Part 01 ねこといぬ
ベルと雪姫がバザーに出かけている間、リズはうろなの西にある山……「無山」に登っていた。
目的はもちろん降魔の書の捜索…………ではなく、山の幸を収穫する事だった。
うろなを訪れた時からリズは無山から「ここには豊富な山の幸がある」という直感めいたものを感じており、そのうち登ってやろうと密かに考えていたのだ。おい、魔導書探せよとツッコみたいところではあるが、それがリズなのだ。食材の臭いがするところに彼女は現れるのだ。
「ひゃっほー♪」
リズは無山を縦横無尽に駆け抜け、豊富な山の幸を収穫していた。その表情は上機嫌そのものだ。
「……おっ、このキノコは食べられるっスね♪ えーと、あのキノコは……げっ、大分前に食べてお腹壊した毒キノコっス……危ない危ない。美味そうな見てくれしている癖に毒キノコとか詐欺もいいところっス! ……あーっ、あっちには山菜がいっぱい生えてるっス! 早速いただきっス!」
たくさん実っている山の幸に、リズは一人ごちつつ表情をころころ変え、それを収穫していく。
木の枝になっている木の実を見つけると幹を蹴ってそれを落とすか、直接登って抜群の身体能力を活かしてそれをキャッチし、沢に出た時は水中に魚の姿があるのを確認すると、地面に伏せて気配を殺し、魚が見せた一瞬にも満たない隙を突いて川へダッシュ、まるで熊がやるように水面に獣の腕を叩きつけ、魚を吹っ飛ばす。それを落下地点に回り込んで全てキャッチするという離れ業を普通にやってのけていた。
日が一番高くなった頃、リズは河原で火を起こし、先程獲ったばかりの魚……それも見事なイワナを焼いていた。
「じゅるり……まだスかねまだスかね~♪ いや~しかし、ここまで立派な大きさのイワナが獲れるなんて思わなかったっスよ! それに、木の実やキノコもいいものが揃ってたし、穴場を見つけたっスよ! やっぱり私の勘は当たってたっス!」
魚の焼けるいい匂いに思わず涎を垂らしつつ、リズはイワナが焼けるのを今か今かと待っている。
だがこの時、リズは木々の隙間から気配を自然と一体化させ、自分を監視している二つの視線に気が付かなかった。
昼食を終えたリズはさらに数時間もの間食材収集に情熱を燃やし、今やリズのリュックは山の幸でいっぱいになっていた。現在リズは山の奥まった所を移動しており、ふと彼女が空を見上げると、辺りは夕暮れになっていた。
「もうこんな時間っスか。それにしても、木の実に山菜、キノコがいっぱい穫れたっス! これ、先輩や葉子さんに見せたらビックリするのは確定的に明らかっス! 天ぷら、味噌汁……くぅ~っ、最高じゃないっスか!」
意気揚々といった様子で道なき道を行くリズ。すると、突然開けた場所に出た。そして――
「……わう?」
リズは首を傾げた。その視線の先には、古い石碑がぽつんと鎮座していた。
「……何スか? この石碑。相当古いものみたいっスけど。でもどこか不思議な力を感じるっスね……ちょっと調べてみるスかね」
一人ごち、リズが石碑を調べようと近付いたその時――
彼女の眼前に、二つの影が飛び出してきた。
「わっ!?」
リズは慌てて立ち止まる。その先ではフードを被った一組の少年少女が手に刀を握り、獣を思わせる鋭い目つきでリズを睨みつけている。
フードから覗く髪は銀色で、少年の瞳は赤に、少女の瞳は金色に輝いており、その瞳孔は獣のように縦に割れていた。
(な、何っスかいきなり!? しかもこの二人、人間とは違う……!?)
二人から漂う雰囲気に、リズは二人が純粋なヒトではない事を察した。
「……それに近付くな」
少女が低い声で告げる。
「…………」
少年は無言で刀を握る手に力を込める。こちらが少しでも気を緩めた瞬間、両者は襲いかかってくるだろう。
リズは無意識の内に数歩後ずさりながら、どうすればいいかを必死に考えていた。
(……ど、どうしたものっスか!? っていうか、私何かしましたっけ!? いや、してない! ……はずっス……こ、こうなったら!)
