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Part 02 紅と白

 居間で麦茶を飲み終えたベルは葉子に案内されて離れへとやってきた。

「それじゃあベルちゃん、ゆっくりしていってね。何かあったらすぐに私に言ってね」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 ベルが答えると、葉子は母屋へと戻っていった。

「さて」

 ベルは離れの扉に手をかけ、押し開けた。

 離れに足を踏み入れた瞬間、絵の具の匂いが鼻をついた。

「……ふむ、ユキとやらは絵を描いているようだな」

 離れの中を見渡したベルは、部屋の片隅に置かれているキャンバスに目が吸い寄せられた。

 そこには、うろな町の風景と思われる描きかけの風景画が置かれていた。

 無意識の内にベルの目はその風景画に釘付けになっていた。何故だかはわからないが、ベルはこの絵から不思議なものを感じ取っていた。

(……何だろう、この絵を見ていると、何か不思議な感覚がしてくる。スピリチュアルな何かを感じるというか、魂に訴えかけてくる何かと言うのか……)

 ベルは時間も忘れて絵に見入っていた。

 ふと我に返り、ベルが時計を見ると十一時にさしかかっていた。

「……何て事だ。いつの間にかこんな時間になってしまっていたとは」

 ベルは驚きを隠せなかった。まさか、描きかけの絵を見ているだけで約一時間も見続けていたとは。

「……喉が乾いたな。居間に行って麦茶でももらってこよう」

 一人ごち、ベルは台所へ向かった。




 台所へ向かうとそこでは葉子が昼食の支度をしていた。葉子はベルの存在に気付くと声をかけた。

「あらベルちゃん、いい所に。もう少しでお昼の支度ができるから呼びに行こうと思ってたのよ。ご飯食べる?」

「ああ、いただくよ。しかし何か急いでいるようだが」

 ベルの問いに葉子は頷いた。

「今日はタカさんが午前中には帰ってくるのよ。すぐに昼ご飯を食べられるよう支度しなきゃいけないのよ。今日はいい魚が手に入ったからね。タカさん喜ぶわー」

 喜々とした様子で魚を焼くグリルのスイッチを入れる葉子。

「……あら?」

 葉子が訝しげなグリルのスイッチを何度も弄る。その様子が気になったベルが首を傾げつつ尋ねた。

「葉子、どうしたんだ?」

「困ったわね。どうやらグリルが故障してしまったみたいなのよ。せっかくいい魚が手に入ったというのに……」

 困った顔をする葉子を見たその時、ベルの脳裏にある光景が蘇った。


 それは、自分が居候している家でのやりとり。

 キッチンに立つ自分の隣に、一人の青年が立っている。

『ベル、よろしく頼む』

 青年に頼まれ、ベルはコンロに向けて自分の力を使う。

 そして、しばらくしてできあがった料理に青年は箸をつけ、

『……うん、美味しい。やっぱりベルの火力は絶妙だよ。いつもありがとな』

 そう言って、自分に笑いかけてくれるのだ。


 無意識の内にベルはスッと葉子の側へと歩み寄っていた。

「……ベルちゃん?」

 突然近付いてきたベルに、葉子は首を傾げた。

「ベルに任せてくれ」

 その一言は自然に発せられていた。




 そして、ベルはコンロの前に立っていた。その傍らでは葉子が心配そうにその様子を見ている。

「でもベルちゃん、どうするの? もしかしてベルちゃん、家電修理の経験があるの?」

「いや、ないよ」

 ベルはあっさりと言い放った。

「じゃあ、どうするの?」

「まあ、見ているといい」

 ベルは呼吸を整えると、グリルに視線を向ける。その中には下拵えがきちんとなされた魚が入っている。

 ベルはグリルを見つめ、精神を集中し始めた。

