Part 01 涙雨会議
長い間お待たせして申し訳ありませんでした。 しばらくぶりの更新です!
リズが無山で猫夜叉の兄妹と出会った翌日。
彼女は無白花、斬無斗を伴って山を下り、雪姫のいる前田家へ向かうところだった。
三人は会話を交わしつつ、ぶらぶらと山を下っていた。すると、リズが急に立ち止まり、鼻をひくひくさせた。
「あ、二人共待つっス。雪姫ちゃん、ここから近い辺りにいるみたいっスよ!」
「何でわかるの?」
斬無斗が尋ねる。
「雪姫ちゃんのいい匂いがするっス! ぽかぽかとあったかい、日溜まりの匂いっス! 私、鼻が利くもんで!」
すると、無白花がハッとして言った。
「そうか、もしかすると雪姫はアトリエにいるのかもしれないな」
「アトリエ? 森の中にあるっていう?」
リズの問いに無白花は頷いた。
「距離はここからそんなに離れてない。行くか?」
「もちろんっス! それに、こんなにいっぱい山の幸を持っていったら、きっと雪姫ちゃんも喜ぶっス!」
そう言ってリズは手に提げていたキノコや木の実が詰まった籠を掲げてみせた。それを見た無白花と斬無斗も僅かに表情を綻ばせた。
「よーし、それじゃレッツゴーっス!」
そして三人は軽い足取りで森へ向かっていった。
「ん……?」
ふと、ベルは目を覚ました。そして、自分が雪姫の手を握ったまま眠ってしまっていた事に気付いた。その事に思わず苦笑したベルだが、次の瞬間、異常に気が付いた。
「……雪姫?」
ベルが雪姫に呼びかける。しかし、雪姫は眠ったままで呼びかけに応えない。
「雪姫! 目を覚ませ、雪姫っ!」
ベルは声を張り上げ、彼女の体を揺さぶりながら呼びかけるが反応はない。
死んではいない。ただ、生きているだけ。
「……くそっ、いよいよ始まったか……!」
いよいよ呪いが本格的に彼女の生命を奪おうとしている事を察したベルは唇を噛んだ。
「……そうだ、今はいつだ!?」
ベルは慌ててmakaiPhoneを取り出して時刻をチェックすると、日付は二十六日。時刻は午前十時前。昨日は様々な出来事が立て続けに起こったため、流石のベルも疲れてしまい、長く寝すぎたようだ。
「……あれから数時間か。しかし、その間に雪姫は……いや、まだ大丈夫だ。あの女の悪意にあてられた上、賀川のキスや、あいつがうろなを離れた事で精神的に参ってしまっているだけだ。もう少し休ませれば、きっと……きっと、大丈夫だ」
ベルが自分に言い聞かせるように呟いた時だった。
「……む?」
ベルの超感覚に何かが反応した。意識を集中してみると、リズの魔力の反応に加えて堕天使とは違う、それでいて人間のものではない不思議な力の気配が二つ感じられた。三つの気配は真っ直ぐにこの家を目指している。
「リズ……? それにこの気配は……?」
ベルは二つの気配を訝しんでいると、インターホンが鳴った。
ベルは玄関まで歩いていき、ドアスコープを覗き込むと、そこには見知った顔が一つと見知らぬ顔が二つあった。リズの側にいる二人が気になったものの、リズと一言二言会話を交わしている事から危険ではないと判断し、ドアを開けた。すると、ベルの姿を見たリズが顔を輝かせた。
「ああ、先輩の匂いがすると思ってたら、やっぱり先輩もここにいたんっスね。こんちはっス♪」
「リズ、どうしてここに? それに、そこの二人は……」
ベルが無白花と斬無斗を交互に見る。二人はベルから感じる力を感じ取っているのか、警戒しているようだ。だがリズはそれもお構いなしに二人を紹介した。
「無白花ちゃんに斬無斗君っス! 昨日、山でお友達になったんっス!」
「ほほう、それはそれは。リズが世話になっているようだな。申し遅れた、我が名はベル・イグニス。ご覧の通り、ベルは人間ではない。そこのリズと同じ、堕天使という存在だ。まあ、よろしく頼む」
自己紹介をしたベルだが、二人はベルから放たれている強い魔力のせいか、警戒を解こうとしない。するとリズが両者の間に割って入った。
