Part 07 花火に乗せたそれぞれの思い
そして、勝負の結果は堕天使特有の身体能力を活かしたリズの勝ち。
誇らしげに胸を張り、耳のすぐ上の髪をピコピコと動かしている。だがその顔は嫌味はなく、さっぱりとしたものだった。そんなリズに葉子もふっと笑みを浮かべた。
「す、素早いわね。わかりました、勝負は勝負です。テントで寝ることは認めます」
「やった! よかったっス!」
「…………けれども!」
一言叫び、葉子はどこかに走って消えたかと思うと、やがて大きめの袋のような物を抱えて戻ってきた。
「そ、それは……?」
リズがおっかなびっくりに尋ねる。
「私もリズちゃんのテントに一緒に寝かせていただきます。お客様だけって訳にはいきません」
にっこりと、しかし誰にも断れない笑顔でそう言って、どこからか出してきた袋――寝袋を見せる。これにはリズも驚くしかなかった。
「ま、マジっスか? わ、私は別に構わないっスが」
すると、ベルの横にいた雪姫が羨ましそうに呟いた。
「私も寝たいなー。寝袋、寝た事ないのですぅ」
すると、ベルは雪姫を諭すように語りかけた。
「ダメだぞ、雪姫。今日も……」
その時、ベルの脳裏にあの雪姫の言葉が蘇った。
『べる、貴女は今日、この家の近くにある公園に行くと良いわ』
(……やはり妙だ。あの時の雪姫は、まるで雪姫ではないようだった。あれは一体……?)
「……ベル姉様?」
突然押し黙ったベルを不審に思ったのか、雪姫が声をかける。我に返ったベルは慌てて言葉を継いだ。
「……ともかく、あまり調子が良くないだろう? な、またの機会にしよう」
「むーーーーーー」
頬を膨らませてむくれる雪姫。ちなみにそれを賀川が頬を赤くしてちらちら見ていたのをベルはあえてスルーした。
「……ねえ、じゃあユキさん。寝る前に花火しましょうよ」
そう言って葉子はどこからともなく花火セットがいっぱい詰まったビニール袋を掲げてみせた。ベルは唖然としながらも尋ねる。
「どこから出てきたんだ、葉子、それは……」
「ふふふ。さ、マッチはいいわね、ベルちゃんがいるし。ほら、賀川君も」
「お、レも????」
大量のワサビで痺れたのか、賀川の呂律は回っていなかった。
それから、全員で庭に出た。
「それじゃあベルちゃん、よろしくね」
「ああ。よし、これでどうだ?」
ベルはマッチを擦ったようなふりをして蝋燭に火を灯す。職人達に勘ぐられないようにするための演技だ。しかし職人達は皆、花火の封を開けるのに夢中で気にする者はいなかった。
葉子が家の部屋の電気を消すと、ちょうどいい具合に花火が映える。広めの庭なので、風が火を吹き消さない程度に煙を吹き散らしていくので、光が絶妙に花開く。
「うわー、綺麗っス!」
「いいわね、花火。久しぶりだわ」
「葉子さん、花火にうってつけのモノを持ってきたぞ」
そう言って懐かしそうな声を上げる葉子の側に、鷹槍がいつの間にか大皿に切ったスイカを載せて戻ってきた。それに気付いた葉子が目を丸くする。
「タカさん、言ってくれれば私がやったのに。それ、どこで買ってきたのです?」
「いやな、今、ご近所さんが持って来てくれたんだ。冷えてるから美味いってな。ほれ、嬢ちゃん達、食べねーと若いモンは容赦がないから一口も食えないぞ」
鷹槍の言葉に若い職人達が文句を言う。
「俺達、餓鬼みたいじゃないですか、おやっさん」
「姐さん達の分までは手を付けねーさ」
口ではそうは言っているものの、勢いよくスイカにかぶりつく職人達に女性陣は苦笑した。
それから、ベル達は花火とスイカを楽しみつつ、穏やかな夏の夜を過ごしていた。
「スイカ美味しいわね、リズちゃん」
「夏っスねー、星も綺麗でイイっスねー」
葉子とリズが花火を楽しみつつにこやかに談笑している中、ベルは手に持った花火から放たれる色とりどりの光を見て、様々な思いを巡らせていた。
(……思えば、ベルが統哉と出会ってからもう一月になるのか。本当に、色々な事があった。力を失い、あいつと契約し、同胞と再会し、そしてあいつを好きになった事に気が付いた。やれやれ、かつてのベリアルがこれを見たら『無価値』だと断じるかな?
