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Part 01 地下の死闘

「雪姫ちゃんに何してやがるっスかこのーっ!」

 リズは吠えると同時に勢いよく地面を蹴って飛び上がり、体を炎で包む。一瞬の内にリズの服装はシャツとジーンズから黒いレザーのライダースーツに変わった。そして右腕を獣のそれに変化させると、一気に冴へと飛びかかった。

「待て、リズ! そいつは……」

 相手から感じていたただならぬ力を警戒していたベルが叫び終えないうちにリズの体は冴が振るった腕により数メートル吹き飛び、洞窟の壁に叩きつけられた。その衝撃は壁面がへこむほど凄まじく、岩壁に半ばめり込んだリズの体が岩の欠片と一緒に地面に落ちる。

「リズ!」

 叫ぶベルに、リズは頭をブンブンと振って叫んだ。

「だ、大丈夫っス! 私の事よりも先輩! あいつは私が押さえておくっスから、早く雪姫ちゃんを!」

 冴に向かって駆け出すリズの声に軽く頷いて返し、ベルはすかさず石舞台に駆け上がった。

 すると、蝶の群れがベルの後を追いかけてきた。ベルは一旦立ち止まって振り返り、蝶に呼びかける。

「道案内、感謝する。そして、この子は必ず助けると森の皆によろしく伝えてくれ」

 蝶達に軽く頭を下げるベル。すると蝶達は一斉に飛び去っていった。それを見届けたベルは即座に雪姫の元へ駆け寄った。そして、あちこちに怪我をしているのを見ると悲痛な声を上げた。

「雪姫! 大丈夫か!? ああ、怪我をしているじゃないか! 痛かっただろうに……!」

「ベル姉様……ベル姉様ぁっ!」

 ベルの姿を見た途端、安心したのか雪姫の瞳に涙が浮かぶ。ベルは彼女をそっと抱き寄せ、安心させるように背中をさすってやる。すると雪姫は緊張が緩んだのか、声を上げて泣き出した。

「よしよし、怖かったな。もう安心しろ。あいつに何があったのかは知った事じゃないが、ベルがあいつをとっちめてやる。もう外を歩く事ができないように……」

 雪姫への労りと、冴への怒りが入り交じったベルの言葉に、雪姫はバッと顔を上げ、首を横に振った。

「だ、駄目です! 今の冴お姉様はアラストールという……おそらく『悪魔』に憑りつかれているんです! 前の私みたいに……! 私が賀川さんの事を想っているから……!」

「悪魔……だと……?」

 ベルの瞳が細くなる。そして、彼女の中で色々と腑に落ちた。

(……そうか。あの女から放たれている邪気、そして人並み外れた身体能力……そういう事か。あいつ、賀川を自分の元に縛り付けるため、悪魔に魂を売ったのか。しかし、どうして雪姫にそれがわかったんだ? これもまた、巫女としての力とでもいうのか……?)

 しばらく考えを巡らせた後、ベルは小さく溜息をついた。

「なるほどな。だったらなおの事都合がいい。悪魔ごとあの女を消滅させれば、お前も賀川も安心できる」

 低く呟いたベルに、雪姫が縋りついた。

「ベル姉様! それはダメです! 冴お姉様は、賀川さんのたった一人のお姉さんなんです! 確かに今までしてきた事は人として間違っているかもしれません。でも、それは賀川さんの事がとても心配で、大事だからなんです! だからお願いです、ベル姉様。せめて、冴お姉様を止めて下さい! このままでは、冴お姉様が冴お姉様でなくなってしまい、賀川さんが悲しみます……!」

「雪姫……」

 しばしの沈黙の後、ベルは微笑んで雪姫の頭を撫でた。

「……お前は本当に優しい子だな、雪姫。……いいだろう。痛めつけはするが、どうにかあの悪魔を追い出せるところまでで留めてやろう」

「ベル姉様……!」

 雪姫の表情が明るくなる。

「だが、お前に危害が及ぶとまずい。ベルが結界を張っておこう」

 言い終えるや否やベルは掌に火球を生み出し、雪姫にそっと放った。

 火球が雪姫に近付いた瞬間、それは大きく膨張して雪姫を包み込んだ。火球は爆発する事なく雪姫を守るように広がっていく。かなりの高熱が放たれているが、内部にいる雪姫は全く熱がっておらず、火傷一つ負っていない。

