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Part 01 ベルも歩けば自動車に当たる

 ベリアル――ソロモン七二柱が一柱で六八位の序列を戴く堕天使。彼女はある目的のためにこのうろな町へとやってきていた。

 駅を出たベルは駅前のコンビニでパンとコンビニオリジナルブレンドのコーヒーを購入し、手早く朝食を済ませた。

「さて、と」

 ゴミを捨てたベルは荷物から彼女の髪色と同じ、真紅の携帯――堕天使御用達の最新型携帯、makaiPhoneマカアイフォンを取り出し、電話をかけた。

 かけた先は、ベルが居候している家。個性豊かな堕天使が集う、万魔殿。

 と、電話が繋がった。するとソプラノボイスが耳朶を打った。

『この電話は、現在使われておりません。発信音の後に懺悔をどうぞ。ぴー』

「ちっ」

 ベルは舌打ちを一つすると電話を切った。

 makaiPhoneをしまおうとした矢先、着信があった。ベルは通話ボタンを押し、耳に当てるや否や言い放った。

「おはようルーシー。燃やすぞ?」

『いきなりご挨拶だな、ベル。そういうわけでおはようさん』

「お前がふざけるのが悪いのだろう。さて。うろな町に着いたのだが、依頼主殿はそこにいるか? 依頼内容を聞きたい」

 電話から聞こえてきたからかうようなソプラノボイスの持ち主はルーシー・ヴェルトール。ベルと同じ堕天使である。

『ああ、彼女なら朝一の会議があるからと言って、説明と資料を私に丸投げしていったぞ』

 それを聞いたベルは溜息をついた。

「やれやれだな。で? 依頼内容は?」

 すると、電話の向こうでルーシーが躊躇う素振りを見せた。

『……それなんだが、どうも一筋縄では行きそうにないぞ』

「勿体ぶるな、話せ」

 ベルに言われ、ルーシーは軽く咳払いをした後、話し始めた。

『……依頼内容は『降魔ごうまの書』の確保、もしくは破壊しろいう内容だ』

「……『降魔の書』? 『降魔の書』とはどのようなものだ?」

『資料によると、かつてある大悪魔が記した魔導書で、まだ全容が解明できていないそうだ。把握できている主な力は、邪念や負の感情といったマイナスエネルギーを糧とし、自らの分体を生み出す事ができるものとの事だ。その分体は、他の生物を襲う事で痛みや恐怖といったマイナスエネルギーを集め、本体である『降魔の書』にそれを捧げる事でさらに力を増し、より多くの分体を生成、それを使ってさらに多くのマイナスエネルギーを得る、まさに負の連鎖を体現した物だと』

 それを聞いたベルの表情が難しいものに変わった。

「……確かに、それは一筋縄では行きそうにないな。他に情報はあるか?」

『ええと、さらにこの魔導書はマイナスエネルギーを吸収できる容量に際限がなく、時として大災害を引き起こすほどの暴走を引き起こす事もあるという、危険極まりない代物……とある。ブツの写真は後で送るよ』

「しかし、そんな代物がどうしてこの町にある?」

『この魔導書は元々依頼主の手元に保管してあったんだが、トラブルにより紛失してしまい、永い間――数世紀もの間行方不明となっていたそうだ。大方、様々な人物の手を転々としたんだろうさ。しかし、ここ最近うろな町でその魔力の気配をキャッチしたらしい』

「ふむ。で、その魔導書の確保か破壊を二週間でやらなくてはならないのだな?」

『そう。私達の事情も考えた上で、期間は二週間。微妙な長さだな』

「だな。あまりゆっくりはできそうにないな。まあ、こちらはベルに任せておけ。そっちこそ、ベルがいないからとって泣くんじゃないぞ?」

『ハッ、言ってろ……なあ、ベル』

「なんだ?」

『……気をつけてな』

「……ああ」

 それだけ言うと、ベルは通話を切った。

「……あいつがベルの事を心配するなんて、明日は流星群でも降るか?」

 そんな事を呟きながら、ベルは再び歩きだした。




 駅前通りをしばらく歩き、彼女は今、駅から少し離れた通りをぶらぶらと歩いていた。

 通りに人はおらず、ベルの靴音と旅行鞄の車輪が立てる音だけが辺りに響いている。

「さて、どうするか……」

 ベルは歩きながら一人ごちた。彼女が考えていたのは二週間もの間、このうろな町に滞在するのにちょうどいい拠点がないかという事だった。

 資金はあるが、ホテルにずっと二週間泊まるのは正直出費がかさむ。

「いきなりお宅訪問して『泊めて下さい』ってやる番組みたいにはいかないよな……うーむ、どうしたものか……ん?」

 ぶつぶつと呟きながら歩いていたベルが突然足を止めた。

 ベルの視線の先では、道路のど真ん中で黒猫が気持ちよさそうに寝ている光景が映っていた。

「……道路のど真ん中で猫がねこ・・ろんでる……か」

 一言ギャグを言い、ベルは少し顔を赤らめて再び歩きだした。自分で言っていて情けなくなってきたからである。

「……ベルは何を言っているんだ。早く宿を見つけなくては……」

 そう言ってベルが歩きだそうとした時、道路の向こうから軽乗用車が走ってきた。

「……まずいな」

 ベルが険しい顔つきになる。

 なぜなら、軽乗用車を運転している男性はよほど疲れているのかうつらうつらとしながら運転している。しかもスピードもそれなりに出ていて危険だ。このままではあの黒猫がはねられてしまう。

