Part 03 雪姫を追って
「雪姫? どこにいる? 返事をしてくれ!」
ベルが声を張り上げる。しかし、何の反応もない。ベルはすかさず家中に意識を走らせて雪姫の気配を探るが、どこにも見当たらない。
そこでようやくベルは、雪姫が家にいない事を悟った。その時、玄関先を調べていたリズが切羽詰まった声を上げた。
「先輩、これ!」
リズの声に反応したベルは急いで彼女の側へ向かう。するとリズはベルにある物を手渡した。
「これは……!」
ベルがリズから受け取った物を見て驚愕の声を上げる。それは懐中電灯で、調べてみると、電球を覆っているガラスは割れていた。どうやら落とした時に割れてしまったらしい。それを見たベルの顔から血の気が引いていく。
「リズ、外を探せ! 急げ!」
「りょ、了解っス!」
ベルの鋭い声に、リズは弾かれたように外へ飛び出していった。
「雪姫、一体どこに……!」
ベルも血相を変えて何か手がかりを得ようと家中を探し回る。
(ん……?)
ふとベルは、雪姫が大事にしているあの黒い犬のぬいぐるみがない事に気付いた。そこでベルは違和感に気付いた。
(……何かがおかしい。懐中電灯が割れているなら、何者かに襲われた時に落としたのだろう。だが、家の中は全く荒らされていない……それに、ぬいぐるみがないという事は雪姫が持ち出したと考えるのが自然……まさか、この家に誰か雪姫の知り合いが訪ねてきて、そいつによって拉致されたというのか……? しかし一体誰が、何のために……?)
思考を巡らせるベル。しかしそれはリズの叫び声によって中断された。
「――グワーッ! なんなんスかこの臭い!? 吐きそうっスー!」
外からリズの悲鳴にも似た声が聞こえ、ベルは外へ飛び出した。
「どうした!? 雪姫が見つかったのか!?」
「いえ! でもなんかこの辺、凄まじく嫌な臭いがするんス!」
「嫌な臭い?」
ベルにはわからないが、リズはその凄まじい嗅覚によって「嫌な臭い」とやらを感じ取っているようで、顔をしかめている。ベルは焦燥感を露わにして叫んだ。
「リズ! お前は鼻が利くんだろう! 雪姫の匂いを感じ取れないか!?」
するとリズは泣き出しそうな顔でぶんぶんと首を横に振った。
「ダメっス先輩! 辺り一面にこの嫌な臭いが立ちこめていて、鼻が使い物にならないっス! 雪姫ちゃん、どこにいるんスかーっ!?」
「……くそっ!」
苛立ちのあまり、ベルは近くにあった木を殴り付けた。根本付近を殴られた木はそこから亀裂が走り、やがてメキメキと音を立てて倒れた。
「……あの子は……雪姫は一体どこに……!」
ベルが叫んだ時だった。
ふわっ。
「……え?」
ベルの頬を何かが掠めた。
ベルが顔を上げると、眼前には無数の白い蝶が舞っていた。
「「…………」」
突然目の前に現れた神秘的な光景に、ベル達は思わず見とれてしまう。
すると、蝶の群れは身を翻すと、一斉に森の奥へと飛んでいった。ベルとリズがそれをぽかんとしながら見つめていると、一羽が戻ってきて激しく羽ばたき、そしてまた森の奥へ飛んでいった。
ベルにはそれが、自分達についてこいと言っているかのように。
ベルは表情を引き締めると、蝶の群れを追って森の奥へ駆けだした。突然走りだしたベルの後を、リズが慌てて追いかける。
「ちょ、先輩!? どうしたんスか!? こんな時に昆虫採集なんて……」
「リズ、馬鹿な事を言ってないで走れ! どうもベルにはあの蝶達が雪姫の行方を知っている気がしてならんのだ!」
「えーっ!? あっ、ちょっ、待って下さいよー!」
リズは素っ頓狂な声を上げつつも、すぐに表情を引き締め、ベルの後を追った。