 すると、スイッチを入れていないにもかかわらず、グリルの中に火が点き、魚を焼き始めたではないか。

「嘘……!?」

 葉子が驚愕の声を出す。ベルはそれにも構わずにグリルを見つめ、力を送っている。

 これがベルの持つ力、火炎の魔力である。

 彼女の炎はこのようにコンロに火をつけたり、水を加熱して風呂を沸かし、最大出力ではあらゆる物を焼き尽くす、恵みと滅びの二面性を併せ持つ原初の力である。

 やがて、ベルが集中を解いた。そしてグリルを開けてみると、そこにはこんがりと、とても美味しそうに焼けている魚の姿があった。

「……一丁上がり、だな」

 ベルが息を一つつきながら呟いた。

「べ、ベルちゃん、今のは一体……?」

 目を白黒させながら葉子が尋ねる。それにベルは何て事ないかのように答えた。

「ベルが昔から持っている力だ。発火能力……とでも言えば分かりやすいか?」

「発火……能力……」

 葉子がその言葉の意味を確かめるかのように呟く。そしてベルはさらに言葉を紡いだ。

「――そうだ葉子、泊めてくれる礼といってはなんだが、今日一日この力でガス代を浮かせる事を約束しよう。料理に使う火から、風呂を沸かす火まで、このベルが提供しよう」

「…………」

 葉子はしばらくの間呆気にとられたように押し黙っていたが、

「……す」

「……葉子?」

「凄いわベルちゃん! 可愛い上に超能力まで使えるなんて!」

「もがっ!?」

 葉子はベルに思い切り抱きつき、頬ずりする。突然の出来事にベルは目を白黒させるしかできなかった。

「は、放せ葉子! お前、力強すぎ……! ぐ、ぐるじい……」

「ベルちゃん、あなたいいお嫁さんになれるわよ!」

「おおおお嫁さん!?」

 今度はベルの顔から火が出る番だった。

「おーい、帰ったぞー」

 その時、玄関の方から声がかかった。それを聞いた葉子はすぐにベルを放した。

「ああ、ごめんなさいベルちゃん! つい嬉しくなっちゃって! ああそうそう、ちょうどタカさんが帰ってきたみたい! タカさん、おかえりなさい!」

 すると、台所に黒髪に一房の白髪が混じった、鳶服を着た体格のいい中年男性が入ってきた。

「おかえりなさいタカさん、今、お昼ご飯ができたところよ」

「おお、ただいま……って葉子、そのお嬢ちゃんは誰だ?」

 ベルの存在に気付いた「タカさん」なる男が彼女を見て葉子に尋ねる。

「賀川君が連れてきたのよ。まあ、話は私が昼の支度をする間にしてみたらどう?」

 そう言って、葉子は昼の支度に戻った。

 直後、ベルと男の視線が交錯した。この瞬間、二人は互いにただ者ではない事を認識した。

 男はベルをしげしげと観察するように数度見た後、葉子に聞こえない程の低い声でベルに言った。

「……嬢ちゃん、居間で少し話を聞かせちゃくれねえか?」

「……もちろんだ。こちらには説明する義務がある」

 ベルもすぐに頷いた。




 食卓に料理が運ばれてくる間、ベルは居間で「タカさん」なる男に事情を説明していた。

 まず自分の名を名乗り、捜し物のためにこのうろな町に来た事、二週間の滞在中に泊まる宿を探していた時に賀川と知り合い(もちろん事故の事は伏せてある)、このうろな工務店で一日お世話になる事を簡潔に説明した。

 話の最中、男はベルの事を警戒していたがやがて彼女の事を信頼したらしく、いつの間にか警戒を解いていた。

「……そういうわけで、今日はここで世話になる。よろしく頼む」

 ベルの言葉に、すっかり砕けた口調になっていた男は笑って答えた。

「おう、手狭な上に男ばっかりでむさ苦しいがどうかゆっくりしていってくれ。申し遅れたな、俺は前田鷹槍たかやり。みんなからは『タカ』って呼ばれている。よければベル嬢ちゃんもタカって呼んでくれや」

