Part 06 Wrath of Bell【うろ夏の陣:裏】
※注意!※
今回の話には「過剰な暴力表現」が含まれています。
読まれる際には自己責任でお願いいたします。
「……む?」
倒れたベルを己の影に飲み込み終え、一安心した小角はその時、異常に気付いた。
暑い。辺りには寒々とした空気が漂っているのに、妙に暑く感じるのだ。
「……戦いで汗をかいたせいか……ぐっ!?」
小角が呟いたその時、さらなる異変が小角を襲った。
体が芯から燃えるように熱い。まるで、炎で炙られているかのように。熱に耐えつつ視線を向けると、そこには信じられない光景があった。
自分の影が、燃えている。
「……何だ、これは……!?」
影を焼かれる事は自分の身を焼かれるも同然。凄まじい熱に体を焼かれながらも、小角が呟く。
その時、燃え上がる影の中から「何か」が這い上がってきた。
「っ……!」
影から這い上がってきた「何か」を見た役小角は無意識のうちに数歩後ずさった。
直後、影が一際大きく燃え上がる。小角は炎から逃れようとするが、炎は凄まじい勢いで影を燃やしていく。そして、炎の中から「それ」が姿を現した。
そこには、極限まで凝縮された憤怒を宿したベルの姿があった。ツインテールはその怒りに呼応するかのようにゆらゆらと揺れ、双眸は悪魔のそれのようなぎらついた光を宿していた。
「き、貴様……何故あれだけの傷を負い、我が影から抜け出せた……!?」
小角の言葉は無意識のうちに震えていた。
「そ、れが……どう……した……っ!」
ベルは地獄の底から響くような恐ろしい声を上げつつ、小角を睨み付ける。
「こんなもの、あの子が受けた痛みや苦しみに比べたら、蚊に刺されたほども感じないぞ……!」
ベルの双眸から、血の涙が流れる。そして、ゆっくりと小角に向かって一歩を踏み出す。
「こ、こちらに来るな!」
小角は本能的な恐怖から、呪力の弾を一斉に放つ。それらはベルに殺到し、容赦なくその体を貫く。だがベルは全く怯む事なく一歩、また一歩と距離を詰めていく。その時、ベルがぽつりと呟いた。
「……何故だろうな。本来なら、お前ほどの相手を前にしていると心が弾むのに、全然嬉しくない。むしろ、ベルの心の中でどす黒いものが溜まりに溜まって、今にもベルの体を突き破りそうなんだ。こんな感覚、初めてだ」
さらに数歩、距離が詰まる。その距離、約二メートル。その時、ベルは不意に足を止め、誰にともなく呟いた。
「――そうか、やっとわかった。ベルは、お前があの子を利用し、その心を傷付け、死した後も呪いであの子を苦しめている事、そして何より、お前が存在している事が許せないんだ。だから――」
そして、ベルは魂からの叫びを放った。
「オマエヲ、コロス――!!」
直後、彼女に劇的な変化が訪れた。魂の奥底から凄まじい力がベルの全身を包み込んでいく。ベルは叫びながら湧き上がる力の奔流に身を任せる。
ベルの心からの怒りに呼応し、真紅のゴスドレスが見る見るうちに血の如き深紅に染まっていく。
怒りで燃え盛る炎のように激しく揺らめいていたツインテールはその形を変え、幾重にも分かれた悪魔の角のような形へ変わっていく。
背中からは地獄の炎を思わせる、昏く燃え上がる炎の翼が生え、カッと見開かれた双眸は白目と瞳孔の区別などない、ただ一色の紅と化していた。
そして、そこには正真正銘の「あかいあくま」が凄まじい怒りを撒き散らしながら立っていた。
「美しい……」
思わず小角が呟く。まさにそれは、役小角が雪姫に求めていた「鬼」の姿そのものであった。
