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Part 05 わんこ、拾っちゃいました

 ナベリウス。

 ソロモン七二柱が一柱、序列二四位を戴く堕天使。

 黒いカラスの姿をとる事もあれば三つ首の犬の姿をとる事もあるとされ、ギリシア神話に登場する魔獣「ケルベロス」と同一視される事もある。

 そして、ベルにしてみればソロモン七二柱として同じ釜の飯を食った仲間である。




 思わぬ同胞との再会にベルは面食らった顔をしていたが、やがて我に返ると気絶しているナベリウスの頬を軽く叩いた。

「おい、ナベリウス、起きろ」

 ベルが呼びかけつつ頬を叩く事数度。閉じていたナベリウスの瞼がピクッと動き、そしてゆっくりと開いていった。完全に開ききったその瞳は橙色をしていた。

「久しいな、ナベリウス。かれこれ何世紀ぶりか? そして、ベリアルの事を覚えているか?」

 久しく自分の真名を発した事にくすぐったさを覚えたが、昔の同胞に出会えた事にベルは顔を綻ばせつつ尋ねた。

 ややあって、ナベリウスの瞳が驚愕に見開かれていく。そして、その口が開き、震える声で、しかし懐かしそうな声を上げた。

「……べ、ベリアル先輩……? どうして、あなたがここに……」

 そして彼女は再び目を閉じた。

「……ああ、そうか、ここはあの世っスね……ったいっス! せ、先輩!? 叩く事ないじゃないっスか!」

 ベルはいきなりなナベリウスの言葉に脳天にチョップを落とし、口を開いた。

「おい、勝手に人生、いや、堕天使生を終わらせるな。ベリアルもお前も生きてるよ。で? どうしてお前はここにいて、垣根に頭から斜め四五度の角度で突っ込んでいたんだ? 思い出せるか?」

 ベルの問いかけにナベリウスはうーんとしばらく考え込み、やがて思い出したのか、目を開いてポツポツと語り始めた。

「……えーと、私は数ヶ月前にこの世界の日本で目覚めたんス。で、特にやりたい事もなかったから、ぶらぶらと旅でもしようかなって思い立って。この数ヶ月、日本のあちこちを体一つと、このバックパックで旅してきたんス。で、道中で稼いできた路銀が尽きて食べ物にありつく事もできずにさまよい歩いた末、この公園で気を失ったんス……ところで、今日は何月何日っスか?」

「八月二二日だ」

「……という事は、ここで倒れてから一晩経ったって事っスね。いやー、参った参った」

 まるで他人事のように語るナベリウスに、ベルは呆れたように肩を竦めた。

「……お前の旅好きも相変わらずだな。しかしお前、どうして路銀が尽きたんだ?」

「……え、えーと……財布、どこかに落としたっス……」

 一瞬言い淀み、そして思い切ったように打ち明けたナベリウスにベルは心底呆れたように大きな溜息をついた。


 ぐるおぉおぉおぉん。


 その時、ナベリウスの腹から、まるで地獄の番犬が放つ咆哮を思わせる音が鳴り響いた。ちなみに今の音で公園にいた鳥が一斉に逃げていったのをベルは見逃さなかった。そして、再び大きな溜息をつき、ナベリウスに告げた。

「……ナベリウス、生憎だがベリアルは今財布を持ってきていない。だが、もう少しだけ我慢できるか? 今からお前を美味い飯が食える所へ連れていってやる」

「……わう?」




 それからベルはナベリウスをバックパックごと背負ってうろなの道を歩いていた。

 道中、ベルは自分も約二ヶ月前から日本に来ていた事、今の自分が訳あって「ベル・イグニス」という偽名を名乗っている事、降魔の書を探すためにうろなへ来ていた事を簡単に説明し、詳しい話はまたそのうちするという事を約束した。

 それを聞いたナベリウスは「やった、また先輩と一緒に過ごせるんスね!」と心底嬉しそうな様子だった。

 そんなナベリウスとは対照的に、ベルは難しい顔をしていた。

(……先程雪姫が『公園に行け』と言っていたのはもしかしてこの事だったのか? しかし、色々と腑に落ちない……うーむ)