それに、このうろなに来てからまだ僅かな時間しか経っていないが、楽しい事だらけだ。くふふ)
ベルが一人クスリと笑いながら花火を楽しんでいると、
「火、下さい」
不意に声をかけられたベルが顔を上げると、そこには雪姫が微笑みかけながらベルの手元に火のついていない花火を差し出してきた。
「んぁ? ああ」
考え事から一気に引き戻されたベルは少しぼうっとしつつも手に持った花火で火をつけた。シュッと特有の音がして引火し、勢いよく火が放たれる。
「綺麗ですね」
「ああ、綺麗だな」
「私は母と花火やった事ないです。森には棲んでいたけれど、一緒に町に降りた事も無くて。うろな町、とっても楽しくて大好き……」
雪姫の言葉に、ベルは神妙に頷いた。
「ああ。ベルもまだここに来てから二日しか経っていないが、本当に良い町だ。雪姫をはじめ、多くの者に出会えたし、リズにも再会できた」
ベルの言葉に、雪姫はよかったと微笑み、続ける。
「だから母が帰ってきたら、花火をして、町を歩いて、ココに住んで出会った優しいヒト、皆に会ってもらって……一緒に楽しく過ごしたいです」
そう言って雪姫は服で隠している首の傷にそっと触れる。しばらく二人の間に沈黙が訪れる。
そして、雪姫は静かに顔を上げ、力強く宣言した。
「私、生きていてよかったです。だから、まだ生きていたいです」
雪姫の深紅の瞳が花火の光に照らされて七色に輝く。その言葉にベルは目を丸くした。
「何を……年寄り臭い事を言っている? 雪姫はまだまだ若い。辞世の句を詠むのはまだ先だ。雪姫、まだお前は死ぬには早すぎる。生きるんだ」
雪姫を励ましつつ、ベルは思いを巡らせる。
(そうとも。この子は辛い目に遭ってばかりで、まだ幸せを掴んでいない。呪い如きにこの子の命を奪わせるものか。少なくともここにいる間はベルがこの子を守らなくては。そして、できる事なら呪いをかけた術者をこの手で討つ……!)
強い決意を真紅の双眸に秘め、ベルは色とりどりの炎を噴き出す花火を見つめた。
「うーん、これは一体どんな花火かな?」
その時、ベルの視界に賀川が首を傾げながら何かを火に近付けようとしているのが映った。それを見た雪姫が慌てて叫ぶ。
「! それ、手から離して下さい!」
「何、ユキさ……うわっ!」
手に持った花火の異変に気が付き、賀川は慌ててその円形の花火――ねずみ花火を地面に放り投げた。地面に捨てられたそれはスイカを美味しそうに食べていたリズの近くに落ち、火を吹きながら高速で回り始めた。
「あっ……ぶねえっス!?」
リズは素っ頓狂な声を上げ、スイカを持ったままその場から飛び退いた。高速回転しつつカラフルな火花をまき散らし、最後にパンッと弾ける音を残し、花火は消えた。
「ごめんリズさん! 大丈夫! 火傷してない!?」
賀川が慌ててリズに謝る。
「うぅ……もう、気を付けるっスよ!」
リズは不機嫌そうに頬を膨らませ、賀川に抗議した。すると、
「おーい賀川の、今日日ねずみ花火のやり方も知らないのか? ほれ、こうするんだ」
鷹槍は慣れた手つきで多くの花火にポンポンと火をつけ、ベル達の足元に投げていく。
「ははははは、気をつけろぉー」
「わうーっ!? ちょ、タカさん! 流石にそれはやり過ぎじゃないっスかーっ!?」
「ちょっと待って下さい、またそんなにたくさん! 消えてからにして下さい、タカおじ様!」
「た、鷹槍。流石のベルも危ないと思うぞ!」
「お、追いかけてくるっスよ!」
大騒ぎする堕天使二人と雪姫。それを見て鷹槍は豪快に笑う。
「はっはっは! 昔はそれこそ、おんまやバッタ達とこーやって遊んだもんだ」
「そ、そうなんですか? うーん、ねずみ花火って結構スリリングなんですね……」
