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Part 08 ベルの嘘

「う、ん……」

 雪姫が上げたかすかな声にベルは即座に反応した。どうやら気が付いたらしい。

 あの後ベルは倒れた雪姫を受け止め、賀川がさっきまで座っていたベンチに横たえ、少しでも楽なるようにと自分の膝を枕にして、雪姫を休ませていた。

「わた、し……えっ!? べ、ベル姉様!? す、すみません、すぐにどきますっ」

「駄目だ雪姫、急に体を起こすな」

 慌てて体を起こそうとする雪姫を制しながら、ベルは説明する。

「お前はあの後、急に倒れたのだ。雪姫、もう限界だよ。気休めにしかならないが病院に行こう。点滴でもしてもらえれば、水分や栄養は体内に入るはずだ」

 誰の目から見ても、雪姫の顔色は死人のように青く、目もどこか虚ろになっていた。

 さらにベルは最近雪姫がほとんど食べ物を口にしていない事に気がついていた。

 もうこうなったら一刻の猶予もない。急いで彼女を然るべき場所に移さないと命に関わるというベルの判断だった。

 だが、本当はその原因が首筋の呪いだという事に気づいていた。解呪を行うにも、雪姫自身の体力がここまで落ちていては非常に危険だったからだ。

 すると雪姫は静かに体を起こしつつ、

「根本的な解決にはならないって事ですよね? 私、一体どうなってるんですか?」

 とベルに尋ねた。その言葉を聞いた瞬間、ベルは心の中で、しまったと呟いた。

 あまりに急な事態だったので、焦っていたベルはつい「気休め」という言葉を口から漏らしてしまった。

 これでは体調不良の原因が呪いにあると言っているようなものだ。

 しかし、一度口から出た言葉は戻らない。そしてベルは覚悟を決め、真紅の目を細めて真実を語った。

「……雪姫、信じるかどうかはわからないが、その首の傷、ソレには『呪い』がかかっている」

 すると雪姫はまるで知っていたかのように、

「そう、ですか」

 と静かに答え、そして笑った。

「雪姫、何を笑っている?」

 怪訝な顔をしたベルに、雪姫は自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

「許してくれないでしょう、ね」

「何を……」

「お兄様もお姉様も、あの老人も必死で私を『鬼』にしたかったみたいなのです。利害の為にとは言え、まるで仲間のように、いえ、家族のように気にかけて扱ってもらいました。でも、応えられなかった。だから私の裏切りを許さないでしょうね」

 その言葉にベルは表情を変えた。

(お兄様? お姉様? あの老人? 鬼? 応えられなかった? 裏切り?)

 頭の中に様々な聞き慣れない言葉が並ぶ。だがベルはそれをいったん脇へどけ、雪姫に尋ねた。

「雪姫、まさか、そいつらの仲間になりたかったのか?」

 すると雪姫は首を横に振り、深く息を吐いた。

「仲間になんかなりたくなかった。それでも大切にしてもらったのは確かです。どこかに曲がりなりにも愛情を感じて、私は喜んで愛していたから」

 その言葉に、ベルは自分の言葉が知らず知らずのうちに荒くなるのを抑えられなかった。

「お前、何かに利用されて、こんなワケのわからない呪いをかけられて、尚、愛していたと言えるのか。でも、奴らのそれは決して愛じゃない。愛情ある者にこんな呪いなんかかけるものか。ただ利用しているだけ……」

「それでも、です。ベル姉様」

 ベルの言葉を、雪姫は静かに遮った。

「恨まないのか、そいつらを。お前は自分の親友を傷つけたとそんなに苦しんでいるじゃないか。毎晩、毎晩……」

 だが、ベルは止まらない。数日とはいえ、雪姫の側にいたベルは彼女が親友達を傷つけた事に苦しんでいるのを知っていたからこそ、言葉を荒くしてでも雪姫に呼びかける。

「悪いとすれば私です。彼らを完全に拒否できなかった、力のない私が悪いのです。恨むとすれば自分自身になります。でも誰を恨んでも始まらないのです」

「……」

 自分を責め続ける雪姫に、ベルは言葉を失った。その時の事が自分が望んだ事ではなかったとはいえ、雪姫はここまで物事を諦観するような娘だったか? そんな考えがベルの頭をよぎる。