 先程の雪姫の言葉とナベリウスとの再会。奇妙な偶然の一致にベルはナベリウスの言葉に生返事を返しつつ様々な考えを巡らせていた。

 一方、道行く人達は小柄な少女が大きなバックパックを担いだ自分よりも一回り大きい少女を背負っているのを見て仰天していたが、二人は特に気にも留めなかった。

 しばらくして、ベルはナベリウスを背負って前田家に戻ってきた。

「着いたぞ、降りろ。ここが今ベルが世話になっている家だ」

「了解っス、ベリアルせんぱ……じゃなかった、ベル先輩」

 ナベリウスはベルの背中から降りると、前田家の戸を開いた。

「ただいま。今戻ったぞ」

 ベルの声を聞きつけた葉子がぱたぱたと小走りで出迎える。

「おかえりベルちゃん、早かったわね……って、あら? その人は?」

「外で偶然拾った古くからの知り合いだ。どうやら腹を空かせているようなのでな、すまないが何か食べる物を分けてやってくれないか?」

「拾ったって……行き倒れてたの?」

「ああ。知り合いだったから放っておくわけにもいかなくてな。こうして連れてきた」

 淀みない口調でベルは話を進めていく。

「あらあら、それは大変ね。わかったわ。とにかく上がりなさい」

 そう言って葉子は二人を促した。

「お、お邪魔するっス」

 ナベリウスは遠慮がちに頭を下げ、前田家へと上がった。

「喉、乾いてるでしょう? 今お茶を持ってくるからね」

「かたじけないっス……」

 奥へと引っ込んでいく葉子にナベリウスは再び頭を下げた。そして、その姿が消えたのを見計らってベルに向き直った。

「……しかし、『ベルちゃん』って……いいんスか? あんな子供っぽい呼ばれ方をして……腹が立たないんスか?」

「いや、全然」

 何て事ないかのように答えたベルに、ナベリウスは酷く驚いたようだ。

「そ、そんな……『あの』ベル先輩が人間に慣れ慣れしく呼ばれても全く気にしないなんて……わ、私は夢を見ているんスか?」

 目を白黒させるナベリウスにベルはふっと微笑んだ。

「まあ、色々と変わったんだよ。ベルは」

「は、はあ……何だか色々と事情があるようっスね」

 すると、ナベリウスをまじまじと見ていたベルが尋ねた。

「なあ、こっちからも一つ聞きたいんだが」

「何スか?」

「お前、何日風呂に入ってない? 何となく臭うぞ。それに髪はボサボサで油が浮いているし服は汚れている。それでは怪しい人物にしか見られないぞ?」

「……」

 ナベリウスはしばらく押し黙り、やがて口を開いた。

「……二日っス」

「ほう。で、何日入っていないんだ?」

「だから二日……」

「ほう。で、何日入っていないんだ?」

「…………よ、四日っス」

「ナベリウス」

「わう?」

「風呂、入れ。葉子にはベルが言っておくから」

「お、お風呂は! お風呂は苦手っス!」

 首を振ってイヤイヤするナベリウスに、ベルは冷然と告げた。

「入れ」

「ナンデ!?」

「ベルが生理的に嫌だからだ。女子たるもの体は綺麗にしておくものだぞ」

「絶対にノウっス! だったら私は川を探して水浴びした方がマシっス!」

 すると、ベルは目を細めて低い声色で尋ねた。

「お前……ベルの言う事が聞けないのか……?」

「い、いくら先輩のお言葉とはいえ、こればかりは聞けないっス!」

 ベルに対する畏敬の念に耐えつつ、ナベリウスはベルの言葉を撥ねつけた。するとベルは溜息をついた。

「……そうか、わかった」

 それを見たナベリウスはほっと胸を撫で下ろした。

「ああ、流石先輩。理解してくれて嬉しいっス」

 その時、ベルの目が光った。

「――ならば実力行使あるのみだ!」

 言い終えるや否やベルはナベリウスに飛びかかって彼女を押し倒した。

「え、ちょ――!? い、痛っ!?」

 そしてベルは腕を素早く背中側に回して体の自由を奪った後、風呂場へと手早く引きずっていく。

 すると、麦茶の入ったコップを載せたお盆を運ぶ葉子とぶつかりそうになった。

「きゃっ! ……べ、ベルちゃん? 何してんの?」

「すまない葉子、風呂場を借りるぞ」

「べ、ベルちゃん!?」

 慌てて葉子がお盆をその場に下ろし、二人の後を追いかける。彼女が脱衣所の入り口にさしかかった時――

