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Part 03 分体

「それ」は粘り気の強いタールでできているような印象を二人に与えた。目の前で蠢いている「それ」は二人を威嚇するかのように不気味に身じろぎし、その表面を波立たせている。

(何だ、こいつは……しかし、こいつから感じる魔力……天使や堕天使のものとは違う……もしやこいつが降魔の書の『分体』って奴なのか……?)

 ベルは「それ」――分体を睨みつつ、考えを巡らせていると――

「こいつはくせえっスッー! ドブ以下の臭いがプンプンするっスッーーーーッ!」

 開口一番、リズが叫んだ。

「……どうしたリズ、いきなり叫んでからに」

 いきなり大声で叫んだリズにベルが驚きつつ尋ねる。

「――こいつ、ドブ川の臭いを発酵させて、その中に硫黄を放り込んだような、マジで嫌な臭いっス!」

 顔をしかめ、嫌悪感を露わにした口調でリズが唸る。

「……どんな臭いだ。しかし、こいつから嫌な感じがするのはベルにもハッキリとわかる」

 ベルが呟いた瞬間、分体は全身を激しく震わせた。即座に二人は身構える。

「来るぞリズ。用意はいいか?」

 ベルの鋭い声がかかり、リズは頷いた。

「いつでもどうぞっス!」

 ベルは指をパチンと鳴らす。すると、ベルの体が炎に包まれたかと思うと彼女の服装は半袖シャツにハーフパンツから真紅のゴスドレスへと変わっていた。

 それを見たリズはニッと笑い、遠吠えにも似た声で高らかに吠えた。

 するとその体は激しい炎の渦に包まれ、それが収まった後、その姿は黒いレザーのライダースーツを身に纏い、手には同じく黒いレザーの指貫グローブをはめ、足は黒曜石のように鈍い輝きを放つブーツに覆われていた。

 それを見たベルも笑い返した。そして、リズが自分と同じ事を考えを抱いていたのを見抜いた。

「昔のようだ」と。

 リズは腕をぐるぐると回し、首を数回鳴らした後、吠えた。

「さあ、キバっていくっスよー!」

 直後、彼女の両腕に異変が起きた。ライダースーツに覆われた腕と指貫グローブに包まれた手が見る見るうちに人間の腕と獣の前足をかけ合わせたかのような形に変わっていくではないか。

 あっという間にリズの両腕は長い鉤爪を備え、黒い体毛に覆われたものへと変貌していた。

(……懐かしい。あれがリズの戦闘スタイル。腕を獣のそれにし、さらに野生動物の如き敏捷性による高速機動戦闘。それに己の炎の魔力を付加する事により、威力を大幅に高める……パワーとスピードはベルよりも上だな)

 ベルは昔を懐かしむかのように彼女の戦闘スタイルを思い出す。

 そんなベルをよそに、分体は見かけによらない素早さで動き、体から黒い触手を伸ばした。リズはそれを難なく回避し、

「せりゃあっ!」

 一声叫び、野生動物のようなスピードと獰猛さをもって分体へ飛びかかる。そしてそのまま空中から勢いよく爪を振り下ろす。

 爪は分体の体に深々と突き刺さった。手応えを感じ取ったのか、リズが獰猛な笑みを浮かべる。しかしその表情はすぐに驚愕のものに変わっていく。

 何故なら、その手応えは爪を受け止めている分体が蠢き、リズの爪と腕を自分に取り込もうとしていたからだ。

「ちょ、何スか、これ!?」

 リズが慌てふためきながら腕を振り回して振り払おうとする。しかし分体は凄まじい粘着力を持っていて離れる様子がない。黒い触手めいた粘液はどんどんリズの腕を上ってくる。

「リズ、炎を出して焼き払え!」

 ベルが叫ぶ。リズは慌てて腕から炎を放った。分体の内部で放たれた炎は急速に燃え上がり、その黒い体を焼き尽くしていく。分体は油が煮え立つかのように体表から泡を噴き出し、やがて金属が擦れ合ったような耳障りな断末魔を上げて燃え尽きた。

