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Part 01 お揃い

 二十七日。ベルは食料――特に木苺を採るために朝の内から森を駆け抜けていた。

 風のように地面を駆け、時に枝から枝を飛び移るその姿は森に住まう紅き妖精のようで、森の緑にとてもよく映えていた。

 昨夜、食料の買い出しをリズに頼み、彼女が出かけている間、前田家には連絡を入れておいた。

 葉子には「急にインスピレーションがたくさん湧いてきたから、しばらく森の家で絵を描く事に集中するそうだ」と伝えたが、それを告げるベルの心は痛んだ。

 今までついてきた嘘とはどこか質が違うと思いながらも、電話口に出た葉子にベルは巧みに嘘を吐き通した。突然の事に葉子は驚いていたが「タカさん達には私から伝えておくわ。ベルちゃん、ユキさんの事をよろしくね」と頼んだ。ベルは任せておけと答えたものの、心に棘が刺さったような違和感は消えなかった。

 雪姫の命を狙うは『呪い』という形無きモノ。

 彼女や鷹槍にそれを晒した所で事態は好転しないし、彼らを悲しませたくないなどと考えていた。

 もしもの際には呼ぶにしても……そこまで考えてベルは『もしも』などあってはならないと打ち消す。

 もしもとは雪姫の命を失う事。

(雪姫……)

 家で眠っている|妹(雪姫)の事を案じながら、ベルは森を駆け続けた。




 一方その頃。リズは昨日から眠ったままの雪姫を静かに見つめていた。その姿は主の命を待つ忠犬そのものであった。

「……う……ん……?」

 その時、雪姫がそっと目を開けた。リズはハッとして雪姫に声をかけた。

「雪姫ちゃん!?」

 リズの声に雪姫はゆっくりと顔を彼女に向けた。

「リズ……ちゃん……?」

「起きたっスか? 何か食べられそうなら……」

 その言葉に雪姫は僅かに口元を緩め、力なく首を横に振った。

「リズちゃん、来ていたんですね。今、何時ですか?」

「お昼過ぎ……もうすぐ一時っスよ」

 雪姫が食べ物を拒否したのでリズは心配そうな顔をする。だが自分にはどうにもできない事を悟り、できるだけ雪姫を安心させるために精一杯の笑顔を浮かべて答える。すると雪姫はリズに尋ねた。

「昨日、もしかして無白花ちゃんと斬無斗君が来てた?」

 その問いにリズは頷いた。

「西の山で知り合いになったっスよ。まさか雪姫ちゃんとも知り合いとは思わなかったっス」

「挨拶したかったな……」

 そう言って雪姫は溜息をつき、ぼうっと天井を見つめた。その様子にリズは言葉をかける事もできず、ただ遠くを見つめる雪姫の顔を見つめるしかできなかった。

 そうしている事しばらく。雪姫がゆっくりと体を起こした。

「お風呂、入りたいな」

 そう呟き、雪姫は立ち上がった。しかしその足下はおぼつかなく、慌ててリズがその体を支える。

「まだ一人で歩くのは無理っスよ。お風呂なら私がすぐに沸かすから、雪姫ちゃんは休んでいてちょうだいっス」

 リズは雪姫をベッドに座らせ、風呂を沸かしにかかった。

 そして、風呂が沸くと雪姫の体を支え、背中を流すなど、入浴の手伝いをした。つい先日まではまだ元気だったのに今では動くのに他者の手を借りてでないと動く事すらままならない雪姫の姿にリズは酷く心を痛めていた。

 風呂から上がると、雪姫の気分は大分よくなったようだ。それでも食欲はなく、水だけを欲した。リズは沈痛な面持ちで水の入ったコップを雪姫に手渡した。

(……私達には、雪姫ちゃんが弱っていくのをただ見ている事しかできないんスか……? どうにも、できないんスか……?)

 ゆっくり、ちびちびと水を飲む雪姫の姿を見ながらリズはずっとその事を考えていた。

 すると、家のドアがノックされた。リズが玄関に出て扉を開けると、そこには木苺の詰まった籠を持ち、真紅の髪に森のどこかで付いたのであろう、一枚の葉を付けたベルが立っていた。

 ベルは雪姫が起きているのを見るや否や、目を見開き、声を上げた。

「め、目が覚めたのか、雪姫! お、起きていて大丈夫なのか?」

「大丈夫です」

 心配するベルに雪姫は精一杯の笑顔を浮かべて答えた。

 まだ大丈夫だ、まだ雪姫には時間がある、あのまま逝くなどあってはならない。

 だが……その時間は長くは……いや……ベルにはその精一杯が心苦しかった

 雪姫はベルと木苺を見比べ、ふっと微笑んだ。彼女が何を考えていたのかはわからないが、大方いつもの独特な感性が働いたのだろうとベルは考え、そして微笑み返した。

 そして雪姫はフラフラと歩き、机に置いていたチョーカーを首に巻き、そして青い石の首飾りをさげ、服の中に入れた。

 それに目敏く気付いたベル姉はニヤリと笑った。

「本当に、それが大事なのだな。あれか、賀川とお揃いだからか?」

 どこか茶化した口調のベルに、雪姫は顔を赤くして反論する。

「べ、ベルお姉様ともこのチョーカーお揃いですよ。そうだ! 『統哉』さんと何かお揃いしたらいいです」

「ーーーーっ!」

 今度はベルが赤くなる番だった。

「え? と、統哉と、お、お揃い……」

 手にした木苺を見つめながら、一気に耳まで赤くなったベル。思わず統哉とお揃いの服やアクセサリーを身に付けている姿を想像してしまったのだ。それを見た雪姫は微笑んだ。

 そしてベルは、一気に妄想の世界へとトリップする――。




 そこは、統哉と二人で出かけた先で入ったアクセサリーショップ。二人は仲睦まじく腕を組み、お喋りをしながらアクセサリーを物色しながら歩いていた。その時、統哉がベルに声をかけた。