リズは瞬時に決断し、そして行動に移した。
「すいませんでしたーーーーッ!!」
リズは収穫物が詰まったリュックを脇に放り、瞬時にその場で綺麗な土下座を決めた。
「「…………はい?」」
二人は警戒しながらも思わず間抜けな声を上げてしまった。それにかまわずリズは弁解する。
「本当にすみませんでした! この山、お二人の土地だったんスね! にもかかわらず勝手に入った上、山の幸を勝手に採ったりして本っ当にごめんなさい! これは返します! それがダメならお金払います! 今は持ち合わせがないっスけど必ず払いますから! どうかお許しをっ!」
長い沈黙が辺りを支配する。そして、リズがそろそろと頭を上げた時、そこにはどうしたものかという顔でリズを見つめる二人がいた。
それを見たリズは世を儚んだ顔をし、大きな溜息をついた。
「……ああ、ごめんなさい、先輩、タカさん、葉子さん、雪姫ちゃん……私はここまでみたいっス……」
リズが涙目で知り合い各位に詫びたその時――
「……雪姫ちゃん?」
少女が雪姫という言葉に反応した。
「……雪姫? もしかして、赤い目に白い髪をした……?」
少女に尋ねられ、リズは顔を上げた。
「え? そ、そうっスけど……」
言い終えるや否や、二人はリズのすぐ側まで音もなく接近してきた。ちなみに刀はリズの首筋からほんの数ミリの所で止められている。
「返答次第では見逃してやる。雪姫とはどういう知り合いだ?」
選択の余地がない事を悟ったリズは息を飲んで頷き、しどろもどろになりながらも言葉を紡ぎ出す。
「……え、えーと、話せば長くなるんスけど……」
それからリズは二人に聞かれるがまま、自分が堕天使だという事を含めたリズ自身の事、どうして雪姫と知り合ったのかという事、元々は旅をしていたが、今は奇妙な縁から前田家に泊まっている事を嘘偽りなく打ち明けた。
「……話はわかった。斬無斗、ちょっと」
「……うん」
リズから情報を聞き出した二人はいつでも一踏み込みでリズに攻撃できる位置まで離れると、リズに絶えず鋭い視線を送りながら何やら密談を交わしていた。何をされるのか気が気でなかったリズはその場から動く事もできず、ただ正座している事しかできなかった。
しばらくして、二人はリズの元へ戻ってきた。
「……お待たせ。ナベリウス、だっけ? 堕天使っていうのがどういう存在かはよくわからないけど、少なくともあなたは嘘を吐いているように見えない」
一旦言葉を切り、無白花は続けた。
「最初は人ならざる者――つまりあなたがこの山に入ってきたから私達も警戒せざるを得なかったけど、あなたの行動を監視させてもらい、そしてこうして話をした結果、あなたはこの地に害を為す者ではないと判断した。まあ、斬無斗はまだ信じ切れていないみたいだけど」
「……ふん」
少女に視線を送られた、斬無斗と呼ばれていた少年はぷいとそっぽを向いてしまった。
「申し遅れたね、私は無白花。この子は斬無斗。ほら、立てるか?」
そう言って無白花と名乗った少女はリズに手を差し伸べた。リズはしばらく逡巡した後、その手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとうっス。改めまして、私は堕天使ナベリウスっス。人前では緋辺・A・エリザベスと名乗っているっス。よければリズと呼んでくれたら嬉しいっス」
「リズだね、わかった。さっきは手荒な真似をしてごめん。この山は私達にとって大切な土地だから見知らぬ者……それもあなたのような人ならざる者が入ってくると私達も神経を尖らせずにはいられないんだ」
そこでリズは二人から感じ取っていた奇妙な感覚について尋ねてみた。
「……えーと、つかぬ事を聞くっスけど、二人はその、雰囲気から察するに純粋な人間ではないんスか?」
その問いに無白花は頷いた。
「そう。私達は『猫夜叉』という一族。純粋な猫夜叉である母さんと、人間である父さんとの間に生まれたのが私達」
するとリズは納得がいったかのようにポンと手を打った。
「ははあ、すると二人はいわゆる半人半妖っていう存在なんスかね?」
「まあ、そんな所……」
ぐーーーー
「……あ」
その時、リズの腹の虫が盛大に鳴いた。リズは頬を赤らめ、斬無斗は思わずクスリと笑った。ただ、無白花だけは表情を変える事はなかった。
「ま、まあ、積もる話もあるし、せっかくだから夕食を食べながら話をしないっスか? 私が集めた食材もたっぷりある事だし! ねっ、ねっ! こう見えても私、アウトドア料理は得意なんス!」
そう言ってリズは放り出したリュックを掲げてみせた。
結局二人は半ばリズに押し切られる形で食事をする事になった。最初は訝しんでいたものの、雪姫の友達であるという事から、二人はリズの料理を食べた。するとその味は素材の味がとてもよく引き出されており、好評だった。それを皮切りに三人は徐々に打ち解け始めた。
それからリズは無山にテントを張り、キャンプをする事にした。
キャンプの最中、リズは二人に今までの旅の話をした。
二人はリズの気取りのない話の中で、その明るく裏表がなく、純朴な人柄に徐々に警戒を解き、完全に信用されたとはいえないが、普通に話ができるくらいに打ち解ける事ができた。
途中、山の見回りに行くと言った二人にリズは同行し、そこで襲ってきた「敵」を二人と連携して撃退した。この行動に、二人はリズの事をさらに信用したらしく、キャンプに帰ってからは少しずつだが二人の口数も増えた。
こうして、リズの一日は新たな出会いと充実した時間に彩られたのであった。
銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 無白花ちゃん、斬無斗くんを、
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 話題としてユキちゃんをお借りいたしました!
銀月さん、語尾等についてご指摘いただいた場合はまた書き直しますのでよろしくお願いいたします。