「ベル姉様、これは……?」

「我が力で作り出した火炎結界だ。物理的、霊的な攻撃を防ぎ、敵が近付こうものなら高熱で焼き払う。ベルが倒れない限り、その中なら安全だ。そこで待っていてくれ」

「はい、ベル姉様。どうか、気をつけて……!」

 雪姫が頷いた瞬間、轟音が響いた。ベルが振り返ると地面に激しく叩きつけられたリズの姿が映った。見ると、ライダースーツには血が付着している上にあちこちが裂け、右腕はだらんと垂れ下がっている。どうやら骨折しているらしい。だがそれでもリズは唸り声を上げ、立ち上がろうとする。冴はそれを見るや否やリズに肉薄する。しかしそれよりも早くベルが割って入り、炎を放つ。冴は舌打ちしながら飛び退った。

「リズ、大丈夫か?」

 ベルの問いかけにリズは肩で息をしながら頷いた。

「な、なんとか。しかし、何なんスかあいつ……人間とは思えない力だし、あの禍々しいオーラって、まさか……」

「そのまさかだ、リズ。詳しい説明は省くが、今のあいつはアラストールとかいう悪魔に憑りつかれている。賀川を好いている雪姫への嫉妬、羨望、憎しみを利用されている」

「……あの男、そんなにモテるんっスか。血なまぐさいのに」

「まあそう言うな。とにかくあいつは雪姫と賀川にとって大事な人間だ。あいつに憑りついている悪魔だけを殺す。いいな?」

「了解っス!」

 その時、冴が雪姫を守っている結界を睨み、舌打ちした。

「『小娘が、余計な真似を……っ!』」

 その声は、ゾッとするような低さを持った冴の声と、歪んだスピーカーを通した声を同時に発した。それを見たベルはどこか哀れむような眼差しを冴に向けた。

「……堕ちるところまで堕ちたな、女。賀川を想い、雪姫を羨むがあまり、悪魔に魂を売ったか」

 すると冴は口元を歪めて笑った。

「それのどこがいけないの? 私はあきらちゃんを手に入れられればそれでいいの。そのためなら、私の魂ぐらい安いものよ。この前はお前に後れを取ったけど、今度はそうは行かないわ……お前達も、私とあきらちゃんの邪魔をする奴……! 邪魔する奴は、ミンナ、ワタシガ、コロス……!」

 狂気を宿した冴の瞳に、リズは思わず後ずさった。

「……ひえー、こういうの何て言うんでしたっけ? ゾンデレ?」

「違うな、間違っているぞ、リズ。ああいうのはヤンデレっていうんだ」

 二人の会話をよそに、冴は自らに宿る悪魔の力を引き出していく。

「さあアラストール、私に力を貸してちょうだい」

『承知した。冴、奴らから放たれている波動から察するに、二人は堕天使と呼ばれる存在……かなり手強いぞ。奴らを倒し、想い人を手にするため、我が力を存分に使うがいい』

 すると、冴の体から黒い靄が噴き出し彼女の手に集まっていく。やがてそれは禍々しいオーラを纏った、歪な形の大太刀へと変じた。

「……いいわね、これ。これなら二対一だろうとどんな奴にも負けはしないわ。うふっ、フフフフ……!」

 冴は刃をチロリとなめ、ゾッとするような笑みを浮かべた。

「……なるほど、性根が歪みきっていると得物まで歪みまくるらしいな」

 ベルは毒づきつつ、横に立つリズに呼びかける。

「リズ、全力で行けるか? こいつは、その姿・・・で勝てるほど簡単な相手ではない。本気の姿・・・・で行かなければ勝てないだろう」

 するとリズは自信に満ち溢れた様子で頷いた。

「了解っス! 今日は全力全開で行けるっスよ!」

 言い終えるや否や、リズは先行して飛び出す。

「変……身ッ!」

 リズは全身に力を漲らせ、獣の名を持ち、指輪を用いる特撮ヒーローめいたポーズをとり、高く吠えた。すると、リズの体が燃え盛る炎に包まれた。ややあって、炎が吹き散らされた時、そこには異形の獣が立っていた。