「……っし、倒したっスよ」

 リズは肩で息をしながらその場にへたり込んだ。ベルが側に駆け寄る。

「リズ、大丈夫か?」

 するとリズは息を荒らげながらも頷いた。

「……へっちゃらっス。でも何か、さっきのあれであいつに魔力を食われた・・・・・・・みたいっス。ほんの少しっスけど」

「……魔力を、食われた?」

 ベルが首を傾げる。

「……ええ。あいつ、触れた相手から魔力を吸収できるみたいっス。何て言うか、触れた所から吸い取られるみたいな感じで」

「魔力を奪われる……厄介だな」

 そこまで呟いた時、ベルは素早く顔を上げた。座り込んでいたリズも素早く立ち上がり、口から唸り声を漏らす。

 直後、公園の茂みから先程と同じ姿の分体がずるずると這い出てきた。数は三体。

「まだいたんスね」

「リズ、分かっているな? 奴に物理攻撃は効かないぞ」

「ええ。燃やすんスね?」

「ああ。ゴミは焼き払うのが一番という事だ。ベル達にはうってつけだろう?」

 ベルの言葉に、リズがニヤリと笑う。

「汚物は消毒、ってやつっスね」

「……リズ、それはちょっと違うと思うが……ところでリズ、本気・・、出せるか?」

 ベルの問いかけに、リズは軽く首を横に振った。

「……申し訳ないっス。さっき魔力を食われたから、ちょっちパワーが足りないっス」

「そうか、仕方がないな。では、このまま行けるか?」

「大丈夫っス!」

 リズが答えた瞬間、分体達はまるで極上の獲物を見つけたかのように、一斉に触手を伸ばしてきた。しかし二人は動じる事なく自然体で立っている。

「……雑魚が。図に乗るな」

 ベルは低く呟き、分体の群れを睨み付ける。そしてすかさず両手を広げ、形のいい唇を開き、そこから常人には聞き取る事ができない程の速さで韻律を紡ぎ出していく。詠唱が進むにつれ、周囲の空気がビリビリと振動していく。

 そして、臨界まで膨れ上がった魔力をベルは解き放った。


「――――<太陽花火(フレアワークス)>!!」


 ベルが詠唱を完了すると同時に、公園の大気が大きく振動し――大きな爆発が起こった。

 爆発は五つの火球へと分裂し、その後、再び元の場所へと収束し、ぶつかり合い、その衝撃でさらなる大爆発を引き起こす。その様はまさに花火。二度の爆発の中心部にいた分体は一瞬にして消し飛んだ。

 だが、爆発の直撃から逃れた二体の分体は体の一部を焦がしながらも辛うじて離脱し、再びベル達に突っ込んできた。

「今度はさっきのようにはいかないっスよ!」

 リズが地面を蹴り、分体に突撃する。瞬く間にその距離は縮まっていく。

 その時、リズは両腕の爪に炎を宿し、まず右腕を正拳突きの要領で分体に叩き込んだ。油が熱せられるような音と、分体の上げる耳障りな悲鳴が合わさり不協和音を奏でる。

「もう一丁!」

 リズは叫び、左腕を思い切り振り上げる。炎を宿した爪は分体の体を引き裂き、そのまま空中へ打ち上げた。リズもそれを追って飛び上がる。

「とどめっス!」

 そして、炎を纏ったローリングソバットを放ち、分体を打ち砕いた。

「どーっスか!」

 ベルに対し、リズは得意げに鼻を鳴らしてみせる。が、その視線の先では最後の一体が<太陽花火>で体の大半を失いつつも、全身を大きく震わせ、猛烈な速さでベルに飛びかかっていくのが見えた。その質量とスピードを活かした強烈な体当たりだ。

「先輩っ!」

 リズが叫ぶ。だがベルはその場から動こうとしない。そして、両者の間合いがゼロになった瞬間――ベルは分体を正面から掌で受け止めた。

「先輩! 魔力が!」

 リズが叫ぶ間にも、ベルの体からは魔力がじわじわと吸い取られていく。

 しかしベルは恐れる事なく、むしろ捕まえたと言わんばかりに口の端を吊り上げた。そして、掌に収束させていた魔力を解き放った。


「――<輻射獄炎レイディアントフレア>」


 ベルが呟くと、分体を掴んでいる右手から凄まじい高熱が発生し、膨大な熱量によって相手は瞬く間にその体を膨張させ、やがて爆発四散した。

「いい戦いだった。感動的だな。だが『無価値』だ」

 ベルは不敵な笑みを浮かべ、決め台詞を言い放った。




 それから二人は緊張感を解き、服装を元に戻した。

「負の感情を糧にしていると聞いたが……魔力まで食うのか、奴は」

 服装を戻し、軽く髪を掻き上げたベルが溜息と共に呟く。その時、リズが臭いを嗅ぐような仕草で首を伸ばし、茂みの向こうを指差した。

「先輩! あの茂みの奥から、一段と濃い臭いがするっス!」

「何だと……む、これは」

 その時、ベルの超感覚は公園からそそくさと逃げるように素早く動く、人ではない、凄まじく不気味な気配を捉えた。二人は即座にそれを追いかけようとしたまさにその時、辺りが何やら騒がしくなってきた。

