代ガイルジャナイカ……)

 影は嬉しそうに呟くと、突然リズに覆い被さってきた。直後、リズに異変が起きた。いきなり彼女は体を傾がせ、呻き声を上げ始めた。

「……ぐぅっ!? や、やめろっス……! 私の中に入ってくるなっス……!」

 リズは地面を転がりながら必死に影を引きはがそうともがいている。彼女は今、自分の内部から人格を書き換えられるようなおぞましい感覚に必死に抗っていた。

(諦メロ。アノ巫女共々、俺ガ喰ラッテヤル)

「ううう……ゆ、きちゃん……!」

 だが、受けたダメージとアラストールの放った波動のせいで力が入らない。リズの意識がブラックアウトし始める。

 その時、リズの脳裏に何かのビジョンが映った。




 それは、どこか暗い穴ぐらのような場所。そこには、醜い老人と角を生やした若い男、そして巫女装束を纏い、額から赤い角を生やした雪姫がいた。そこでリズは、自分が離れた場所に立って目の前の光景を見つめている事に気が付いた。

(雪姫ちゃん!?)

 リズが驚いていると、老人が動いた。

『良い憑代を見付けたモノよ』

 老人が雪姫の左首筋に手を伸ばし、その細い喉を締め上げる。

 雪姫は凄まじい力で締め上げられているようで、さらにその手は淡く光っている事から焼け付くような痛みを与えられているらしい。雪姫が苦悶の表情を浮かべる。

『あ、熱いぃ、痛ぃです、小角様ぁ』

 老人は雪姫の訴えを無視し、しわがれた口から呪文が唱え、ただ一言、「耐えよ」と命じた。すると雪姫はその場で膝を折り、それに従った。

(これはまさか、猫夜叉の二人が言っていた、雪姫ちゃんが『鬼』になっていた時の記憶……!? あいつら、なんて酷い事を……!)

 リズには瞬き一つできずにその光景を見つめるしかできない。

 その視線の先で雪姫は涙を流していた。

『美しい鬼となれ。我に仕えよ』

 老人の言葉に雪姫は返事をしようとするが、口をパクパクとさせ、苦しみながらも笑う。そして、雪姫は気を失ったらしい。倒れる彼女の体を男が支えた。

『前鬼……まあよい』

 前鬼と呼ばれた男は老人と数度言葉を交わす。

『お主、呪いをかけたな』

 雪姫の首には蛇がとぐろを巻いたかのようにぐるりと黒い文字が浮かんでいた。そしてそれは白い肌に吸い込まれるように消えた。

『出過ぎた真似をして申し訳ありません』

『良い。ついでに強化しておいた。呪いは心に刻むもの。覚えておくがいい』

『は、御意に』

 老人と前鬼の会話を聞きながら、リズは怒りを燃え上がらせていた。

(あいつらが……あいつらが雪姫ちゃんに呪いをかけて苦しめていたんスね! 自分達の欲望のために雪姫ちゃんを苦しめ、さらに逃がれようとしたら殺すための呪いをかけるなんて……!)

 リズが諸悪の根元を睨みつける先で、二人はなおも会話を続けている。

『雪鬼は起き次第、たっぷり血の舞うおもちゃを与えておくがいい』

『かしこまりました』

『前鬼、雪鬼に今は手出し無用ぞ。今は、な』

 そう言い残し、老人は立ち去った。前鬼は頭を下げながら、手に抱きかかえた雪姫を見ている。

 すると、前鬼は雪姫の首筋に歯をあてがい、傷が塞がるまで血を啜り始める。舌を傷口に捻じ込み、治ろうとして肌が寄せる振動に恍惚とした表情を浮かべる前鬼。。

『今でも良いだろうに。体を犯す感覚はこの女をより穢し、猫夜叉に精神的ダメージを与えるだろうに……美味いな』

そして、己の食欲を満たした前鬼は雪姫を抱え、その場を後にした。

 そこでビジョンはかき消えた。

 リズは気付く。今、自分を侵食しようとしている影と、垣間見たビジョンの中で雪姫の血を舐めていた前鬼という男からの「匂い」が同じである事を。

 闇の中でリズの怒りが烈火の如く燃え上がる。

(……私を乗っ取るならともかく、雪姫ちゃんを自分にとって都合のいい道具のように扱って……)

 怒りのあまり、前進の毛が総立ち、彼女の周囲で火の粉が散る。


(――許さないっス! 雪姫ちゃんを……私の友達をここまで傷つけたあいつを、私は絶対に許さないっス!)


 そして、リズは魂の咆哮を上げた。




(ナ、ナンダ……!?)

 あと一歩でリズの意識を乗っ取る事ができるところまで漕ぎ着けた影――前鬼の思念は突然浸食が止まった事に驚愕した。その時――

「ガアアアアアアアアァッ!」

 今までピクリとも動かなかったリズが怒りの雄叫びを上げ、彼女の肉体を乗っ取ろうとしていた前鬼を体から追い出し、はね飛ばしたのだ。リズは引きはがした前鬼を肉食獣のような目で睨み、唸り声を漏らした。

(――こいつが、雪姫ちゃんを苦しめていた呪いの元凶……! こいつだけは、絶対に逃がしてはいけないっス!)

