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Part 04 教師の覚悟、紅の誓い

 いきなり司に声をかけられ、意識を別次元に飛ばしていた事にベルは顔を赤くし、その後、咳払いをして彼女に向き直った。

「ん、ごほんごほん。確か司だったか、何だ?」

「少しユキの事で相談があるんです。ベルさんは今のユキを見てどう思いますか?」

 司の問いに、ベルは首を傾げた。

「……どう思うかと言うと? ベルはつい最近雪姫に会ったばっかりだから、以前の雪姫がどうだったのかというのは分からないのだが」

「あ、はい。実は私たちはユキがとある事故で大変な目にあったのを機に親しくなったのですが、その頃の命の危機にあった時と比べても、何かユキが不安定で、すごく脆くなってしまっている気がするんです。今日も殆ど食欲がなかったみたいですし。

 この前のお盆の頃を境になんですけど、それも、分かりやすい精神的、肉体的ショックを受けたというよりも……もっと根深いところで大きな傷なのか何かを負ってしまったように見えるんです」

 涙ぐみながら雪姫の事を語る司。その側で渉も落ち込んだ表情をしている。

 その様子から、ベルは二人が雪姫の事を心から心配している事を察した。

(……なるほど。この二人もまた、雪姫の事を案じている者の一人か。雪姫、お前の味方は本当にたくさんいるようだぞ。だが、雪姫曰く『誰かを傷つけた』などと、教師という聖職に就く者に言うのは流石にまずかろう)

 しばらくベルは考え込み、そして真剣な表情をして語りだした。

「なるほど。確かに何か大事なことを忘れてしまった気がするみたいな事を言っていたな」

 ベルは咄嗟に雪姫があまりその時の事をあまり覚えていないと情報操作し、自身も追求されすぎないように非常線を張りつつ、続ける。

「あと、雪姫は隠しているからここだけの話にして欲しいんだが、あの子の首元には痣のようなものが出来てしまっている。恐らくそれも、彼女が不安定な原因であると思う。信じてもらえるかどうかはわからないが、あれはどこか呪術的なものである可能性がある」

「呪術的……」

 ベルの言葉を繰り返しつつ、司は口を開いた。

「……タカさん達に口止めされていることではあるんですが、ユキちゃんの本来の実家はそういう怪し気な部分がある所だと聞いています。実は彼女、入院中に一度襲われたことがあるんです。もしかしたらそこから何か接触をうけたのかもしれません」

「ふむふむ。色々あの子は事情を抱えていたという訳か」

 ベルはその情報を鷹槍達から聞かされていたが、あえて初めて聞いたかのように返すベル。

 そして、彼女は様々な考えを巡らせていた。

(ここまで重大な情報まで知っているとは、この二人、雪姫と本当に親しい仲であるようだ。そして、心から彼女の事を案じている)

 考え込むベルに、二人は何か未知なるものを見る目で見つめている。

 ややあって、司が口を開いた。

「ベルさん、私はあの子を自分の娘のように思っています。あの子が一人の人間として迷っているのなら、または直接的な暴力にさらされようとしているなら、どんな事をしても彼女を守ってあげるつもりですし、賀川やタカさんなど彼女の周りの人達もそのつもりでしょう。

 しかし今回のあの子の異変はどこか、人が手出しできないような、異次元の力による部分があるような気がするのです。私は武道を長い間やっていた手前、そういう気配自体にはそれなりに敏感ですが、その力に対して何ら有効な手を打つことはできません」

 司はいったんそこで言葉を切り、続けた。

「ただあなたは、勝手な推測をしてすいませんが、どこかそういうものにすら、対抗出来る力をお持ちである気がするんです。

 ベルさん、お願いします。あの子を、ユキをそういうものから守ってやっていただけないでしょうか? 私達だけではどうしても及ばない部分に力を貸していただけないでしょうか? 今日見ていただけでも、あの子があなたをとても信頼しているのがわかりました。今まで学校にも殆ど通っていないため、心を許す友達というのがいないあの子の心を、友人としてどうか救ってやってもらえないでしょうか? お願いします」

 そう言って司はベルに対して深々と頭を下げた。それを見たベルは表情こそ変えないものの心底驚いていた。


(この女、何という情の深さだ……! 自分の腹に子を宿しているというのに、あの子の事を我が子のように心配している……!)


