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Part 05 ただ少女のために【うろ夏の陣:裏】

 ベルと役小角が戦闘を開始してから数分が経過していた。

 小角は表情や言葉にこそ出さないが、焦っていた。

 目の前で炎を纏った爪を振るい、地獄の業火を放ち、そして何よりも凄まじい怒りを双眸に宿した真紅の少女に対して己の術がほとんど効かないのだ。

 金縛り、呪殺、式神。太古の時代より研鑽を重ねてきた己の術が通用しない事は彼に驚愕を与えると共に、彼のプライドを傷つけるものだった。

 よって役小角は手にした錫杖と、呪力の弾丸、極限まで強化した己の身体能力で彼女の相手をする事を強いられていた。

「貴様、何者」

 小角が問う。

「貴様に名乗る名はない!」

 ベルは激情のままに叫び、返礼とばかりに火球を放つ。

 だが一方、彼女の戦い方は普段とは全く異なっていた。

 普段のベルならば、相手を挑発して冷静さを奪い、そして距離に応じて炎を纏った伸縮自在の爪や炎の攻撃魔術で攻撃するのがベルのやり方だ。

 だが、今の彼女は違っていた。冷静な思考も、相手の心を抉る的確な挑発も、憎悪と憤怒というどす黒い炎に焼き尽くされていた。

 ただ怒りのままに、凶暴な獣の如く暴れ、普段の量の何倍にも匹敵する炎の矢と剣、槍を放ち、小角に襲いかかる。しかし小角は凄まじい体捌きで攻撃をかわし、隙を見つけては少しずつではあるがベルに攻撃を加えていく。だがベルは自分が傷つく事もまるで厭わず、自分の中に残っている力を限界まで引き出し、小角に立ち向かっていく。

(許せない……こいつだけは、絶対に許してはいけない……灰すら残さず、消し飛ばしてやる……!)

 己の身を焼き尽くさんばかりの炎を放ちながら、ベルはただひたすらに暴れる。

「小娘、何故お前はあの巫女にそこまで肩入れする? 何故、そこまで傷つきながら巫女を救おうとする? 見えるぞ、今のお前は肉体に大きな傷を受け、お前の中に残る力も僅かであろう? 下手をすれば自分が消滅するというのに」

 突如、小角が問いかけた。ベルの眉がピクリと動く。

「どうせあの巫女は、あのまま生かしておいても欲深いニンゲン達に利用され、最後には殺されるのだ。ならば、我がその力を使うのが良い方法ではないか?」

 すると、ベルは激昂しながら答える。

「何を言う! 結局はお前も、あの子を自分の欲望のために利用しようとしているだけだろう! もうあの子を、宵乃宮だとか、巫女だとか、そういうものから解放してやれ!」

 叫び、ベルは両手から火球が放つ。小角はそれを錫杖で切り払い、嘲笑する。

「くくく……あの娘は遅かれ早かれ巫女としての運命を全うする事になる。たとえ己自身がそれを知らず、また拒もうとも、抗う事など決して敵わぬのだ。所詮あの巫女は愚かなニンゲン共に利用されて早死にする。ならば我らのために力を尽くす方が長く生きる事ができる。それこそが、あの巫女にとって幸福なのだ!」

 その言葉に、ベルの中で切れてはいけない「何か」が切れた。

「……貴様……貴様ああぁっ!!」

 怒りのタガが外れたベルは今まで以上の勢いで火炎を放つ。

 上空から降り注ぐ火球は地面を穿ち、大穴を開ける。

 地面を薙ぎ払う火炎はまるで熱せられた大鎌のように大地を抉り、周囲を焼く。

 怒りの絶叫を上げ、自分の魂を削るほどの気迫で業火を放ち続ける今のベルの姿は、ただ目の前の敵を焼き尽くさんとする、一匹の悪魔だった。そこへ小角は嘲笑と共にベルを挑発する。

「……それに、あの娘の唇は本当に柔らかかったのう。そして、あの美貌に我が眷属も惚れておった。そうだ、我が現世に蘇りし時は抜け殻となった巫女の体に改めて鬼を降ろし、あやつの嫁とさせ、子を成させようかの」