 決意するや否やリズは体を起こし、前鬼に飛びかかろうとする。しかし、冴とアラストールとの戦いで負ったダメージのせいでうまく体を動かす事ができない。その間にも影はリズから逃げるように離れていく。

 リズは喉の奥から唸り声を上げ、誰にともなく祈る。

(お願いっス……あと少しだけ動いてほしいっス、私の体……! 雪姫ちゃんの呪いに気付けなかった私にも、何かさせてほしいっス! だって、私は雪姫ちゃんの友達なんスから!)

 そして、リズは自らを奮い立たせるかのように高らかに吠えた。洞窟内に地獄の魔犬を思わせる声が響き渡る。そして、その咆哮に気圧されたかのように影の動きが止まる。直後、やけに軽やかな動作でリズは大きく飛び上がった。

(あと少しだけ……ほんの一欠片ほどの力を! 雪姫ちゃんを、大好きな私の『友達』を救うための力を……!)

 リズが念じると、右腕が獣のそれに変じ、爪が炎に包まれた。そして、腕を頭の後ろまで振り上げる。

(ヤメロ……ヤメロォォォッ!)

 影が必死に何かを訴えている気がしたが、リズには関係なかった。

 大切な友達を弄び、傷つけた報いを受けさせなくては!

 彼女の昂った感情がリズに更なる力を与えてくれる。


「悪! 霊! 退! 散!」


 叫び、リズは炎を纏った爪をありったけの力を込めて振り下ろした。


(――グゥゥゥオアァァァァァァァァッ…………!)


 身の毛もよだつような断末魔と共に、影はまるでボロ布のようにズタズタに引き裂かれ、そして断片は業火に包まれて跡形もなく消滅した。

 爪を振り下ろした姿勢のまま、リズは地面に落下した。落下による強い衝撃が全身を駆け抜け、リズは軽く喀血したが、その顔は達成感に満ちていた。

「……やった……やったっスよ……雪姫ちゃんを苦しめていた悪い奴は、私がやっつけたっスよ……先輩、雪姫ちゃん……!」

 呟き、リズはその場にくずおれた。




 そして、呪いのもう一つの元凶である役小角に憤怒の鉄槌を下したベルはその場に仰向けに倒れ込んでいた。

「……は、はは……やった……勝った……これで、雪姫は救われたんだ……ベルは、雪姫を、救えたんだ……」

 雪姫を救う事ができたという実感を噛みしめつつ、ベルは紅白の雪が降る神秘的な光景をただ眺めていた。

「綺麗、だな……」

 ベルがそう呟いた時、チョーカーにくっついている白い勾玉が光りだした。

「何だ……?」

 ベルは体に力を込めて上体を起こす。すると、光り輝く勾玉から一筋の白い光が伸びていく。

「雪姫……?」

 ベルが呟く。すると、闇の先から一筋の紅い光が伸び、白い光と絡み合った。その瞬間、ベルはこの光の先に雪姫がいると確信した。

「雪姫、待っていろ……今、姉が迎えに行くから……!」

 ベルは傷だらけの体を引きずりつつ、紅白の雪が降る中光の先へ歩きだした。




 どのくらい歩いたのだろう。ほんの数分かもしれないし、何時間も歩いたのかもしれない。ベルはただひたすらにチョーカーから放たれる紅と白の絡み合った線を辿り、歩き続けていた。もはや体に力は入っていない。気力だけが、ベルの体を動かしていた。

「雪姫……今、迎えに行くからな……ベルが、『姉』が、お前を迎えに……」

 ベルは半ば譫言のようにそれを繰り返し呟きながら、体を引きずるようにして歩き続けていた。

 すると、前方に待ち望んでいた人影を見つけた。側に近寄ると、そこにはその人影を避けるように積もった雪の輪の中心で横たわる少女――雪姫が穏やかな笑みを浮かべて眠っていた。

 その姿を見たベルは思わずクスリと笑う。

「……全く、こんな状況でもおねんねか? とんだお姫様だな」

 呆れた口調ではあったが、ベルはその体を優しい手つきでお姫様抱っこの形に抱き抱えた。そして、ただ一言、


「帰ろう、家へ……」


 ベルが笑顔でそう呼びかけた時、二人の体は柔らかい紅と白の入り交じった光に包まれた。そして、光が収まった時、そこには誰もいなかった。


 二人の消えた空間に、紅と白の雪が静かに降り注いでいた――。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃん、

三衣 千月様 うろな天狗の仮面の秘密より 役小角、前鬼、

小藍様 キラキラを探して〜うろな町散歩〜より 夜輝石をお借りいたしました!


これにて【うろ夏の陣:裏】決着です!

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