Prologue:堕天使うろなに立つ
「うろな町」計画――http://kyodo765.jimdo.com/
本作品は、上記企画参加作品です。
八月二一日、朝八時、うろな町。
その中心にあるうろな駅に電車が到着した。
『うろな~、うろなです。お荷物お忘れ物のないようにお降りぃ下さい』
独特のイントネーションが耳につく音声アナウンスの後、ドアが開いて続々と乗客が降りていく。サラリーマン、観光客をはじめとしたその中に、一人だけ異様に目立つ少女がいた。
その少女は百五十センチあるかないかの身長に、どことなく気だるげな表情が特徴だった。そして頭には、小さいながらも見事な細工の施された、金色のティアラが乗っかっている。
何よりも目立つのは、頭の両サイドで結んで垂らす、いわゆるツインテールにまとめた長い髪、瞳、身に纏っているゴシックロリータ調のドレス――全てが深紅に染まったその外見だった。
そして、その手には小柄な体とは対照的な、やたらと大きな旅行鞄を引きずっていた。下手をすれば、人一人を詰め込めそうなくらい大きな真紅の旅行鞄だった。
誰がどう見ても異様極まりない出で立ちだが、不思議な事に誰も気に留める様子がない。
「……ここがうろな町か。なるほど、確かにどこか不思議な感じのする町だ……ふあぁ、眠い眠い」
少女は眠たげな口調で呟く。しかし、口調とは裏腹にその表情は新しいおもちゃに好奇心を刺激された猫のようだった。
「さて、と」
乗客があらかたいなくなったのを確認し、少女は一度指をパチンと鳴らして改札へ向かった。
「ご旅行ですか?」
切符を回収した「芹沢」という名札をつけた小太りの男性駅員に話しかけられた。おそらく、その異様に目立つ容姿に好奇心を刺激されたのだろう。駅のホームに立つ男性駅員、窓口内で業務を行っている女性駅員からも視線を感じる。まあもっとも、ここに来るまでの間は人払いの魔術を発動していたため、少女の存在は気に留まるどころか気付かれてすらいなかっただけなのだが。
「そんな所だ」
少女は当たり障りのない回答を返した。すると駅員――芹沢はベルに笑顔を向けた。
「夏休み最後の思い出作りですか。いいですねぇ。私にも一人旅をした頃がありましたねぇ……」
何を勘違いされたのか、彼の中では少女の旅の目的はそういう事になったらしい。
「よし、そんなあなたに私から餞別を!」
そう言って芹沢は売店まで走っていき、何かを買って戻ってきた。
「ささ、これをお持ち下さい」
芹沢から手渡された物を少女が見てみると、それはうろな町のタウン情報誌だった。カラー印刷されており、大まかな店や建物の事が簡潔に記されている。
「もらっていいのか? しかし代金を……」
財布を出そうとしたベルを芹沢が制した。
「いいんですよ。私の若い頃を思い出させてくれたお礼です」
「そうか……ならばこれはありがたく使わせてもらうよ。色々とすまないな」
「どういたしまして。よい旅を」
「ああ。お心遣い感謝する」
少女は芹沢に頭を下げ、駅を出た。
駅から出た少女を迎えたのは、「何かが起きそうな予感がする」――そんな予感を感じさせる町並みだった。
「――さて、お仕事の時間だ」
少女は一つ頷き、うろな町へとその一歩を踏み出した。
朝日を顔に受け、少女は思わず目を細める。意識がはっきりと覚醒してくる。そして、光に目が慣れたのを見計らって少女は歩きだした。
ぐうぅ~。
その時、ベルの腹の虫が盛大に空腹を訴えた。
「……」
少女は一旦足を止め、溜息をついた。
「……その前に朝食にするか」
一人ごち、朝日と緑の香りがするそよ風を従え歩きながら、少女は歩き出した。
少女の名はベル・イグニス――またの名をベリアルという。「憤怒」の称号を持つ堕天使である。
おじぃ様 うろな駅係員の先の見えない日常より 芹沢洋忠さん、名前は出ていませんが、大辻成夢さん、行谷エレナさんをお借りいたしました!