「二人共、大丈夫っス。ベル先輩は雪姫ちゃんがとても信頼して、お姉さんのように慕っている方で、ボディーガードも務めているんス!」
その言葉を聞き、二人は多少だが警戒を緩めた。それを見たリズはほっと一息をついた。
「そうだ先輩、雪姫ちゃんも一緒にいるんスよね? ここから雪姫ちゃんのいい匂いがしたっス!」
「あ、ああ。いるには、いるが……」
その言葉に、ベルは返事に詰まった。すると、リズは何かを感じ取ったのか、険しい表情になった。
「……先輩、雪姫ちゃんに何かあったんスか?」
すると、無白花と斬無斗がずいとベルに迫った。
「まさか、呪いが!?」
「会わせて! 雪姫に会わせてよぉ!」
「呪い!? 呪いって何の事っスか!? そんなの初耳っス! 先輩、無白花ちゃん、斬無斗君、説明してほしいっス!」
ベルは迫ってきた三人にたじろぎ、今の雪姫の姿を見せてもいいかどうか逡巡したが、覚悟を決めて三人に告げた。
「……わかった。雪姫に会わせよう。ただし、覚悟してくれ」
その直後、雨がポツポツと降り始め、それはすぐに豪雨となった。
「雪姫!?」
「そんな……! 呪いがここまで進んでいるなんて……!」
ベッドの上で衰弱している雪姫の姿を見て無白花と斬無斗が悲痛な声を上げる。
「呪い!? ねえ、呪いって何なんスか!?」
リズの質問より早く、無白花がベルに飛びかかり、押し倒した。
「どういう事だ! どうして呪いがここまで進んだ? お前は雪姫に何をした!?」
「無白花ちゃん! 落ち着くっス!」
リズの制止も聞かず、ベルの襟を掴んで激しく揺さぶる無白花。だが、ベルの酷く悲しそうな瞳を見て我に返り、そろそろと手を離した。
「……すまない」
「いや、いいんだ」
そして、ゆっくりと立ち上がると、無白花と斬無斗を交互に見て、口を開いた。
「その口振りだと、二人はあの子に呪いがかけられた経緯を知っているようだな。頼む、話してくれないか? ベルもどうしてこうなってしまったのかを話さなければならない」
「……わかった」
ようやく興奮が収まってきた無白花は頷いた。
それから四人はテーブルを囲み、話し合いを行う事にした。最初に無白花と斬無斗は自分達が猫夜叉という種族である事、ひょんな事から雪姫と友達になった事をベルに告げた。
その後ベルは、昨日雪姫とバザーに出かけた帰り道で冴に襲われ、それを自分が撃退したが、彼女の悪意が呪いに反応してしまった事、そして賀川が見知らぬ女性とキスをし、彼女と共にうろなを離れてしまった事を話した。
告げられた事実に三人は驚き、何も言う事ができなかった。
「そんな事が……しかし賀川さん、一体どういうつもりなんスか!? 知らない人とキスをしてそのままさいならって! 帰ってきたら一発ぶん殴ってもいいっスよね!? 答えは……」
「リズ、少し黙れ」
「……アッハイ」
ベルに睨まれ、リズは背筋を伸ばして押し黙った。
「さて、ベルは話すべき事を話した。次はお前達の番だ。どうして雪姫にこんなおぞましい呪いがかかっている?」
ベルの鋭い視線を受け、無白花と斬無斗は一瞬竦み上がったものの、やがて無白花が意を決して口を開いた。
「……八月半ば、この町の外から役小角という妖怪と、その配下がこの町をものにしようと攻め込んできた事があった。私達人外の間では『うろな夏の陣』と呼ばれている」
「その時、雪姫はその戦いに巻き込まれ、役小角とその配下の妖怪によってさらわれ、鬼を、降ろされたんだ……宵乃宮の巫女であり、その高い力に目を付けられて……たった町一つ、それだけのために……!」
斬無斗が悔しそうな様子で語る。外では雨がさらに強まり、雷鳴が轟き始めた。
「あの時の雪姫は、『雪鬼』でいて『雪姫』じゃなかった。楽しそうに虫で作った刃を振るって、みんなに襲いかかったんだよ……正直、あの時の雪姫の姿は見ていられなかった」
「…………」
