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Part 07 見送りと変調

 ベルは片腕で雪姫の体を支え、もう片腕に荷物を提げつつできるだけ帰路を急いでいた。

「これじゃあ、台無しですね」

「何を言っている。ベルは楽しかった」

 話をするのも辛そうな雪姫に、ベルは努めて明るい口調で答えた。そして、前田家の前まで帰ってきた。

「ベル姉様、首の傷は見えていない?」

「大丈夫だぞ」

 ベルの答えに雪姫は安心して息をつき、玄関を開けた。

「ただいま戻りました」

 雪姫が挨拶する傍ら、ベルは荷物を下ろしてふぅと溜息をついた。程なくして、葉子がぱたぱたと小走りで二人を出迎えた。

「ユキさん、ベルちゃん、おかえりなさい。あらぁ。可愛い格好してまるで姉妹の様ね」

 それを聞きつけたのか、すぐに若い職人達がどやどやと玄関に集まってきた。

「うぉ、天使が二人降臨してるぞっ」

「ユキ姐さん、ベル姐さん、何かすげえっす」

「ベルはただの天使ではないぞ」

 ベルは憮然とした表情で答え、雪姫は恥ずかしくなって俯いた。すると、葉子が残念そうに呟いた。

「残念ねーこんな可愛いユキさんを賀川君、見れないなんて」

 その言葉に、雪姫は顔を上げる。

「え? また夜勤ですか?」

「聞いてないの? 今日から暫く研修でうろなを離れるんですって」

 その言葉に、雪姫は驚きを隠せない様子だ。それを見たベルは目を見開いた。

(……まさか本当に伝え忘れていたとはな。つくづく、不器用な男だ)

 雪姫は焦った様子で葉子に尋ねた。

「暫くってどのくらいでしょう?」

 すると、横にいたベルが答えた。

「二週間、と言っていたな。見送りできる時間を目指して帰って来たのだが。奴の人生を捨てたような笑いが見れないのは残念だな」

 そして、ボソッと「……あの女のせいで予定が狂ってしまったが……くそっ」と呟いた。

 ベルの言葉もどこか上の空といった様子で雪姫は立ち尽くしている。すると、葉子が声をかけた。

「まだ、バス停に居るんじゃないかしら。でも、携帯は電源を落としているって」

 葉子の言葉を受け、ベルはちらりと雪姫を見る。そして、

「雪姫、具合はどうだ」

 すると雪姫はこくんと頷いた。

「もう、だいぶ良いです」

 それを見たベルは微笑みを浮かべて頷き返した。

「ベルはちょっと顔を見に行ってくる。ついで・・・にくるか?」

「あ、はい」

 雪姫は浮いた汗を拭いつつ、笑った。しかしその笑顔はかなり無理をしているものだった。すると、葉子が荷物をすっと持ち上げた。

「荷物は離れに運んでおくわ」

「そんな、葉子の手を煩わせるわけには……」

 すると、職人達が進み出てきて荷物を持ち上げた。

「何のために男手がたくさんいると思ってるんすか?」

 そしてそのまま荷物を離れへ運んでいった。後に残った葉子は柔和な笑みを二人に向けた。

「ふふ。じゃあ、ベルちゃん、ユキさんの事、頼むわ」

 その言葉に、ベルは無言で頭を深く下げた。そして、雪姫を目で促し、バス停へ向かった。




 バス停に向かう道中、雪姫は歩くのが辛そうだった。ベルがしっかりと彼女の体を支えているため倒れる事はなかったが、その危なっかしい様子にベルの表情も自然と険しいものになる。

「雪姫、止めておいた方が良かったか」

「いいえ」

 すると、夕暮れの中、バス停の椅子に座った賀川の姿が見えた。その姿は夕暮れと相まってどこか寂しそうに見えた。そして、空に二羽の白い鳥が飛び立っていった。

 それを見た時、雪姫の瞳に強い光が宿ったのをベルは見逃さなかった。

 よかった、間に合った。

 ベルは胸を撫で下ろした。しかしすぐにその表情は驚愕に変わった。

 何故なら、ベル達よりも先に、賀川の後ろに黒髪の女性が歩み寄ったからだ。それに気付いた賀川の顔が驚愕に染まる。

「Why are you here!? Why? Alice?」

 賀川が立ち上がる。すると女性は嬉しそうな顔をして彼に抱きつき、唇を重ねた。

「How I've missed Toki! I’m so happy that I got to see you again. Did you want to meet me?」

「a……I wanted…… to see you too.」

「I really……I wanted to see you for ages.」

「I cannot be together with you.」

「Your misunderstandings have been cleared up.」

 二人は何やら英語で話し合っているが、あまりにも流暢すぎてベルでも聞き取り切れなかった。

 ハーフかクオーターかは定かではないが、外見はベルよりも東洋人に近い。はっきりとした瞳の緑は日本人のものではない。年齢は賀川と同年代、もしくは少し上に見えた。

 話の内容から、彼女は賀川の過去を知っていて、かつ近しい間柄だという事が雰囲気から感じられた。ただの知り合いではない、まるで長い事連れ添った相棒。ベルにはそう思えてならなかった。