「どんな遊びですかっ! 気をつけて下さい! それに賀川さん! その解釈は間違ってますっ!」
必死に避ける女子達を見て、まるでいたずらっ子のように笑う鷹槍。
「もう、タカさんったら」
少し離れた所で呆れたような葉子の声が上がる。すると、遠くから若い職人が声を張り上げた。
「姐さん達、大物に火を付けますよ!」
見ると、職人がかなり太めの筒状花火を五つほど並べて点火する所だった。そして、色とりどりの高さからなる小さな光の柱が夜空へと昇り、大きな花を咲かせた。
「おお、これも良いっスね!」
「いいな、実にいい」
子供のようにはしゃぎながら、空に花開く花火を眺める堕天使達。すると、ベルがリズに思念を送った。
(懐かしいな、リズ。花火というものを知った時は炎の力を持つ堕天使達がこぞって自分達の力で花火の真似事をしたものだ)
すると、リズも懐かしそうな雰囲気を持った思念を返してきた。
(懐かしいっスねぇ。先輩はやっぱり魔力の質やコントロールが上手いから、試しに作った火炎と爆発魔術の合わせ技を気に入って、それに『太陽花火』なんて名前をつけて、十八番にしてましたっスよねー)
(くふふ、そんな事もあったな。そういえば、そう言うお前は送り火の大文字を花火の一種だと勘違いして必死こいてマスターしようとしていたな)
(だ、だって! あんな山の中にでっかい大の字があったらそう思うっスよ! それに、先輩や他のみんなはそれを教えてくれなかったし! おかげで大恥かいたっス!)
(くふふ、すまんすまん……お? リズ、あれを見ろ)
(ん? 何っスか?)
二人の視線を向けると、賀川がまたこっそりとある花火に火をつけようとしていて、それを雪姫が彼の手を掴んで止めている所だった。
「え、これも破裂する?」
「違いますって……これは……」
雪姫は賀川が掴んでいた花火を受け取ると、小さく止められていたシールを外し、バラす。
「束で火をつけちゃ、ダメですよ。線香花火」
「こ、これ、一本ずつで花火なのか? あの、七夕で見たコヨリ、みたいだ」
「みたいだじゃなくて、紙縒りに火薬を入れたモノですよ」
雪姫はしゃがむと、そっと火をつけて、
「こうやってじーっとして楽しむんですよ……」
「小さい……こんな花火もあるんだな」
そして賀川は雪姫から線香花火を受け取り、そっと火をつける。程なくして、炎が弾け、小さな弾ける炎の花が咲いた。賀川は大きな体を丸め、その火をじっと見つめている。その傍らで、雪姫が彼を見守るかのような瞳で火を見つめる。
そして二人はごく自然に肩を寄せ合い、線香花火を楽しんでいた。
その様子を、離れたところからベルは微笑ましいものを見る目で、リズは唸りながら見守っていた。
(くふふ、あの二人、本当にお似合いのカップルじゃないか……まあ、どちらが先に一歩を踏み出そうとしているかで時間がかかっているが)
ベルが楽しそうな思念をリズに飛ばす。するとリズはどこか不機嫌な思念を返してきた。
(……そっスか? 私はあんな血の臭いをたっぷりとまとった男と雪姫ちゃんがくっつくのはなんか反対っス)
(血の臭い、か。ではリズ、鷹槍の臭いと賀川の血の臭い、どちらがマシだ?)
(……………………賀川さんの方がマシっス)
(素直な奴は嫌いじゃないぞ)
それから二人も、線香花火を楽しみ、風情ある夏の夜を満喫したのであった。
※花火は安全に遊びましょう!
桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より ユキちゃん、葉子さん、賀川さん、タカさん、職人の方々、引き続きお借りしております。




