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Part 02 いかにして「憤怒」と「犬」は出会ったか

 時刻は午後七時過ぎ。夕食を食べ終えた雪姫は納涼会へ出かけていった。出かける前に「多分、司先生も清水先生もいるだろうし、海の方の子達に会えるかも!」と言っていた事から、雪姫はうろなで知り合いがそれなりにいるらしい。何しろ、あの白髪と紅い瞳だ。その神秘的な外見は誰の記憶にも鮮烈に残るだろう。

 そしてベルは離れで大の字になって寝転がっていた。

(……うーむ、降魔の書探しと雪姫に呪いをかけた術者の抹殺……どちらも遂行しなければいけないのは大変だな。本がたくさんありそうな場所はあと学校の図書室ぐらいだが、どうやって調べるか。不法侵入するのは容易いが無駄な騒ぎは起こしたくない……かといって、学校関係者にツテがあるわけでもなし……。

 それに、雪姫に呪いをかけたという術者。そいつが今どこにいるかの情報を掴まなくては。そして見つけ次第、チリ一つ残さず、消滅させてやる……!)

 ベルは静かな怒りを燃え上がらせ、掌に火球を生み出す。そして勢い良く握り潰した。小さな破裂音と共に火球は爆ぜて消えた。

 そこでふと、ベルは思った。

(……しかし、ベルはどうしてしまったんだ? この世界に来てから自分がかなり変わったのがよくわかる……『誰かのために何かを為す』なんて、昔のベルでは考えられなかったのに……ベルはどうしたいんだ? あの子のために、何ができるんだ? 他にも魔導書の事や統哉を好き(・・)だという事……くそっ、わからない、わからない事だらけだ……!)

 唸りながらゴロゴロと左右に転がるベル。するとタンスの角に足の指を強かに打ち付けてしまい、悶絶する。

「~~~~ッ!」

 声にならない悲鳴を上げるベル。その時――

『せ~んぱい? ちょっといいスか?』

 と、ノックをしながらリズが声をかけてきた。ベルはすかさず飛び起き、痛みに必死に耐えながら返事をした。

「…………ああ、いいぞ」

 すると扉が開き、リズがひょこっと顔を出した。

「どうした、何の用だ?」

 必死に痛みを堪え、できる限りの微笑みを浮かべながら尋ねるベル。リズはそれに気付かないようで、あっけらかんとした口調で告げた。

「先輩、散歩行かないスか?」

「散歩、だと?」

 思いがけないリズの提案にベルは眉を顰めた。それに構わずリズは頷いた。

「そうっス。今日の先輩、何だか思い詰めてるみたいでしたし。こういう時は気分転換に散歩でもするのが一番っス!」

「あのなリズ、ベルは……」

「今日は夜風も気持ちいいし、散歩にはうってつけっスよ! 独特の風情もあるっス!」

 ベルの言葉を遮り、リズは彼女を散歩へ誘う。ベルはしばらく考え込んでいたが、やがて、

「…………わかった。散歩に行くか」

 その言葉にリズは満面の笑みを浮かべた。

「そうと決まれば、レッツゴーっス!」




 葉子に散歩に出ると告げ、二人はうろなの夜道を歩いていた。時刻は夜八時過ぎ。そろそろ雪姫が参加する納涼会が始まった頃合いだろう。

 二人は取り留めのない話をしながら散歩を楽しんでいた。旧知の仲であるリズといるせいか、ベルの表情も穏やかになっている。

「……お前、旅をしている時は野宿していると言っていたがどういう所に寝泊まりしてたんだ?」

「え? 公園でしょ、お金がある時はカプセルホテル、あとは神社の境内とかビルの屋上とかっス。でも神社は神主さんに、ビルはオーナーに見つかって追い出されたっス……ああ、いつの間に世の中はここまで世知辛くなったんスかね……よよよ」