「何だ?」

 思わず二人は足を止める。その僅かな隙に気配は二人の感覚の外へと逃げてしまった。追いかけようにも時既に遅し。そして、リズが獣のそれを思わせる動作で首を上げてベルに告げた。

「先輩、どうやらさっきの戦闘でこの辺の人達が集まってきたみたいっス!」

 ベルは目を細め、

「騒ぎに巻き込まれると面倒だ。リズ、速やかに離脱するぞ」

「で、でも先輩、あの気配は……」

「逃げられてしまったなら仕方ない。今はここを離れよう。何、どうせボヤ騒ぎだと片付けられるさ」

「……了解っス」

 そして二人は気配を殺し、速やかに公園を離脱した。




 しばらくして、二人は前田家の近辺まで戻ってきた。時刻は夜十一時過ぎ。納涼会はすっかり終わっているであろう。

「ここまでくれば大丈夫だろう。ベル達の動きも、誰にも見られてはいない」

「そうっスね」

 リズがほっと胸を撫で下ろした。

「しかし、思わぬ収穫があったな。まさか向こうから接触してくるなんてな」

「結果オーライっスね、先輩」

「リズ、わかっているだろうが雪姫にこの事は……」

「皆まで言わないでほしいっス。ただでさえ具合の悪い雪姫ちゃんに余計な心配をかけたくないっスからね。口が裂けても言わないっスよ。しかし、どうして急に連中は動き出したんスかね?」

 リズが首を傾げる。ベルも首を傾げていたが、やがて何かを思いついたのかハッとした表情を浮かべた。

「――納涼会」

「へ?」

「今日は納涼会……肝試しがあった日だろう?」

「ええ……でも、何の関係が?」

「こうは考えられないか。奴……魔導書はまだ活動していなかったが、今日の肝試しで恐怖を感じ、泣き叫んだ者がいた事は想像に難くない。つまり、そこから負の感情が生まれ、それに反応した奴は本格的に行動を開始、そして強い魔力を持ったベル達から魔力を吸収しようとした……どうだろうか」

 ベルの推理に、リズは難しい顔をして唸った。

「……うーん、先輩の説はご尤もっぽいスけど、確証はないっスねぇ」

「そう、これはまだ推論の域を出ない。だが、奴がいよいよ行動を開始したとなると、警戒は必要だな」

「そうっスね。明日から頑張らないと」

 そこでベルは明日の事を思い出し、リズに尋ねた。

「リズ、明日ベルは雪姫と一緒にバザーで魔導書を探すが、お前はどうする? 一緒に来るか?」

 ベルの問いにリズは首を横に振った。

「いや、申し訳ないっスけど明日はちょっと朝からお暇をいただきたいっス」

「どこか行く所でもあるのか?」

「はい、明日はあの山に行ってみようと思うっス」

 すると、リズは西にそびえ立つ山を指差した。


「聞いた話だとその山は、『無山』って名前みたいっス」




 その頃、うろなの一角には一つの闇があった。

 ゴミ捨て場の壁に隠れるように身を潜めていた「それ」は先程けしかけた分体から得た情報を分析していた。

「それ」に確固たる人格は存在していなかったが、凄まじい情報処理能力を有していた。


 先程戦った相手は、「堕天使」、二体。両者とも炎を用いた戦術と凄まじい戦闘力、スピードを持つ。

 両者とも、交戦時における相性、非常に悪し。

 特に真紅の髪と瞳を持ち、ドレスを纏った小柄な堕天使。彼女の潜在能力は計り知れないものがある。

 現時点では彼女に遭遇してしまうとほぼ確実に負ける。それはすなわち、自らの消滅。

 今はまだ身を隠し、好機を待つのが最善。


 そう結論付けた「それ」は何の前触れもなくその場からふっと姿を消した。

 その寸前、近くを通り過ぎた車のライトが一瞬、深い闇のように黒い、長方形のシルエットを照らした。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、

銀月 妃羅様 うろな町 思議ノ石碑より 無山の名前、

弥塚泉様より 納涼会の事を話題としてお借りいたしました!

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