「It's not right for you to be treated that way……We want to work together with all of you. We are sad we can't meet you.」

「I only go to hunging out. I decided not to work.」

 二人は尚も親しげに英語で会話している。と、そこにバスがやって来て、扉が開いた。女性と一緒にバスへ乗り込もうとする賀川に雪姫は我に返り、必死に叫んだ。

「か、賀川さん!」

 雪姫の声に反応し、賀川が彼女の方を向く。だがその表情は能面のようで、その黒い瞳はどこまでも闇が広がる深い穴を思わせた。

 しかし雪姫はそれに臆する事なく、言葉を絞り出す。

「……こ、今度、気持ちを聞かせて下さいっ。私、貴方が、その……」

 言葉に詰まった雪姫を励ますように、ベルはそっと彼女の肩に手を置いた。

 すると、彼女の手の温もりに緊張が解れたのか、小さな声で、しかしはっきりとその言葉を口に出した。


「その……好き……です」


 その言葉が届いたかどうかはわからなかったが、賀川は少しだけ笑って、軽く手を挙げた。そして、振り返らずに小さな鞄を手に取ると女性と一緒にバスへと乗り込んだ。

 僅かな間の後、バスは軽くクラクションを鳴らして走り去った。

 雪姫は相当気力を振り絞ったのか、左右にふらつき始めた。それに気付いたベルが駆け寄り、その体を支えた。

「ベル……姉様……」

「よく頑張ったな、雪姫」

 少し虚ろになった目でベルの顔を見つめる雪姫に、ベルはその目をしっかりと見据えて力強い口調で彼女を励ました。

「……はい……」

 そこで雪姫はようやく笑顔を浮かべ、頷いた。




 それから二人はしばらくバス停に立ち尽くしていた。ベルはどこか苛立った様子だ。

(……しかし賀川の奴、何を考えている? 雪姫が来たのにあの無表情と沈黙。あんまりだろうが……! それに雪姫というものがありながら、別の女と親しくし、さらには、き、キスまでするとは……! くそっ、あの場で数発殴るべきだったか!?)

 ベルが何やら物騒な事を考えていると、唐突に雪姫がベルに尋ねた。

「賀川さん、会社の研修なんですよね?」

「ベルはそう聞いている」

「今のバス、空港行きだったんです。賀川さん、海外で暮らしていたらしいから、もう……」

 すると、ベルは雪姫の不安を打ち消すかのように語気を強めて言った。

「それはないな。先日の心に響くピアノ演奏に、お前への告白。あれは完全にお前の側にいたいという気持ちの表れだ。だが今は、何か事情があるんだろう。だが、何処に行ったにしろ、帰ると言ったなら、帰るんじゃないのか?」

 そして、バスの走り去った方向を見据え、念じた。

(――賀川よ、必ず、生きて帰ってこい。この子の元が、お前の帰るべき場所だ)

「帰ってきますよね……」

 雪姫の呟きにベルが何か言葉を返そうとした時、背後で何かが倒れる音がした。ベルが振り返ると、そこには地面に手をついて苦しんでいる雪姫の姿があった。

「雪姫!?」

 ベルが驚愕の声を出す。その視線の先では、雪姫が何やら黒い影のようなものに纏わりつかれ、苦しんでいた。「影」は雪姫の体をねちっこく触るかのように纏わりつき、その度に雪姫は苦痛に歪んだ表情で体を仰け反らせ、涙を流している。

 ベルが雪姫に近付くと、「影」はこちらを威嚇するかのようにその濃度を増した。こいつは自分のものだ。触るな。そう言っているようにも見えた。

 だがベルはそれを全く意に介する事なく、堂々と雪姫のすぐ側まで歩み寄り、「影」を睨みつけた。

「……お前、雪姫に何をしている……?」

 ベルは真紅の瞳を爛々と輝かせ、ぞっとするような冷たい声で「影」を脅した。「影」は驚いたように蠢く。

「……消え失せろ。殺すぞ」

 ベルは威嚇代わりに自分の魔力を波動にして放った。ベルを中心に紅い魔力の波紋が広がり、「影」を打つ。「影」はそれに怯んだようで、慌てて雪姫の首の傷に吸い込まれるようにして消えていった。

「……今はこれぐらいが精一杯か。しかし、あれが呪いの形か。まずいな。ああまではっきり見えてしまうと早く対処しなくては……雪姫、しっかりしろ。怖い奴はベルが追い払ったぞ。大丈夫、大丈夫だから……」

 そう言ってベルは雪姫を安心させるように体を支え、その白髪を優しい手つきで梳いた。しばらくそうしていると、雪姫はうっすらと目を開け、ベルを見た。ベルはふうと息をついた。

「雪姫、大丈夫か?」

「ベル……姉様……」

 雪姫はそれだけ呟くと、気を失ってしまった。

「雪姫? 雪姫! ……くそっ、この子を休ませなければ」

 ベルは雪姫の体を抱き抱えると、バス停のベンチまで運び、自分の膝を枕にして雪姫を休ませる事にした。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、葉子さん、賀川さん、職人の皆さん、アリスさん、

三衣 千月 様 うろな天狗の仮面の秘密 より イメージとして前鬼、お借りいたしました!

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