「リズ、誰だってそーする。ベルだってそーするぞ」

 世の中が世知辛くなった事に涙を流すリズに、ベルは冷静にツッコミを入れる。

 すると、不意にリズが顔を上げ、ベルに向き直った。

「それにしても先輩、本当に雰囲気が変わったっスね。前はこう、何て言うか、苛烈でどことなく近付き難いってイメージでしたけど、今はとても穏やかな印象が強いっス」

「……そうか?」

 ベルが苦笑しながら尋ねる。リズは頷いた。

「でも、先輩ってばなんだかんだ言って私の世話を焼いてくれたっスよ? 他の仲間も言ってたっス。『あのベリアル様があそこまで世話を焼くなんて』って」

 するとベルは照れたようにリズから目を逸らし、

「そ、それはお前がベル直属の部下になっていた時間が長かったからだ」

 その言葉にリズはニッコリと笑う。

「そういえばそうっスね~。何せ、私が生まれた瞬間目の前にいたのが先輩だったんスから」




 それは、地上に人類が生まれるよりも遙かに昔。天上の彼方にある天界。

 天界の神殿に作られた広大な執務室の椅子に腰を下ろし、文字通り山のように積み上がった書類をまとめている、長い銀髪に漆黒のローブが特徴の外見上は二十代前半と思われる女性の天使に対して、髪、瞳、ローブといった全てが真紅に染まった小柄な少女の姿をした天使が何やらぎゃあぎゃあ喚いていた。

「だから、どうしてベリアルがお前の代わりに天使の誕生に立ち会わなければならない!?」

 真紅ずくめの天使――ベリアルは何て事ないように書類にさっと目を通し、てきぱきとまとめていく目の前の天使に声を荒らげていた。

 すると彼女は書類をまとめる手を止め、ふうと溜息をついた。

「……あのな。今日も性懲りもなく私に不意打ちを仕掛けて無様に吹っ飛ばされたのはどこの天使だ? それも、演説の最中、全員の目がある中で」

「……くっ」

 銀髪の天使に痛いところを突かれ、ぐうの音も出ないベリアル。

「本当だったら凄まじい刑罰を科すところだが、私はそこまで外道じゃない。よって、今回は私の代わりに新しい天使の誕生立ち会いと、その面倒を見る事で手打ちだ」

「くっ……」

「それとも、お前がこの山のような書類を片付けてくれるのかい? 世界の開発状況、環境の調整、地上に蔓延る魔獣の対策及び討伐、開発部のアイデア認可、その他諸々だが」

 銀髪の天使は悪戯っぽく笑って書類の山を顎で示した。

「…………」

 ベリアルは歯噛みして押し黙っていたが、やがて――

「…………わかったよ! やればいいんだろう、やれば!」

 すると銀髪の天使はニヤリと笑った。

「じゃあ、よろしく頼むよ」

「……おのれルシフェル、いつか殺してやる……!」

「はいはい、期待しないで待ってるよー」

 そう言って銀髪の天使――ルシフェルは再び書類に向き直った。そしてベリアルは鼻息を荒くし、大股で執務室を後にした。

「……そういえば今日の実、ベリアルが近くを通り過ぎる度に強い魔力の波動を放っていたな。ふふっ、どうなるか楽しみだ」

 ルシフェルは悪戯っぽく笑った。




 天界の中心部にある巨大な空洞。その底から巨大な樹が生えている。無数に分かれた枝からは色とりどりの果実が実っている。ただし、その大きさは人の背丈ほどの大きさだった。

 生命の樹。

 天使達はこの大樹の事をそう呼ぶ。

 天使達はこの樹になる果実の中に魂を注がれ、育まれ、経験を積み、自分に見合った力を得、時が来たら実を収穫し、その時初めて天界へ足を踏み入れるのだ。

 天界の中でも古参のメンバーであるルシフェルやベリアルもこの樹から生まれた。

「神」によってこの樹に天使の魂の素となる霊的な核を埋め込み、それに様々な要素を加え、永い時間をかけてそれは実を結ぶ。あとは永い時間をかけて実の中にいる天使達の育成期間が終わるのを待ち、その実を収穫するのだ。

「今日収穫できそうなのはこの実か」

 ベリアルは自分の頭上にある一番いい状態に熟した実を見上げながら呟いた。

 その実は見る限りでは自分の体よりも一通り大きく、橙色に輝いていた。

「……さて、どんな天使が生まれるのやら」

 一人ごち、ベルは退屈そうに飛び上がる。そして、その実に軽く触れ、そこから放たれる魔力から魂の成長が終わった事を確かめると、両手でそれを抱えるようにして持つと、思い切りもぎ取った。