二人は蝶の後について疾走し、森の奥へ、奥へと踏み込んでいく。
そして、どのくらい走ったのか、ベルがかなり奥深くまで踏み込んだと思った時、突如目の前が開けた。
「あれは……!」
ベルが驚きの声を上げる。
二人の視線の先には、古い巨木があり、その根本には大きな穴が口を開けている。そして蝶の群れは吸い込まれるかのようにその穴に入っていった。
すると、リズが唸った。
「先輩! ここから微かっスけど雪姫ちゃんの匂いがするっス!」
その言葉に雪姫はここにいると確信を得たベルは頷いて叫んだ。
「わかった。急ぐぞ、リズ!」
「了解っス!」
二人は迷う事なく巨木の穴へ飛び込んだ。
「……驚いたな。まさか木の洞の中にこんな空洞が広がっているとは」
ベルが驚きを隠せない口調で呟く。二人が飛び込んだ巨木の洞には地下へと続いている洞窟があり、その道は人一人がやっと通れる程の幅しかなかった。ベルとリズは木の中にこんな空間が存在していた事に驚きつつも、超感覚を頼りに先に飛び込んでいった白い蝶の群れを追って最大限に急ぎ、かつ用心しながら狭い道を進んでいた。
進むにつれ、何かごうごうという水が流れるような音が響いてきた。
「……何スかね」
「わからん。とにかく気を抜くな」
リズの疑問にベルは鋭い口調で答えた。すると、突然視界が開け、耳を聾するような水音が二人を出迎えた。
「あれは!?」
その先にあったものを視界に捉えたリズが驚きを隠せない声を漏らす。それを見たベルも訝しげに目を細め、呟いた。
「滝……?」
二人の目の前には、大きな滝が流れていた。どうしてこんな地下深くに隠されるようにして滝が流れているのかという疑問が頭をよぎったが、ベルは頭を振ってそれを振り払った。
「いや、今はそれどころではない! リズ、急げ! こうしている間にも雪姫がどんな目に遭っているかわからん!」
「は、はい! すまないっス!」
二人は滝を後目にしつつ、洞窟のさらに奥へと踏み込んでいった。
二人は蝶を追ってただひたすらに深い闇の中を疾走していた。すると、ベルの感覚に何かが反応した。一つは、酷く弱っているが雪姫の気配、そして、その側には凄まじく嫌な気配があった。
(……何だ、この禍々しい気配は……!? 嫉妬、憎悪……様々な負の感情が混ざり合った非常に嫌な気配……だが、ベルはこの気配を知っている……!?)
ベルが走りながら考えを巡らせていると、突然広い空間に出た。そこは、地下に広がる空洞だった。目を凝らして見てみると、中心部は石舞台のように盛り上がっており、その中央に雪姫と、そして闇より深い漆黒の着物と、禍々しい気を纏っている女の姿があった。その姿にベルは驚きを隠せなかった。
(あの女、何故!? それに、あいつから放たれている気配は……!)
ベルの視界の先にいたのは、賀川の姉で、バザーの帰り道に雪姫に襲いかかり、ベルに返り討ちにされた女――時貞冴その人だった。だが、彼女から放たれている気配は人のものではなかった。それはまるで、悪魔のような――。
その時、蝶の群れが冴に飛びかかった。
「何よ、これ!?」
突然の出来事に冴が叫び、後ずさった。そこへすかさずベルとリズが同時に火球を放つ。
放たれた火球に蝶達は上空へ逃げ、冴は凄まじい反応速度で横へ飛んでそれをかわした。
「誰なの、邪魔するのは!」
冴が憤怒の表情でベル達を睨む。
「ベルの妹に気安く触るなとあれだけ警告したのに……いい度胸だな、女!」
ベルは真紅のドレスとツインテールを翻しつつ相手を睨み、咆哮した。
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、冴さん、お借りしております!




