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Part 02 賀川の「覚悟」

「ここは……」

 雪姫が到着した場所を見て驚きの声を漏らす。

 あれから一行は中学校の近くにある一軒の喫茶店に到着した。看板の名を見ると「Courage クラージュ」と書いてあった。

「いらっしゃいませ」

 賀川を先頭にした一行が店に入ると、よく通る女性の声に迎えられた。茶色のメイド服、白いエプロン、レースのカチューシャ。

 コーヒーの香りが漂い、落ち着いた深い茶色系でコーディネートされた店内はなかなか賑わっていた。トーストにサラダ、コーヒーなどを口にしているサラリーマンや作業着を着た若い男性達が朝の一時を過ごしている。

 すると、賀川がウェイトレスに切り出した。

「おはようございます、マスターは?」

「ああ、えっと、賀川さん、ですね。話は聞いて……マスター」

 ウェイトレスは賀川を見て、一瞬誰だかわからない顔をしたが、やがて思い出したのか、マスターを呼ぶ。すると、店の奥から男性の声がした。

「あ、来た? 言った席にご案内して」

「こちらのお席へどうぞ」

 と、空席があるのにもかかわらず、一行を店の奥に誘導した。

「何っスかね」

「付き合うと言ってついて来たんだ、大人しくしていよう」

 怪訝な顔をするリズに、ベルは落ち着いた様子で返した。

「皆、朝ごはんは食べてきただろうから、コーヒーでいい?」

 賀川が一行に尋ねる。すると、雪姫が声を上げた。

「あの、こないだ食べたアフォガート・アル・カフェ美味しかったので。できますか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 ウェイトレスがニコッと笑う。

「ユキちゃん、何っスか? その何とかカフェ?」

 興味津々といった様子でリズが雪姫に尋ねる。すると、店の奥から整えられたロマンスグレーの髪に、キッチリ着た真っ白なカッターと黒のベストが、とてもよく似合う男性が現れ、ベル達が座る席へやってきた。

「アイスに濃く抽出したコーヒー、エスプレッソをかけて食べるのですよ、お嬢さん。当店自慢のコーヒーの美味しさはアイスを引き立てますよ。いらっしゃいませ」

「へー、それは美味しそうっスね! ご説明ありがとうっス!」

 男性は穏やかな口調でリズに説明し、リズは橙色の目を輝かせた。

 その佇まいからベルとリズは彼がこの店のマスターであると察した。マスターは賀川に笑いかけた。

「やっぱり制服でないと分からないね、賀川君」

「はは、すみません」

 軽く笑って流す賀川。

「じゃ、ユキさんはアフォガート・アル・カフェ。二人は?」

「ではベルもそのアイスにするか」

「奢り……なら、サンドウィッチプレートと野菜ジュースが美味しそうだからアレがいいっス。それと、そのコーヒーとアイスもお願いするっス!」

「おいおい、よく食う奴だな。さっき食べたばかりだろうに」

 ベルが呆れたように笑う。

「ご注文承りました。では賀川君、好きにしていいから」

 ウェイトレスはぺこりと頭を下げ奥へ引っ込んだ。

「で、何を始める気だ?」

 ベルに声をかけられた賀川は、彼女に軽く目配せをし、雪姫にしっかりと目線を合わせた。

「ユキさん」

「はい?」

「夏祭りの時に、これは、俺が貰う。今度別の何かをあげるよって約束しただろう?」

 そう言って彼は少し茶色の染みが付いた、可愛らしい白い猫のぬいぐるみを掲げてみせた。それを見た雪姫の表情が明るいものになる。

「何かあげるって言っても、思いつかなくて。ソレを弾く、くらいしか俺には能がないから。それじゃダメかな」

 照れた様に笑った賀川が指差したのは、ピアノ。

 その表情を見た雪姫が嬉しそうにベルを見る。彼女はゆっくりと頷いた。ただ、リズは怪訝な表情をして賀川に問いかける。

「そんなモノ、弾けるッスか?」

 すると賀川ははにかんだように笑いかけた。

「下手だけどね。小さい頃、習っていただけだから。期待するほどはないよ」

 ちょうどウェイトレスが注文した品を目の前に置いていく。ベルはコーヒーを一口飲み、リズはサンドウィッチを食べ始め、雪姫は楽しそうな様子でコーヒーをアイスにかけている。