修羅、羅刹、夜叉。彼女を形容するのに様々な言葉が役小角の脳裏に浮かぶ。
しかし、彼女はそのどれでもなかった。彼女はただ「堕天使」であったのだ。
小角の呟きを無視し、ベルは宣言した。
「本物の暴力を教えて殺る」
ベルがそう宣言した瞬間、その姿が消えた。
小角がそれを認識するよりも速く、ベルの顔がその眼前にあった。
その表情は、この世のものとは思えないほどの憤怒と憎悪、そして哀しみに彩られていた。そして――
「――目、耳、鼻」
ボソッと呟いたベルは目にも留まらぬ速さで爪を振るい、役小角の片目を抉り取り、片耳を削ぎ落とし、さらに強烈なストレートを放って鼻を陥没させた。ストレートを受けた小角の体が猛スピードで地面と水平に吹き飛ぶ。
「お前に絶望を刻み込むため、片目と片耳は残してやった。鼻? いらんだろ。だが、まだ足りない……!」
ベルは体勢を崩した小角に追い打ちをかける。
「お次は雪姫の唇を二度も奪った分だ……そんなにキスがしたければなぁ……」
ベルの拳が固く握られ、炎が宿る。
「拳のキスをくれてやる!」
言い放ち、ベルは右、左と強烈なストレートを叩き込んだ。
ワンテンポ遅れて叩き込まれた二つの拳は役小角の顔面にクリティカルヒットし、鼻があった場所を中心に大きく陥没し、さらに吹き飛ぶ。
「次はお前の五体にあらゆる痛みと苦しみを刻む……!」
言い捨て、ベルは吹き飛ぶ小角よりも速くその背後に回り込み、強烈なアッパーを見舞う。水平に吹き飛んでいた小角の体が今度は地面と垂直に、天に向かって吹き飛ぶ。
だが、ベルの憤怒はまだ収まらない。
ベルは高く飛び上がり、吹き飛ぶ小角の頭上まで回り込む。そして、頭を掴み、今度は勢いをつけて一気に急降下。そして轟音、地響き。
地面にクレーターが生じる程の凄まじい衝撃と共に、ベルが小角の体を頭から地面に叩きつけたのだ。この衝撃で小角の骨、内臓は文字通り木端微塵になっていた。
ベルは小角の頭を掴んでいた手を離すと、今度は目にも留まらぬ速度で拳、爪のラッシュを叩き込んでいく。見る見る内に小角の「肉体」が「肉塊」に変えられていく。飛び散る血や肉片はベルから放たれている凄まじい熱気によって即座に蒸発していく。それは、血の一滴すらも存在を否定されているような錯覚を小角に与え、彼はただ恐怖するだけだった。そして、誰もが目を覆いたくなるような所行をベルはただ無表情で行う。
それは最早、「虐殺」すら通り越した「解体」だった。
ベルは小角の右腕を無造作に掴み、一気に引き抜いた。耳を塞ぎたくなるような嫌な音と共に、筋肉と骨、神経が一斉に断裂する。
小角は筆舌に尽くし難い程の苦痛に絶叫しようとするが、できない。今までの攻撃で声帯と肺はとっくに破壊し尽くされている。
ベルは引き抜いた腕を瞬時に灰も残さず焼き尽くすと間髪入れずに左腕を引き抜き、焼き尽くす。さらに今度は両足に火球を撃ちこみ、即座に爆破。瞬く間に小角の体は四肢を奪われたできそこないの肉達磨へと変貌した。
「――仕上げだ」
ベルは小角の首を右手で掴み、魔力を解放した。<輻射獄炎>だ。だが、その威力は普段の何倍にまで引き上げられていた。小角の全身を、溶けた鉄を直接臓府に流し込まれたような凄まじい熱量が襲う。あっという間に小角の胴体は膨張し、爆発四散した。
最後に残ったのは最早、辛うじて形を留めている小角の頭部だけだった。ベルはそれを自分の目線の高さにまで持っていき、地獄の底から響くような声で尋ねた。