「彼らが何処に行ってしまったのかわかりません。でも次に会えたらお話しようと思います。殺して奪ってじゃダメだって。だってそんなの悲しいだけでしょう?」

「こんな事をする奴らが、そんな話など聞くものか!」

 自分に非道な行いをした者達と対話を試みようとする雪姫に、ベルは噛みつくような勢いで彼女の言葉を否定する。

 しかし、雪姫の瞳は真剣だった。その紅い瞳で、じっとベルを見つめる。

 彼女のその眼差しに、ベルは思わずたじろぎ、何も言えなくなってしまった。

 そして、雪姫はベルにさらに重い問いを投げかけた。

「でも私、そんな事を告げる暇もなく、すぐに死にますか? 二週間、賀川さんが戻ってきて、好きになったと話をするまで。私は生きられますか?」

 賀川の温もりを確かめるかのように、ベンチにそっと指で触れながら、雪姫はベルに尋ねた。

 ベルは息を飲んで、僅かに逡巡する。だが、最早隠せない事を悟ったベルは重い口を開いた。

「……すぐには進まないと聞いた。つまり、解呪の時間は十分にある」

 ベルは沈んでゆく夕日の僅かな光を眺めながら、強い意志を込めて、そう言った。そして、ごく自然にその言葉が発せられた。


「ベルが解いてやる、大丈夫だ。問題ない」


「はい、信じています。ベル姉様」

 雪姫は微笑み、静かに立ち上がって歩き出した。だがその方向は帰り道とは真逆の道だった。ベルが慌てて彼女を呼び止める。

「おい、雪姫。そっちは家じゃないぞ」

「森に行きます。私の家があるのです。このまま帰ると、タカおじ様達に心配をかけてしまいます」

 その言葉を聞いたベルが色をなした。

「何だって? 雪姫、馬鹿な事を言うな。それに、この期に及んで、心配も何も……」

「森に行きます。調子が良い時はそこで少しでも絵が描きたいのです」

「雪姫、少しでも安静にしてくれ! 頼むから……!」

 語調が荒くなるのも構わず、ベルが必死に雪姫を説得する。しかし彼女は聞く耳を持たない。

「森に、行きます。ベル姉様」

 そう言って雪姫はフラフラしながら、向かい側のバス停へ歩いていく。

 ベルはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがてふうと溜息を一つつくと彼女の側へ小走りに駆け寄った。

「……雪姫は本当に意志の強い娘だな」

 呆れ半分、感心半分という口調でベルが呟く。雪姫は頬を赤らめた。

「そ、そんな事ないです」

「くふふ、自分の思いは決して曲げようとしない…………ベルは嫌いじゃないぞ、そんな『妹』が。

 わかった。こうなったらベルもとことんまで付き合おう。それが、『姉』としての努めだ」

 その言葉に雪姫が振り返ると、そこには姉や母を思わせるような、優しい微笑みを浮かべながら雪姫を見守る、ベルの表情があった。




 それから二人はバスに乗り、森の近くにある「うろな家」というバス停で降りた。

 森が近くなると、気温も落ちてくる。雪姫の体調も少しは良くなるかと思われたが、むしろ先程よりも悪くなっているように見える。

 雪姫はバスの中で微睡んでいる間も悪夢にうなされていて、その度にベルは雪姫の手を握ってやった。

「ここに入るのか? 雪姫が?」

 ベルが戸惑いを隠せない様子で雪姫に尋ねる。目の前には鬱蒼と生い茂った、薄暗い森。

 ベルには堕天使としての超感覚が備わっており、暗闇など恐れるものではなかった。しかし雪姫がここに踏み込むのは危険以外の何者でもなかった。

 ベルの心情を察したのか、雪姫がベルに微笑む。

「大丈夫です。あの子達が道を示してくれますし、キノコの歌が聞こえるでしょう?」

「きの、こ?」

 雪姫が言い出した不可思議な話にベルは首を傾げてしまう。

(あの子達? キノコの歌? ど、どういう事だ?)