 そして、賀川は手を温める様にコーヒーの椀を少し包む様に手を添え、一口飲む。ほっと軽い溜息をついた後、そっとピアノに近付く。

 そっと手にしていた猫のぬいぐるみをピアノの上に置き、その手で優しくピアノに触れた後、鍵盤を少し鳴らす。直後、マスターが今まで店内に流れていた音楽を消した。


 そして、美しい旋律が店に響いた。


 そっと弾き始めた曲に、ただ朝食を食べに来ていた客が皆、ピアノの生演奏に驚いている。賀川はそれに動揺する事なく、優しい音を紡いでいく。

 リズのサンドウィッチを食べる手が完全に止まり、ベルはコーヒーをアイスにかけながら、

「ほう、期待するほどない、は謙遜か」

 と、目を見開き、無意識の内に呟いた。

 ウェイトレスは足を止めて、

「こないだの技巧を凝らした曲は技術が先行していたけれど。全く淀みがないし、素敵だわ」

 と、うっとりしたように頷いた。

 ベルもその意見に同調するように頷いた。

「これは……素人とは思えない。賀川、やるな」

「……っスね」

「それにしても、これは雪姫の描く絵に似ているな」

 堕天使達は目を閉じ、演奏に聴き入る。

 彼女は芸術に長けてはいないが、その素晴らしさと音色にこめられた想いは耳を通じて、その心に染み込んでいく。

 その音は、雪姫が描く絵と同じ、魂に訴えかけてくるものがあり、心に強く焼き付いて離れない程、強い印象を彼女に与えていた。

 そして、その音色には雪姫への想いがたっぷりとこめられており、真心がこもった音色は堕天使の心に炎よりも熱いものを与えていく。

 そして、その傍らで雪姫はとても穏やかな顔でその音色を聴き、そこに込められた思いを読みとっていた。


 そして、永遠に続くと思われた曲は終わりを迎えた。


 最後の一音の余韻が消え、マスターとその前に座っていた客全員から拍手が上がった。ベルとリズ、雪姫も拍手を送る。

「見事だったぞ、賀川。雪姫への気持ちが感じ取れたぞ」

「え?」

 ベルの言葉に、雪姫はきょとんとした表情で雪姫を見た。そんな彼女にベルは笑って言った。

「何を驚いている? 今の音、一音残らず他の誰でもない、お前に捧げられたモノだ。あれは賀川が見た、お前の姿なのかもしれないな」

 そして、演奏を終えた賀川はピアノの上のぬいぐるみを取り、ベル達の元へと戻ってきた。ベルは席に戻ってきた賀川の背を労うようにポンと叩く。すると彼はにかんだように雪姫に笑いかけた。

「今まで済まなかった。俺に覚悟がなくて。理屈や枷を作って諦めようとして、でも出来なかった。君が俺を『特別に好きじゃない』のは聞いた。そして俺は君を愛す価値ある人間かはわからない。けれど、俺を見てくれないか? やっぱりユキさんが好きなんだよ」

「……特別にって言うのは、そのあの、あのですね。わた、私もっと前から……えと……でも賀川さんの事、知っているようで、知らなくて、その……」

 言葉に詰まった雪姫を、ベルがその肩をそっと叩きながらフォローする。

「雪姫、賀川はまず自分を見てくれと言ったんだ、返事を焦っているわけではないぞ」

「え、あ……ど、どうしたら……」

「こんな時はとりあえず、頷いておけばいい」

「は、はい」

 顔を赤くした雪姫が頷いた。

「ぴ、ピアノが上手いからって、ユキちゃんを我が物に出来ると思ったら間違いっスよ。とりあえずなんスからね!?」

「わかっているよ、リズさん」

 あわあわしながら吠えるリズに対して賀川は軽く笑い、手にしていた白猫のぬいぐるみをしまい、ただ嬉しそうにコーヒーを啜った。




 その後は喫茶店で穏やかな時間を堪能して、支払いは賀川が用事に付き合わせたからと自分で払うと申し出た。

 レジの近くで、マスターと一緒に最初に拍手をしていた男性が賀川に声をかけた。

「時貞……いや、賀川君、こんなにピアノが上手だって知らなかったよ。何か機会があったら弾いて欲しいな」

「あ、ありがとうございます」

 賀川の名前を「時貞」と呼んだ事にベルとリズは驚きを隠せなかった。店を出ながらベルが尋ねた。

「あの男は誰だ? 賀川」

「町長さんですよ、ベルさん、何処まで行く? 送って行こうか?」

 ベルは首を横に振り、

「いや、いい。ユキを頼む」

「じゃ、行こうか」

 賀川はそう言って頷き、自然と雪姫の手を取って車へとエスコートする。雪姫の表情も自然と幸せそうなものになる。

(よかったな、雪姫)

 そんな二人を後ろから見守るベル。その横でリズがきゃんきゃんと吠えている。

「先輩、ユキちゃん任せてイイんスか!? あんな曲弾く癖に、やっぱりあの人間、血の匂いが強いっすよ!」

「じゃ、鷹槍はどうだ」

 そんなリズにベルはしれっと言った。するとリズは途端にビクッと跳ね、そのまま縮んだ。

「あ、ぅ……嗅ぎたくないレベルっす」

「くふふ、さあ、ベル達も行こうか」

「了解っス!」

 そしてベルとリズも二人を見送った後、捜し物をするために行動を開始した。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、賀川さん、「Courage クラージュ」のお名前、マスター、美月さん、

シュウ様 『うろな町』発展記録より 町長さん、お借りいたしました!

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