「……痛いか? 苦しいか? 死にたいか? あらゆるものを奪われた気分はどうだ? だが、こんなもので済むと思うんじゃないぞ、外道。あの子から奪ったものを奪い返し、お前には絶対たる喪失を与えてやる」
だが、小角は答える事ができない。最早頭部だけで意識を保っている事すらおぞましいほどの苦痛だった。だが人としての生を捨てた生命力と精神力は気絶する事はおろか、死ぬ事を許さない。するとベルはさらに目から血涙を溢れさせ、叫んだ。
「……あの子は本当に苦しんでいた! 全てを奪われ、その手で多くの命を、親友を傷つけた事に泣いていた! それを悔やみ、自ら命を絶とうとしてもできなかった! だから――」
ベルは小角の頭を掴む手に力を込めた。
「ベルはお前の魂を! 存在を! 輪廻すら奪って殺る!」
ベルの右腕が白く輝いていく。それに比例して、小角の頭にこの世のものとは思えないほどの超高熱が集約していく。それは、まさに地獄の業火のような熱さだった。そして小角は外部から頭部を握り潰され、内部からは超高熱によって蒸発していく。
砕かれ、消滅する直前、小角はベルの呟きを聞いた。
「……礼を言うぞ、役小角」
突然自分に対して礼を言うベルに、小角は消えゆく意識の中で驚愕した。ベルは静かに言葉を紡ぐ。
「誰かのために憤怒れるという事が、こんなに素晴らしい事だったとはな。お前には礼を言わなくてはいけない。そして――」
その瞬間、小角はベルと目が合った。
そこには、おぞましい消滅を迎える自分を見ても、無表情にして無感情を貫くベルの顔があった。
「永遠に、さようならだ。『無価値』なる者よ」
次の瞬間、小角の頭は粉砕され、一片も残さずに焼き尽くされた。
最早自分は、生きる事も、死ぬ事も許されぬか。
それが、半神半妖、役小角の最期だった。
小角を消滅させた瞬間、ベルの姿が元に戻った。血のような紅に染まっていた姿が、炎のような真紅へと戻る。ただ、右腕だけが白く輝いている。
「やったぞ、雪姫……お前を苦しめていた者は、ベルが、やっつけたぞ……」
息も絶え絶えといった様子で呟くベル。足がもつれて倒れそうになったが必死に踏み止まる。まだ自分にはやる事が残っている。それをやり遂げなくては。
「――さあ、最後の大仕事だ!」
ベルは力強く叫び、白く輝く右腕を高々と掲げて右腕に宿っている桁外れの魔力を全て<高揚の炎>として解き放つための詠唱を始める。
「――届け」
そして、雪姫への想いをその一言に乗せ、ベルは穏やかな口調で詠唱を終えた。
「――<高揚の炎>・『燦然たる夜明け』!」
叫ぶと同時に、右腕から解き放たれた膨大な魔力が小さな太陽のような球体となり、弾けた。
弾けた光の球体は辺りを覆い尽くさんばかりの温かな光となって雪姫の精神世界を、命を満たしていく。
すると、情景にも変化が現れた。降り注ぐ雪に、紅い雪が混じり始めたのだ。
それは、ベルの魔力と、彼女が雪姫を想う心が、雪姫の生命力と融合し始めた何よりの証。
精神世界から感じ取れる雪姫の生命力がどんどん力を取り戻していくのがベルにははっきりと感じ取れた。
そして、それと引き替えに右腕は輝きを失い、やがて元の腕に戻り、同時に、放たれていた光も収まった。
その瞬間、ベルの体から一気に力が抜けた。
「雪姫……」
雪の中に倒れる直前、その一言が雪姫の世界に響いた。
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 名前だけですが雪姫ちゃんを、
三衣 千月様 うろな天狗の仮面の秘密より 役小角を引き続きお借りしております!