今にも泣き出しそうな様子で語る斬無斗の話をベルは表情一つ変えずに話を聞いていたが、その両手は色が白くなるほどにきつく握り締められていた。
「そして、私達はどうにか雪姫を助ける事に成功した。でも、呪いを解く事はできなかった。私達にできたのは、傷の手当てだけだった」
無白花が力なく首を横に振って呟く。
「……で、その役小角とかいう下衆共……そいつらはどうした?」
その時、ベルが昏い光を宿した瞳を二人に向けて尋ねた。
「…………死んだ」
その瞳に気圧されつつも無白花は答えた。
「死んだ……だと……?」
ベルが驚きに目を見開き、身を乗り出す。
「最後の切り札にと用意していた術式を、この町の知恵者が逆に利用して、その中に飲み込ませた。他の奴らも、みんなで力を合わせて一人残らず討ち取った」
「だが、術者が死んだら普通は呪いは消えるものではないのか?」
ベルの言葉に、無白花は首を横に振るだけだった。
「……役小角の力は、死して尚も呪いを残すまでに強かった。そうとしか言えない」
「そう、か……」
ベルは短く呟き、顔を俯かせた。長い髪に隠れたその顔は雪姫を戦いに巻き込み、呪いをかけた者達への憎悪に満ちていた。無意識の内に、彼女の周囲で火の粉がぱちぱちと爆ぜる。
(……もしも、その場にベルがいたならば、ベルはそいつらを灰も残さずに焼き尽くしてやったものを……!)
「……先輩?」
おずおずと声をかけてきたリズに、ベルはハッとして顔を向けた。視線の先には、怯えたような表情をしている三人の姿があった。
「……ああ、すまない。どうした?」
短く答えたベルはそこで、自分が憤怒の形相をしていた事を悟った。数度深呼吸し、荒れ狂う心を必死に鎮める。その時、リズが激昂してベルに怒鳴った。
「どうして! どうしてそんな大事な事を黙っていたんスか!?」
そんなリズに対し、ようやく落ち着いてきたベルはどこか冷めた瞳をリズに向け、言い放った。
「……話していたら、お前の事だから雪姫を凄く気遣うだろう? あの子は本当に優しい。だから余計にこの子へ負担をかける事になる。だから話さなかった」
「でも……!」
「では逆に問うが、呪いの事を知ったところでお前に何ができた? 呪いを解いてやる事ができたとでも言うのか?」
「っ、そ、それは……」
言葉尻に怒気を含んだベルの問いかけにリズはすっかり押し黙ってしまった。
それから、四人は言葉を交わす事もなく、じっと俯いていた。自分達の無力さを噛みしめながら。
ただ、雨だれの音だけが四人の耳を酷く聾していた。
それからしばらくして、不意に無白花と斬無斗が立ち上がった。
「無白花、そろそろ帰らないと……」
「うん。ごめん、ベル、リズ。私達は山を守らなければいけないから」
「……わかった。雪姫は私達が守る。それと、雪姫を尋ねてきてくれた事、感謝する」
「いいんだ。雪姫の事、よろしく頼む」
帰り際に雪姫の髪を軽く撫で、二人は帰っていった。
「……リズ、お前は帰らなくていいのか?」
ただ一人残ったリズにベルは尋ねる。するとリズはしっかりと頷いた。
「私も雪姫ちゃんの側にいるっス。どうせついていてあげるなら一人より二人の方がいいし、目が覚めた時、雪姫ちゃんも安心できるっス」
「……すまないな。鷹槍には後で私から連絡しておこう」
それから二人は掃除や炊事といった家事をして過ごした。だが雪姫は一向に目覚める気配がなく、二人もまた、酷く沈んだ雰囲気のまま、自分達にできる事をするしかなかった。
銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 無白花ちゃん、斬無斗くん、
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 話題としてユキちゃん、
三衣 千月様 話題として、うろな夏の陣、役小角、お借りいたしました!