 そう思うや否や、ベルは行動していた。旅行鞄をその場に置き、堕天使特有の身体能力を活かして黒猫の元へ駆け寄る。

「今、助けるからな」

 そう呟き、あと少しでベルの手が猫に届く――その刹那。

「……ふみゃあ」

 寝ていた黒猫が起き上がって退屈そうに欠伸をし、そのまま何事もなかったかのように道路の向こう側へと歩いていってしまったのだ。

「……え?」

 ベルは思わず間抜けな声を上げてしまった。

 直後、自分の心音と急ブレーキをかける音がベルの聴覚を支配する。そして――


 衝撃。そして浮遊感。


(……おお。ちょこっと飛んでいるぞ、ベル)

 そんな他人事のような考えがベルの頭をよぎり、そして――


 どさっという音と共に、ベルの体はアスファルトへと叩きつけられた。




「…………」

 少女をはねてしまった事で我に返り、慌てて軽自動車から降りてきた男は自分のしでかしてしまったことの重大さを痛感していた。

 自分は仕事から帰る途中、日頃の疲れとある人物の事が気がかりなあまり、前方への意識が疎かになっていた。そして気が付いたら、目の前には真紅に彩られた小柄な少女がいた。

 慌てて急ブレーキをかけたが、間に合わず。次の瞬間には少女が僅かに浮遊し、そして地面に叩きつけられる映像がスローで再生されていた。

 そうだ。ここでじっとしていてはいけない。まずは彼女に意識があるかどうかの有無、怪我の状態を調べた上で救急車や警察を呼ばなくては。

「……もしもし? 君、わかるか?」

 男は倒れている少女の肩を軽く叩いてみる。下手に揺り動かしたりすると、怪我の状態が悪化したり、脳に悪影響が及ぶからだ。

 数度呼びかけてみるが、少女からは返事がない。

 男の顔色が白を通り越して蒼白へと変わる。そして、震える手で服のポケットから携帯電話を取り出し、119番通報をしようとした時――


「……ああ、痛かった」


 真紅の少女は何事もなかったかのように起き上がった。

「君、大丈夫なのか……!?」

 男が驚きを露わにして言う。

「大丈夫だ、問題ない」

 何て事ない調子でベルは答える。それもそのはず、ベルは堕天使であるため自己治癒能力が人間よりも遙かに高いのだ。しかも、ぶつかった時に急ブレーキがかけられていたため自動車によるダメージはほとんどなかったと言っていい状態だった。

(くふふ……いい事を思いついたぞ)

 そしてベルはこの一瞬の内にとんでもない事を考えついてしまった。

 ベルは立ち上がってドレスの埃を上品な仕草と共に手で払うと、男をじっと見据えた。その真紅の双眸に見据えられ男は思わずたじろぐ。

「……さて、どうしてくれる? 怪我をしていないとはいえ、お前がベルをはねたのは紛れもない事実。それも、直前まで居眠り、さらに法定速度スレスレで走っていたというおまけ付きでだ。目撃者がいないとはいえ、ベルが警察を呼べば、お前は即犯罪者だ」

「……」

 男は何も言えず、ただ黙って話を聞いている。つけ込む隙を見つけたベルはニヤリと笑った。

「……しかし、先程の衝突の衝撃と一瞬の浮遊感、アスファルトへの衝突具合……実に素晴らしいものだった……くふふ、自動車を使ったプレイは初めてだったぞ……くふ、くふふふふ……」