「承知した、タカ」

 もう呼び方に関しては諦めているのか、ごく自然に受け答えするベル。

「……なるほどな。事情はわかった。捜し物のためにこのうろなに来て、宿に困っていた所、たまたま会ったウチの賀川がお前さんを拾って連れてきたと」

「ああ……しかし人を捨て犬みたいに言うな」

 口を尖らせるベルに、男――鷹槍は笑って謝った。

「すまねえ、すまねえ。言葉のあやだ。気にしないでくれや。まあ、どちらかと言うと犬は賀川のあいつだな、ははは」

「はい、お待たせ!」

 と、そこへ葉子が料理を持ってやってきた。

 昼食の献立は、ベルが焼いた焼き魚を始め、白飯にほうれん草のおひたし、味噌汁に漬け物と、典型的な和食だった。

「おお、今日も美味そうだな」

 鷹槍が身を乗り出して食卓に並んだ料理を眺める。

「そういえばベルちゃん、和食でよかった? お口に合えばいいんだけど……」

 心配そうに尋ねる葉子に、ベルは微笑んで答えた。

「心配するな。ベルは和食も大好きだ」

 その言葉を聞き、葉子も顔を綻ばせた。そこに、鷹槍が声をかけた。

「そういや葉子、賀川のはどうした? あいつ、戻ってきてんだろ?」

「ああ、賀川君に声はかけたんだけど返事がなくて。そっと覗いてみたらよほど疲れていたのか、ぐっすりと眠っていたわ。だから、あえて昼食には呼ばなかったわ」

「そうか。まあ、あいつも色々と大変だからな」

 鷹槍は納得したかのように頷いた。

「さあさ、冷めない内にいただきましょう」

 葉子の声で、三人は食事の姿勢をとる。

「「「いただきます」」」

 食卓に三人の声が響いた。そして鷹槍は焼き魚をほぐした後、一口口へと放り込み――

「――むっ!?」

 驚きに目を見開いた。

「何だこりゃ!? 見た目は普通の焼き魚なのに、この絶妙な火加減は!? しっかりと火が通っているにもかかわらず、それでいて魚本来の旨味が失われていない……いや、むしろ増している! 葉子、一体どうやったらこれほどの事ができるんだ!?」

 鷹槍が驚いて葉子に尋ねる。それに対して葉子は柔和な笑みを浮かべ、

「ふふふ、ベルちゃんに手伝ってもらったのよ」

「何だって? 葉子、お前お客さんに手伝わせ……」

 すると、ベルが鷹槍を手で制した。

「タカ、葉子は悪くない。ベルが勝手に手を出しただけだ。気に障ったのならば謝罪する。すまなかった」

 突如謝罪したベルに、鷹槍と葉子は驚いた。

「……いや、嬢ちゃんが謝るこたぁない。そういう事情があったとは知らず、俺が勝手に推測してしまっただけの事だ。申し訳ねえ。葉子、お前にもいらん迷惑をかけてしまってすまなかった」

 そう言って鷹槍はベルと葉子、それぞれに頭を下げた。

「タカ、顔を上げてくれ」

「そうよ、タカさんが謝る事はないわ」

 ベルと葉子が鷹槍に声をかける。そして鷹槍は頭を上げた。

 すると、葉子がそうだと鷹槍に声をかけた。

「……ねえタカさん、ベルちゃんの事なんだけど、滞在期間である二週間いっぱいウチに置いてあげたらどうかしら? この子、とってもいい子よ? 私にはわかるわ。それにこの子、ユキさんに雰囲気が似ていると思わない? きっと、ユキさんといいお友達になれると思うの」

 その言葉に、鷹槍は考え込む。

「……確かにこの嬢ちゃん、ユキに雰囲気が似ているな。それに、あいつは知り合いはいても友達は少ねえ。葉子の言う通り、いい友達になれるかもな。よし、じゃあ俺からは何も言う事はねえ。葉子、後はお前に任せる」

 鷹槍の言葉を聞き、葉子は満足そうに頷いた。

「決まりね。それじゃあベルちゃん、二週間、ここを宿にしていいわよ。泊まる所はユキさんがいる離れでいいかしら?」

 その言葉に、ベルは面食らった顔をした。

「おいおい、そんなあっさりと決めてしまっていいのか? 確かにベルは宿を探している。しかし、突然押しかけてきた者を泊めてもいいのか? それに、『ユキさん』とやらの許可もいるんじゃないのか?」