 それは逞しい四肢で地面を踏み締め、頭部にまとわりついた炎を振り払ってさらに大きく吠えた。体格は尾を含めて五メートルはあり、鈍い光沢を放つ黒々とした体毛が静かになびき、長い尾は槍の穂先のように鈍く光り、その頭部は全部で三つあった。三つの頭部は左から順に一言ずつ言葉を発した。

『さあ』『これで』『四対一っスよ!』

『……というわけで、折れた腕も元通り! 全力全開で行くっスよ!』

 中央の頭が高らかに吠える。その声は質の悪いスピーカーを通したように歪んでいたが、はっきりとよく通る声だった。ふとベルが雪姫を見ると、何故か彼女は目を輝かせ、喜んでいた。それを横目に見ながらベルは口元に笑みを浮かべた。

 リズは人型形態でも十分な戦闘力を発揮できるが、この姿こそが、リズが全力を出した形態なのだ。

 逞しい四肢は高い機動性と爪による強烈な一撃を繰り出し、三つある頭部は鋭い牙を備え、強烈な火炎を吐く事ができ、さらに三つの頭部はそれぞれ独立した思考を持っており、仮に相手が読心術を持っていたとしてもそれを無効化する事ができる。

 だがその分魔力の消費は激しく、そう気軽に変身できるものではないが、その戦闘力は凄まじい。

『ワタシ、オマエ、マルカジリっスよコラー!』

 リズが地面を蹴り、冴に食らいつこうと飛びかかる。しかし冴はリズの攻撃を紙一重で回避すると、その横っ腹を殴りつけた。リズの巨体が軽々と吹き飛び、岩壁に衝突する。

『ぐぅっ!』

「『ふん、その程度か? 堕天使というのも大したものではないな』」

 アラストールが嘲笑する中、ベルは素早く相手の懐まで接近、相手の視覚外から炎を纏った長爪を振り上げる。

 だが、速度、一瞬の隙、共に完璧だったベルの攻撃は容易くアラストールによって手首を掴まれ、無効化された。だが、ベルはさらなる異変を感じていた。

(何故だ……!? 体に力が入らない……!?)

 まるで、掴まれている手首から全身の力が抜けていくような感覚をベルは感じていた。

「『無駄だ、我が前ではそのような攻撃など児戯にも等しい』」

 冴は言い捨て、ベルの体を勢いよく岩壁へ投げつけた。

『――危ない!』

 そこへリズが咄嗟に回り込み、その体を受け止めた。ベルは一息つき、リズに頭を下げた

「……助かったぞ、リズ。礼を言う」

『どういたしまして! しかし、何だったんっスかさっきの? あいつに殴られた瞬間、体から力が抜けた気がするっス……』

「リズもそうなのか……あれがあいつの能力なのか?」

「ベル姉様! リズちゃん!」

 二人が話している所に、結界の中から雪姫が悲鳴を上げる。

『だ、大丈夫っスよ雪姫ちゃん! こんなの、鉄パイプで殴られたほどにも感じないっス!』

「……それ、重傷じゃないか?」

 努めて明るい声で答えてみせるリズに対してベルがツッコミを入れている間にも、冴は禍々しい太刀を肩に担ぎ、せせら笑う。

「『ククク、力が抜けて驚いているようだな。その通り。我が力は全ての『魔力』という力を無効化、もしくは減退させる。それはお前達堕天使も例外ではない。このようになぁっ!』」

 ベル達が驚く間もなく、暴風のような勢いと焼け付くような熱を持った強烈な魔力の波動が冴から放たれた。ベルとリズはすかさず全力で火炎を放って相殺しようとするが、それは蝋燭の炎を吹き消すかのようにかき消え、波動が襲いかかった。

 波動の直撃を受けたベルとリズはたまらず地面に膝をついた。

 まるで凄まじい重力に押し潰されるかのように体が地面に張り付き、頭の中では煮えた油を流し込まれたかのような不快感が暴れ回る。

「ぐ……うぅ……っ」

『ガ、アアアァッ……!』

 波動が収まると、ベルとリズは地面に倒れていた。

「『ほう、まだ生きているか。今のは高位の天使や悪魔をも消滅させるほどの出力だったが、どうやらお前達、並の堕天使ではないな』」

 倒れ伏すベルとリズを見下ろし、傲然と呟く二つの声。

「なめるなよ……くっ……?」

 ベルは手や足に焼け付くような痛みを覚え、はっと目をやった。見ると、手の甲には火傷の痕ができていた。しかししばらく待ってもそれは治る気配がない。この程度のダメージならば、すぐに回復するはずなのに。