「……っ!?」

 息を荒らげ、頬を染めながら色っぽい表情を見せるベルに男は無意識の内に数歩下がった。

 ベルはしばらく恍惚としていたが、やがて咳払いを一つすると表情を戻した。

「……ああ、すまん。こっちの話だ。とにかくだ、先程の体験の礼といっては何だが、事を穏便に済ませたいと思う。しかし、条件がある」

「……何が望みだ」

 男は重い口を開いた。その瞬間、ベルは心の中で「計画通り」と快哉を叫んだ。

 そして、とどめの一言を宣言する。

「ベルは訳あって当分の間、格安で寝泊まりできる場所を探している。心当たりがあればそこに案内しろ」




 それから、ベルは男の車に乗り、男が居候させてもらっているという工務店へ向かっていた。

 その道中、ベルは簡単にこの町へ来た目的を説明していた。

「なるほど。事情は大体わかった。ところで君、名前は? 俺は賀川っていうんだ」

「ベル。ベル・イグニスだ。ところで賀川とやら、賀川の後は何と言うんだ?」

 ベルが尋ねる。すると、賀川と名乗った男は複雑な顔をしている。それを見たベルは事情を察した。

「……いや、いい。誰にも踏み込まれたくない事情はあるものだ」

「……すまない、ベルさん。お気遣い感謝するよ」

 ベルの言葉に賀川は謝罪と感謝を口にした。




 時刻は午前九時過ぎ。うろな工務店。

「あら、賀川君お帰りなさい……どうしたの、賀川君? いつも以上に疲れた顔をして」

 玄関をくぐった賀川を中年の女性が出迎えた。

「……ええ、今回はやたら疲れちゃって。あー、それと葉子さん、その……『拾い物』です」

「はい?」

 ばつの悪そうな顔で言葉尻を濁す賀川に葉子と呼ばれた女性が首を傾げる。その時――

「おいおい、人を物扱いするのは感心しないな……まあ、そういうのも嫌いじゃないが」

 賀川の陰から、一人の小柄な少女が顔を出した。

「……賀川君、この子は? 外人さんみたいだけど」

 葉子が物珍しそうに、ベルを頭の先から爪先まで何度も視線を往復させながら尋ねる。

「……えーと、この子は帰る途中で知り合ったベル・イグニスさん。探し物があってうろなへやってきたらしいんだけど、いい宿や下宿がないかって聞かれたんだ。じゃあせっかくだからウチに来るか? って事になって乗せて帰ってきたんです。ちなみに日本語はペラペラなのでコミュニケーションはしっかりとれます。口調は偉そうですが、それは彼女の家柄がいいとこだそうで」

 賀川が説明する。もっともこの説明の一部には帰り道にベルと賀川が急遽こしらえた作り話が混ざっている。

 本当は賀川の乗った車にはねられ、事を荒立てない代わりに宿を提供しろと言うベルとの取引で成り立った話だが、真実は墓場まで持っていこうと心に固く誓った賀川であった。

「まあまあ、それは大変ね。今は職人さんが少ないから大丈夫だとは思うけれど。男所帯だし。そうね、タカさん……ここの社長なんだけれど、昼前には食事に帰るから聞いてあげる。決定権はタカさんにあるのよ……まあ、私が言えば大丈夫だとは思うけれど」

 笑みを浮かべる葉子に、ベルも思わず頬が緩む。

「感謝する。それでは葉子、よろしく頼む」

「こちらこそよろしくね、ベルちゃん・・・・・

「ベルちゃん……」

 子供っぽい名前で呼ばれた事に内心ムッとしたが、まあ、このなりではそう言われるのも無理はないかと割り切った。

 それをよそに、賀川と葉子の会話は続いている。

「さて、どこに泊まってもらおうかしら……」

「ああ、そうだ。その事なんですが、ユキさんに離れへ案内してもらおうと思うんですけど……あれ? そういえばユキさんは?」

「ユキさんなら、森に取りに行く物があるって出かけたわよ。確か七時ぐらいに」

「! ……そう、ですか……」

 葉子の言葉を聞いた賀川はがっくりと肩を落とした。

「……『ユキさん』?」

 初めて聞く名前にベルが首を傾げる。すると葉子が説明してくれる。

「……ええ、この工務店の社長で『タカさん』と言うんだけど、その人の娘さんね。ベルちゃん、あの子と雰囲気が似ているから、きっとすぐ仲良くなれそうね、ふふふ」

「ほほう、それは興味深いな」

 ベルと雰囲気が似ていると聞き、ベルが興味深そうに反応する。

 そんな二人をよそに、その脇を賀川がまるで幽鬼のような足取りで通り過ぎていく。

「……葉子さん、すごく疲れたんで寝ます。ああ、ベルちゃん・・・、どうかゆっくりしていってくれ」

 賀川はそう言うと、足早に部屋へ引き下がっていった。さりげなく先程の仕返しとばかりに「さん」付けを「ちゃん」付けに変えながら。




「……変な男だなぁ。ところで、その『ユキさん』とやらは一体賀川の何なのだ?」

 ベルが廊下の奥へと消えた賀川を見送った後、葉子に尋ねた。葉子はくすくすと笑いながら答える。

「ふふふ、あの人ったらユキさんにお熱なのよ。あの子の前だとついつい好きな子にちょっかい出したくなるガキンチョみたいに振る舞っちゃって。素直になるのが一番なのにねぇ」

「……思い人、か」

「あ、ごめんなさいねベルちゃん。さあ、上がってちょうだいな。すぐにお茶を淹れるからね」

「かたじけない」

 葉子の後に付き、ベルはブーツを脱いで居住スペースへと上がった。

 居間へと通されたベルは旅行鞄を脇へ置く。するとすぐに葉子が冷えた麦茶を出してくれた。

「それじゃあ、ベルちゃん、ごゆっくり。何かあったらすぐに声をかけてね」

 葉子はそう言うと去っていった。

「さてさて、結果オーライだが、今日の宿は何とかなりそうだ。それにしても、『ユキさん』……か」

 冷たい麦茶に疲れが癒えていくのを感じながら、ベルはまだ見ぬ離れの住人に思いを馳せていた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 賀川さんと葉子さん、名前だけですがタカさんとユキちゃん、お借りいたしました!

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