 実が枝から離れる。そしてベリアルは足場に着地すると実を下ろした。

「ふう……」

 ベルは溜息をつく。すると、下ろしたばかりの実が震えだし、亀裂が入っていく。そして――


「せーーーーんぱーーーーいーーーーっ!」


 実の中から羊水にも似た液体と共に、長い黒髪を持ち、前髪が犬の耳のように跳ね、橙色の瞳が特徴な全裸の少女が飛び出し、ベリアルに抱きついた。

「へ……もがっ!?」

 そのまま押し倒され、頬ずりされるベリアル。その天使は満面の笑みを浮かべながら自己紹介した。

「先輩! 生まれる前から憧れていて、ずっとお会いしたかったっス! 私はナベリウスと申します! 先輩と同じ炎の魔力を持つ天使っス! どうぞよろしくお願いするっスー!」

「わーっ! わかったから離れろーっ!」


 これが、ベリアルとナベリウスのファーストコンタクトであった――。




「それからお前はベルに懐いているからという理由から、ルシフェルによって直属の部下としてベルの下へ配属されたのだったな」

「そうっス! 先輩直属の部下としてたくさんの任務をこなしたり、戦闘訓練をしてもらったっス!」

 昔を懐かしむような口調で語る二人。そこでリズははたと何かに気付いたような顔をした。

「……そういえば先輩、ずっと気になってはいたんスけど、その、気を悪くしないで下さいね? どうして先輩から感じる魔力が、まあ、私よりは大分上っスけど、明らかにがた落ちしてるんスか?」

 するとベルはばつの悪い顔をした。

「……あー、やっぱり気になるか?」

 こくんと頷くリズ。するとベルは空を見上げてぽつぽつと語り始めた。

「まあ、話せば長くなるのだが――」




 それからベルは自分が封印から目覚めた後、ルシフェルを追って日本へ飛んだ事。そこで力を封印されていて全力を出せないルシフェルを後一歩のところまで追い詰めた事。しかしその後一人の青年――「統哉」の手によって一度殺された事。それから秘術で蘇ったもののその代償に力をほぼ全て失ってしまった事。一悶着あった挙句に統哉と契約を結び、今の「ベル・イグニス」という名を与えられた事。そして今ではルシフェルをはじめ、他の堕天使達と共に退屈しない毎日を送っている事を話した。

 話を聞いていたリズはベルが一度殺された事に酷く驚き、統哉と契約を結ぶためにキスをしたと聞いた時は卒倒しかけ、そして他の堕天使達と一緒に暮らしている事を知った時はニコニコしていたりと、多彩な表情を見せていた。




「……とまあ、色々あったのさ。ところでリズ、長話になってしまったな。少し休憩するか?」

「そうっスね。ちょうど公園があるからそこで休んでこうっス」

 話し込んでいる内に二人は町の一角にある公園へたどり着いた。

 ベルは近くの自販機でジュースを二つ買い、一つをリズに放った。

 そしてベルはベンチに座り、ジュースのプルタブを開けた。プシュッという小気味のいい音がする。

 そして中の液体を飲み、ほうと溜息をつく。リズもベルの隣に腰を下ろし、プルタブを開け、ジュースを呷った。

「ぷはーっ! うめーっス!」

 満足そうな声を上げるリズ。

「それにしても、その統哉って人は一体何者なんスか? ベル先輩の興味をそこまで引くなんて……うーん、機会があれば会ってみたいっスねー」

 するとベルは悪戯っぽく笑い、

「やめておけ、お前なんかコロッとあいつに惚れてしまうぞ」

「???? どういう事っスか?」

 ベルの言葉が理解できず、首を傾げるリズ。すると、ベルの顔から一瞬で笑みが消えた。

「リズ」

「わかってるっス。皆まで言わないでほしいっス」

 リズの表情も引き締まったものになり、その口からは警戒するかのような唸り声が漏れる。そして、二人同時にベンチから静かに立ち上がる。そして、瞬時に振り返って街灯の下を睨む。


 そこには、人間の子供くらいの大きさはある、黒いタールでできたスライムのような物体がいた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、葉子さん、

YL様 "うろな町の教育を考える会" 業務日誌より 清水先生、司先生、

小藍様 キラキラを探して〜うろな町散歩〜より ARIKAのお子さん達、話題としてお借りいたしました!

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