 その時、雪姫の目の前に白い蝶が舞い降り、彼女の伸ばした手に止まった。

「そう、手袋ちゃんが森の入り口まで来てくれていたの? 居ないって告げてくれたのね。ありがとう」

 まるで人と会話しているかのような雪姫の口振りに、ベルはただ驚くしかできなかった。

 そして、蝶はゆっくりと森の奥へと進んでいく。それを追うようにまた歩き出す雪姫。だがその体は今にも倒れそうなほどに揺れるので、すかさずベルが支えに入る。

「雪姫、気は確か、だな……お前、蝶と語れるのか?」

 ベルが尋ねる。

「虫は最大の敵なのですけれど。その中にあって友と言える存在です」

 その言葉でベルは確信した。彼女は虫と心を通わせる事ができるのだと。ここに来て、雪姫の力の片鱗を見せつけられたベルだった。

「……わかった。とにかく蝶を追えばいいのだな。さあ雪姫、ベルが支えているから、ゆっくりと進もう」

 それから二人は蝶を追いつつ、森の奥へと踏み込んでいく。

 薄暗い森を往く、白い髪に白いゴスドレスを纏った少女と、真紅の髪に真紅のゴスドレスを纏った小柄な少女。場所が場所だけに、その姿はまるで二人連れの妖精のようだった。

 しばらく歩いた所で、唐突に雪姫が尋ねた。

「彼女だったりするのでしょうか」

 それが先程バス停で賀川とキスをしていた女性の事だとすぐに見抜いたベルは答えた。

「いや、仕事関係だろう? だが、キスしていたな」

「してましたね」

「雪姫、いいのか?」

「あ、挨拶だと思います。海外に住んでいたらしいので」

「内心の動揺は手に取るようだったがな。とは言え、ベルがいる間に帰ってきたら、揉んでやるんだがな」

「…………胸を?」

 突拍子のない雪姫の言葉にすっ転びそうになりつつも、ベルは何とか踏み止まった。

「う、雪姫、風呂場の件、まだ根に持っているのか?」

「いいえ、でも何か、あれで余計に服が窮屈になった気がして……」

 その言葉を聞いたベルはショックを受けた。まさかあれだけでもう成長したというのか? 最近の女子はみんなそうなのか? ベルの顔にはそう書かれていた。

「ベル姉様があんな事するから」

「もう揉んだりしない。宣言する。そ、あれでもっと胸が成長したら……け、けしからん、けしからんぞ! 雪姫!」

「くふふ……」

 楽しくなったのか、ベルの笑いを真似してみせる雪姫。それを見たベルも思わず笑みをこぼした。

 足取りはフラフラしているが、せめて気持ちは明るく、そして強く持とうとする雪姫に、ベルは彼女が輝いて見えた。




 それからしばらく歩き続け、やがて開けた場所に出た。

 二人の視線の先には、いかにも魔女や幽霊が住んでいそうな古びたチョコレート色の小屋がポツンと建っていた。

(……へえ、これはいかにも童話に出てきそうな小屋だな)

「道案内ありがとうね。みんなにもよろしく伝えてね」

 率直な感想を頭に浮かべるベルをよそに、蝶へ礼を言う雪姫。すると蝶はまるで彼女を気遣うかのように周囲をしばらく飛んだ後、飛び去っていった。

 それからベルは雪姫から鍵を受け取り、家の扉を開けた。

 そこは思った以上に片付いており、隅々まで手入れが行き届いていた。

(最近になって改装が行われたようだな)

