Part 01 赤い夕焼けと青い石
昨日、雪姫、賀川と別れたベルとリズは降魔の書を求め、本が大量にあるうろな町図書館を一日かけて捜索していたが成果は出なかった。
疲れだけを得て帰ってきた二人を、前田家の人々は温かく迎え、労いの言葉をかけてくれた。
しかし、二人にとって一番喜ばしかったのは、雪姫が一段と明るい表情をしていた事だった。
どうやら昨日は森に汐という彼女の友人が訪ねてきて、贈り物をしてもらったり、色々と話をして、何だか肩の荷が下りた気がすると、彼女は嬉しそうに語っていた。何よりも、久しぶりに賀川とたくさん話せた上、一緒に過ごせたのが彼女にとって一番嬉しかった事らしく、そこをベルに指摘されると雪姫は顔を真っ赤にして照れていた。
日付は変わって八月二十四日。
ベルは鷹槍達との鍛錬、朝食の後ベルは雪姫と話をしていた。ちなみにリズはテントでぐーすかと朝食の時間まで眠っていた。また、葉子はテントでの寝泊まりを気に入ったらしく、昨夜もリズのテントで一緒に眠っていた。
今日はうろな町の行事である納涼会という名の肝試しがあり、雪姫はそれに参加するという。
彼女は体力温存のため、今日は離れで絵を描いたり、ゴロゴロしたりして一日を過ごすと言っていた。鷹槍や職人達、賀川も仕事に出ており、それぞれがいつもの日常を送っていた。
ベルとリズは今日も町のあちこちを駆け回り、魔導書を探していたが一向に成果は上がらない。気がつけばすっかり日が傾いていた。携帯の時計を見ると、午後五時を過ぎていた。
「見つからないっスね……」
「そうだな……」
二人は日が落ちつつある道を歩きながら同時に溜息をついた。
「しかし、そんなに危険な本がこの町にあるのに、町の人からの目撃情報が一つもないっていうのはかえっておかしいっスね」
「ああ……だが、何故だ……?」
リズの疑問にベルは顎に手を当てて考え込んだ。
(聞いた話では魔導書は分体なるものを使って他の生物を襲い、痛みや恐怖といったマイナスエネルギーを集め、本体にそれを捧げて、より多くの分体を生成、それを使ってさらに多くのマイナスエネルギーを得るという事だが、その分体に襲われたという情報も入ってこない……まさか奴はまだ動いていないというのか……?)
ベルは歩きながらどんどん思考を深くしていく。すると――
「……輩……先輩? どこまで行くんスか? 着いたっスよ?」
「……ん? ああ」
いつの間にかベルは前田家の前を通り過ぎていたらしく、リズに呼び止められてようやく我に返った。
「どうしたんスか先輩? やけに考え込んでましたが」
「ああ、どうにも魔導書に関する情報が少なすぎると思ってな」
するとリズは笑って言った。
「先輩、深く考えすぎっスよ。こういう時は、考えるよりも動いた方がいい結果が出るっスよ!」
そんなリズに、ベルも笑った。
「……まったく、お前のその前向きさが羨ましいよ。じゃあ、そのためにもまずは飯を食うとしようか?」
「了解っス!」
リズは笑顔で答えた。
そして、ベルが踵を返した時、視界の隅に何かが映った。
「ん……?」
それは、掲示板に貼ってあった一枚のポスターだった。ベルが目を通すと、明日うろな北小学校で開催されるバザーに関するものだった。
(そうか、明日はバザーがあるんだったか……ふむ、多くの物が集まるバザーに、例の魔導書が紛れ込んでいるかもしれんな。よし、雪姫の気分転換を兼ねて、あの子も一緒に連れていこう)
ベルの中で明日の予定は決定した。あとは雪姫の体調と、彼女自身の了解があればいい。ベルは一人で納得したかのように頷いた。
「先輩? 一人で掲示板を見ながら頷いて、どうかしたんスか?」
ベルの様子にリズが首を傾げる。ベルはリズに向き直り、「明日の事でな、それより家へ戻ろう」と告げた。
「ただいま」
「ただいまっス!」
二人は帰宅の挨拶をして前田家の玄関をくぐった。