 その言葉に葉子は笑って言った。

「大丈夫よ。あの子、基本的に誰にでも懐いちゃうから。それに、きっとベルちゃんとユキさんはいいお友達――いえ、親友になれると思うのよ」

 笑顔で言われたその言葉に、ベルは何も言う事ができなかった。




 昼食後、ベルは離れで「降魔の書」を探すための計画を立てていた。

 駅でもらったタウン情報誌を睨みつつ、本屋や図書館といった本が多く集まる場所に印を付けていく。

 さらに、居間にあったチラシから得た情報によると、二十五日にはバザーがあるらしい。

(もしかすると、そのバザーに例のブツが持ち込まれる可能性があるな)

 ベルはそのバザーにも足を伸ばしてみる事に決めた。

「そうだ、例のブツがどのような物か確かめなくてはな」

 一人ごち、ベルはルーシーからmakaiPhoneに送られてきた文章ファイルや画像のうち、画像からチェックしてみる事にした。

 送られてきた画像を展開すると、そこには漆黒の表紙で装丁された分厚い本が映っていた。

「!? これは……」

 画像をしばらく見ていたベルは突如、目眩のような感覚に襲われた。意識をしっかりと保ちつつ、ベルは画像を切った。

 添付されていた画像に映っていた漆黒の魔導書は、画面越しでも見続けていると体ごと漆黒の闇に引きずり込まれそうなほど、深い闇を湛えていたからだ。

「……映像越しでここまでとは。実物は一体どれほどの物なのだ……?」

 ベルは数度深呼吸してざわめく心を落ち着かせる。

「……ふむ、どうやらこの依頼、ルーシーの言う通り一筋縄ではいかないようだな」

 ベルは気を引き締め、その後も資料やタウン情報誌に目を通しつつ、調査予定の見通しを立てていた。しかし、昨日から今まで動きっぱなしであったために疲れが溜まっていたのか、いつの間にかベルは横になり、眠ってしまっていた。




 それからしばらくして。

「――っ!?」

 突如、こめかみに電流が走るような感覚にベルは飛び起きた。すぐに時計を見ると時刻は夕方を過ぎていた。

「……しまった。いつの間にか眠ってしまっていたか……それにしても一体何だ? 今の感覚は?」

 奇妙な感覚にベルはしばらく呆けていたが、やがて首を数度振って意識を覚醒させた。

「――玄関か。何か胸騒ぎがする」

 そして、何かに突き動かされるようにベルは玄関へと向かった。




「――さん、おかえりなさい。今日はお客様が来ているのよ」

 玄関に向かうと、そこには葉子が立っていて誰かを出迎えていた。来訪者は葉子の陰に隠れていて姿を窺い知る事はできない。

 と、葉子がベルの存在に気付き、笑いかけた。

「ああベルちゃん、ちょうどいい所に。紹介するわ」

 そう言って葉子は脇へずれた。直後、ベルは自分の目が驚きに見開かれ、息を飲んだ事をはっきりと自覚した。

 彼女の視線の先には、不思議な少女が立っていた。

(雪)

 ベルが少女に抱いた第一印象がそれだった。まるで、雪のように可憐でいて、そして少しでも目を離すと消えてしまいそうな雰囲気を漂わせた少女がそこにいた。

 少女はベル以上に白い肌を持ち、夏なのに何故かハイネックの服を着ている。

 さらに目を引いたのは、まさに雪を思わせるほどに白く、長い髪。そして、血のように紅い瞳だった。

 だが、ベルが一番気になっていたのは少女の放つ雰囲気――いや、魂の波長とでも言うべきものだった。

 ベルは無意識の内に神経と感覚を研ぎ澄ませる。しばらくして、ベルの中で答えが出た。

(――『あいつ』に似ている)

 ベルは直感でそれを感じ取っていた。少女の持つ魂の波長はあの青年に似ていると。

 かつて自分と死闘を演じ、打ち倒され、紆余曲折あった末に自分を受け入れてくれた青年に。

 ふと、ベルが少女を見ると、彼女も自分の事を見て驚きに目を見開いているのがわかった。どうやら、ベルが少女に感じたものを彼女も感じ取ったらしい。

 そこへ、葉子の声が耳朶を打った。


「前田雪姫ゆきちゃんよ」


 こうして、紅と白は出会った。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 賀川さん、葉子さん、前田鷹槍さん、前田(宵乃宮)雪姫ちゃん、お借りいたしました!

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