「『無駄だ。言っただろう? お前達の能力など我が力の前では無意味だと。それは自己治癒能力も例外ではないわ。このまま大人しくしていればあの小娘ともどもあの世へ送ってやろう』」

『お断りっスよ、絶対に雪姫ちゃんを死なせはしないっス!』

 リズは三つの口から一斉に強烈な火炎を吐き出した。

「『無駄だと言っただろうに』」

 冴は退屈そうに溜息をつくと、手にした大太刀を一閃する。次の瞬間、豪炎は一瞬にして吹き散らされた。

『そんな!?』

 リズが怯んだように唸った瞬間、冴の姿はリズのすぐ左前方にあった。リズは慌てて迎撃しようとしたが、手遅れだった。

 冴は大太刀を振りかぶり、一気に左側の頭を袈裟斬りに切り裂いた。

「リズちゃん!」

 結界の中から雪姫の悲鳴が上がる。その視線の先ではリズが苦悶の叫び声を上げている。切り裂かれながらもどうにか繋がっている左側の頭が力なく垂れ、激しく出血している。苦しげに呻いている事からまだ完全に機能を停止したわけではないようだが、これでは使い物にならないだろう。

 リズは反射的に口から火炎をはこうとしたが、それよりも早く冴は刃を横一文字に振るい、胴体の左側面を斬りつけた。大きな傷が開き、激しい出血と共にリズの巨体が倒れ伏す。その傷口は酸がかかったようにジュウジュウと音を立て、治る気配はなかった。

「『弱い犬ほどよく吠える、か。全く鬱陶しい、あの小娘のどこがいいのか』」

 太刀を振って血払いをした冴が言い捨てる。そして、身構えているベルを見据え、凄絶な笑みを浮かべた。

「あとはお前だけね、先日の恨みもまとめて返させてもらうわ。そして、目の前であの娘をじっくりと八つ裂きにする様を見せてあげるわ」

 言い終えるや否や、冴は太刀を構えて一気に踏み込んできた。

「くっ……!」

 ベルは舌打ちしつつ、振るわれる太刀を凄まじい体捌きでかわしていく。だが、アラストールの放つ弱体化波動のせいで、いつもよりも動きが重い。まるで糊の海を泳いでいるような感覚だった。

 僅かな隙を見つけて火炎を放つも、無意味だった。放たれた火炎は全て、冴の目前でかき消えてしまう。

 ベルは一旦大きく飛び退き、距離を離す。そして軽く息をつきつつ、戦況を分析する。

(……まずいな。奴の能力のせいで消耗が激しすぎる。このままでは押し切られてしまう。どうすればいい……?)

 ベルが必死に突破口を開こうとしていたその時、冴が苦々しい顔で舌打ちをした。

「……ちっ、虫のようにすばしっこい。さっさと消えてくれないかしら? あの娘共々!」

 吐き捨て、再び太刀を構えて突進してきた。太刀を紙一重の動きで回避しつつ、ベルは妙に穏やかな口調で問いかけた。

「……何故お前はあの子をそこまで憎む? 妬む? そして、羨む?」

 その言葉に、冴の眉が吊り上がる。

「羨むですって? 見当違いも甚だしいわ! あの娘は私のあきらちゃんを奪ったのよ! 私がずっと一緒にいて、いなくなって、そして私の元へ戻ってきてくれた、たった一人の弟を! 憎む事はあっても、羨むなんてありえないわ!」

 叫ぶ冴に、ベルはそうかと一言だけ呟き、さらに言葉を紡いだ。

「……ではアラストール、お前は何故宵乃宮を、そしてあの子を憎む?」

 すると、冴の体から黒い靄が吹き出し、奇妙に歪んだ顔の形を成した。

『我は元々宵乃宮によって召喚され、巫女の体に降ろされ、使役された。奴らは我をヒト、魔、あらゆるモノを殺すためだけの都合のいい道具として扱われ、その果てに宵乃宮の者達は我の身を犠牲にして得られた力を、全てを搾り尽くし、搾り滓となった我で試したのだ! その最中でヒトの体を失い、四肢を奪われ、本来の体と魂が朽ちゆく痛み、そして永きに渡って封印された我の苦しみがお前にわかるか!? 今こそ我は、悲願である宵乃宮への復讐のため、巫女を食らい、その力を我が物に!』