 だがその一方でベルは、彼女の真意を知ろうとしていた。


(しかし、言葉で言うのは簡単だ。はたしてそれは本心からなのか? ならば、その心と覚悟を見極めさせてもらおう)


 そして、ベルは意を決して口を開いた。


「司よ、ではお前は一体何を賭ける? ベルにそこまで大きな事を頼んでおいて、何の代償も支払わないというのは虫が良さすぎる気がするぞ。お前には雪姫のために何かを犠牲にする覚悟があるのか?」


 その瞬間、三人の周囲を取り巻く雰囲気が変貌した。

 言葉は穏やかに、だがその中に威圧感を含ませる。そして表情は相手に嘘をつかせないために厳しいものにする。

 その身から放つ雰囲気も、炎を思わせる威圧感で演出する。

 常人ならば、彼女の雰囲気に気圧され、即座に逃げ出してしまうほどの強烈な存在感と威圧感がそこにあった。


(さあ、その覚悟を見せてみろ)


 心の中でベルは二人に呼びかける。その思いにはどこか二人に対する期待が込められていた。

 渉は何か反論しようと口を開くが、何も言い返せないようだ。しかし、逃げる事はせずに必死にベルと向き合っている。

 一方、圧倒的な雰囲気の中、司は冷静に、かつ真摯にベルを見つめていた。

 そして、彼女は口を開いた。


「私の全てを賭けます」


 その言葉にベルは僅かに眉を動かした。

「ちょ! 司さん! 何を言ってるんですか!?」

 思いがけない言葉に渉が慌てふためく。

「ほう、全てとな」

 威圧感を崩す事なく、ベルは尋ねる。

 すると、渉は今までの重圧から解き放たれたかのように叫んだ。

「司さん、あなたは大事な身体なんだ! そんなこと言わないでくれ!!」

 すると、司は彼にやんわりと反論した。

「すまんな、渉。正直妻として、それ以上に母としても問題外な台詞だと思うんだが、でも私の軸はぶれないんだ。

 私は教師であり、剣士だ。子供達のためにはたとえ自分の立場がどうであれ、常に命を含めた全てを賭ける覚悟でいる。助けを求めている全ての子供達の前が私の戦場なんだ。

 剣術という人を殺める力を持ちながらも、教師という人を生かす職に就くと決めた時、これは私が自分自身に対して刻み込んだ、根源的な誓いなんだ。だから仮に今この命が私だけのものではないのだとしても、決してこの誓いに背くことは出来ない」


 そして、改めてベルに向き直った司は淀みない口調で言葉を紡ぎだした。


「ベルさん、改めてお願いします。私の全てを賭けても良いですから、ユキを守ってやってください。頼みます」


 言い切って、跪こうとする司。

 そうするよりも早く、ベルは彼女の肩をそっと支えた。気がついたらベルの体は動いており、そしてその手にこもる力は何か特別なものに触れるかのような恭しさがあった。

 そして、知らず知らずのうちに彼女の表情は先程までの威圧感をかなぐり捨てた、楽しくて仕方がないというような笑顔が浮かべていた。

 ベルは司の中に、自分を熱くさせる魂の輝きを見いだしたのだ。

「くふふふ。全く、本当にこの世界は愉快でたまらない。あいつ以外にこの私をこれほどまでに熱くさせる魂の輝きを見ることが出来るとはな」

 ベルの脳裏に、あの青年の顔が映った。ひたすら生きる事に貪欲で、そしてひたすらにまっすぐな青年の顔が。

 そして、ベルは司をそっと立ち上がらせると、敬意を滲ませた口調で彼女に語りかけた。

「顔を上げてくれ、司よ。その覚悟、しかと受け取った。お前が全てを賭けると誓ったように、ベルもこの命に賭け雪姫を守ると約束しよう。だが、元々私と雪姫は友達なんだぞ? 友達を助けるのに、理由など必要ないさ。くふふふふ、からかってしまってすまんな」

 そう言って愉快そうに笑う彼女の姿を、渉と司はどこかポカンとして見つめていた。

 その時、雪姫と子供達が戻ってきた。

「司ママー! うさ姉たんににんぷうさぎさん描いてもらったの。かわいいでしょー♪」

「きゃーいー」

「ぜえ、ぜえ……ふ、二人とも、そんなに走らないで」

「大丈夫か、雪姫。無理はするなよ?」

「す、すみません、ベル姉様……」

 息を切らせる雪姫にベルがすぐに駆け寄り、その体を支えた。

 そして、二人の背後で渉と司がその様子を温かい目で見つめていた。




 それからベルと雪姫は渉達とバザーを一回りした後、別れた。

 時刻は四時過ぎ、ベルは賀川の見送りに向かうため、さりげなく雪姫を説き伏せて早めにバザーを後にする事にした。雪姫はベルが帰りを急ぐ事にきょとんとしていたが、素直にベルに従った。

 そして帰り道、多くの荷物を片手で持ちつつ、ベルはそっと、しかし力強く雪姫の手を握った。

「……あの、ベル姉様?」

 突然の事に雪姫が目を丸くする。しかしベルはそれに構わず、そっと呟いた。

「――雪姫、何があろうとベルが、お前を守ってやるからな」

 それは、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。

 そしてベルは、雪姫を守るという決意を新たにし、真紅の瞳をより一層輝かせ、強い意志を秘めて前を見据えた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より にんぷうさぎさんと引き続きユキちゃんを、

YL様 ”うろな町の教育を考える会” 業務日誌より 果菜ちゃん、美果ちゃん、清水先生、梅原先生をお借りいたしました!

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