 それを見抜いたベルに、雪姫が声をかけた。

「ベル姉様……土間のそちらがキッチンとお風呂です。自由に使ってください」

「綺麗だな。外見からは想像がつかないな。なんとかビフォーアフターとかいう番組並みの改装技術だ」

「タカおじ様が聞いたら喜びます」

「そうか、鷹槍が……まったく、いい仕事だな」

 二人は話しながら土間から上がり、食堂としている部屋、その繋ぎ部屋のアトリエに入る。

 その中にあるベッドにベルは雪姫を寝かせようとしたその時、雪姫は体を起こした。

「待って下さい、その前に……」

 すると雪姫は奥の部屋に通じる扉を開けた。その手が僅かに震えていたのをベルは見逃さなかった。

「ずっと入っていませんしタカおじ様も必要以上に触っていないみたいですけれど。簡単に掃除をすれば使えると思います」

「ここは……」

 長い沈黙の後、雪姫は口を開いた。


「………………母の部屋です」


 その一言で、ベルは雪姫が母へ抱いている複雑な思いを察した。

「大切なこの部屋をベルが使っていいのか?」

「母も放って置かれるより、使われた方が良いと言うと思います。私のベッドがあるアトリエは普通に寝るには匂いがきついですし」

「…………」

「あの……」

 しばらく押し黙っていたベルに、雪姫がおずおずと声をかける。

「いい、後はベルがするから」

「……わかりました」

 雪姫に送り出され、ベルは秋姫の部屋へ足を踏み入れた。

 そこは以前鷹槍達が整備のために足を踏み入れただけあって、割と片付いていた。

 ベルは一度、ここにはいない部屋の主に「少しだけ部屋を借りるぞ」と断り、部屋に積み重なった荷物の簡単な片付けを行う事にした。




「……ふう、大体こんなものか」

 部屋の掃除と荷物の整理が大方片付き、ふと気付くと辺りはすっかり暗くなっていた。部屋の時計を見ると、午後七時を回っていた。

「……もう、こんな時間か」

 軽く伸びをし、部屋を出た。

「雪姫、こっちは大方すんだぞ……雪姫?」

 ベルが雪姫に呼びかけると、彼女はベッドの上で寝息を立てていた。

「……眠ってしまったか。ほら、布団をかけないと風邪をひくぞ」

 クスリと笑い、ベルは起こさないように雪姫の体を動かし、布団をかけてやる。

 その後、ベルは秋姫の部屋から椅子を持ち出し、ベッドの側へ置き、腰を下ろした。

 そして、その美しい白髪をそっと梳きながら、ベルは言葉を紡いだ。

「……すまない、雪姫」


 それは、雪姫に対してついてしまった「嘘」への謝罪。


 以前は嘘と悪徳を美しいものだと定義していたベルだが、何故かあの時は雪姫に対して嘘をついた事を激しく後悔していた。胸の奥が締め付けられ、言いようのない苦しさがベルを苛んでいる。


『ベルが解いてやる、大丈夫だ。問題ない』


 そう言ったものの、ベルが習得しているのは大半が攻撃用の魔術、そして補助用の魔術が少々という有様だ。解呪用の魔術は初歩的なものしか習得していないため、彼女の呪いを解くには圧倒的な差があった。

 だが、何故かあの時はその言葉が口をついて出てしまったのだ。

(……ベルは、一体どうしてしまったんだろうか? 何故、嘘をついた事をこんなに後悔している……? 何故、ここまで胸が痛むのだ……?)

 しばらく自問自答を繰り返していたが、答えは出なかった。

 ふと、雪姫の寝顔が目に映った。その寝顔はとても安らかなものだった。それを見て、ベルはそっと言葉を紡いだ。


「……雪姫、何があろうとベルはお前の味方だ。ベルが、お前を守ってやるからな。ベルを信じてくれ、『妹』よ」


 それは、今の自分にできる精一杯の事。そのためなら自分は全力を惜しまない覚悟ができていた。

 雪姫に誓いを立て、励ますようにベルは彼女の手をしっかりと握る。そして、いつの間にかそのまま眠りへ落ちてしまった。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、話題として秋姫さん、賀川さんとアリスさん、

三衣 千月 様 『うろな天狗の仮面の秘密』 より 前鬼、後鬼、役小角をお借りいたしました!

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