「おかえりなさい、二人共。どうだった?」
「ダメだな。今日もあちこち行ったが見つからない」
「そう……もうちょっとしたら私は夕飯の支度に入るけど、疲れているなら今日は台所に立ってもらわなくても大丈夫よ?」
葉子の言葉にベルはそれをやんわりと断った。
「葉子、大丈夫だ。心配するには及ばん。少し休めば問題ない」
「そう? なら、後でお願いしても大丈夫?」
葉子の声にベルは頷いた。すると、そこにリズが口を挟んだ。
「じゃあ、先輩は休みがてら雪姫ちゃんの様子を見てきて下さいっス。下拵えは私がやっておくっス」
ウィンクをしてみせるリズに、ベルは彼女が気を利かせてくれた事を察した。
「……わかった。準備ができたら呼んでくれ」
「了解っス♪ さ、葉子さん、やりましょうか」
「ええ、よろしくね」
リズはそう言うと、葉子と共に台所へ入っていった。
「……さて、妹の様子を見に行くとするか」
ベルは一人ごち、離れへ向かった。
離れの入り口に近付き、ドアをノックしようとすると、ドアが開いて雪姫が顔を出した。
まるで自分が来る事が分かっていたかのようなタイミングの良さにベルは一瞬驚いたが、すぐに微笑みかけた。
「ただいま、雪姫。今戻ったぞ」
ベルの顔を見ると、雪姫の表情がパァッと明るくなる。その顔を見ていると、ベルの疲れが自然と癒えていく気がした。
「おかえりなさい、ベル姉様」
「雪姫、具合は大丈夫か?」
ベルの問いに雪姫は頷いた。
「はい、今のところは」
「そうか。だが無理はするなよ?」
「はい。ところでベル姉様、本は見つかりましたか?」
雪姫の言葉にベルは首を横に振った。
「いや、今日はまだ探していない本屋や古本屋、骨董品店に行ったが、成果はなかった。一体どこにあるのだろうか……」
ベルの言葉に雪姫は肩を落とした。
「そうでしたか。お疲れ様です」
「なかなか上手くいかないものだな。ふあぁ……」
大きく伸びをしながら、これまた大きな欠伸をするベル。その時、
(見つかって欲しいけれど、見つからないで欲しい……)
一瞬耳朶を打った声に、ベルは首を傾げた。
「何か言ったか? 雪姫」
「……いいえ」
雪姫は首を横に振った。その時、ベルは雪姫の首にかかっている鎖に気が付いた。そして、その先に何か不思議な気配を感じた。
「雪姫、何か付けているのか?」
「あ、はい」
ベルが尋ねると、雪姫はハイネックから鎖を引っ張る。するとその先には、青い石が輝いていた。
「昨日、森に来てくれた汐ちゃんから貰ったのです。『夜輝石』というそうです」
「ほう、綺麗だな」
青く輝く不思議な石を見つめ、ベルが感嘆の声を漏らす。そして同時にこの石が普通の石ではない事を見抜いた。
(……この石、どこか魔力と似た不思議な力を感じる……何というか、悪い気を祓っている……そんな気がする)
そんなベルをよそに、雪姫は楽しそうに言葉を紡ぐ。
「これ、賀川さんとお揃いでいただいたのですよ。それも一つの石を二つにした双子石なのです」
その言葉を聞き、ベルは顔を上げてニッと笑った。
「なるほど、お揃いか」
すると雪姫は途端に顔を赤くさせ、あわあわと弁解した。
「え、あの、賀川さんとお揃いだから嬉しいだけじゃなくて、その汐ちゃんに貰ったというのが、その、ですね……」
そんな雪姫を見て、ベルはさらに笑いを深める。
「わかった、わかった。お揃いはいいものだ」
「そ、そうじゃなくてですねー」
それから二人はしばらく談笑し合い、それからリズ、葉子と一緒に調理の手伝いをして、夕食を楽しんだのであった。
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、葉子さん、前田家の人々、賀川さん(名前)を、
小藍様 キラキラを探して〜うろな町散歩〜より 汐ちゃん、夜輝石、
シュウ様よりバザーの事を話題としてお借りいたしました!