 ベルは太刀をかわしながらアラストールの言葉を聞いていたが、やがてボソリと言った。

「わかるわけがないだろう。ベルにとってはそんなものなど『無価値』だ」

『何だと!?』

 激昂したアラストールは冴の体を凄まじい速度で動かし、片手でベルの首を掴み、締め上げた。彼女は一瞬呻き声を上げたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「『何がおかしい?』」

 冴とアラストールが同時に疑問の声を上げた。

「……哀れだな。冴、アラストール」

「『何……?』」

 憤怒の表情を浮かべる二人をよそにベルは淡々と告げた。

「冴、お前はどうして賀川が帰ってきた時に温かく迎え入れてやらなかった? あいつに辛辣な態度を取り続けた? あいつに近付く雪姫を排除しようとした?」

「……」

 冴の表情が強ばっていく。それを見たベルは笑みを深めた。

「わからない……いや、答えを知っているがそれを受け入れられないという顔だな。ならばベルが真実を告げてやろう」

「やめて……やめなさい……やめなさい!」

 冴は顔を青白くさせつつ叫ぶ。だがベルは無情にも言葉の刃を突き立てた。

「お前は、賀川が救えなかった。だから、賀川が帰ってきた時に喜びを同時に、失った時間と自分への苛立ちを飲み込む事も、消化する事もできずにあいつへぶつけた。それを今まで引きずってな。そして、お前はあいつが自分の元から『別れる』、『離れていく』という事を極度に恐れている。だから賀川が愛している雪姫を何としても排除しようとした。人という生き物は、成長と共に誰しも家族の元を離れ、新しい家庭を築く。それは『別れ』ではなく新たな『未来』であるというのに、そんな当たり前の事実を受け入れられないなんて、本当に愚かしい女だな」

「あ……あ……」

 冴はただ呆然と立ち尽くすしかできない。

『冴! 戯れ言に耳を貸すな! 早くこいつを斬れ!』

「…………」

 アラストールが必死に呼びかけるが、冴は反応しない。そしてベルはアラストールを見据え、口元に嘲笑を浮かべた。

「そしてアラストール、お前は何故それだけの力を持ちながら、宵乃宮の元を離れなかった?」

『我とて好きで奴らの元に縛られていたわけではない! 離れようとしたが、奴らの力が強すぎてできなかったのだ!』

「違うな、お前は離れられなかったのではない。離れなかったんだ・・・・・・・・。何故かって? 簡単だよ。お前は宵乃宮に抗う事をやめたからだ。自らの意志で、現状を変えようとしなかった」

 アラストールの歪んだ顔が狼狽と憤怒によって、さらに歪んでいく。

『違う! 堕天使風情が、戯れ言をぬかすなぁっ!』

 吠え猛り、アラストールは魔力の波動を浴びせかける。波動を受けたベルの力が弱まっていく。しかし彼女は笑みを崩さなかった。

「――では、どうしてお前は抵抗をやめた? ベルが答えてやる。お前は、宵乃宮を離れようとしていたが、やがてそれにどうやっても抗う事ができないと悟り、現状を受け入れてしまったのだ。何故、できないと諦めた? 何故、自分自身で不可能だと決めつけた?」

『グ……ガ……ワ、レ……ハ……』

 アラストールの姿が歪み始めた。ベルに事実を突きつけられ、その存在と力が揺らいでいる事をベルは悟った。そして、ベルは決定的な一言を放った。


「それは、お前達の心の弱さだ。そんな奴に、ベルとリズを、そしてあの子が殺せるわけはない……く、くふふ、くふふふふ!」


 締め上げられているにもかかわらず、ベルの哄笑が洞窟内に響き渡った。


「『オノレェェェッ!』」


 その叫びは、冴が発したのか、アラストールが発したものか。

 冴は片手でベルを掴んだまま、もう片方の手に握り締めている禍々しいオーラを纏った太刀を一気に肩から袈裟斬りに叩きつけた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、冴さん、お借りしております!

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