『ベル、こういうアクセサリーはどうかな? お前によく似合っていると思うぞ』

『そ、そうか? ま、まあ統哉のオススメならばベルは文句はないぞ』

『決まりだな。よし、俺もこれを買おう。ベルとお揃いだぞ』

『おおおお揃い!?』

『おかしいかな? だって俺とお前は――』




(……べ、ベルが、統哉と、そんな関係に……何だその展開!? 燃える、萌えてしまう……!)

「? どうしたんっスか、先輩?」

 リズが首を傾げる。急に声をかけられたベルは飛び上がらんばかりに驚き、慌てた。しばらくしてベルはコホンと咳払いをして、

「もしかして、絵を描くのか?」

「はい。賀川さんが帰るまでに一枚でも多く描くのです」

 雪姫は力強い口調で答えた。その意志の強さにベルとリズは何も言う事ができなかった。

 ふと、イーゼルに目が行ったベルはある事に気付いた。

「そう言えば雪姫、その黒い犬、お気に入りなのか? 寝る時も握って寝ているだろう?」

 ベルがイーゼルにかかっている黒い犬のぬいぐるみを指差す。その横ではいつの間に入り込んでいたのか、カマキリが威嚇のポーズをとっていた。

 ベルに指摘され、雪姫は少し頬を赤らめた。

「これ、お守りなんです。夏祭りの時に賀川さんが射的で獲ってくれました」

「……あいつも犬なのか」

「あ、先輩酷いっス。あいつと同じじゃないっス……」

 呆れたように呟いたベルの言葉に、リズがきゃんきゃんと吠える。

「おい、お前……」

「リズちゃん、お手っ!」

 ベルが何か言おうとした時、椅子に腰を下ろした雪姫がリズに手を差し出す。

「ワンッ!」

 何の抵抗もなくリズは雪姫の側にぴゅんと駆け寄り、片膝を付いて差し出された手にぽん、と手を乗せた。

「絶対賀川さんはこんなに素直に乗せてくれません。リズちゃんは可愛いし、とってもお利口です」

 そう言って雪姫はリズの頭をポンポンと撫でる。

「うれしーっス!」

 リズは全身で喜びを表し、雪姫に飛びつく。もしも尻尾が生えていたらぶんぶんと振るほどだった。

「リズ、そういう問題なのか?」

 ベルはその様子を見て苦笑した。そして、雪姫の作業を邪魔しないようにするため、夕食の準備をする事に決めた。

「じゃあ、雪姫。私達は夕食を用意していよう」

 ベルはリズを目で促した。リズは頷き、立ち上がる。

「無理しちゃ駄目っスよ」

 リズは雪姫にそう言い聞かせ、二人は台所に移動した。




 それから二人は山や森で採ってきた食材をふんだんに使った夕食作りをする事にした。

「先輩、雪姫ちゃんは……」

「ベル、何も言うな。今はあの子の好きにさせてやれ。ベル達は自分にできる事をやるだけだ」

「……了解っス」

 それから二人は最低限の会話を交わしつつ、心を込めてたくさんの料理を作った。少しでも、雪姫に喜んでもらうために。




 それからしばらくして。辺りはすっかり暗くなっていた。

 ベルとリズが部屋に戻ってきた時、雪姫は暗闇の中にもかかわらず、寸分の狂いもなくただ無心に絵を描いていた。二人の目にはその姿が輝いているように見えた。

 まさに、この瞬間をひたすらに生きる命の輝きがそこにあった。

 ベルはその姿にしばらく目を奪われていたが、我に返ると壁にある電気のスイッチを入れた。

 ぱちん。

「えっと」

 目の前が突然明るくなった事に雪姫は驚いたようだ。

「暗くなっているのによく絵が描けるな、雪姫。さて、飯にしないか」

 ベルは微笑みながらテーブルに料理を並べていき、雪姫を促した。

 献立は、焼き立てのパンと木苺のジャム、紅茶、サラダ、キノコのスープなど、豪勢な取り合わせだった。雪姫は目を輝かせ、テーブルの上の料理を眺めていた。

 だが、それでも雪姫の食欲はなかった。彼女は紅茶に木苺のジャムを入れたものに口を付けただけだった。

 それを見た二人は酷く心を痛めた。真心込めて作った料理を食べてもらえなかったのではなく、雪姫が最早ほんの少ししか食べ物を口にできない事に対してだった。それは雪姫がどんどん弱っていっている事を二人に突きつけるものだった。




 物悲しい雰囲気のまま夕食は終わり、手伝おうとする雪姫を制したベルとリズは食器を片付け、風呂に入った。

 二人が戻ると雪姫は絵を描く事に夢中になっていた。そんな彼女にある種の神々しさすら覚えながら、二人は優しく声をかけた。

「おやすみ。頼むから、無理はするな」

「はい、ベル姉様」

「隣にいるっスからね。何かあったら呼んで下さいっス」

「ありがとう、リズちゃん」

 それから二人は静かに部屋へ戻っていった。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より タカさん、葉子さん、ユキちゃん、

銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 話題として無白花ちゃん、斬無斗くん、お借りいたしました!


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