夢をみるドア
そのドアは夢を見ていた。
そのドアは沢山の人を新たな場所へと導いた。
ドアは空間と空間を繋ぐ目印である。
ある空間から、ある空間へ。
家の外から中に入る時にはドアを使う。
ドアはあくまで場所と場所を繋ぐ道標である。
AからBへ。BからAへ。ドアは決してその移動を妨げはしない。
そのドアは違った。
そのドアには片側から入る人はいても、その逆側からノックする人は居ない。
ドアを開ける人間に誰として同じ顔はなかった。
女性、男性、老人、若人。それに多種多様な人種。
ある時は奔流のようにドアに雪崩れ込み、ある時は散歩をするように軽やかにドアを開く人間たち。
この人達はどこに行くのだろうか。どこから来たのだろうか。
無限のような時間の中でドアはまどろむように思考していた。
永遠とも思えるような時間の中でドアは自らの変化に気付いた。
どうも最近ドアノブの調子が良くない。
人々が空間から空間へ渡る時に握り、回す、金色の流線型。
それが少し空回りするようだ。
でも、問題はない。現に今も少し手間取っては居るが、ほら。
また一人向こうへ行った。
人を空間から空間へ、そんな仕事の中で与えられる、わずかな休息。
永遠に続く流れが途切れたほんの僅かの隙間で、彼は夢をみる。
彼は歩いている。遥か先に小さな点が見える。特に目的はない。
なぜだろうか、私はそこを目指さなければならない気がする。歩く速度を上げる。
少しずつ小さな点が大きくなるにつれて、彼は理解し始める。
アレは、ドアだ。自分とそっくりなドアが、どこかの空間に蓋をしている。
彼は歩く速度を上げた。今いる場所から新たな場所へ。それはきっと素晴らしいこと。
とうとう着いた。ドアのノブは人の手の形にメッキが剥がれている。
彼は疾る気持ちを抑えて、ドアの正面に立ち、そっと、そおっと……。
コンコン。コンコン。
彼は覚醒した。誰かが自分を叩いたらしい。ついで、なにか柔らかいものが彼の体に押し付けられた。
見ると、神経質そうな小男が耳を押し当てている。新たな世界が不安なのだろうか。
彼は少し逡巡した後、ゆっくりとノブを回し、体を向こう側の空間に滑りこませた。
このような男でも、こちらの空間に戻ってこようとはしない。よっぽど向こう側は素晴らしい所なのだろう。
彼はため息をついた。もっとも、今ノブを回そうとしている女性には小さすぎて聞こえなかっただろうが。
また永遠の時間が始まる。
最後の変化は唐突に訪れた。
ゴトリ、とそれは重たげな音を立てて落ちた。
彼は焦りと疑問を胸に抱きながら、だるい目を下に向けた。
何かがコロコロと転がり、視界の外へと消えていった。
ドアノブだ。
彼はブルブルと震えた。これでは私はドアではない。壁だ。
彼に与えられた唯一の役割はいとも容易く失われた。
初めてこういう文章を書きました
本当はもう少し先まで考えていたのですが、
書いている途中で自らの力不足を感じ、これを物語の終わりとしました。
勉強します。