「……あの子をこれ以上侮辱するな! この外道がっ!」

 ベルは怒りに我を忘れ、炎を纏った爪を構えて飛びかかる。しかし――

「戯けが」

 小角の口元に嘲りの笑みが浮かんだ。それを見たベルは一瞬冷静さを取り戻し、回避行動に移ろうとするが間に合わない。

 次の瞬間、目にも留まらぬ速さで振るわれた錫杖がベルの右肩から左脇腹を袈裟斬りに斬り裂いた。傷口、そしてベルの口から大量の血が吐き出される。そして、その体は地面へ仰向けに叩きつけられた。

 真紅のドレスと雪の降り積もった地面を鮮血で紅く染めていくベルを見下ろし、小角はようやく一息をついた。

「……終わったな。面妖な小娘であったが、こやつを食らえば我はさらなる力を得られるであろう、くくく……」

 役小角はほくそ笑むと己の影をベルに向けて伸ばす。これが小角の力の真価である。強い力を持った者を影に取り込む事で己の支配下に置き、相手によっては影の中でそれを消化し、己の糧とするのだ。

 そして、影はベルの体を飲み込んだ。




 ベルは自分の手すらも見えないほど深い闇を沈んでいた。

(ここまで……なのか……?)

 何も見えない、ただ一面の闇に覆われたベルを、諦めと絶望が支配していく。

(……ベルは、たった一人の少女を救う事もできず、ここで朽ちるのか……? ゆ……き……)

 その時、ベルの脳裏をよぎったのは、一週間という短い期間であったものの、雪姫と過ごした日々だった。自分の事を姉と呼び慕う雪姫。話す度にころころと表情を変える雪姫。自分が死の淵にあろうとも絵を一枚でも多く描こうと命を燃やす、気高き魂を持つ雪姫――。

 次に頭をよぎったのは鬼を降ろされ、刃を振るって命を奪う雪姫の姿。その裏で泣き続ける雪姫の姿。

 そして、ベルの脳裏に小角の声が響いた。

『どうせあの巫女は、あのまま生かしておいても欲深いニンゲン達に利用され、最後には殺されるのだ。ならば、我がその力を使うのが良い方法ではないか?』

(……違う)

『あの娘は遅かれ早かれ巫女としての運命を全うする事になる。たとえ己自身がそれを知らず、また拒もうとも、抗う事など敵わぬのだ。所詮あの巫女は愚かなニンゲン共に利用されて早死にする。ならば我らのために力を尽くす方が長く生きる事ができる。それこそが、あの巫女にとって幸福なのだ!』

(……違う!)

 ベルは薄れゆく意識の中で彼の言葉を否定した。ドクン、と心臓の鼓動が彼女の中に響き、魂の奥底で何かがくすぶり始めた。

(雪姫は、ただの女の子なんだ。どこにでもいる、ちょっと緩い女の子なんだ。そして、あの子は今度こそ幸せにならなくてはいけないんだ……この町には、あの子を慕う者が大勢いて、そして、愛する者がいる……!)

 ベルが雪姫を想っていると、彼女の中の何かに火がついた。それは、今までに感じた事のない熱。だがベルはその正体を理解していた。


 それは、地獄の業火の如き憤怒の熱と、誰かを想う、太陽のように暖かな熱。


『ベル姉様は問題ないと言いました!』

 その時、雪姫の声がした。その言葉は雪姫が自分を信頼してくれている証であり、ベルの魂を鼓舞し、燃え上がらせる。

(そうだ。ベルは、雪姫の姉なんだ……あの子の剣となり、盾となると誓ったんだ……だから、ベルは雪姫を、妹を救う……! そして今、あいつは言ってはならない事を言った……ニンゲンに利用されるならば自分達のために力を尽くした方がいい……? ふざけるな!)

 ベルの双眸が見開かれる。その瞳は血のような深紅に染まっていた。

「雪姫は……あのように自分ではない者によって意志を奪われ、血を浴びて笑うのではなく、あの子自身の意志で、自由に、そして幸せに笑うのが一番いいんだ! それを自分勝手な都合で邪魔する奴は……ベルが……コロシテヤルッ!!」

 その瞬間、彼女の中に宿っていた熱が爆発的に解放され、闇を焼き尽くし、炎で染め上げた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 雪姫ちゃんを、

三衣 千月様 うろな天狗の仮面の秘密より 役小角、お借りしております!


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