「さっさと脱げコラァ!」

「あ、先輩、ちょ、待っ……アイエエエ!?」

 葉子の視線の先で、靴下、ジャケット、シャツ、ジーンズが脱衣所の外へと放られていく。

「ほら下着も!」

「ちょーっ!? 先輩強引過ぎーっ!? あーっ!」

 さらにグレーのスポーツブラとショーツが放られ、そして最後に髪を束ねていた橙色のリボンがポイと捨てられた。

「……む? お前、最後に見た時よりも育ってないか? くっ、やはり世界って奴はどこまでも理不尽だ!」

「わおーん! 知らないっスよー! 先輩の鬼畜! 悪魔! 堕天使ーっ!」

「口より手を動かしてさっさと体を洗え! ベルはその間に風呂を沸かす! ……葉子ー、すまないがこいつの服を洗濯機に放り込んでくれー」

「……わ、わかったわ」

 突然呼びかけられ、葉子は驚きつつもてきぱきと服を拾い上げ、洗濯機へ放り込み、洗い始めた。

 ふと、葉子が風呂場に目をやると、

「さあ、体の次は頭を洗おうか」

「わ、わおーん!? シャンプーは目に沁みるから苦手なんスよー!」

「つべこべ言うな! ベルが洗ってやる!」

 ベルは手にシャンプーを取り、高速で泡立てた後、ナベリウスの頭をわしわしと洗い始めた。

「いたたたた! シャンプーが目に! ああ! 目が! 目がぁ!?」

「ああもううるさい! その口を閉じてろ馬鹿犬!」

「わうーっ!」

 こうして、しばらくの間風呂場からはベルの怒声とナベリウスの悲鳴が響き渡っていた。




「……はあ……さっぱりしたっスけど、やっぱ風呂は苦手っス……さっきのでますますその思いが強くなったっス……」

 それからナベリウスは発見された時よりもどこか疲れた様子で、何やら呟きつつ居間で麦茶をちびちびと飲んでいた。ポニーテールにまとめていた黒髪は下ろされ、濡れた髪が艶やかな光沢を放っている。

 ちなみに服は雪姫のジャージを拝借する事にした。ジャージを着たナベリウスは「何か胸の辺りがぶかぶかっス……」とぶつぶつ言っていたのをベルは聞き流した。

 それから、ナベリウスの髪が乾き、彼女が落ち着いてきた頃。

 あまりにも飢えた野良犬に餌をあげたらどうなるか、考えた事はあるだろうか?

 答え、こうなる。

「十二個のおにぎりが三分保たずに全滅ね……」

 葉子が驚きを隠せない口調で呟く。

 先程、あまりにも腹を空かせていたナベリウスを見かねた葉子は若い職人のために作っていた大きなおにぎりの余りをナベリウスに差し出した。すると彼女は大口を開けて次々にそれを咀嚼し、三分も経たない内に全て平らげてしまったのだ。十二個もある大きなおにぎりを、だ。

 驚いている葉子を尻目に、ナベリウスはお茶を飲み干し、一息つくと柏手を打つように両手をパンと打ち合わせた。

「ごちそうさまでしたっ!」

 そして、葉子に向き直ると深々と頭を下げた。

「あなたは命の恩人っス! 本っ当に! ありがとうございますっ!」

 畳に額をつけ、綺麗な土下座をするナベリウス。凄まじく綺麗な姿勢で土下座をするナベリウスに葉子は面食らいつつ、声をかけた。

「ま、まあ、顔を上げてちょうだい。とりあえず、お話は後でゆっくり聞かせてね。私、食器を片付けてくるわ」

 そう言って葉子は食器を盆に載せると、台所へ向かった。

 そして葉子が姿を消した後、ベルは超小声でナベリウスに囁いた。

「……おいナベリウス、どうするんだ? 今までは何とか名前を言わないようにしていたが、この後は間違いなく自己紹介だぞ? まさか本名を名乗る気か?」

 するとナベリウスはグッと親指を立ててサムズアップした。

「こんな事もあろうかと、必死こいて名前を考えてきてあるっス!」

「……変な名前だったら張り倒すからな?」

 と、二人がひそひそ話をしていると――


「――ベル姉様? それに、その子は……」


 どこか眠たげな、少女の声が響いた。

桜月りま様 うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話より 葉子さん、ユキちゃん、お借りいたしました!

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